Lahat ng Kabanata ng 名も無き星たちは今日も輝く: Kabanata 91 - Kabanata 100

108 Kabanata

─12─ 苦悩

 騒動があった翌々日に、ロンドベルトが副官のヘラをはじめとするわずかな側近と共に、アレンタの主府へ向けて出立することが決まった。  つかの間の平和が訪れる、と言いたいところだったが、アルバートの心中は穏やかではなかった。  ロンドベルトが主府へおもむくということは、なにがしかの命令を携えて戻ってくるということを暗に示しており、その命令は十中八九出兵であることは明らかだったからだ。  そして何より、あのときのやり取りが頭の中にこびりついてはなれない。 ──お客人は、ルウツの大司祭猊下の養い子のようです──  墓地を前にしてのロンドベルトの言葉が、幾度となく脳裏によみがえる。  真実であれば、これまでの違和感にすべて説明がつく。  一方で、心のどこかで信じたくないという思いがある。  考えがまとまらず、アルバートは頭をかき回す。  その時だった。 「師団長殿、夜分に失礼いたします。よろしいですか?」  扉の外から聞こえてきた声が、アルバートを現実へと引き戻した。  どうぞと応じると開いた扉の向こうには、見知った顔の黒衣の兵士が立っていた。 「お休みのところ、申し訳ありません。本日宿直を拝命した者が、お客人の様子がおかしいと申しておりまして。来ていただけるとありがたいのですが」 「ご様子が?」  昼間の強引な尋問が、あの人に何やら影響をおよぼしたのだろうか。  不安を抱えつつも、アルバートは平服の上からマントを羽織ると、ランプを手に取り軍司令部の建物へと向かった。      ※  暗い夜だった。  漆黒の闇に溶け込む黒衣の兵士を見失わないよう、細心の注意を払って進むことしばし。  ようやくたどり着いたその部屋の前で、アルバートは大きく息をつく。  扉の向こうからは、うめき声とも泣き声ともつかないものが、途切れ途切れに聞こえてきた。 「先刻は叫び声が。中をうかがったのですが、特に変わったことは何も」  そうですか、と見張りの兵にうなずいて見せてから、アルバ
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─13─ 暗い噂

 ふと人の気配を感じて、大司祭カザリン=ナロード・マルケノフは教典のページをくる手を止めた。  顔を上げると、戸口に立つ人物と視線が合う。  穏やかな面差しで入るようにうながすが、来訪者は立ちつくしたまま動こうとしない。  一体、どうしたのだろう。  疑問に思いながらも、大司祭は常と変わらぬ静かな口調で語りかけた。 「どうしたの? お入りなさいな」  声に応じて長身を屈め一礼したのは他でもなく、ルウツ神官騎士団長のアンリ・ジョセだった。  しかし常とは異なり、今日は白銀の甲冑姿ではなく、神官の制服とも言える飾り気の無い質素な長衣をまとっていた。  柔らかく微笑む大司祭に対し、だがジョセは表情を崩すことなくわずかにうなずくと、後ろ手で扉を閉める。  なおも所在無げに戸口に立ち尽くすジョセに、大司祭は無言で座るよう促した。  再び一礼し腰をおろすなり深々とジョセは溜め息を吐き出す。  それからようやく彼は、重い口を開いた。 「……宮廷は、まさに伏魔殿ですね。ミレダ殿下が今までご無事でおられたことが、不思議なくらいです」  投げかけられた言葉に、大司祭は悲しげに眉根を寄せる。  それは、予想通りの反応だったのだろう。  更に深い吐息を漏らすと、ジョセはおもむろに懐から一枚の紙を取り出して、卓の上に広げた。 「どこで誰が耳をそばだてているやもしれません。私が申し上げたいことは、すべてここに」  万一何者かに聞かれれば、我々の命も危うい、そうジョセは言外に告げていた。  理解した大司祭は、紙上に視線を落とす。  文字を追うその顔は、目に見えて青ざめていく。  それは他でもなく、先帝の崩御(ほうぎょ)にまつわる様々な噂だった。  先帝は病死ではなく、毒殺されたということ。  毒を盛った人物は先帝と深い関係がある人物であるということ。  その人物は、今至高の冠を戴いている存在であるということ。  大司祭の顔は、目に見えて青ざめていく。
last updateHuling Na-update : 2025-07-20
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─14─ 静かな対決

