「橘さん、ご依頼の離婚協議書ですが、作成して送付いたしました。もうお受け取りになりましたでしょうか?」配達員が弁護士からの書類を届けた時、橘詩織(たちばな しおり)はちょうど佐藤弁護士と電話で話していた。書類を受け取りながら、彼女は電話口で軽く「ええ、今受け取りました」と相槌を打ち、「佐藤さん、ありがとうございました」と言った。電話を切った時には、配達員はもう遠くへ行った。詩織は部屋に戻ると、間もなく後ろからドアが開く音が聞こえた。低くて魅力的な男性の声が遠くから近づき、声の主はやがて彼女の背後に立った。「詩織、ごめん。ここ数日、出張で忙しくて、仕事ばかりで携帯を見る暇もなかったんだ。だから連絡できなかった」言葉が終わると、橘彰人(たちばな あきと)は詩織の前に回り込み、彼女のお腹に顔を寄せ、目元に笑みを浮かべた。「赤ちゃん、ここ数日、ママを困らせてないかい?」「彰人さん」詩織が突然口を開くと、彰人は一瞬虚を突かれたようだった。彼は詩織より十歳年上だ。以前は彼女はいつも甘えて「おじさん」と呼んでいた。ただ、彼がベッドで求めすぎた時だけ、彼女は泣きながら彼の名前を呼ぶ。彰人が深く考える間もなく、詩織は手に持っていた離婚協議書を内容が見えないように最後の署名欄があるページを開き、彰人の前に差し出した。「あの時、赤ちゃんが生まれたらプレゼントをくれるって言ってたでしょう。もう何が欲しいか決めたの。ここにサインして」彼女の声は平静で波がなかった。彰人はためらいなく書類を受け取った。一番下に素早く自分の名前をサインした。詩織は彼の動作があまりにも素早いことに驚いた。書類の内容も確認せずにサインするとは思いもよらなかった。「中身も見ないなんて、この書類であなたが破産するかもしれないわ。怖くないの?」彰人はただ、甘やかすように笑い、彼女の頬をつねった。「僕のものは君のものだ。これから赤ちゃんが生まれたら、君たち二人のものになる」言葉が終わると、詩織は笑った。残念だけど、今回、彼女が欲しいのは自由だった。その言葉が口に出る前に、着信音に遮られた。彰人の携帯だった。彰人は慌てて画面を消したが、詩織はそれでも彼の携帯の明るくなった画面に表示された目立つ名前を一瞬で見てしまった――霧島紗雪(きりしま さゆき)。「会社
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