寒真はオーストラリアへと飛び立った。その日、夕梨は岸本家の邸宅のバルコニーで、のんびりとコーヒーを味わっている。向かいに腰掛けているのは茉莉だ。白いウールのワンピースに身を包み、英国調のソファに身を預けたまま、茉莉はどこか心ここにあらずな妹の様子をうかがい、探るように声をかけた。「朝倉寒真がオーストラリアに行ったって聞いたけど……見送りには行かなかったの?」あの日下夫人のおかげで、夕梨と寒真の関係は上流階級の間で派手に噂になり、母をずいぶん悩ませた。結果として、岸本家と日下家は完全に袂を分かつことになった。もっとも――岸本家と周防家は、誰を敵に回そうと痛くも痒くもない。夕梨はソファにもたれ、指先をいじりながら言った。「私が行って何をするの?」もうあれほどはっきり伝えたのだ。寒真が戻ってきたとしても、もう彼が自分に執着することはないだろう。日常が静かに元に戻る。それでいい――そう思えた。……ほどなくして澪安と慕美の結婚式の日がやってきた。メインとなる披露宴は央筑ホテルで行われた。昼の式を終えたあとは、夜に周防本邸で身内でも特に大切な親族を招いての晩餐会が予定されている。和洋二部構成の一日は新郎新婦にとって体力勝負だが準備と段取りのすべては舞が一手に引き受けており、慕美は出席するだけでよかった。無理な酒席も一切ない。央筑ホテルでの挙式は屋外のガーデンウェディングだった。バレンタインデー当日は冷え込みが厳しかったが、周防家は文字どおり桁違いの資金力を発揮し、芝生一帯に約四億円を投じて暖房システムを設置していた。そのため屋外でありながら、春風の中に立っているかのような暖かさだった。この一大イベントの総責任者を務めたのは夕梨だ。当日彼女は終始スタッフ用の制服に身を包み、トランシーバーを手に全体を指揮していた。いとこである澪安の結婚式――ほんの一瞬のミスも許されない。完璧でなければならなかった。式が始まる前だけですでに一万歩。靴擦れで足の裏は擦り切れていたが本人はまるで気づかず、無線を握ったまま事前準備のすべてを采配し続けていた。ホテル二階・東ウイング。そこにあるラグジュアリーなスイートルームが新婦の控室だ。スタイリストが慕美の最終仕上げを行い、そばには澄佳と願乃、そして美羽と茉
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