 皇国の実権を一手に握り、思い通りにならぬことは何一つないと周囲から目されていた宰相マリス侯は、このところ少し迷っていた。  いや、迷うと言うよりは悩んでいた。  彼を不穏な思いにさせていたのは、他ならぬルウツ皇帝のメアリである。  病弱ではあるものの極めて優秀で、物事を判断するには常に理性と論理が先に立つ少女、それが彼が初めてメアリに拝謁した時に抱いた印象だった。  考えるよりも先に行動を起こし、理論よりも感情が先に立つきらいのある妹姫のミレダよりも、理知的なメアリの方が一国を支える皇帝にふさわしい。  そう判断したからこそ、マリス侯はメアリに忠誠を誓うことを決め、結果メアリは皇帝に即位し、自身は現在の地位を手にしたのだ。  だが、宰相の予想に反してメアリはその内面に恐るべき秘密を孕んだ人間だったのである。  打てば響くような聡明さは、その恐ろしい本性を覆い隠す仮面に過ぎなかった。  その仮面の下には、幼い子どもが持つ独特の残酷さが巧妙に隠されていたのだ。  成長と共にそれは収まるどころか増大し、今では細い一本の糸で理性を保っているようにも見受けられた。  悪いことに、女帝の心に淀(よど)むどす黒い闇は、このところ更にその深さを増しているように宰相には思えた。  女帝の中で沸き上がる負の感情は、近いうち彼女自身を飲み込むやもしれん。  そんなことになれば、この国の先行きは危うい。  おぼろげながらにそう感じたのは、先の御前議会の時だった。  絶対的な司令官不在のため、まともに動けるかどうかも怪しいにもかかわらず、自らの私怨から蒼の隊の出兵をごり押しし、あまつさえ総大将に妹姫を指名するなどと……。  その時の様子を思い出して、宰相は深々とため息をつく。  言うまでもなく、皇帝には今のところ伴侶はおらず、当然その血を受け継ぐ者はいない。  先帝崩御の後、皇位を脅かすであろう人物に血の粛清が下った今、皇家に連なる血を持つ人物は、妹姫ミレダと、暗愚と噂される皇帝姉妹の従兄フリッツ公イディオットのみであるにも関わらず、だ。しかも、フリッツ公は臣籍であるため、継承権を有していない。  皇帝に万
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─15─ 援軍

 マリス侯が思わずそちらを見やると、一人の青年がこちらに向けて歩み寄って来るところだった。  そのいぶかしげな視線を気にするでもなく、青年はにこやかに笑いながら話し始める。「何と素晴らしいことではありませんか。本当に大司祭猊下の慈悲深さには、いつも頭が下がる思いです」  どこか芝居がかった口調に、大げさな仕草。  赤茶色の巻き毛に青緑色の瞳を持つその人は、他ならぬやんごとなき人物の血縁者であることを示している。  その姿を認めたマリス侯は反射的に浮かんだ忌々しげな表情を隠すようにわずかに頭を垂れ、やや嫌味と皮肉を込めた口調で言った。 「フリッツ公爵閣下……。こちらにいらしていたのですか? 一体何事でしょう、先程の御前議会ではお見かけしませんでしたが、火急のご要件でもございましたか?」  そう。  両者の前で脳天気とも言える笑みを浮かべるのは、貴族のみならず一部の市民からも父親譲りの暗愚と噂され、二代目愚昧公などと陰口をたたかれている皇帝の従兄、フリッツ公イディオットその人だった。  マリス侯から投げかけられた痛烈な皮肉と嫌味を、話をふられたと思ったのだろうか、公爵は目を輝かせ立て板に水の勢いで話し始める。 「実は先日宮殿の開かずの間から、始祖ロジュア・ルウツ大帝の肖像画が見つかったとうかがったものですから、ぜひとも拝見したいと思いまして。いや、今まであんなに素晴らしい作品は……と、失礼」  向けられてくるマリス侯とジョセからの困ったような視線に気付き、フリッツ公はようやく口をつぐむ。  そして、宰相に向き直ると再び満面の笑みを浮かべる。  何事かとわずかに身構える宰相に向かい、フリッツ公はちらとジョセを見やってからこう言った。 「これはもう反対する理由は無いでしょう。加えて信仰心に篤(あつ)いジョセ卿が聖地で祈って下されば、長らく続く両国の争いにこの上ない後押しとなりましょう」  違いますか宰相殿、と無邪気に笑うフリッツ公。  だが、話には筋が通っており反論する余地もない。  表情を隠すかのように咳払いを一つすると、宰相は努めて平板
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─16─ 真実の姿

