その傷跡が、自分には温もりも幸せも似合わないと思い込ませる。それなのに、どうしようもなくその温もりを求め、手に入れたいと願ってしまうのだ。部屋に戻った慎也は、明日の朝一番で、二人が籍を入れることを思った。自分が、一時的とはいえ、彼女の法的な伴侶となる。そう考えただけで、心臓が激しく高鳴り、いくら深呼吸を繰り返しても、鎮めることはできなかった。結局、その高揚感で一睡もできずに夜が明けた。昇り始めた朝日がその顔を照らし、興奮状態から我に返った時、自分が子供のように胸を躍らせて一晩を明かしてしまったことに気づき、思わず苦笑が漏れた。我ながら、呆れてしまう。今の慎也の姿は、かつての彼が想像だにしなかったものだろう。恋をゲームのように楽しみ、負けを知らなかったはずの男も、愛という名の迷宮からは、抜け出すことができなかったようだ。一葉が目を覚ました時。慎也はキッチンで朝食を作っていた。ガラス窓から差し込む金色の陽光が、もとより漫画から抜け出てきたかのようなその男を、さらにこの世のものとは思えぬほどの美しさで包み込んでいる。美しいものを見慣れているはずの一葉でさえ、目の前の光景に思わず息を呑み、造物主のえこひいきに感嘆せずにはいられなかった。あれほど眉目秀麗な男が袖を捲って料理をする姿は、ありふれた、ともすれば億劫な家事をしているようには到底見えない。まるで一枚の美しい絵画を鑑賞しているかのようだ。ごく普通の鍋や食器でさえ、彼の手にかかれば芸術品のように輝いて見える。足音に気づいたのだろう、男が振り返る。一葉の姿を認めると、その口元に自然と柔らかな笑みが浮かんだ。「起きたか?顔を洗っておいで。もう朝食にするぞ」今こうして目の当たりにしていなければ、あの冷酷非情で知られる桐生慎也に、これほど穏やかな一面があるなど、一葉には到底信じられなかっただろう。いや、一葉が想像できなかったのも無理はない。他ならぬ慎也自身、自分がこれほど優しくなれること、そしていつの日か、こんなにも満ち足りた気持ちでキッチンに立つ日が来るなど、夢にも思っていなかったのだから。一葉が洗面所から戻ると、ちょうど慎也が出来上がった朝食をテーブルに並べているところだった。テーブルにずらりと並べられた豪勢な朝食は、どれもこれも一葉の好物ばかりだ。
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