All Chapters of いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Chapter 91 - Chapter 100

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86 魔法の代償

 ──『駄目じゃよ。その魔法は絶対に使ってはならんのじゃ』 まだ芙美がリーナだった頃、ハリオスにそんなことを言われた。 いつどんなシチュエーションだったかまでは覚えていないが、リーナがこの青い魔導書を手に取るのは初めてではないような気がする。 駄目だと言われたそのページを見たことがあるかもしれない──そう思ったけれど、曖昧な記憶から内容を引き出す事はできなかった。「その魔法を使うと何が起きるの?」「恐ろしい事じゃよ。だから儂がページを破ったんじゃ。分かってくれるな?」 耕造は何も教えてはくれなかった。 芙美がルーシャを振り向くと、彼女はじっとこちらを向いたまま首を横に振る。「ごめんなさい、おじいちゃん。じゃあ、智くんを治してあげられる魔法を教えて」 芙美は謝って、咄嗟に話題を逸らした。 ハリオスが一度「駄目だ」と言ったら、それを曲げるのが到底無理なことは知っている。「分かった。どれじゃったかな」 耕造は芙美から魔導書を受け取って、ページを捲っていく。ちょうど真ん中あたりの所で「これじゃ」と広げて見せた。 確かにそれは治癒魔法だ。温泉に貼ってある効能よろしく、切り傷、打撲、と見覚えのある単語が並んでいる。「えっ、一つの魔法でこんなに覚えることあったんだったっけ……」 発動の文言もそうだが、ごちゃごちゃと文字の刻まれた魔法陣も一度はきちんと頭に入れなくてはならない。 ターメイヤの魔法使いは、炎や水に意思を同調させる素質を持った人間を指す。彼等が文言を唱えたり魔法陣を発動させる事で、それらの魂を呼び起こすのだ。「当たり前でしょ。貴女が息をするように魔法を発動できるのは、ちゃんとリーナがそれを頭に叩き込んでいるからなのよ?」「ねぇルーシャ、これって本を持ちながら唱えちゃ駄目なの? そしたらまだ覚えていない魔法も色々使えそうな気がするけど」 昔やったゲームのキャラに、魔導書を持ったまま戦う魔法使いが居た気がする。 我ながら良い考えだと思ったけれど、絢は呆れ顔で「無駄よ」ときっぱり否定した。「ちゃんと覚えなさいよ。ターメイヤのウィザードがそんなことしたらカッコ悪いじゃない。そんな分厚い本、普段から持ち歩くつもり? ページ捲ってる間にやられるわよ?」「それは付箋紙でも挟んでおけば……」「やめて。いい、リーナ。そのくらい覚えられないよ
last updateLast Updated : 2025-08-09
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87 失った過去

 遠い昔に同じようなことがあった。 ──『何がパラディンの血を引く剣士だよ。リーナをこんなボロボロにして。僕はラルを絶対に認めないからな?』 ターメイヤでのハロン戦で苦戦を強いられたリーナは、雨の中倒れた。 ラルとアッシュに家へ運ばれた時、ヒルスはその姿に激怒して、二人へ厳しい罵声を浴びせたらしい。 兄の献身的な看病でリーナが目覚めたのは、それから二日後の事だ。気を失っていた間の詳細を聞いて、リーナはヒルスを責めた。 ──『二人は悪くないよ。私が一人で行くって言ったんだよ?』 ──『それでも主を護るのが、あの二人の役目だろう?』 ──『私は二人が無事で良かったと思ってる。私は生きてるんだよ?』 それが最適解だと思ったし、今も後悔はない。 数日後、ルーシャの魔法で次元隔離が行われ、リーナがウィザードの力を消失したと公表された。怪我の回復が遅く、迫りくるハロンの脅威にターメイヤの軍が太刀打ちできなくなったからだ。 次元隔離の影響はあの頃からルーシャが不安視していたが、二度目をやらざるを得なかったのは全員の力不足のせいだ。 ──『もう戦わなくていいんだよ』 リーナにとって屈辱的な一言だった。 後に、次元隔離されたハロンが異世界に現れると聞いて、ラルとアッシュは何も言わずに旅立ってしまった。ようやく二人の元に辿り着くことができたリーナは、今度こそ芙美として、もう一度ハロンに挑みたいと思う。   ☆「気分はどう?」 ゆっくりと起き上がる芙美の背に、膝立ちの湊がそっと手を添える。 状況が読めず瞬きを繰り返し、太腿まで捲れたスカートを慌てて直した。「平気。だけど……湊くんが運んできてくれたの?」「それが出来たらよかったんだけど。流石に意識が飛んだ女子を電車で運ぶわけにはいかなかったから、海堂が連絡してお兄さんに来てもらったんだよ」「咲ちゃんが、お兄ちゃんを……そう言う事か」 二人が恋人同士だと言う事を一瞬忘れていた。 確か今日は親の帰りが遅いからと、蓮はバイトを入れないと言っていた。「倒れるかもとは聞いてたけど、本当にそうなった時はどうなるかと思ったよ」 「ごめんなさい」と謝って、芙美は湊にラルの面影を重ねる。「芙美が謝ることじゃないよ。治癒は俺が言い出したことだし。ありがとな、智を治してくれて」「ううん。それより湊くん、お兄
last updateLast Updated : 2025-08-10
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88 彼と彼は恋人同士

