All Chapters of 名も無き星たちは今日も輝く: Chapter 121 - Chapter 130

134 Chapters

─42─ 嘆願と告白

 その時、頃合いをはかったようにフリッツ公がすい、と前に出、大司祭とジョセに向かい完璧な所作で一礼する。「大司祭猊下、初めてお目もじつかまつります。ジョセ卿、その節は大変失礼いたしました」 戸惑う大司祭に、ジョセがこの人は何人(なんびと)であるかを耳打ちする。 公爵の容姿もあいまって納得のいった大司祭は、一つうなずくと常のごとく穏やかな表情で続きを促した。「この度は、戦闘においても和議においても、アルトール殿はルウツにとってなくてはならない方でした。何卒その点もご配慮いただきたく……」 そして、自分からも謹んで罪を減免する旨の陳情書を加えさてていただきたい、と付け加えると、再び深々と一礼する。 そして、驚いたように見つめてくるシエルに向かい、人好きのする笑顔を浮かべて見せた。「貴方が何と思おうと、これは私達の偽らざる気持ちです。どうか受け取ってください」「そんな……俺は……」 突然の申し出に困惑の表情を浮かべ、シエルは返答に窮し、こちらを見つめてくる一同の視線を受け止めかねて、思わず顔を伏せた。「俺は、ルウツに仇なしたエドナの間者の子で……生まれながらの罪人だ。しかも、差し向けられた討伐隊を皆殺しにして……。そんな俺に、皆の気持ちを受け取る資格なんてあるはずがない」 本人の口から語られるその生い立ちに、一同は一様に押し黙る。 特にその事実を初めて知ったシグマは、本当なのか、と隣に立つユノーに問いただす。 そんな中で、シエルの苦しげな独白は、尚も続いた。「皆が思うようなルウツに忠誠を誓った救国の勇者なんかじゃない。命を救って下さった殿下や猊下へのご恩返しと、自分の罪をあがなうために剣を取ってたんだ。だから……」「それでも結果として、僕らは貴方に助けられました。その事実は変わりません」
last updateLast Updated : 2025-08-18
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─43─ 新たなる時

「……そろそろ子離れしなければならないようね」   それを受けて、ジョセもしみじみと噛みしめるように続ける。    「巣立ちの時、ですか」 両者の言葉に、ミレダは何事かと驚いたように振り向く。 「猊下も師匠様も、何をおっしゃってるんです? それは一体どういうことですか?」  色を失うミレダに、大司祭は静かに告げた。  『殺すなかれ』は、神官にとって絶対の教えであり規範。 特異な状況下ではあったものの、シエルはその禁を破り、神聖なる神官騎士の白銀の甲冑を血で汚してしまった。 罪一等を減じられ破門を免れたとしても、永年謹慎……つまりは還俗勧告が下される可能性が極めて高いだろう、と。 「恐らくは覚悟の上だったのでしょう。そこまでしてもシエルは、殿下を始めとする皆を護りたかったので、戦場に駆けつけた」 大司祭の言葉を受けて、ジョセがそう締めくくった。 「どうして……? どうしてそこまでして?」 「神官騎士の白銀の甲冑は、ご存知の通りそれ自体が護符の役割を果たします。自分の不完全な部分を補完し、極限まで殿下のために尽くしたい。そう思ったんでしょう」 それほどまでに彼は、殿下を思っていたのですよ。 そう言ってジョセはどこか寂しげな微笑を浮かべた。 「じゃあ……。結果的に、私がシエルを?」 呆然として立ち尽くすミレダに、事の成り行きをじっと見守っていたフリッツ公が、くすくすと笑いながらおもむろに口を開く。 「あの凄まじい剣技は、殿下を護るために磨いたものですよ。……気付かれなかったのは、殿下だけではないですか?」 まさかそんな、とでも言うようにミレダは公爵の顔をまじまじと見つめる。 その目に涙がこみ上げ、今にもこぼれ落ちそうになったまさにその時、公爵はにっこりと笑った。 「いっそのこと、シエル殿を近侍に取り立ててはいかがでしょう。そうすれば彼も役職を得ることができますし、殿下も常に側にいることができるではないです
last updateLast Updated : 2025-08-19
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第四章第一部赫い狂気 ─1─ 失ったモノと得たモノ

