All Chapters of クズ男が本命の誕生日を盛大に祝ったが、骨壷を抱えた私はすべてをぶち壊した: Chapter 111 - Chapter 120

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第111話

お風呂の中で、深雪は車が走り去る音を聞き、顔色を変えたが、やがてほっと息をついた。まさか自分が、あの男に触れらることを恐れ、拒絶する日が来るとは思ってもみなかった。かつては近しい間柄だった二人でも、ここまで壊れるものなのかと思うと深雪の胸の内には言いようのない苦味が広がった。体を丁寧に洗い流したあと、ベッドに横たわり、ようやく安らかに眠りについた。しっかり食べ、しっかり眠り、力を蓄えること。それが彼女の中で静かに決まっていた。それこそが、寧々に報いる唯一の方法であり、最期に彼女が言い残した言葉に応えることになる。寧々の名を思うだけで、胸が締め付けられる。特に、この家は寧々と共に何年も暮らした場所だ。旅立つ前に、痕跡はすべて消したはずなのに、横たわるとそこかしこに彼女の面影が見える気がする。寧々を失ってからというもの、深雪はずっと眠れぬ夜を過ごしてきた。だが、この場所に戻ったせいか、寧々の気配を感じたせいか、驚くほどすぐに眠りに落ちた。病院で芽衣はベッドにしっかりと拘束され、真っ赤な目で目の前の男をにらみつけた。「放しなさい!」「放す理由があれば放すが、今は絶対に無理だな」「自分のやったことには、それ相応の代償を払うべきだ。分かったか?静雄にとって、お前なんてその程度なんだよ」正男は見下ろすように、薄笑いを浮かべながら芽衣を見た。今の彼女は哀れそのものだが、やってきたことを思えば、自業自得だった。その言葉に、芽衣は信じられないという表情を見せ、目を大きく見開いた。「あんた......あの女の手先なのか?あのクソ女の味方だなんて!」鋭い音と共に、平手打ちが頬に落ちた。正男の顔は怒りで歪んだ。「家庭を壊したお前こそクソ女だ!人の夫に手を出す愛人が、よくもそんな口をきけたもんだな。恥知らずのあばずれめ!」芽衣は生まれてからこんな屈辱を受けたことはなかった。これが現実だとは信じられない。眉をひそめ、奥歯を噛みしめて正男をにらみつけ、憎々しげに吐き捨てた。「あんた......私は絶対に許さない。静雄だってお前を許さない。いつか必ず殺してやる!」「お前は本気でバカか?静雄がまだお前を助けに来るとでも思ってるのか?」今ごろあいつは、妻を抱いて愛し合ってるに決まってるだろう
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第112話

昨日のあのドレス以外何もない。その時、階下でチャイムの音が響き、深雪は急いで降りていった。ドアを開けると、目の前に立っている助手の深野星男(ふかの ほしお)を見て少し驚いた。「どうして?」「服を届けに来ました」星男はそう言って袋を手渡した。彼の深雪を見つめる目には、少しの非難や警戒が混ざっていた。「そのお気がないなら、軽い気持ちで人を振り回さないでください。誰もが深雪さんみたいに、簡単に深くのめり込んで、また簡単に抜け出せるわけじゃありませんから」星男と延浩は同級生で、留学時代もずっと一緒だった。だからこそ、延浩がこの女をどれほど想い続けていたか、そして彼女が結婚した時にどれだけ苦しんだか、目の当たりにしてきた。もっとも、それは二人の問題であり、星男としてはたとえ延浩が愚かに見えても、深入りして言い過ぎるつもりはなかった。彼は延浩の友人であり、気にかけるのは延浩の気持ちと考えだけだ。その言葉を聞いた深雪は、怒ることもなくにこやかに頷き、小声で言った。「分かったわ、あなたの言葉は覚えておく。これからはもっと慎重にして、もう彼を傷つけないようにする」彼がこんなことを言ってくるのは、本気で延浩を大事に思っている証拠だ。それなら、腹を立てる必要などない。むしろ、延浩のために嬉しく思うべきだ。星男は、彼女が反発してくるとばかり思っていたので、この反応は意外だった。表情を変えて、冷たく鼻を鳴した。「やっぱり、お見事ですね」「好きに言えばいいわ」深雪は全く気にした様子もなく肩をすくめた。寧々を失う前の深雪はこうしたことをとても気にしていた。自分が腹黒い女だと思われないよういつも気を配っていた。だが今は、そんなことはどうでもよくなった。自分の評判など重要ではない。本当に気にしていない様子の深雪に、星男はまるでパンチが空を切ったような感覚を覚え、眉間に深い皺を刻んだ。「星男、言うべきことは言ったでしょ。そろそろ帰るの?」深雪はひらひらと手を振った。同じ学校の知り合いなのだから、わざわざ関係を悪くする必要はない。その言葉に、星男は少し気まずそうな顔をした。自分が少し言い過ぎたことに気づいたのだろう。しかし、謝罪の言葉は口にせず、ただ鼻を鳴らして踵を返し、大股で去っ
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第113話