「びっくりした……」 蓮の足音が遠ざかる。 バタリと閉まった扉の音が静まるのを待って、芙美はぐったりと項垂れた。 突然の兄の登場に硬直していた湊は、眼鏡のフレームを指で整えて小さく息を吐く。「ごめんね、湊くん」「お兄さん心配してたからね」「ずっと聞き耳立ててたのかな? お兄ちゃん、咲ちゃんと付き合い出して兄様に似てきたらどうしよう」「事情はだいぶ分かってるみたいだから、さっきのは聞こえても問題はなかったと思うよ」 目覚めてから話したのはターメイヤ時代の事で、湊が言うように今更隠す内容でもない気がする。「それより芙美、さっき何か言い掛けてたよね?」「あぁ──」 蓮の突入で、そのことをすっかり忘れていた。 冷静に考えると、今ここで言わなくてもいいような気がしてしまう。 それを言ったら彼が嫌がるだろう事が手に取るように分かって、「やっぱり……」と躊躇する。けれど答えを求める湊の視線をはぐらかすことができず、芙美はぐっと腹を括った。「智くんと二人で自主練してきてもいい?」「え、二人きりでって事? 何で?」 やっぱり湊は不機嫌になる。あからさまというわけではないけれど、一瞬曇った表情がその全てを物語っていた。「何で、って言うと……」 理由を述べようと思えば幾らでもある。 外野が居ると気が散るとか、気を遣うのは面倒だとか。 この間、絢に言われたように、彼からの束縛は芙美に対する不器用な愛情表現だとポジティブに受け止めたい。別に、智と二人きりで居たいという浮気心ではないのだ。 魔法使い同士で思い切り戦いたいだけなのに、それを説明するのにこんなに労力がいるなんて思ってもみなかった。国語も得意ではないけれど、じっと見つめてくるその顔に自分の気持ちをまとめて放つ。「私は湊くんが好き。だから余計に、側で心配されたら集中して戦えないよ。全力でやりたいの」 湊が『好き』という言葉にハッとして、またぎゅっと表情に力が籠る。何か言いたそうに動いた瞳は暫く彷徨った後、諦めたように伏せられた。 再び弱く開いた瞳が、少し寂しそうに芙美に笑い掛ける。「俺も魔法戦見たかったんだけど。そう言われちゃ駄目だなんて言えないから。智と二人きりってのは引っ掛かるけど、行ってきて」「ありがとう、湊くん!」「あんまり嬉しそうにしないで」「う、うん」 何だかヒル
last updateLast Updated : 2025-08-11
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89 彼の本音

土曜の朝、芙美は慌てて自宅の階段を駆け下りた。 九時過ぎの電車に乗らなければならないのに、パジャマ姿でのんびりとコーンスープをすすっていたら、八時のニュースが始まってしまった。 跳ねた髪を直すのは諦めて、滅多にしないツインテールで誤魔化す。支度を急いでようやく玄関に座ると、歯ブラシを咥えた蓮が欠伸交じりに声を掛けてきた。「ごんなばやぐからでがげるの?」「うん、待ち合わせしてて」 いつも芙美が『汚い』と注意してるせいか、蓮は「ぢょっどまっで」と洗面所へ走り、うがいをして戻ってきた。 ゆっくり話している時間はないが、少しなら余裕がある。「眼鏡くんとデート?」「違うけど」「じゃあ、二股くんと会うのか?」「二股くんって何よ! その言い方やめて」 前に電話が掛かってきた時にそんな話題になったせいで、蓮の指す『二股くん』が智だという事は理解できた。決してそうではないけれど。「相手が咲ちゃんだっては思わないの?」「だって、咲は今日お前に会うなんて言ってなかったし」「お兄ちゃんたち、相変わらず仲良いね」「まぁな。それよりその服で行くの?」 蓮の抜き打ち服装チェックが苦手だ。咲も姉によくされると言っていたが、相手が兄と姉では大違いだ。 湊たちの訓練を見に初めて山の広場へ行った時は、蓮に従ってアウトドアさながらの恰好で行き、咲たちにダメ出しを食らってしまった。「お前がパンツスタイルで出掛けるなんて、デートじゃあないんだろ? 戦いにでも行くのか?」「ちょっ」 突然真顔で確信を突いてきて、芙美は慌てて「しっ」と人差し指を立てて注意する。「お父さんたちいるんだよ? 聞こえたらどうするの」 小声で訴えると、蓮は「はいはい」と肩をすくめた。「当たってるんだ」「う……」 「ん」の言葉を一旦飲み込む。 事実を知られるのは厄介だと思いながら、芙美はもう一度時間を確認して蓮に尋ねた。「私が魔法使いだったら、お兄ちゃんは見たいって思う?」「だったらじゃなくて、そうなんだろ? 眼鏡くんも咲も、お前は強いって言ってるぞ」「湊くんも? いつそんな話したの?」「眼鏡くんとは一昨日かな」 あぁ倒れた時かと、芙美は頷く。 湊の事だから咲のようにベラベラと話すことはないだろうけれど。「強いって言っても、ちょっとだけだよ」 あまりにも事情を知りすぎて
last updateLast Updated : 2025-08-12
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90 素直なんかじゃない