 皇女として産まれた私は、その瞬間からありとあらゆる物を手にしているはずだった。  けれど、実際にはそうではなかった。  まず、私は健康というものから見放されていた。  幼い頃から私は、高熱を出し寝込んでばかりの虚弱体質だった。  庶民だったら、恐らくは一年と保たないうちに死んでいただろう。  そんな私に、父母はそれこそ無償の愛を注いでくれた。  けれど、無尽蔵と思われた愛情は、ある日突然奪われた。  世継ぎがこのように病弱では国の行く末が危うい、そんな声が高まったのだ。  結果、私が二歳になろうかというときに妹が産まれた。  今まで私に一身に注がれていた父母からの愛情は、妹と二分されるように、あるいは妹により多く向けられるようになった。  悔しかった。  私から父母を奪った妹を憎らしいと思った。  そんな私の内心をよそに、妹はなぜか私に懐いてきた。  体調を崩して伏せっていると、必ずといってよいほど見舞いに来た。  そして、大きな目に涙を浮かべこう言った。 ──早く良くなってください。姉上様は必ず私がお守りしますから──  帰り際には決まって、庭園で摘んだと思しき色とりどりの花を置いていった。  忌々しいと思っていた妹がなぜこんなことを言うのか、まったくわからなかった。  しかし、妹は裏表のない性格である。  心底そう思っているのは間違いないだろう。  そして、表面上だけでも妹と仲良くしていると、父母のみならず侍女たちも私を褒めそやすことに気がついた。  私は、この時妹を妹として見るのをやめた。  忠実な臣下として、せいぜい利用してやろう、そう決めた。      ※  二人目の臣下を得たのは、十歳になるかならないかの頃だった。  妹と共に講師から政(まつりごと)に関する教えを受けているところへ、陛下(父上)が宰相を伴ってやって来た。  講師からの質問に対して、私は理路整然と答える。  その回答に対して、妹は感情的に反論する。  妹の言うことは、確かに人
last updateLast Updated : 2025-08-20
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─2─ 手から滑り落ちたモノ

 それから間もなく、皇都は騒がしくなった。  宰相の命令のもと、街に潜む敵国の間者狩りが行われたのだ。  広場には日々、狩られた間者の首が晒されているらしい。  中にはその家族と思しき女や子供の物もあったという。 ──いずれ成長すれば、我が国に仇なす存在となりますゆえ──  いつもの如く表情を動かすことなく、宰相はこう告げた。  父上が倒れてからこの国の実権を握った宰相の忠誠は、まちがいなく私に向けられている。  それでもなお、私は漠然とした不安を抱えていた。  それが一体何なのか。  考えていたある日、私の前に現れた宰相は目に見えて不機嫌そうだった。  感情を表に表すことのないこの人がどうしたのだろうか。  疑問に思い小首を傾げる私に向かい、宰相はいらだちを隠すことなくこう告げる。 「間者狩りに出ていた分隊が、全滅したのです。お恥ずかしい限りですが」  皇都の間者狩りにあたっているのは、その警備も担う朱の隊。  これでは万一の時、皇都防衛に支障をきたすやもしれません。  そう厳しい表情で宰相は言う。  私は常に氷のように冷静なこの人物が、どうしてこれほどまでに怒りをあらわにするのか興味を持ち、無言で宰相をみつめる。  沈黙が流れること、しばし。  その間に何かを察したのだろう、宰相は不機嫌な表情そのままの口調で言った。 「……分隊を全滅させたのは、こともあろうか子供でした。しかも、訓練すら受けていない市井の」  私は思わず目を丸くした。  果たして、そんなことがあり得るのだろうか。  私の内心の疑問に答えるかのように、宰相は苦虫を噛み潰したような顔で続ける。 「……殺意の暴走、と申しましょうか。おそらくその子供には、武人の適性があったのでしょう」  それが両親を殺された怒りと混乱で発現したということか。  納得して私は卓に頬杖をつき、しばらく宰相の言葉を脳裏で反芻する。  そして……。 「殿下、いかがなさいましたか?」
last updateLast Updated : 2025-08-21
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─3─ 目の前に現れたモノ

