一葉の眼差しが、すっと冷たくなった。礼には礼を尽くすのが彼女の信条だが、無礼を重ねられれば、こちらも相応の態度を取るまでだ。「獅子堂夫人。それほど私を信用できないというのでしたら、治療はお断りしますわ」文江は、まさかそんな言葉が返ってくるとは思ってもみなかったのだろう。信じられないといった様子で目を見開く。「……自分が何を言っているか、分かっているの?」一葉は、一言一句、はっきりと繰り返した。「それほど私を信用できないというのでしたら、治療はお断りします、と申し上げました」文江の眼差しが、ぞっとするほど昏く沈む。だが、一葉は怯まなかった。獅子堂家がどれほどの権勢を誇ろうと、ここは法治国家なのだ。その時、紫苑が眉をひそめた。彼女は一葉を国外へ追い払うつもりだったが、その計画を一時中断していたのだ。一葉のチームからの報告で、治療機器の微調整を行えるのは一葉だけであり、言吾の脚を完治させるには彼女が不可欠だと知ったからである。彼の脚が治った後に、改めて追い出す算段だった。一葉が言吾の正体を疑っている限り、彼女は全力で治療にあたるだろうと踏んでいた。まさか、その一葉自身が治療を放棄するなど、全くの想定外だった。紫苑は思考を切り替え、一歩前に出ると、親しげに一葉の腕を取った。「青山さん、これ以上詳しく調べなくとも、この瓜二つのお顔を見れば、あなたのご主人と私の夫が双子だということは、もうお分かりでしょう?理屈の上では、あなたは私のことを『義姉さん』と、そしてお義母様のことを『お義母さん』とお呼びになるべき間柄……私達は、もう家族も同然なのですわ。家族なのですから、少しの誤解は、話し合えば解けるものですよ」紫苑という女は、実にしたたかな女だった。内心では一葉のことなど、いつでも潰せる虫けら程度にしか思っていなくとも、利用価値のあるうちは、こうして親しげに腕を取り、「家族」だと言ってのける。だが、一葉にとって、彼女たちは断じて家族などではない。一葉は、紫苑の腕からすっと自分の腕を引き抜いた。「奥様。私のことをお調べになったのなら、ご存知のはずですわ。私と言吾は、とうの昔に離婚しています」獅子堂家の跡継ぎに嫁ぐ紫苑もまた、名家の出身である。物腰は柔らかく、いかにもか弱げに見えるが、その実、非常に怜悧で抜け目がな
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