All Chapters of 名も無き星たちは今日も輝く: Chapter 131 - Chapter 134

134 Chapters

─5─ 来訪者

 皇都に奇妙な緊張感が流れている。 期待と不安、好意と憎悪など、相反する感情が渦巻いている。 そう、ついに長きに渡り戦闘状態にあったエドナから、全権大使一行が到着したのである。 とは言っても、国民感情は複雑だ。 全員が諸手をあげて和議に賛成しているわけではない。 どこに大使達に良からぬことを仕掛けようと考える輩がいるとも限らない。 そんな訳で当日皇都には厳戒令が出され、一般市民の外出は禁じられた。 一方の当の大使も、重騎兵に囲まれた馬車に乗って人気のない皇都に入った。 本当にこれで平和が訪れるのだろうか。 大使公邸へと向かう隊列を見ながら、ユノーはそんな思いにとらわれて深々とため息をついた。 宙に浮いてしまった皇帝の位。 姿を消した廃立されたメアリ。 国内が不安だらけなこの状況で、エドナから大使を迎え入れても大丈夫なのだろうか。 けれど、ユノーはそんな思考を無理矢理中断し頭から振り落とした。 貴族とはいえ最末端の下級騎士である自分が、国家の中枢で行われている政に疑問を覚えても仕方がないと思ったからだ。 そうこうしているうちに、今日の勤務も何事もなく終了した。 引き継ぎのあと、いつものように一人詰所を片付けていたユノーの耳に、何やら言い争うような声が飛び込んできた。 よもや、ミレダが抜け出してこちらに向かう途中見つかってしまったのだろうか。 そう思い、ユノーは片付けの手を止めて、不謹慎と理解しながらも思わず耳をそばだてる。 と、いらだったような声が段々と近づいてきた。「ですから、このような所に来られては困ります!」「一刻も早くお戻りください! 当方といたしましても、安全を保証致しかねます!」 おや、とユノーは首をかしげる。 声の主が近衛なのか朱の隊なのかは定かではないが、その声音がいささか乱暴だ。 言葉使いこそ丁寧なのだが、明らかにミレダに対するそれとは異なる。 一体、外で何が起きているのだろうか。 湧き上がってきた好奇
last updateLast Updated : 2025-08-28
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─6─ 酒場にて

「……だからって、どうしてウチにつれてくるんだよ?」  言いながらロー・シグマは卓の上に手際よく料理と酒を並べる。  それが済むとユノーの隣にどっかりと腰を下ろし、目の前の杯に酒を注ぐと断りもなく飲み干した。  そんなシグマに、ユノーは申し訳なさそうに頭を下げる。 「すみません……。他に心当たりが無かったので……」 「そうじゃなくてさあ。泣く子も黙る朱の隊隊員が、エドナ駐在武官殿を接待するのに、こんな場末の酒場ってのはどうかと思うぜ?」  杯を卓に戻すなり、シグマはもっともなことを言う。  ここは、シグマが退役し始めた店……いわゆる大衆向けの酒場だった。  店主が言うとおり、異国の使者の接待にふさわしいかと言えば、はなはだ疑問である。  一方両者のやり取りを向かいの席で『見て』いたロンドベルトは、さも楽しくて仕方がないとでも言うように笑った。 「そうお気になさらず。堅苦しいのは苦手ですので」  その言葉を受けて、ユノーはロンドベルトに向き直ると、改めて頭を下げた。 「本当に申し訳ありません。お恥ずかしながら、父が他界してからずっとぎりぎりの生活だったので……」  言いながらユノーはロンドベルトの杯に酒を注ぐ。  真紅の液体に満たされたそれを口許に運んでから、ロンドベルトはおもむろに切り出した。 「失礼ですが、ロンダート卿のお父上は武人……騎士だったのでしょう? でしたらそれなりの恩給が出るのではありませんか?」  その言葉を受けて、ユノーは目を伏せ首を左右に振ると、ややためらった後で幼い頃に自分の家に起きたことをかいつまんで説明する。  神妙な面持ちで聞いていたロンドベルトは、その目をわずかに細め驚いたように告げた。 「では、貴方のお父上も『あの場所』におられたのですか。それは、何とも奇遇ですね」  その言葉に引っかかりを感じたユノーは思わず首をかしげ、おずおずと尋ねた。 「すみませんが、『あの場所』とおっしゃいましたが、一体……」  まるでそ
last updateLast Updated : 2025-08-29
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─7─ 為政者達の憂鬱