 皇宮を取り囲む木々の中を、公爵は迷うことなく歩を進める。  一体どこへ向かっているのか見当もつかぬまま、ジョセはその後を追う。  やがて、急に視界が開けた。  かすかに聞こえる水音の方に目をやると、白い石で設えた噴水が忘れられたように飛沫を上げている。 「……ここは?」  宮中にこんなところがあったとは。  何故公爵は、自分も知らないこんな場所を知っているのか。  驚いたように周囲を見回すジョセに、公爵はにっこりと笑って答えた。 「さしずめ、秘密基地と言ったところでしょうか」  子どもの頃、殿下に呼び出されて良くここに来たものです。  言いながら公爵は、懐から小さな包みを取り出し、ジョセに差し出す。 「これは?」  いぶかしげな表情を浮かべつつも、ジョセはそれを受け取る。  注意深く包みを開くと、中から出てきたのは銀の指輪だった。 「……お探しのものは、おそらくこれでしょう?」  そう言う公爵の顔からは、既に笑みは消えている。  だが、ジョセにはまだ意味がわからない。  失礼、と断りを入れてから、指輪を手に取る。  そして、あることに気がついた。 「これは……」  ジョセは思わず言葉を失う。  なぜなら、指環には紛れもなくルウツ皇帝の紋章が刻まれていたからだ。  そう、本来これは、皇帝だけが持つことを許される物、つまりは印璽である。  それを何故、血縁者とはいえ一介の公爵が持っているのだろう。  疑問を抱きつつ、ジョセは公爵を見やる。  と、その顔には今まで見たことがない鋭利な表情が浮かんでいた。 「先代……父から死の間際に託された物です。残された唯一の証拠だ、と」 「それは、一体……」  ジョセの問いに、見ればわかりますよ、と公爵は答える。  その言葉に従い、ジョセはさらに指環を注意深く見つめる。  常ならば穏やかな光をたたえている灰色の瞳は、ある一点を凝視し
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─17─ 連行

 ロンドベルト配下のイング隊が駐留する『墓所の街』からアレンタの行政庁が置かれている主府までは、馬で往復約二刻半。  その上、無駄な儀礼が執り行われるので、都合一日は確実につぶれる。  一刻も早く軍を展開し敵を殲滅せよというなら、命令書など早馬で届ければ良いものを、とロンドベルトは帰途の馬上で一人ごちる。  いつものことなので副官のヘラは苦笑を浮かべて流していたが、ふとその顔から笑みが消えた。  前方から、蹄(ひづめ)の音が聞こえてくる。  ただならぬものを感じ、ヘラはそのままロンドベルトを護るように馬を進める。  が、ロンドベルトは常と変わらぬ口調で告げた。  賊ではない、と。  その場に留まることしばし。  果たして馬を飛ばしてきたのは、一人の伝令だった。 「一体何事だ?」  冷静に問うロンドベルトに、伝令は転がるように下馬するや否や、ひざまずいてこう告げた。 「申し上げます。ルウツのオトラベスより使者が参りました!」  その言葉に、ロンドベルトの表情がわずかにこわばる。 「使者が言うには、お客人はルウツ皇帝に仇なす反逆者とのこと。ルウツへの引き渡しを要求されております」  瞬間、ロンドベルトはわずかに色を失ったようだった。  なん時も冷静さを失わないその人が。  驚いたように見つめてくるヘラに、ロンドベルトは問うた。 「お客人のことを、いずれかに通告したのか?」  だが、ヘラは首を横に振る。 「いいえ。私は閣下のご意向に反することは一切行っておりません」  では、一体誰が。  随行の者達も、一様に首を振る。  確かに、あの異国の神官には皇帝直々の手配書が出されている。  ルウツに連行されれば、間違いなくその命は無いだろう。 「私は先に行く。副官は皆と共に後から来い」 「わかりました」  ヘラが返答するより早く、ロンドベルトは馬の腹を蹴る。  一体、何が起きたのか。  
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─18─ 聖地からの報せ

