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第120話

作者: 木憐青
写真に映っていたのは、青黒い痣と無数の針痕。誰かが拷問のような仕打ちを受けたことは一目で分かった。

でも、それが自分と何の関係があるのか。

「これは誰の写真なの?」

深雪は戸惑いながら静雄を見た。すぐに、先ほど彼が「芽衣がひどい目に遭った」と言っていたことを思い出した。

写真の人物が芽衣だと気づいた瞬間、深雪の胸に湧き上がったのは、言いようのない痛快さだった。これらの傷痕が、むしろ目に心地よく映ったのだ。

そんな彼女の表情の変化を見て、静雄は冷たく鼻を鳴らした。

「虐待罪は刑事罰になるのを知らないのか?」

「証拠があるなら警察に行けばいい」

「私は忙しいの。暇なら愛人でも慰めてきなさいよ。あなたがここにいると、吐き気がするの」

深雪は遠慮なく写真を投げ返した。

思いきりやり返すのは、こんなにも痛快なのか。毒舌を吐けば、身体の奥まで晴れ渡る。

こんなに無神経に生きるのが楽しいのなら、もっと早くそうしていればよかった。

「あんた......」

静雄は目の前の女が自分の妻だと信じられなかった。

まるで小説の筋書きが現実になったかのように、妻が誰かに憑りつかれてしまったのではと疑うほどだ。

しかしすぐに平静を取り戻し、腕を組んで彼女を眺めながら、皮肉を込めて言った。

「深雪、俺を手に入れるために、随分と知恵を絞ったものだな」

はぁ?

ここまで恥知らずに言い切れるこの男に、深雪は呆れを超えて、どこか感嘆の念すら抱いた。

彼女は大きく息を吸い込み、感情を殺した表情で言った。

「好きに思えばいいわ。どうでもいい」

馬鹿に付き合う時間は無駄だ。深雪は踵を返し、そのまま去ろうとした。

「深雪、無駄なあがきはやめろ。お前がまだ子どもを欲しがっているのは分かってる。俺に頼めば、種ぐらいくれてやる」

部屋に戻って休むつもりだった深雪の足が、そこで止まった。

魂の奥を抉られるようなその言葉に、全身が反応した。

振り返りざま、全力で拳を振り抜き、静雄の顔面に二発叩き込んだ。

眼鏡が吹き飛ぶのを見届けると、深雪は全身が解き放たれるような快感に包まれた。

「少しは目が覚めた?」

「......お前、よくも!」

静雄は怒りに我を忘れ、深雪の髪を掴んで机に押しつけ、そのまま乱暴に唇を奪った。

吐き気を催すほどの嫌悪感が一気に深雪を覆い、嘔吐し
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