 ちょうどその頃、皇宮の一室では議論が行われていた。 出席者はミレダとフリッツ公イディオット、議題は次期皇帝の位にどちらが就くかである。 実のところ、なかなか後継者が決まらないという現状は、両者にとって困った事態を招いていた。 国内に二人が婚礼を上げた上で共同統治をしてはどうか、という空気が流れ始めたのである。「困りましたね。私は育ての父の言葉を信じたいのですが……」 言いながらイディオットは腕を組む。 先代のフリッツ公によると、彼は紛れもなく先帝の息子でミレダの異母兄に当たるという。 だが、真実を知る者はすでに皆この世を去っており、それを証明することはできない。 見えざるものの教義では従兄妹同士の結婚は禁じられていないので、民意が拡大し抑えきれなくなれば、最悪従わざるを得なくなるかもしれない。 イディオットの主張が正しければ、両者は見えざるものの意思に反することになってしまうのだ。「だから、とっとと従兄殿が即位すれば良いんだ」 父上が皇帝の証である印璽を託したのは、つまりはそういうことじゃないのか。 そう言いながら足を組み直し、卓に頬杖をつくミレダ。 赤茶色の巻き毛に青緑色の瞳。 よく似た容姿を持つ二人は、お互いの顔を見やりながら深々と吐息を漏らす。「ですが、継承権を持つのは殿下です。それを差し置いてその位に就く訳にはいきません」 それにしても、どうして殿下はそれほどまでに即位を拒まれるのですか。 イディオットからそう問われ、ミレダはわずかにうつむいた。「私は、その器じゃない。……人ひとり救えそうもない私に、国民すべての生命が背負えるはずがない」 予想外の答えだったのだろうか、イディオットは数度瞬く。 それを意に介すことなく、ミレダは更に続けた。「それに、即位するとなると、ルウツの血を残さなければならない。その……好きでも
last updateLast Updated : 2025-08-30
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─8─ 暗い欲望

 篭の鳥の立場から脱したメアリではあったが、次第に宮殿とは比べ物にならない質素で不自由な生活に苛立ちを隠さぬようになっていった。  屋敷内を自由に歩けるようになったものの、外出することはかなわない。  用意される食事や衣類はそれなりに上質なものなのだが、やはり今までと比べるとかなり見劣りする。  自分に対して絶対の忠誠を誓ったゲッセン伯は、あれ以来目立った動きをしている様子は見られない。  このままでは、いつになったら皇帝の座へ返り咲けるのかわからない。  焦りにも似た感情は、日々大きくなっていく。  そんなある日、メアリは晩餐の席でゲッセン伯に向かいこう切り出した。 「そなたの私に対する変わらぬ忠義、嬉しく思っています。ですが……」  一度言葉を切って、メアリは伯爵をじっとみつめる。  その視線にやや怒りにも似た感情が含まれているのを見て取って、ゲッセン伯は緊張した面持ちで姿勢を正した。  それを確認して、メアリは意地の悪い微笑を浮かべつつ言葉を継いだ。 「一体、いつ私を然るべき場所へ戻してくれるのです?」  然るべき場所とは言うまでもなく玉座であり、皇宮である。  それを理解して、ゲッセン伯は色を失った額に浮き上がる冷や汗を拭いながらしどろもどろになって答えた。 「……ただ今、志を同じくする者と計画を進めているところでございます。ですが、事は慎重に進めねばなりませんので、同志の選定が……」  確かに見極めは大切であるから、この言には一理ある。  寝返られ計画が頓挫したら、元も子もない。  しかし……。 「それにしても、随分と時間がかかっているのではなくて?」  私はあとどれくらい待てばいいのです? そう問うメアリに、ゲッセン伯はしばし沈黙した後口を開いた。 「……実は、小賢しいことに両者共に身辺の警護を固めております。そればかりか、追手を差し向ける動きもあります。我らに対する警戒が緩むまで、今しばらく……」  あまりにも無策で平凡な返答に、メアリはわずかに形の良い眉根を寄せる。  目を閉じ息をつくと、諦めたような口調でつぶやいた。 「……わかりました。そなたがそう言うのでしたら、しばし待ちましょう。ですが……」  一転してメアリは無垢な少女のような笑みを浮かべてみせる
last updateLast Updated : 2025-08-31
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