見た目がそこそこ気に入った車に選び乗り込むと、やはりこれまでとはまるで違う感覚だった。深雪は奥歯を噛み締め、心の中で吐いた。ありえない、今まで一体どんな惨めな日々を送ってきたのよ?間もなく深雪は松原商事本社ビルの前に到着した。以前なら、ここに足を踏み入れる資格すらなかった。だが今は静雄の車に乗っているため、誰一人として彼女を止める者はいない。駐車場に入ると、スタッフは以前とは打って変わってへつらうように挨拶してきた。この差を見て、深雪ははっきりと悟った。本当の尊厳というものは、自分自身で勝ち取るものだ。他人に期待しても無駄なのだと。そして、これまで自分が人に見下されてきたのはある意味自業自得だったと気づいた。あまりに大人しすぎて、「静雄の奥様」という肩書きの重みを誰も理解しようとしなかったのだ。結婚して数年の間、ここへ来た回数は片手で数えるほどしかない。だが今は、静雄への愛情が冷めたせいか、むしろ自由に出入りできる。それがなんとも滑稽に思えた。この経験を経て、彼女は静雄を愛してしまえば不幸になることに気づいた。今回の株主総会は、冒頭から剣呑な空気だった。ほぼ全員が静雄に対して批判を浴びせていた。以前は広報戦略が功を奏していたが、静雄の私生活での行動が原因で、これまでの努力はすべて水泡に帰した。そのせいで株主たちは、みんな狂ったように怒っていた。静雄は無表情で彼らの不満を聞き流し、淡々と口を開いた。「俺と深雪が夫婦でいる限り、松原商事は倒れない。お前たちは何を恐れている?」彼が社長に就任して以来、松原商事の売上は過去最高を更新し続けており、皆もそれは認めていた。プライベートに多少の問題はあっても、真の経営者は数字で評価されるものであり、私生活で判断はしない。加えて、これまでの兆候から見ても、松原商事の内部は比較的安定しており、静雄の結婚生活も表向きは安定していると見られていた。「松原社長、この前お願いした核心データ、もう整理できましたか? 公表していただけますか?」「このままだと、松原商事が空っぽになってしまいそうで......私たち株主は、自分の懐が安全かどうかが知りたいんです」会議室の隅に座っていた長谷川賢治が、核心を突く一言を放った。夫婦仲など彼にはどうで
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第114話