 周囲の不安をよそに、私の治世は五年を迎えようとしていた。  その間幾度となく隣国との戦いはあったが、雌雄を決するには至らなかった。  父親を突然の病で失った従兄は、成年後その地位を継いだ。  皇帝に連なる血統の有力貴族なのだから、当然彼は議会に出席する権利と発言権を持っている。  けれど彼は父親同様それを行使しようとはしなかった。  初めて私と謁見するため皇宮にやって来た従兄は、控えの間に飾られていた絵画を食い入るように見つめていたという。  以後、彼は美術にとりつかれたようだった。  二代続けての愚昧な公爵家当主、こちらとしては好都合だった。  一方で身近にいる邪魔者の妹は、なかなか消えてはくれなかった。  そして、妹が私から奪ったあの子は武人となっていたが、何度出陣を命じても戻ってきた。  正直、私はあせっていた。  私が即位すれば、すぐにでも戦に大勝利し、大陸の覇権を再び手にできると思って疑わなかった。  けれど、理想と現実はかけ離れていた。  闘いは長引き、収まる気配はない。  そればかりではなく、明らかな負け戦を戦略的撤退と説明されることすらあった。  舐められている、そう思った私は、臣下の心根を叩き直す良い方策を考えついた。  妹を私の名代として出陣させるのだ。  そうすれば私の戦への向き合い方を示すことができるし、あわよくば邪魔者を始末することもできる。  妹は私を信じきっているから、命じれば背くことはない。  案の定、議会でこの発案をしたら、妹は反論することなく受け入れる意思を示した。  ろくな準備もないままに、妹は出陣した。  勝てる見込みのない戦だ。  これでまず間違いなく、戦場で死んでくれるだろう。  万一生きて帰ってきたとしても、敗戦の責任を負わせて自死に追いやれば良い。  そして、もう一人の気に食わない邪魔者……あの間者の子の方は、国家転覆をはかった大罪人という濡れ衣を着せて、手配書を全土にばらまいた。  程なくして、意外なところから情報が入った。  なんと、敵国に潜り込んでい
last updateLast Updated : 2025-08-22
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─4─ 手を差し伸べるモノ

 どれくらい我を忘れていたのかは、定かではない。  気がついた時、私は見慣れぬ部屋にいた。  傍らに貼り付いているのも、気難しげな顔をした見慣れぬ女官だった。  女官という立場でありながら、私を敬う素振りすら見せない。  私はいらだちを覚えながら、一体ここはどこなのか尋ねた。  すると女官はさも面倒だとでも言うような口調で、こう言った。  皇太后様が使われていた離宮です、と。  皇太后、つまりは母上が亡くなるまで住んでいたのは、皇宮の敷地の中でももっとも奥まった所にある小さな宮殿だ。  そうだ、あの時従兄はこんなことを言っていた。  ──ここはひとつその位を退き、いずれかの離宮でお心安らかに過ごされてはいかがですか──  寝台の上で半身を起こし、窓から外の様子をうかがう。  女官の言葉を裏付けるかのように、彼方に私が今まで住んでいた宮殿の屋根が見えた。  咄嗟に寝台から滑り降り扉へと向かう私の目の前に、女官は厳しい顔をして立ちふさがった。 「そこを退きなさい! 皇宮へ戻ります!」  けれど、女官は表情を崩すことなく首を左右に振る。 「おそれながら、陛下は重い病を患っておられるとうかがっております。出ていただく訳にはまいりません」  埒が明かない。  そう判断した私は、強引に女官を押し退けると扉に手をかけ押し開く。  けれど、眼前に飛び込んできたのは交差された二本の槍だった。  扉の向こう側には、門番よろしく衛兵が配置されていたのだ。  呆然として立ち尽くす私の耳を、女官の憐れむような声が通り過ぎる。 「どうかもう政のことは忘れて、この宮殿で静かにお暮らしください」  それは、私にとって死刑宣告の言葉と言って良かった。  すべてを失ったと悟った私は、頬を伝い落ちる涙を拭おうともせず、力無く床の上に崩れ落ちた。  それから私は、篭の鳥の様な生活を送ることを余儀なくされた。  常に監視の目にさらされ、部屋を一歩たりとも出ることすらかなわない。  三
last updateLast Updated : 2025-08-23
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第四章第二部 狂想曲 ─1─ 新たな生活

