All Chapters of 夫が浮気先から帰らないので兄上とお茶してきます!: Chapter 21 - Chapter 30

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第21話 エレノアの本性

◆◆◆◆◆(地下の食料庫)「ねえ、エレノア、領地の別邸って馬車でどれくらいかかるの?」ミアは片付けをしながらそう尋ねたが、すぐに腰が痛くなり、小麦袋に腰を掛けた。エレノアは手を止めることなく静かに答える。「馬車だと三時間くらいですね。本邸にはセドリック様のご両親が住んでいますが、別邸には管理人だけですので、掃除や準備も必要かもしれません」「三時間!? そんなにかかるの? 最悪だわ」ミアは思わず大きな声を上げたが、エレノアは落ち着いた口調で返す。「遠い領地もありますから、三時間で済むのは近い方かと」「そうだけど……でも、三時間も馬車に乗るのはルイ様の体に負担だわ」ミアの言葉にエレノアも頷き口を開く。「それは気になりますね、ミアさん」「呼び捨てでいいのよ。私もエレノアって呼んでるし」「そうですね……では、ミア」エレノアは芋を手際よく選別しながら、箱に詰めていく。その働きぶりを眺めながら、ミアは愚痴を漏らした。「男って、なんで狩りなんか好きなんだろうね? キツネ狩りとか、野蛮じゃない?」「……私は毎年のキツネ狩りが楽しみですけど」「そうなの? けっこう野蛮な趣味してるのね」「野蛮、ですか? でも……参加した使用人には、セドリック様からキツネの毛皮で作った小物が頂けるのです。それが、みんなの密かな楽しみで…」ミアは驚いてエレノアを見つめた。――キツネの毛皮ですって!?「たとえば毛皮のコートとか?」「奥様やお嬢様には毎年、毛皮のコートが贈られますね。私はファーをいただいたことがありますが、仕立てがよくて一生ものです」「私も毛皮のコートを貰うわ」「いえ……使用人はコートは貰えないかと」エレノアの言葉に、ミアはムッとし立ち上がり反論した。「私は使用人じゃないわ! ルイの母親の私がコートをもらえないなんて、ありえないでしょ!」「そ、そうですね……ごめんなさい」「わかればいいのよ」ミアはため息をつきながら、再び小麦袋に腰を下ろした。――ヴィオレットもまだ家にいるなんて。セドリックに愛されていないと分かっているなら、さっさと実家に帰ればいいのに。「……ヴィオレット様って、今年のキツネ狩りにも参加するのかな?」「リリアーナ様が別邸をとても気に入っているので、きっとご一緒されるでしょう。あちらには広い花畑や湖があるので、お嬢様
last updateLast Updated : 2025-05-30
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第22話 悪事

◆◆◆◆◆(地下の食料庫)「……エレノア、まさか……私たちの話を、全部聞いていたの?」ミアは声を震わせながら問いかけた。エレノアは静かに頷くと、薄暗いランプの光の中で愉快そうに微笑み、口を開いた。「もちろん、ルイ様の父親がダミアンさんであること。それと……邪魔な奥様とお嬢様をどうするかというお話です」ミアの心臓が大きく跳ねた。――全部聞かれていた……!どうすればいいの?ミアは慌てて口を開こうとするが、うまい言葉が出てこない。「ミアさん、そんなに慌てないでください。私は貴女の味方ですから」「味方って……どういう意味よ?」ミアがようやく問い返すと、エレノアは口元の笑みをさらに深め、冷ややかな声で囁いた。「貴女はセドリック様を信じているようですが、彼にとって貴女はどうでもいい存在だとは思わない?」「はぁ? 私がどうでもいい存在なわけないでしょ。私はルイの母親なのよ!」「それだけ、でしょう?」「……え?」「ミアさんは確かにルイ様の母親。でも、それ以上に何の価値があるのですか?もし貴女に価値があるなら、セドリック様が貴女を乳母のように扱うはずがない」「なっ……!」ミアは怒りに震えたが、うまく言葉が出てこない。エレノアはミアの反応をじっくりと観察した後、肩をすくめて静かに続けた。「納得していらっしゃるのですか?セドリック様の態度に」「納得なんて……できないわよ」「正直ですね」「……貴女、私を馬鹿にしているでしょ?」「そんなことはありませんよ、ミアさん。私が嫌いなのは、貴族の傲慢さです。私も貴族ですけどね……」「貴女、貴族だったの?」「ええ、貧乏貴族の六女です。持参金を持って嫁げたのは姉だけ。私はその姉に頭を下げてどうにか紹介状をもらって、貴族に仕えているの」ミアは驚きを隠せなかった。「エレノア、意外ね。貴女のような人が、そんな苦労をしているなんて思わなかったわ。人当たりがいいのに……」「侍女まで出世するためには人当たりが重要なのよ。でも、いくら頑張っても、所詮は仕える側。どれほど努力しても変わらない現実……それって、不公平だと思わない?」――彼女の不満をうまく利用すれば、手を組めるかもしれない。ミアは冷静さを装いながら、問いかけた。「ずいぶんと不満があるようね。貴女は私の味方と言ったけど、一体、誰の敵なの?」エレノ
last updateLast Updated : 2025-06-01
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第23話 お菓子を食べながら