「おはようございます。深雪です。今日は株主総会を行うという事でしたから、松原商事の最大株主として、顔を出すべきだと思いまして」深雪は軽く微笑み、今回は席を奪うこともなく、会場の隅に腰を下ろした。それでも、その存在感は角に座っていても隠しようがなかった。何よりも、今の彼女は圧倒的なオーラを纏い、落ち着きと自信を湛えた姿が、全身を輝かせていた。これまで見向きもしなかった静雄でさえ、その姿に圧倒され、ほんの少し誇らしさすら感じていた。これが自分の正妻なのだ。「松原社長、続けてもよろしいでしょうか?」深雪が静雄の視線に気づき、胸の奥に嫌悪感が湧き上がったが、表面上のマナーを崩さなかった。静雄はようやく我に返った。彼には分かっていた。この場に深雪が現れたということが、極めて厄介なことだ。本来なら自分一人で代表して発言できたのに、深雪が来たことで主導権は彼女に移ることになる。この先、事態は思うように運ばないだろう。「深雪、何しに来た?会社のことは、前にもう話がついていただろう?外のことは俺が、家のことはお前が仕切る。それでいいと言ったはずだ」静雄は不満をあらわにして責め立てた。以前なら、この言葉に深雪は顔を伏せていたに違いない。だが、今の彼女はもう従うつもりはなかった。深雪は立ち上がり、にこやかに言った。「ええ、以前そう決めたのは、私たちに子どもがいて、誰かが全力で子どもに付き添う必要があったからです。でも今は、子どもはいません。だから私は職場に戻ります。家で時間を無駄にするなんて、あり得ません」「お前みたいな専業主婦が、どこに戻るっていうんだ?家がお前の職場だろう。台所がお前の戦場だ。さっさと帰れ」静雄の顔には、あからさまな軽蔑が浮かんでいた。彼は本気で、この女を見下していた。腹黒く計算高いだけで、何もできない。「私はちゃんとした名門大学を卒業しています。仕事の能力がないわけがありませんよ。大学時代はコンピュータプログラミングを専攻し、その後は独学でビッグデータ分析を学びました。卒業時には、その年度で最も優秀な卒業生として表彰されています。ですから、自分の仕事は十分こなせます」深雪はすぐに自分の経歴をみんなに伝えた。静雄はそれまでこの女がそんな輝かしい経歴を
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第115話

深雪は最大の株主であり、復職するのに誰の許可もいらない。以前なら、静雄の意向を多少は気にしたかもしれない。だが今の深雪にとって、この男の考えなど取るに足らないのだ。「何ですって?」もともと全員の矛先は静雄に向いていた。だがこの言葉を聞いた途端、今度は一斉に深雪を非難し始めた。なにひとつ出来ない女が、こうして会社に入ってくるなど、たとえ平社員でも常識外れだと、彼らは受け入れられなかったのだ。「奥様は家で洗濯や料理をなさるのが一番ですよ。会社の業務なんて全くご存じないでしょう?足を引っ張るだけじゃないですか。今の状況は非常に厳しいんです」そんな嫌味を向けられても、深雪の表情は微動だにしなかった。もっと辛い時期はとうに越えてきた。ましてやこんな戯言など、痛くもかゆくもない。「一つ、はっきり言っておきます。私は最大の株主です。今日ここに来たのはお知らせのためであって、相談のためではありません。もし私の復職に反対するなら、保有する四十パーセントの株を売ります。どうするかは、あなた方でお考えください」言い切ると、深雪はその場にどかりと腰を下ろし、腕を組んで、皮肉げに彼らを見回した。表向きは人の良さそうな顔をしていても、腹の底は金しか信じない自分本位な連中なのだ。もし四割の株を手放し、新しい株主が入ってくれば、松原商事の業務にとっては壊滅的な打撃になる。これこそが家族経営の弱点なのだ。誰もが思ってもいなかった。あの大人しい松原家の奥様に、こんな鋭い爪が隠されていた。ほぼ全員が静雄に視線を向けた。説明と対策を求めているのだ。「少し、席を外させてくれ」静雄は深雪の腕をつかみ、そのまま外へ連れ出そうとした。だが深雪は遠慮なく振り払った。「何するんだ?ここは会社だ!会社だって分かってるのか?恥をさらすな」その目には、隠そうともしない軽蔑が宿っていた。まるで深雪が汚らわしいものでもあるかのように。だが、そんな目を向けられても、深雪の心は微動だにしない。以前なら悲しくて胸が裂けそうになったかもしれないが、でも今は違うのだ。この男は、悲しみや涙を注ぐ価値などない。ただ、平手打ちや拳をお見舞いするに値するだけだ。「恥だと思うなら、離婚すればいいわ。静雄、勘違いしないで。今、離婚できない
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第116話

