獅子堂家……「烈さん、あなたの大好物のナマコのスープよ。さあ、召し上がって」紫苑は、運んできたスープを言吾の前にことりと置いた。言吾はそれに一瞥もくれず、無機質な声で返す。「君は妊婦なんだ。ゆっくり休んでいろ。使用人がいるのだから、俺の世話などする必要はない」「妊娠していても、適度な運動は必要なのよ。こんなことまでしなくなったら、私、何をしていいかわからなくなってしまうわ。自分が何もできない、役立たずになったみたいで……」紫苑は力なく微笑み、そっと自身の腹部を慈しむように撫でた。「お医者様も、母親の気分がすぐれないと、お腹の子の発育に障るとおっしゃっていたわ」自分に催眠をかけ、洗脳しようとする彼女たちの行為を、言吾は到底受け入れられずにいた。まともな人間のすることではない――そう心の内で断じている。だが、目の前にいるのはか弱い妊婦であり、本来なら「義姉さん」と敬うべき、兄の妻なのだ。言吾はそれ以上、きつい言葉を続けることができなかった。この状況で、そうするべきではないと理性も告げている。彼はぐっと言葉を飲み込み、固く唇を結んだ。「烈さん、さあ温かいうちに。冷めてしまったら風味が落ちてしまうわ」紫苑は、目の前のナマコのスープを飲むよう、言吾に優しく促した。一刻も早くこのスープを飲み干し、彼女に目の前から消えてほしい。言吾は、ただそれだけを考えていた。彼は目の前の椀を手に取ると、中身を一息に呷った。言吾が空になった椀を置くまで、紫苑は静かにその様子を見つめていた。ふと、彼女は目を伏せる。その長い睫毛の下で、瞳に凍てつくように険しい光が閃いた。烈は、ナマコのスープが大好物などではない。むしろ、この世で最も厭うものの一つだった。昨夜、催眠術師は言吾の記憶に、烈が抱いていたその強烈な嫌悪感を植え付けたはずだった。もし、言吾が本当に催眠にかかり、「烈」の記憶が正しく上書きされていたのなら、彼はこのスープに口をつけることすらしなかったはずだ。ましてや、一息に飲み干すなど、断じてあり得ない。それなのに、彼は飲んだ。迷いなく一気に飲み干した。それはつまり、催眠など全く効いていないという、揺るがぬ証拠。彼は……おそらく、とうの昔に自分たちが何をしようとしているのかに気づき、ずっと騙し続けていたのだ!そういえば、昨夜
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