寒笙は離婚を拒み続けていた。一方、あの栞という女は死ぬだの生きるだのと騒ぎ立てている。彼女自身、こうした振る舞いが寒笙の嫌悪を買うことは百も承知だった。自分は「破壊者」であり、彼は一心に家庭に戻ろうとしている。かつて彼女がH市の仁政の元へ乗り込んで不貞を暴露して以来、彼はマンションへ寄り付かなくなり、ただ生活費を送り続けているに過ぎなかった。だが、栞が望んでいるのはそんな平穏ではない。彼女が渇望しているのは「朝倉夫人」の座だ。朝倉家と加賀谷家、合わせて数兆円とも言われる資産。寒笙と結婚すれば、彼を焚きつけ、寒真から資産を奪い取らせることもできるはずだ。誰かの風下に甘んじるなど耐えられない。この降って湧いたような富貴を、逃してなるものか。それなのに、彼はただ大学に留まって教授になりたいなどと言っている。栞にとって、これは千載一遇の好機だった。彼女の目には、寒笙もその妻も、等しく軟弱に見えていた。だからこそ芝居を打ち、自らの命を盾にして、強引にその座を奪い取ろうと画策しているのだ。寒笙が離婚に応じない限り、彼女は退院しないつもりだった。ある日、栞の母親が記者を抱き込み、このスキャンダルを暴露させた。金を受け取った記者は、言葉を濁しながらも生々しい不倫劇を書き連ねた。実名こそ伏せられていたが、社交界の人間が見れば、それが朝倉家の次男坊のことであるのは一目瞭然だった。その日、仁政は立都市に滞在していた。寒真と夕梨の結婚式が目前に迫り、祖父として差配を振るうためにやってきていたのだ。ところが、長男の祝い事も済まぬうちに、次男の足元から火が上がった。仁政は激怒し、寒笙の頬を何度も力任せに張り飛ばした。それでも怒りは収まらず、何時間も罵倒し続けた。それはひとえに、翠乃という孫嫁を繋ぎ止めたい一心からだった。翠乃は終始、淡々としていた。喜ぶことも、悲しむこともない。彼女はただ待っていた。寒笙が改心するのを待っているのではない。彼が家庭を諦めるのを待っていたのだ。たとえ今、仁政や義理の両親がこれほどまでに自分を庇ってくれても、もうこの婚姻を続ける気はなかった。彼なら、栞との泥沼に沈んでいけばいい。自分と愛樹、愛夕は、真っ当な人生を歩むのだから。……寒笙が激しい折檻を受けていたその時、寒真と夕梨が姿
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