もし今、松原商事という看板すら失ってしまえば、彼のあれこれの思惑など灰となって消え去るに違いない。「やっぱりお前はひどいな!」「そうよ。それがどうしたの?文句でもある?」深雪は一歩も引かず、静雄を真っ直ぐに睨みつけた。この場で、彼にできることなどない。かつて深雪がこの男の口から最も聞きたくなかったのは「ひどい」という言葉だった。だが今の深雪にとって、それはむしろ自分への称賛としか思えなかった。心地よい、嬉しい、大好きな響きだ。「......いいだろう、わかった」静雄はいきなり妥協した。彼もまた冷静に計算していた。目の前の女の要求を呑むといっても、マーケティング部に椅子が一つ増えるだけの話。だが拒めば、もっと大きな代償を払うことになる。まして、静雄は深雪が大人しく席について、仕事を続けるとは考えていなかった。どうせこれも口実に過ぎず、彼に近づき、少しずつ誘惑しようという魂胆だろうと見抜いていた。女の企みなど、静雄には手に取るように分かる。それでも、なぜか自分でも分からないまま、彼は承諾してしまった。以前なら絶対に首を縦には振らなかったはずなのに。だが今では、わざわざ自分に取り入ろうとする彼女の姿に、妙な優越感を覚え、次にどんな動きを見せるのかを期待している自分がいた。「よし、約束だ」深雪は先ほどの激しいやり取りがまるで何もなかったかのように、視線を外して再び席に腰を下ろした。皆は今回のことを火花散る激しい戦いになると予想していた。だが意外にも、静雄はあっさりと折れた。人々は思わず顔を見合わせていた。松原商事は本当に大きな変革を迎えるのではないのか。会議が終わり、深雪は自分の荷物をまとめて外に向かった。「待て」静雄が彼女の前に立ちはだかった。「深雪、どう思うかは構わんが、会社では真面目に働け。変なことを考えるな。そして俺の顔に泥を塗るな」静雄は、彼女がこれまでのようにしつこくまとわりつき、もし社内で騒ぎでも起こせば自分の恥になるのではと危惧していた。だからあらかじめ釘を刺しておこうとしたのだ。だが、その得意げな態度に深雪は鼻で笑い、大きく肩をぶつけるようにして押しのけ、足早に外へと出て行った。本当に厚かましい男だ。まるで天から舞い降りた仙人にでもなったつもりか。子どもをも失っ
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第117話

芽衣の母は、娘の苦しみが分からないわけではない。ただ、そもそもこの娘には心を寄せておらず、気にも留めていなかったのだ。彼女の頭の中にあるのは、ただ大事な一人息子のことだけ。芽衣の様子を見ても、むしろ不快げに吐き捨てるように言った。「結局はあんたが不甲斐ないせいじゃないの。もともと静雄と知り合ったのはあんただったのに、どうしてあの女に横取りされるの?いったい何ができるっていうの。弟も守れないくせに、姉なんて名乗れるの?」ここ数日、芽衣はほとんど毎日ひそかに痛めつけられていた。しかもその痕は決して表に出ない場所ばかり。静雄は利益のため、心はもう深雪の側へと傾き始めていた。芽衣は生まれてから、これほどの苦しみや屈辱を受けたことはなかった。胸の内はすでに恨みでいっぱいだった。今日、母が見舞いに来てくれた時、せめて心の内を吐き出したいと思っていた。だが返ってきたのは容赦ない責め立て。まるで自分が娘であること自体が罪であるかのように。「ねえ、本当に私の母親なの?今の私の状況が分からないの?」「陽翔は、私の足を引っ張ることしかできない!私はもう精一杯なのに、さらに重荷を背負わせるつもり?」芽衣は、ついに堪え切れず声を荒げた。ここ数日、彼女は虐げられ、自由に動くことすら許されなかった。静雄との距離を縮めるどころか、彼の顔を見ることさえ叶わない。かつては、静雄の心は自分一人に向けられ、日々べったりと寄り添っていたのに。今で静雄は頼りにならないことがはっきりと分かる。彼の心の中で一番大事なのは結局いつも彼自身なのだ。そう思うと、芽衣の胸はさらに深く沈んでいった。一方芽衣の母は驚いていた。これまで言いなりだった娘が、突然こんな態度を取るなんて。次の瞬間、平手が芽衣の頬に強烈に打ち込まれた。「芽衣!自分の不甲斐ない姿を見なさい!陽翔は今生きてるか死んでるかも分からないのに、あんたはどう?ここで寝ているだけじゃない?あんたには心がない!弟が死んでも構わないと思ってるんでしょう!」言っとくけどね、もし陽翔に何かあったら、私はあんたを殺してそれから自分も死ぬから!」母はそう叫んで泣きわめき、場はあまりにも惨たらしい光景となった。芽衣は何か言い返そうとしたが、ふと視線を上げた瞬間、扉口に立つ静雄の姿を見つけた。その瞬間、態度を一変
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第118話