 誰もいなくなった部屋で、アルバートは何をするでもなく立ち尽くしていた。  この部屋に幽閉されていた人は、自分の目の前で突然やって来たルウツからの使者によって連行されていった。  一切抵抗することなく引き立てられていくそのさまは、自らの運命をすべて受け入れるかのようだった。  思わず呼び止めたその時、その人はこちらを向きただ一言、アルバートにこう告げた。  机の上に置いてある短剣を聖地が見える丘に埋め、自分の墓を作って欲しい、と。  そう言うその人の顔には、今までに見たことがないほど穏やかな微笑を浮かんでいた。  けれど、アルバートはその依頼に明確な答えを返すでもなく、かと言って助けに入ることもできなかった。  そんなアルバートに今までの謝意を告げようとしていたあの人は、有無を言わさずに枷に繋がれ鎖を架けられていく。  そして、抵抗することなく罪人のように引き立てられていくあの人を、アルバートは何をするでもなくただ見送ることしかできなかった。  人を助けるために神官になったにもかかわらず、だ。「──……!」    不甲斐ない自分自身に覚えた怒りに任せ、アルバートは壁を力任せに殴りつけていた。  当然のことながら壁はびくともせず、その拳から、わずかに血がにじむ。  自然と涙がこぼれるのは、拳の痛みからなのかそれとも何もできなかった悔しさからなのか、アルバート本人にもわからなかった。 「師団長殿……? いかがなさいました?」  前触れもなく聞こえてきた背後からの声に、声もなく泣いていたアルバートは驚いて身体ごと振り返った。  部屋の戸口にはいつの間にか、驚いたような表情を浮かべるヘラの姿がある。  あわててアルバートは涙を拭い、わずかに上気する頬を隠すように視線をそらす。   そして、つとめて冷静な声で答えた。「……申し訳ありません。お見苦しいところを……。一体どうしてこちらに?」    謝罪の言葉に、首を左右に振るヘラ。  そして、何事も無かったかのように一通の書状をアルバートに向かい差し出し
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─19─ 襲撃

 アレンタの軍司令部から引出されたシエルが押し込められたのは、立つことも横になることもままならない、護送車とは名ばかりの鉄製の檻に車輪がついたものだった。  村や街を通る際には、体のいいさらし者になるという按配だ。  陰湿な宰相が考えそうなことだ。 そう考えて、彼は苦笑した。  けれど、すぐにそれを収め低い天井を見上げ、深く息をつく。  この先、人間らしい扱いを受けられる保証はまったくない。  つまりは人家(じんか)のある場所にたどり着くまで命がある保証はない。  仮に、通り過ぎる町や村、街道を人々の好奇の目にさらされつつ、幸か不幸か皇都に無事たどり着けたとしよう。  その先に待ち受けているのは、斬首か火あぶりか、はたまた八つ裂きか……。  方法は定かではないが、いずれにせよ皇都の中央広場で、公衆の面前で大々的に処刑され、遺骸を無残にさらされるのは間違いない。  楽しくない想像を打ち切ると、彼は外の様子をうかがった。  前方を行くのは、宰相が直々に派遣した使者の乗る豪奢(ごうしゃ)な馬車。  一方自分が押し込められている護送車には、左右と後方に警備兵がぴったりと張り付いている。  厳重に鎖に繋がれている虜囚一人に対して、あまりにも大仰な警備である。が、それほどまでに使者は自分を取り逃がすのを恐れでいるのだろうと、シエルは察した。  気が付けば、日はすでに傾き宵の帳(とばり)が降りていた。  このままどこかで野営するのか、あるいはオトラベスの街まで進むのか。  どちらにせよ、最終的な目的地である皇都に着くまで、自分はこの先この檻にも似た護送車から出されることはないだろう。  再びため息を一つついた時だった。  突然隊列が止まり、周囲が慌ただしくなる。  何事かと彼が視線を巡らせるとほぼ同時に、後方につけていた警備兵が前触れなく落馬した。 「て……敵襲?」 「まさか? エドナの死神がこいつを取り返すために、わざわざ追って来たのか?」  口々に言いながら、警備兵達は各々剣を抜く。  異変を感じた
last updateHuling Na-update : 2025-07-26
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─20─ 人として