◆◆◆◆◆ ヴィオレットは、使用人が小さな丸テーブルの上に並べたお菓子を確認しながら、そっと整えた。白い皿には色とりどりのカップケーキやクッキーが美しく並べられ、その隣には小さな銀のティーポットが置かれている。 手際よく準備を整えた侍女の一人が、最後にテーブルクロスの端を整えながら、ヴィオレットに声をかけた。 「奥様、お菓子の準備が整いました。紅茶もすぐにお淹れいたします」 リリアーナの侍女であるエレノアは優しい微笑みを浮かべながら、ティーポットを持ち上げ、二人のカップに紅茶を丁寧に注いだ。紅茶の香りが立ち上り、部屋の中に穏やかな雰囲気が広がる。 「ありがとう。ねえ、エレノアも少しお菓子を食べる?」 リリアーナが無邪気に問いかけると、エレノアは少し驚いたように目を見開き、やがていたずらっぽい笑みを浮かべた。 「お嬢様、実は厨房で焼きたてのクッキーをつまみ食いしてしまって、すっかりお腹がいっぱいなのです」 その返事に驚いたリリアーナは、大きな瞳をさらに見開いた。 「えっ、つまみ食いしたの!?」 「はい。ですが、このことはどうか内密にお願いします。執事のジェフリー様に知られたら、きっと叱られてしまいますので」 「分かったわ!母上もエレノアの秘密を守ってあげてね!」 秘密を共有したリリアーナは、ニコニコと笑いながら母を見上げた。その無邪気な瞳にヴィオレットも思わず微笑み、エレノアに穏やかに声を掛けた。 「ええ、もちろんよ。エレノア、あなたの秘密は誰にも言わないわ」 「感謝します、奥様。そして、お嬢様にも感謝を」 エレノアが軽く礼をしながら微笑むと、
last updateLast Updated : 2025-06-02
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第24話 リリアーナの期待

◆◆◆◆◆「美味しいね、母上」「…そうね、リリアーナ。」お菓子を一通り食べ終え、リリアーナが紅茶をゆっくりと飲む。その様子を見守りながら、ヴィオレットはそっと口を開いた。「リリアーナ、少し大事なお話をしてもいい?」「なぁに?」リリアーナはカップを置き、小さな手を膝に置いて母親を見つめた。その真剣な眼差しに、ヴィオレットは一瞬だけためらったが、意を決して話し始めた。「お母さんはしばらく伯父様のいる実家に戻ろうと思っているの」「……家を離れるの?」リリアーナの目が少し戸惑いを帯びた。その反応にヴィオレットは胸が締め付けられる思いだったが、静かに頷いた。「ええ。でも、リリアーナがどうしたいかが一番大事だわ。あなたがまだここにいたいと思うなら、それも考える。どう思う?」リリアーナは視線を落とし、小さな手をぎゅっと握りながらしばらく黙り込んだ。ヴィオレットは急かさず、娘が自分の気持ちを整理するのを待つ。やがてリリアーナがぽつりと言葉を発した。「…父上が薬草図鑑をくれるって言ったから…」「薬草図鑑?」「うん。父上が私に素敵な図鑑をくれるって約束してくれたの。私、ずっとそれを楽しみにしてたの」リリアーナの目が少しだけ輝きを取り戻し、膝の上に置いた手がわずかに緩む。「父上はいつも厳しいけど…その約束を聞いたとき、私のことを考えてくれてるんだって思えたの。だから待ちたい。父上が薬草図鑑をくれるのを。一緒に図鑑を読みたい。母上と、父上と、三人で!」その言葉に、ヴィオレットは胸の奥に温かさと痛みが交錯するのを感じた。リリアーナの小さな願いに込められた父親への期待――それを壊すことなく守ってあげたい気持ちが、ヴィオレットの胸を締めつけた。だが同時に、セドリックがその期待を裏切る可能性を思うと、不安が頭をもたげる。「そう…リリアーナ。あなたがそう望むなら、もう少し待ってみましょう」ヴィオレットはそう言いながら、リリアーナの髪をそっと撫でた。娘の瞳に残る希望の光が消えないようにと願いながらも、彼女の心を守るための覚悟が、ヴィオレットの胸に静かに宿るのを感じていた。「わかったわ、リリアーナ。父上が薬草図鑑を贈ってくれるまで待ちましょうね。」「うん!」リリアーナが嬉しそうに微笑むと、ヴィオレットも自然と笑みを返した。その笑顔の裏で、ヴィオレットは心
last updateLast Updated : 2025-06-02
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第25話 ここに留まる理由はない