 長年に渡り続いていたエドナとの争いが終結し、皇都エル・フェイムを包む空気は目に見えて明るくなった。  日々警備のため街を回っているユノーは、肌でそれを感じ取っていた。  ランスグレンの戦より帰還後、晴れてロンダート家が代々所属していた朱の隊への復帰を果たした彼は、朱の隊皇都警備部隊に編入された旧蒼の隊を引き続き率いる立場となっていた。  ユノーには戦功により宮廷近衛への着任の話も出ていたのだが、彼自身がそれを固辞したのだ。  そればかりではなく、対エドナ戦闘専門部隊というその役目を終え処遇が宙に浮いていた蒼の隊を、皇都の警備部隊に編入することに尽力した。  そこまでユノーを突き動かしたのは他でもなく、『恩人』の戻るべき場所を守るためだった。  元々が寄せ集めの傭兵部隊が市街地とはいえ皇都の警備にあたるなど、伝統と家柄を重んじるこの国では考えられないことだ。  だが、誰よりもユノーの想いを理解した皇女ミレダとその従兄フリッツ公の意向もあって、無理は通ることとなった。  無論、一部の朱の隊員からの反発はあった。  ユノーは極力摩擦を無くすため、ひたすらに与えられた任務に忠実に邁進した。  その生真面目すぎる働きぶりもあってか、次第に部隊内の風当たりは弱くなりつつあった。  そんなこんなで順調にも見える正活を送っているかのようなユノーではあったが、対象的にその心は暗く沈んでいた。  その原因は言うまでもなく、すべてのきっかけを作った人物にあった。  幼い頃、彼の父親が所属する部隊を全滅させ、彼を不幸のどん底に突き落とした人物。  かつ、幾度となく彼を戦場という死地から救ってくれた人物。  かつて『無紋の勇者』と称えられたその人は、未だリンピアスの大司教府による処分が定まらず、司祭館の自室で謹慎生活を送っていた。  ユノーは何度か差し入れを携えて司祭館にその人を訪ねたのだが、面会することはかなわなかった。      ※ 「……そうですか。貴方も会えなかったんですか。私もあれ以来、シエルとは会えていないんです」  蒼の隊を除隊し、現在は司祭館で下働きをしてい
last updateLast Updated : 2025-08-24
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─2─ 不協和音

 日当たりの悪い部屋にこもり日々行うのは、分厚い教典をただひたすらに黙読することだけである。  邪気よけの香木が炊きしめられた空間の中、時折ページを繰る音だけが響く。  司祭館はそれ自体が祈りの空間であるから、日がな一日静寂に包まれる。  シエルにとってもそれは自然なことであったし、むしろ心地よいと言っても良かった。  そんなある日のこと、何やらざわめきが近づいてくるのを感じ取り、シエルは眉をひそめた。  異物が侵入してきたような不快感と嫌な予感に、彼は読んでいた教典を閉じる。  そして、じっと扉を凝視し、外の様子をうかがった。  と、ざわめきは次第にはっきりとしてくる。 「……いけません! どうぞ、お戻りください!」 「うるさい! そこをどかないか!」  予想通りの聞き覚えのある声に、シエルは深々とため息をつく。  次の瞬間、扉は乱暴に開け放たれた。  戸口に立っていたのは言うまでもなく、ルウツ唯一の皇位継承者であるミレダである。  わずかに頬を上気させているその姿を、無言のまま冷めた瞳で見つめていたシエル。  その様子を一瞥するなり、ミレダは声を荒らげた。 「一体どういうつもりだ! 何度手合わせの呼び出しを無視すれば気が済むんだ?」  予想通りの詰問に、シエルは常のごとく感情の無い声で応じる。 「どういうつもりもない。俺は神官府の命令に従って、リンピアスからの処分が決まるまで謹慎しているだけだ」  当然と言えば当然の、至極真っ当な返答である。  だが、ミレダは納得がいかないとでも言うような表情を浮かべる。  それを意に介すことなくシエルは教典を開くと、黙読を再開した。  ミレダの声が、高くなる。 「そうじゃない! お前、与えられた申し開きの機会を断ったそうじゃないか。どうして……」 「……俺が進んで敵陣に斬り込んで、無数の命を奪ったことに嘘偽りはない。申し開きするまでもないじゃないか」  言いながらも藍色の瞳は、ひたすらに教典の文字を追ってい
last updateLast Updated : 2025-08-25
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─3─ 憶測

