夕梨は車を走らせ、ホテルへ向かった。大晦日の前夜とはいえ、館内は思いのほか静かだった。部下たちへの指示をすべて終えると、夕梨は事務室に戻り、待機の時間つぶしにパソコンで簡単なミニゲームを開いた。夜九時に館内を一巡して見回りをすれば、その日の勤務は終わりだ。その折、お見合い相手の博仁から【正月は実家で食事でもどう?】というメッセージが届いた。二人はまだ交際には程遠い、ただ様子を見ている段階にすぎない。夕梨は、家に招かれるのは早すぎるとやんわり伝え、外で会うことを提案した。博仁は空気を読む男で、夕梨の意向をすぐに理解し、食事場所を外へと変更した。メッセージを閉じたあと、夕梨はふっと息をついた。――たぶん、彼とは長く続かない。博仁が悪いわけではない。むしろ完璧なくらい優秀だ。けれど、条件の良さとは裏腹に、心が灯るようなときめきはどうしても感じられなかった。それでも、とりあえずは試してみるつもりだった。そう考えた瞬間、ふと脳裏に寒真の顔がよぎる。あの人も言っていた――「試してみたい」と。椅子の背にもたれ、目を閉じる。――私は、本当にどうかしてる。そのとき、デスクに置いたスマホが震えた。出てみると、聞き覚えのある、けれどどこか距離のある声だった。「岸本さん、こんばんは。桐谷彩望です。今、ホテルにいるんです。ロビーのカフェで、お時間いただけますか?」彩望――トップ女優。寒真とパーティーに出席していた、あの女性。夕梨は一瞬迷ったが、会うことにした。五分後、一階の併設カフェへ向かうと、彩望はすでに席に着いていた。真冬とは思えないほど薄着で、黒のベルベットドレスに、肩へ流れるような輝石のショール。完全に「見せるための格好」だった。対して夕梨は、ホテルスタッフ用の制服スカート。向かいに座ると、彩望はちらりと夕梨の服装を見、それからカップの中身をゆっくりとかき混ぜながら、落ち着いた声で言った。「まさか、あなたが周防家と岸本家のご令嬢ですね。どうしてこんな場所で働いていますか?私なら、毎日きれいに着飾って、お見合い相手を待つだけでいいと思いますけど」夕梨は軽く微笑み、率直に返した。「桐谷さん、上流って、外から見るほど甘くないですよ。あの世界は広いようで狭いです。トップクラスの家同
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