◆◆◆◆◆ ある晩、リリアーナがベッドに入る準備をしている最中、静かな声がヴィオレットの耳に届いた。 「母上……少し話してもいい?」 小さな声に込められた不安が胸に刺さるようで、ヴィオレットは手を止めてリリアーナの方を見た。 リリアーナはベッドの端に腰掛け、手元のぬいぐるみを握りしめていた。その瞳はどこか寂しげで、彼女の心が何かに揺れているのが伝わってくる。 「どうしたの?」 ヴィオレットは優しく問いかけながら、リリアーナの隣に腰を下ろした。リリアーナはしばらく言葉を探すようにうつむいていたが、やがてぽつりと口を開いた。 「父上って……私のこと好きじゃないのかな?」 その一言に、ヴィオレットは胸が締め付けられる思いだった。娘の揺れる心が痛いほど伝わり、動揺を隠しながら、そっとリリアーナの肩に手を置いた。 「どうしてそう思うのか、私に話してくれる?」 リリアーナは小さなぬいぐるみをさらに強く抱きしめながら、つぶやくように答えた。 「だって、父上、ずっとルイの部屋にいるんだもの。薬草図鑑のことも忘れちゃったみたいだし……私よりルイのほうが大事なんだって思うと、辛いの」 ヴィオレットはその言葉に胸を刺されるような思いを感じながらも、娘の小さな肩を包み包み込み抱き寄せた。 「リリアーナ、それはね……父上があなたを大切に思っていないわけではないの。ルイの心臓が少し弱いこと、あなたも知っているわよね?」 リリアーナは小さく頷いた。 「そのことを、父上はとても気にしているの。何かあった時にすぐに対応できるように、そばについていたいと思っているのよ」
last updateLast Updated : 2025-06-03
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第26話 別邸へ

◆◆◆◆◆アシュフォード家の朝は、いつも通り静かに始まった。朝食の場には、セドリック、ヴィオレット、そしてリリアーナが揃っていた。琥珀色の瞳を輝かせながらテーブルに座るリリアーナの前には、果物やパンが彩りよく並べられている。ヴィオレットは隣に座る娘に優しく話しかけた。「リリアーナ、喉を詰めないように気をつけてね」「はい、母上」リリアーナはパンを手にしたまま笑みを見せて頷いた。その仕草を視界の端に捉えながら、セドリックが紅茶のカップをソーサーに置く。その音に反応したリリアーナは、意を決したように声を発した。「父上……薬草図鑑のこと、覚えてますか?」ヴィオレットはハッとして隣に座るリリアーナを見ると、その肩は僅かに震え緊張を伺わせた。セドリックは困惑の色を滲ませ返事をする。「なんの話だ?」低く短い返答に、リリアーナの顔が引きつった。手にしていたパンをそっと皿の上に戻し、小さくうつむいて黙り込む。その様子を見たヴィオレットの心には、鋭い痛みが走った。だが、それを表には出さず、セドリックに静かに尋ねた。「先日、あなたがリリアーナに約束した薬草図鑑のことです。覚えていないのですか?」「そんなことがあったか?忙しいんだ。くだらないことまで覚えている暇はない」セドリックは興味を失ったかのように短く言い放つと、パンを口に運んだ。ヴィオレットは短く息を吐き、リリアーナの肩にそっと手を置いた。娘の小さな体がかすかに震えているのが伝わってくる。その場に重い沈黙が落ちたが、やがてセドリックが再び口を開いた。「今週末、別邸に移る。二人ともそのつもりで準備するように」セドリックの言葉に、ヴィオレットは一瞬考え込むような表情を浮かべる。やがて彼女は静かに目線を上げると、落ち着いた声で問いかけた。「セドリック、今年はどの馬車に誰が乗るのですか?」「どういう意味だ?」セドリックは眉を寄せてヴィオレットを見た。彼女は少し目を伏せながら言葉を続ける。「去年は、私とリリアーナ、そしてあなたの三人で乗りました。でも、今年はルイやミアも一緒に行くのでしょう?配置が変わるのでは?」「ルイは体が弱い。俺が抱いて乗る」「……では、ミアはどうするのですか?」ヴィオレットの問いに、セドリックはあっさりと答えた。「乳母としてミアも同じ馬車に乗せる。ルイの世話が必要だから
last updateLast Updated : 2025-06-04
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第27話 結婚は不幸だったけれど

