朱里だけでなく、周囲の全員が息を呑んだ。視線は一斉に夕梨へと注がれる。当の夕梨は終始落ち着いたまま、微笑を浮かべて言った。「あなたが言わなければ、あの人は知ることもないわ。そうそう、この食事は私の勘定で。ついでに、いい年の赤ワインを何本か追加して。今日は同窓生たちをご馳走したいの」マネージャーは慎重にうなずき、「かしこまりました」と応じた。その態度は最初から最後まで実に恭しかった。朱里がついに堪えきれず口を開く。「周防さんって、どなたなの?」マネージャーは穏やかに笑って答える。「周防様とは、周防澪安様のことです。栄光グループの社長で、このレストランは奥様のために投資されたミシュラン店でして。奥様がこのブランドをお気に召していらっしゃるものですから」朱里はようやく理解した。彼女は夕梨を見つめ、心底感心したような表情になる。「本当に驚いたわ……夕梨、周防さんとそんな関係だったなんて。忙しすぎない?それに……もし正妻に知られたら、どうするの?」夕梨は微笑んだまま、逆に問い返した。「義姉のこと?たぶん気にしないと思うわ。私と従兄が仲良くしていても。うちは家族仲がいいから、みんな関係も良好なの」その一言で、場は完全に凍りついた。誰もがその事実をすぐには飲み込めなかった。――周防澪安が岸本夕梨の従兄?岸本夕梨は岸本家の人間。つまり、岸本琢真の妹だ。 しかも岸本家の企業は数兆円規模。岸本夕梨は正真正銘の令嬢だったのだ。朱里が受け入れられなかったのは無理もない。同じく顔色を失っていたのが恒一だった。当時、彼は朱里がラブレターを破り捨てたことを回り回って知っていた。その後、朱里のほうから告白してきた。あの頃、二人は同じ投資銀行に勤めていて、条件面では朱里のほうが確かに良かった。だから彼は流れに身を任せた。――犠牲にするのは夕梨でいい。彼女は朱里ほど条件が良くなかったから。そう思っていた。だが、まさか彼女が兆クラスの令嬢だったとは。恒一は人生を五十年分短縮できたかもしれない機会を自ら手放していたのだ。男であれば誰しも、一度は「天下を握りたい」と夢見るものだその喪失感に彼の胸中はひどく複雑だった。個室はしんと静まり返った。そのとき、マネージャーがワゴンを
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