 もう三刻ほど馬を走らせただろうか。  周囲はすでに漆黒の闇に包まれており、アルバートの持つカンテラの灯だけが淡く辺りを照らしている。  運が良ければそろそろ追いつける頃合いだ。  しかし、先方の歩みが早くルウツ領オトラベスに入ってしまったらお手上げだ。  そうなったら、夕闇をついてオトラベスに潜り込むか。  どちらにしても自分らしくはないな、とアルバートが馬上でため息をついた時、前方に何かが見える。  どうにか追いつけたのだろうか。  ほっと胸をなでおろしたのもつかの間、アルバートは違和感を覚えた。  前方に浮かび上がったそれは、先程から止まったきりで全く動いてはいない。  貴族と呼ばれる人でも野営などするのだろうかと疑問に思いながら馬を進めると、果たしてそれらは目前に現れた。  同時に馬が突如いなないて、その脚を止める。  注意深く見回すと、草むらの上に倒れ伏す人々の姿がカンテラの光の中に浮かび上がった。  あわててアルバートは馬を降り、そのうちの一人に歩み寄る。  灯で照らすと、その首筋には吹き矢とおぼしき針が刺さっており、すでに事切れていた。  視線を動かすと、少し先に護送車と馬車が止まっている。  立ち上がりカンテラを掲げると、身分が高いとおぼしき人と、武人らしき人が数人やはり草むらに倒れていた。  アルバートが追ってきた人が乗せられていたであろう護送車は空っぽで、生きた人の気配は周囲からは全く感じることはできない。  けれど、必要以上に荒らされた形跡も無く、野盗の類に襲われたにしては不自然だ。  一体何があったのだろうか。  訳もわからず注意深く護送車に近寄ろうとした時、アルバートは首筋に冷たい感触を覚えた。  同時に、背後から低い声がする。 「……何者だ? エドナの刺客か?」  首筋に当てられているのが鋭利な刃であると理解して、アルバートの背筋を冷たいものが流れ落ちる。  とにかく誤解を解かなければ。  弁明しようとした瞬間、足元に妙なものが触れた。  恐る恐る視線を落とすと、黒い何か
last updateHuling Na-update : 2025-07-27
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─21─ 再会、そして

 かつて巡礼街道最後の宿場として栄えたルウツ領オトラベスも、今や度重なる戦乱で訪れる巡礼者もめっきり減り、どこかうら寂しい空気に包まれている。  神官達ももはや一枚岩ではなく、宰相にくみする者もいる。  そうペドロから聞き及んでいたジョセは、あえて宿舎としている司祭館ではなく、すっかり人気(ひとけ)の無くなった中央広場である人物を待っていた。  皇都を出て、巡礼街道を進みやって来たオトラベス。  この街でペドロから受けた報告は、予想通り最悪なものだった。  しかし、近々好機が訪れる。  そう言い残しペドロが敵国エドナ領アレンタに向けて出立してから丸二日。  必ず戻ってくる、と言った刻限である。  けれど、すでに夜半を回りつつあるのに、待ち人が訪れる気配はない。  やはり宰相、そして皇帝陛下と対立するには多勢に無勢だったか。  大きく吐息を付き、司祭館へ戻ろうとした時、闇の中で何かが動いた。  一瞬のためらいの後、ジョセは腰の剣へ手をかけ、今一度闇の向こう側へと意識を集中する。  けれど、一向に殺意の類を感じることはできない。  果たして、暗闇に慣れた目はこちらへと近づいてくる二つの人陰をとらえていた。  うち、一人が先に立ちこちらへと歩み寄る。  そして、ジョセの目前で立ち止まると、片膝を付き深々と頭を垂れた。 「この度の不祥事は、全ては自分の不徳の致すところ。弁解の言葉もありません」  何卒、相応しい罰を。  そう言う声は、間違いなくジョセの待ち人のものだった。 「お待ちください。力づくで止められなかった私も同罪です。どうか……」  その人の後ろに控えるように従っていたペドロが、言葉を継ぐ。  しばしジョセは両者を代わるがわる見やっていたが、やがて長らく待ち続けたシエルに向き直る。  そして、わずかに身じろぎするその人の頭を、軽くこつん、と叩いた。 「……師匠?」  予想外のことだったのだろうか。  呆然としていると思しきシエルの肩を、ジョセは優しく抱いた。
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