◆◆◆◆◆正妻としての面子を潰された屈辱感が胸を刺す。それでも、彼女は感情を押し殺して微笑みを作った。「分かりました。では、私はリリアーナと一緒の馬車に乗ります」「それで構わない」セドリックは興味を失ったかのようにそう言い放つと、ナプキンを置いて席を立った。そのまま、ルイの部屋へ向かっていく。ヴィオレットは深く息をつき、隣のリリアーナの顔を見た。「食事の後は一緒に別邸に行く準備をしましょうね。」ヴィオレットが娘に話しかけると、リリアーナは小さな声で尋ねてきた。「お祖父さまやお祖母さまはいらっしゃるの?」「いらっしゃると思うわよ。何か気がかりがあるの、リリアーナ?」ヴィオレットの問いかけに、リリアーナは母親の顔をしっかりと見つめて答えた。「祖父さまと祖母さまに、ちゃんと挨拶がしたいの。最後になるかもしれないから」その言葉の意味を瞬時に理解したヴィオレットは、娘の小さな肩にそっと手を置いた。リリアーナは、自分たちがこの家を出るのだと気づいている。その前に祖父母に会っておきたいという、その健気な気持ちがヴィオレットの胸を打った。「そうね。しっかりと挨拶をしましょうね。その後は、私と一緒にお花畑でピクニックをしてくれる?」ヴィオレットの提案に、リリアーナの顔に少しだけ明るさが戻った。「うん!お花をいっぱい摘んで冠を作りたい。母上にあげるね!」リリアーナの優しい言葉にヴィオレットは涙ぐみそうになる。「ありがとう、リリアーナ。」ヴィオレットは優しい声でそう告げると、目の前で無邪気に笑う娘の顔をじっと見つめた。その純粋さは、彼女の胸を温めると同時に、深い葛藤をもたらした。セドリックとの結婚が果たして幸せであったのか。その問いは、ヴィオレットの中で幾度も繰り返されてきた。答えは、決して変わらない。幸せだとは言えない。それでも、彼を完全に憎むことはできなかった。その理由はただ一つ。リリアーナの存在だ。もしセドリックと出逢わなければ、そして彼と結婚することがなければ、リリアーナはこの世に生まれてこなかった。想像するだけで、ヴィオレットの胸は苦しくなる。リリアーナの笑顔、彼女の優しい声、無邪気な仕草。それらすべてが、ヴィオレットにとってかけがえのないものであり救いだった。『あなたが生まれてきてくれたから、私はこうして笑えるのよ』そう
last updateLast Updated : 2025-06-05
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第28話 馬車の仕掛け

◆◆◆◆◆ 別邸への出発を翌日に控えた夜、屋敷は静寂に包まれていた。その中で、エレノア・グレイウッドは裏庭へと続く小道を進みながら、後ろを振り返る。 「ダミアン、こちらです。馬車小屋はもうすぐそこよ」 エレノアが小声で案内する先には、ダミアン・クレインの姿があった。彼は周囲を警戒しながら、エレノアの後について足早に歩く。 「お前のことはミアから聞いている。だが、俺はまだ信用してない。下手な真似したら……死ぬことになるぞ、エレノア」 脅すようなダミアンの言葉にも、エレノアは肩を竦めるだけだった。 「私を殺してもお金にならないわよ。それより、作業は手早くお願いね。誰かに見つかったら、私まで危険に巻き込まれるわ」 涼しげに微笑みながら、エレノアは馬車小屋の扉を開けた。そこには、翌朝に乗る予定の馬車が数台収められている。そのうちの一台を指し示し、彼女は言った。 「ヴィオレットとリリアーナが乗るのはこの馬車よ。しばらくは誰も来ないわ。でも、急いでね」 「ああ、分かってる」 ダミアンはエレノアを一瞥した後、細工をする馬車を見つめた。そして、車輪の前にしゃがみ込む。 「この車輪なら細工は可能だな」 ダミアンはそう呟くと、馬車の片側の車輪を慎重に外した。そして、軸と車輪の接合部分に細い銅線を巻きつける。 さらに、軸に布を挟み込み、走行中の摩擦と振動で徐々に削れる仕掛けを施す。銅線が切れ、布が完全に擦り切れる頃には、車輪が外れる計算だ。 作業を進めながら、ダミアンは口を開く。 「馬車が動き出してから2時間もすれば、ちょうどあの森に入る」&nbs
last updateLast Updated : 2025-06-07
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第29話 出発①