芽衣の母は慌てて立ち上がり、どもりながら「すみません......」と静雄に声をかけた。しかし静雄は彼女に一瞥もくれず、床に倒れている芽衣をそっと抱き上げ、丁寧にベッドへ寝かせた。そして彼女の涙をやさしく拭いながら、柔らかく声をかけた。「どこも痛くないか?」「私は大丈夫、本当に大丈夫よ」芽衣は嗚咽を交えながら言葉を続けた。「あなたが会社のために、こうしなきゃいけないのは分かってるわ。深雪さんは私を憎んでいる。寧々を死に追いやったのは私だって、ずっとそう思ってる。でも違うの、本当に違うの......彼女が私を憎んで、責めて、苦しめるならそれでいい。ただ、あなたに迷惑をかけたくないの」そう言いながら、芽衣は声を張り上げて泣き、ぎゅっと静雄にしがみついた。だが次の瞬間、まるで電流に打たれたかのように彼を突き放し、苦痛に顔を歪めた。「どうしたんだ!」静雄は驚き、芽衣の母がそばにいるのも忘れて、衣服を掻き分けようとした。「大丈夫。本当に大丈夫。これは深雪さんとは関係ないの......」芽衣は必死に逃れようとしたが、緩い服はずるりとずれて、彼女の身体に残された痕跡を露わにした。青黒いあざに無数の針痕、その痛ましい姿に怯えと恥じらいが交差した刹那、静雄の胸には強い庇護欲が湧き上がった。「どうしてこんな......なんて惨いこと!」芽衣の母は地面に膝をつき、娘の手を握って泣き叫んだ。「深雪はあまりにも冷酷です!静雄さん、どうか私の娘のためにお力を貸してください!娘だって、好きでこうなったわけじゃないんです!」彼女の嘆きは芝居じみてはいたが、実に巧みでもあった。しかし芽衣は、その裏を冷ややかに悟っていた。母が自分に歩み寄るのは、静雄の妻としての立場を与えるためであり、結局は弟のためにほかならない。そう思うと胸が締め付けられ、涙すら本物に変わっていった。静雄は拳を握りしめ、すぐさま病院側に責任を追及した。だが、いざ調べると病院は何も知らず、かつて連絡を取った医者も偽名で芽衣の周囲にいた人物たちは影も形もなく消えていた。まるで最初から存在していなかったかのように。いったい誰が痕跡も残さずにやったのか?病室に戻ると、静雄の芽衣を見る目は一層柔らかくなっていた。「医者は、今の君の状態では家で静養するのが
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第119話

