彼の口からほとばしったのは、抑えきれない怒声だった。だが、その怒りは言吾自身に向けられたものでも、彼を止められなかった部下たちの不手際を責めるものでもない。ただ一人、崖から身を投げたはずの一葉へと向けられていた。「あの疫病神が……!死ぬなら勝手に一人で死にやがれ!なんで言吾さんまで巻き込むんだ!」見つけ次第、ただではおかない。その殺気立った罵声に、一葉はさらに身を固くした。洞穴から出るわけにはいかない。絶対に。呼吸の音すら殺し、全神経を研ぎ澄ませて気配を探る。自分が飛び降りた(と彼らが信じ込んでいる)だけで、これほどの憎悪を向けられているのだ。もし、自分が無傷でここにいることが知られ、一方で彼の敬愛する兄貴が崖から落ちて生死不明だなどと知られたら、隼人がどう出るか。想像するだけで、全身の血が凍るようだった。幸いにも、隼人の意識は言吾の安否にしか向いていなかった。彼は悪態をつきながらも、すぐさま救助活動を指揮するため、再びヘリへと駆け足で戻っていった。崖の上の喧騒が完全に静まり返ったのを息を殺して待ち、一葉はようやく、こわばりきった体をゆっくりと動かし始めた。そして、崖とは反対の斜面を、一歩一歩、慎重に下りていく。陽が落ちるにつれ、気温は急激に下がり、容赦のない寒風が肌を刺すように吹き付けた。崖から飛び降りたように見せかけるため、自ら切り裂いたダウンジャケットの破れ目からは、風に煽られるたびに中から白い羽毛が抜け落ちていく。その羽はまるで、彼女の命が少しずつ零れ落ちていくかのように、ひらひらと闇に舞っては消えた。やがて、背中の生地は薄い裏地一枚きりになり、凍てつく空気が直接肌にまとわりつく。状況は絶望的だった。だが、彼女の心を満たしていたのは不思議な安堵感だけだった。生きている。ただそれだけで、今は十分だった。崖の上から、遠くに高層ビル群のシルエットが見えた。ビルがあるということは、そこに街があり、人がいるということだ。山を下りたら、あの光を目指して歩けばいい。しかし、山中で見る景色ほど当てにならないものはない。歩いても、歩いても、歩いても、周囲は深い闇に閉ざされたまま。街の灯りは一向に近づいてこず、希望の光は見えてこなかった。泣きっ面に蜂とは、このことだろうか。い
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