「やっと行ったな」 数日前に智の怪我を治した駅裏の広場からこっそりと顔を覗かせて、咲は芙美達の背が小さくなっていくのを見送った。 「はぁ」と吐き出した安堵に疲れが混じるのは、もうここに来て一時間以上経っているからだ。 一本前の電車で芙美が来るだろうと予想して待機したのに、何故か湊が一人で降りて来た。 芙美の住む広井町からの電車は一時間に一本しかない。先回りしたという湊と鉢合わせして、咲は気まずい空気の中で次の電車までの一時間を過ごした。 芙美にバレることを警戒して蓮に今日の話はしていないが、せめて芙美が出掛けるタイミングで連絡を貰えば良かったと後悔しながら、咲は本を読む湊の横でボーっと空を眺めていた。 家がすぐそこなのに一度帰らなかったのは、姉に会ったら面倒だとか、残した湊が抜け駆けするんじゃないかとか色々と考えてしまったからだ。 若い男女が駅裏に潜む光景は他人からすれば逢引にも見えるだろうが、一時間の間に側を通ったのは犬の散歩をする近所のおじさん一人だけだった。 上り電車の智が先に着いて、芙美が来るまでの5分間は地獄のような時間だった。「アンタは居るだろうと思ってたよ。ずっと張り込んでたの?」「ずっとじゃないよ。お前はアイツの来るタイミングを知っててあの時間に来たのか?」 湊とは示し合わせてここに集まったわけじゃない。芙美たちの様子を伺うのに身を潜ませていたら、勝手にやってきてパーティに加わっただけだ。「朝から行くのかって聞いたら、この電車だって教えてくれたんだよ」「昨日来るなって言われたのにな」「アンタだって一緒だろ」 昨日の帰り、芙美から「絶対に来ないで」と念を押された。「僕がそんなに聞き分けが良いと思ったら大間違いだからな? 僕は智が盛大に負ける所を見に来たのさ」 咲はほくそ笑んで、「行くぞ」と歩き出した湊の横を追い掛ける。「アンタは昔から変わらないな」「僕は僕のままなんだよ。お前だってそうだろう? コッソリ追い掛けるのはストーカー以外の何者でもないからな? これが原因で芙美と別れても僕は嬉しいだけだぞ?」「はぁ?」 眉を顰める湊に、咲は胸を張った。「だってそういう事だろ? 嘘ついたことになるんだからな。女は怒ったら修正するのが難しいんだ」「アンタもそうなのか?」「僕はこれでも寛容な方だと思うけどね」「……
last updateLast Updated : 2025-08-13
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91 もちろん気付いてる