◆◆◆◆◆ 朝の冷たい空気が屋敷内を包み、使用人たちが忙しく立ち働く音が響く。ヴィオレットは自室で最後の身支度を整えると、窓の外に目をやった。 晩秋の澄んだ空気の中、色づいた木々が朝陽に照らされているのが見える。長い道のりになる別邸への旅に備え、気を引き締めながらも、どこか憂鬱な気持ちが胸を覆っていた。 準備を終えた彼女はリリアーナの部屋に向かった。扉を軽くノックし、中を覗くと、リリアーナが小さなクマのぬいぐるみを抱いて待っていた。 「リリアーナ、大事なものはちゃんと持った?」 「うん!このクマさん持って行くの!」 リリアーナは満面の笑みでぬいぐるみを見せた。その純粋な姿に、ヴィオレットの心は少し和らぐ。彼女はぬいぐるみに触れた後、リリアーナの頭を撫でた。 「可愛いクマさんね。そして、可愛いリリアーナ!」 「母上!」 リリアーナは照れくさそうに笑いながら、ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。ヴィオレットは微笑みを浮かべながら手を差し出す。 「さあ、玄関ホールに行きましょう。みんなが待っているわ。」 「はーい!」 リリアーナは元気よく返事をして、ヴィオレットの手を握った。二人は仲良く並んで廊下を進み、玄関ホールへと向かう。 ◇◇◇ 玄関ホールに足を踏み入れると、すでにセドリックとミアが待っていた。セドリックの腕には小さなルイが抱かれており、ミアと何かを話している。 セドリックはルイの小さな手を自分の手のひらで包みながら、穏やかな笑みを浮かべていた。 ――ルイだけが愛おしいのね。 
last updateLast Updated : 2025-06-08
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第30話 出発②

◆◆◆◆◆玄関を出ると、冷たい秋の空気が二人を迎えた。車止めには二台の馬車が整然と並び、御者たちが最後の確認を行っている。「わあ、立派な馬車!」リリアーナが目を輝かせると、エレノアが近づいてきて一礼した。「奥様、リリアーナ様。本日はいつもと少し異なる手配をさせていただきました。長旅が快適になるよう、特別な馬車をご用意しております。」エレノアが指し示した馬車は、普段のものよりも大きく、柔らかそうなクッションが備えられた座席が窓越しに見える。「ありがとう、エレノア。気遣いに感謝するわ。」ヴィオレットは微笑みながら答え、エレノアの案内で馬車に向かう。リリアーナは嬉しそうにステップを上がり、ヴィオレットもそれに続こうとした。だが、馬車に乗り込む際、ヴィオレットはふと御者の動きに目を留めた。服装はいつも通り、家紋入りのウールコートをまとい、革の手袋をしっかりと装着している。しかし、その動作にはどこか違和感があった。手綱を握る仕草は慎重すぎるほどゆっくりで、まるで一つ一つの動きを意識しているかのようだった。馬のたてがみに触れる手も滑らかで、普段の力強い馬扱いとは異なり、優雅さすら感じさせる。さらに、深くかぶった帽子が御者の顔を隠していることが、ヴィオレットの胸に微かな不安を呼び起こした。顔が見えないことで、いつも通りの御者なのかどうか確信が持てない。――何かがおかしい。ヴィオレットの心に小さな疑念が生まれる。だが、リリアーナが馬車の中から手招きしているのを見て、彼女はその思いを押し隠すように歩を進めた。――馬車の周りには騎馬の護衛が控えており、彼らは静かに周囲を見渡している。茂みの奥や道の先を警戒する様子は普段と変わらず、頼もしく見えた。だが、それでもヴィオレットの視線は御者の背中に引き寄せられたままだった。「母上、早く!」リリアーナの元気な声に促され、ヴィオレットは軽く笑みを浮かべながら馬車の中へ足を踏み入れる。しかし、胸の奥に残った小さな疑問は、馬車に乗っても消えることはなかった。馬車の中に座ると、ヴィオレットはリリアーナが膝にぬいぐるみを置いてはしゃぐ様子を見守る。「あっ!」「リリアーナ?」リリアーナは不意に声を上げると、母親の制止も聞かず馬車から顔を出して侍女の名を呼んだ。「エレノア!」「はい、お嬢様。」「エレノアも別邸に
last updateLast Updated : 2025-06-09
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