 あくまでもこれは伝聞ですから真偽の程は定かではなありませんが、と断ってからペドロは難しい表情を浮かべて腕を組む。  そして、やや目を伏せながら続けた。 「殿下の来訪以降、シエルは食事もとらなくなったそうです。以前は食堂には出て来ていたそうなんですが、本当に部屋へ引きこもったきりだとか」  このままでは、処分が下される前にシエルがどうにかなってしまうのではないか。  そう心底心配そうに言うペドロ。  ユノーはなるほど、とつぶやき同意を示した。 「正直、ロンダート卿なら会うと思っていたんですよ。ですが、ここまでシエルが頑固だったとは考えてもみませんでした」 「けれど、閣下は殿下のことを誰よりも大切に思っていたのではないですか? それが、どうして……」 「思うに、この国の現状を鑑みてのことでしょう」  ペドロの言うとおり、ルウツは今エドナとの和平にこぎつけたとはいえ、極めて不安定な情況にあった。  なぜなら、この国の根幹とも言える皇帝の位が未だ空位のままだからである。  皇位継承権を持つ唯一の人物であるミレダ、そしてその従兄で皇帝の証たる印璽を亡父から託されたフリッツ公。  両者は共に至尊の冠を戴くことを固辞し、それを譲り合っていた。  ミレダが先の出兵から戻れた暁には臣籍に下ると名言していたのを思い出し、ユノーは深々とため息をつく。  ひと度ミレダがこうと決めたら、それを曲げるとは考えにくい。  一方のフリッツ公の言い分はこうだ。  自分は一応皇帝の血をひいてはいるが父親の代から臣下。  正当な継承者がいる状況で自分がその位に就くのは、あまりにもおこがましい……。  互いに即位を拒否する両者に共通するのは、この国を導く皇帝という存在には自分はふさわしくない、という強い信念だった。  そして両者の周囲では、まことしやかに流れる希望論があった。  すなわち、両者の共同統治という形……ミレダとフリッツ公の婚姻を推す声である。  そんな世相もおそらくはシエルの耳に入っているのだろう。  ミレダへの別離宣言は
last updateLast Updated : 2025-08-26
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─4─ 晴天の霹靂

 詰所では引き継ぎと報告が行われている。  すべての報告が終わりようやく閉会の段という頃、前触れもなく扉は開いた。  室内に緊張が走ると同時に、その場にいる全員が一斉に立ち上がる。  入ってきたのは、珍しく二人の護衛を従えたミレダである。  一同の視線を一身に集めた彼女は、いつになく硬い表情を浮かべている。 「諸君ら、ご苦労」  発せられる声も、どこか硬い。  いや、ここは私的な場所ではないのだから、とのユノーの考えは、次の瞬間もろくも打ち砕かれた。 「……姉上が、姿を消した。残念ながら警備をしていた部隊には、生存者はいなかった」  どよめきが次第に大きくなる。  皆、不安げに顔を見合わせている。  だが、ミレダがすいと片手を上げると、再び水を打ったかのように静まり返る。  ユノーは息を詰めて、ミレダの言葉を待った。 「おそらくは統率された軍隊、あるいはそれと同等の能力を有する者の犯行だろう」  張り詰めた空気が痛い。  ユノーは背を汗が伝い落ちるのを感じた。 「今後、諸君らにも姉上の探索に当たってもらうことになるだろう。だが……」  ひと度ミレダは言葉を切り、目を伏せた。 「諸君らには、実戦の経験がない。つまりは、人を実際に殺めた経験がないということだ」  瞬間、ユノーは初めて人を斬ったときの事を思い出した。  両の手に、あの時の感覚が蘇る。 「……どうしたんだ? 真っ青な顔して」  隣に立つ同僚から声をかけられて、ユノーははっと我にかえる。  下手をすれば、そのまま意識を失っていただろう。  目礼で謝意を伝えると、ユノーは改めてミレダをみつめる。 「相手は人を殺すことをためらわない、一番厄介な相手だ。だが、ようやく実現した平和のためにも、必ず見つけ出さなければならない」  姿を消した女帝メアリは好戦派で、ルウツによる大陸統一を画策していたという。  当然のことながら、この平和な世を
last updateLast Updated : 2025-08-27
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