央筑ホテルに特大の案件が舞い込んだ。バレンタインデーの前後三日間、周防家がホテルを丸ごと貸し切り、澪安と慕美の結婚式を執り行うという。当日は、二百六十室すべての客室と全宴会場――そのすべてを周防家が使用する。総額およそ五千万円。だが価値は金額のそれにとどまらない。栄光グループは国内最大の財閥であり、その社長がここで結婚式を挙げるとなれば、とてつもない話題性が生まれる。この一件が、央筑ホテルの名を全国へ押し出すのは目に見えていた。まさにホテル側にとっての分岐点――そんな重大イベントだった。ホテル責任者の蒼川青河(あおかわ せいが)は、夕梨を執務室へ呼び出した。夕梨が扉を開けて入ると、青河は書類を読んでいた手を止め、顔を上げた。「岸本副総支配人、いらっしゃい」夕梨は静かに扉を閉めて歩み寄る。「蒼川さん、私にご用件でしょうか?」青河は席を立つことなく手で「座って」と示し、夕梨が腰を下ろすと、自らコーヒーを淹れて手渡した。まるで雑談でもするかのような柔らかい声音だった。「岸本副総支配人、周防家とは何かご縁があるんでしょう?」夕梨は隠すことなく、淡い笑みで答えた。「ええ。栄光グループの社長は、私の従兄なんです」青河は一瞬だけ考え込み、頷く。「なるほどね。ならば、今回うちを会場に選んだのも、あなたの顔を立ててのことかもしれない。この案件、あなたに任せる」夕梨は落ち着いた笑みを崩さず、静かに頭を下げた。「ありがとうございます。全力で取り組みます」青河はそんな夕梨の穏やかさを見つめながら、胸の内で小さく息を吐いた。三年前、夕梨が赴任してきたときから、彼女にただならぬ背景があることは分かっていた。社長自らが連れてきた人材。あのとき青河は、正直社長の恋人候補のひとりだと予想したほどだ。芸能人よりも美しい容姿をしていたから。しかしその後、社長と特別な関係にあるようにも見えず、距離感はつかみにくかった。ただ一つ、妙に印象に残る出来事があった。ある富裕層の女性が、しばしばホテルの最高級スイートを一年単位で予約するのに、ほとんど滞在しない。雨の日だけ、夕梨がそこへ泊まることがある――そんな噂も耳にした。気になった青河は顧客名を調べた。――赤坂瑠璃。立都市に名を馳せた女傑。周防輝、
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