どう対処すべきか、静雄には分かっていた。自分の好きな女にだけは、決して屈辱を味わせない。たとえ深雪が今や極めて重要な存在となっていても、彼女に好き勝手に振る舞わせるつもりなどなかった。静雄はすぐにマーケティング部と連絡し、手配を済ませるた。その後はひたすら芽衣の傍らに付き添った。若い二人に空間が必要だと分かっている芽衣の母は、息子が無事に出てくると確認すると、自ら気を利かせて病室を後にした。その頃、深雪はそんなことを何も知らず、ただ仕事に没頭していた。長い間専業主婦として過ごしてきたが、久しぶりに専門分野の仕事に打ち込むと、家事よりもはるかに気楽だと感じた。まして得意分野の案件なら、取り組むほどに手応えがあり、次々とほころびを見つけては修正していく。夢中になりすぎて、静雄が玄関に入ったことにも気づかなかった。しばらく立ち尽くした静雄は、誰も自分に気を留めていないことを悟った。これまでは、帰宅すれば必ず深雪が出迎え、靴を取り替えてくれた。彼女を疎ましく思いながらも、それだけは良き妻と認めざるを得なかった。だが今や、その唯一の優勢すら失われ、すべてが変わってしまった。苛立ちが募り、彼は靴も脱がずに客間へ踏み込み、机に向かって作業している深雪を見つめた瞬間、怒りが一気に込み上げてきた。顔を上げた深雪は、静雄の烈火のごときの視線とぶつかり、一瞬眉をひそめた。結婚してから、これほど帰宅することなどほとんどなかった。寧々でさえ、父と二人きりで過ごした時間は数えるほどしかない。それが、どうして最近は頻繁に帰ってくるのか。この家にはもう長くはいられない。気持ちを乱すだけでなく、仕事の妨げにもなる。「深雪、お前が陰険な女だとは思っていたが、まさかここまで手段を選ばないとは。俺がいない間に何をしてきた?教えろ」静雄は大股で近づき、手にしていた鞄を机に叩きつけた。鈍い音が屋敷に響き渡り、使用人たちは一斉に息を呑んで身を潜めた。以前の深雪なら、恐怖で泣き出していただろう。だが今の彼女には、目の前の男がただの愚か者にしか見えなかった。物を叩きつけるくらい、誰にだってできる。深雪はその鞄をつかみ上げ、渾身の力を込めて投げ返した。狙い澄ました軌道で、見事に静雄の額に直撃した。「静雄、よく聞きなさい。ここはあな
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第120話

写真に映っていたのは、青黒い痣と無数の針痕。誰かが拷問のような仕打ちを受けたことは一目で分かった。でも、それが自分と何の関係があるのか。「これは誰の写真なの?」深雪は戸惑いながら静雄を見た。すぐに、先ほど彼が「芽衣がひどい目に遭った」と言っていたことを思い出した。写真の人物が芽衣だと気づいた瞬間、深雪の胸に湧き上がったのは、言いようのない痛快さだった。これらの傷痕が、むしろ目に心地よく映ったのだ。そんな彼女の表情の変化を見て、静雄は冷たく鼻を鳴らした。「虐待罪は刑事罰になるのを知らないのか?」「証拠があるなら警察に行けばいい」「私は忙しいの。暇なら愛人でも慰めてきなさいよ。あなたがここにいると、吐き気がするの」深雪は遠慮なく写真を投げ返した。思いきりやり返すのは、こんなにも痛快なのか。毒舌を吐けば、身体の奥まで晴れ渡る。こんなに無神経に生きるのが楽しいのなら、もっと早くそうしていればよかった。「あんた......」静雄は目の前の女が自分の妻だと信じられなかった。まるで小説の筋書きが現実になったかのように、妻が誰かに憑りつかれてしまったのではと疑うほどだ。しかしすぐに平静を取り戻し、腕を組んで彼女を眺めながら、皮肉を込めて言った。「深雪、俺を手に入れるために、随分と知恵を絞ったものだな」はぁ?ここまで恥知らずに言い切れるこの男に、深雪は呆れを超えて、どこか感嘆の念すら抱いた。彼女は大きく息を吸い込み、感情を殺した表情で言った。「好きに思えばいいわ。どうでもいい」馬鹿に付き合う時間は無駄だ。深雪は踵を返し、そのまま去ろうとした。「深雪、無駄なあがきはやめろ。お前がまだ子どもを欲しがっているのは分かってる。俺に頼めば、種ぐらいくれてやる」部屋に戻って休むつもりだった深雪の足が、そこで止まった。魂の奥を抉られるようなその言葉に、全身が反応した。振り返りざま、全力で拳を振り抜き、静雄の顔面に二発叩き込んだ。眼鏡が吹き飛ぶのを見届けると、深雪は全身が解き放たれるような快感に包まれた。「少しは目が覚めた?」「......お前、よくも!」静雄は怒りに我を忘れ、深雪の髪を掴んで机に押しつけ、そのまま乱暴に唇を奪った。吐き気を催すほどの嫌悪感が一気に深雪を覆い、嘔吐し
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