 ──『二股くんと会うのか?』 朝、蓮にそんなことを言われたせいで、妙に智を意識してしまう。 湊と歩く時よりお互いの距離が少し遠い。彼はどう思っているのか分からないが、芙美は意識的にその距離を保った。 湊よりも背の高い彼は、表情をころころと変えながら入院中の食事の話をしてくれた。他愛ない話にも芙美は緊張を隠すことができず、硬い相槌を繰り返してしまう。 好きとか嫌いとか言う感情は別として、アッシュとは昔からよく話をした。だから蓮に言われるまで気にもしていなかったのに、保健室で告白された時の事まで思い出してしまい、これから戦闘だというのに彼を直視することができない。「お兄ちゃんのバカ」 こっそり呟いた一言に、百パーセントの気持ちを込めた。 全部蓮のせいだ。 メラーレの顔を頭に浮かべて、芙美は戦いへ気持ちを集中させようと励む。 昨日遅くまで、耕造の部屋から持ち出した青い魔導書を読んでいた。今日役に立ちそうなものはあまりなかったが、幾つかは頭に入れてきたつもりだし、手の甲にも要点をメモしてある。 少し寝不足だけれど、準備は万端だ。「智くんの怪我はもう大丈夫? おとといのアレで本当に治ったの?」 魔導書に書いてあった手順で魔法を掛けたものの、その効果は本人でないと分からない。「治った治った。リーナのお陰だよ。昨日も授業でバスケしたし、そっちこそ平気だった? お兄さん血相変えてたけど」「血相変えてたんだ……」「まぁ、ヒルスのやつが説得してたけどね。あの二人が逆だったら大変だったんだろうけど」 倒れた妹を迎えに来るのがヒルスだったらなんて、考えただけで恐ろしい。 湊から心配していたとは聞いていたが、蓮も思った以上の反応だったようだ。「私はもう平気だよ、フラフラしたのはあの日だけ」「なら良かった。俺が元気になってもリーナが具合悪いんじゃ本末転倒だからね」 ハロン戦以来、智は芙美や他のみんなを前の名前で呼ぶことが多くなった。まだ転校して浅い彼にはそのほうがしっくりくるのだろうが、流石に教室で呼ばれた時は慌てて周りを確認してしまった。 小川の横を歩きながら、芙美は魔法の話をする。「ねぇ智くんは、魔法の鍛錬ってどんなことしてる?」「鍛錬? 目瞑るやつなら毎日してるよ。二時間くらいだけど、たまにそのまま寝てるかな」 あははと笑う智に、芙美は
last updateLast Updated : 2025-08-14
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92 自信が欲しい

 広場に来たのは、ハロン戦以来二週間ぶりだ。 湊は何度か鍛錬に来ていると言っていたが、芙美はその間精神集中を優先させていた。基本が大事だと思っているけれど、今の自分にとってそれが正しいのかは良く分からない。 パッと見は以前と変わらないが、広場の所々にハロン戦の爪痕が残っている。 ドーム型の壁があった位置に沿って、円を描くように雑草が潰れている。不自然に折れた木や重なり合う草は、全てあの黒い空間の中にあったものばかりだ。 あの日闇で隠れていた状況を陽の下で目の当たりにして、芙美はゴクリと息を呑む。「この位で済んで良かったよね」 あっけらかんと話す智は、あの日ずっとそこに横たわっていた。「大したことなくて良かったのは、智くんの方だよ。もうダメなのかと思ってびっくりしたんだから」「ごめんね。歯が立たないっていうのはあぁいうのを言うんだな。けど……」 智は広場の奥へと歩いて空を仰ぐ。 彼の言いたいことはすぐに分かった。どこまでも広がる青い空の一部分に違和感を感じて、芙美は唇を噛む。 広場の端の高い位置を見据えて、智が続けた。「次元の歪み……消えたわけじゃないね。あれで一度塞がったと思ったのに、そうじゃないらしい」「12月には、あのハロンが出て来るんだよね」 甘い匂いもしないし、気配もない。けれど十月一日以前とはまるで違う歪んだ空気が滲み出ていて、不安を掻き立てられる。「俺が生き延びて、事態は悪い方に向かってしまったのかもしれない。これも運命を狂わせた代償なんだろうな」「私たちは何かが起きた時の為に備えておかなきゃってことだよね?」「そういうこと。ちょっと早いけど始めようか」 広場の端に移動して、智は背負って来たリュックを地面に下ろした。『私有地』『白樺台高校』と書かれた大きな看板の横だ。 芙美は傘を看板の上に引っ掛けて、荷物を横に並べる。 智は羽織ってきた薄いシャツを脱いで、Tシャツ一枚になった。少し寒そうな気がしたけれど、芙美もパーカーを脱いで荷物に被せる。 広場の入口から少し奥へ入ったところに、咲と湊が身を潜ませている。気付いていないように振舞っているが、最初からバレている。 少し面倒だと思いながら、芙美は腕を伸ばしてストレッチした。 きちんと戦うのは芙美になって初めての事だ。電車移動の間ずっとしていたイメージトレーニング
last updateLast Updated : 2025-08-15
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93 魔法戦、開始!

 湊の武器は柄が長く、刃の部分も大振りな両手持ちの剣だ。 智の剣はそれと対になるようにとダルニーが打ったものだが、こちらはターメイヤだと一般的なサイズだった。アッシュの魔力に耐えられるようにと機能を重視させ、柄の装飾も最低限しか付いていない。 先日のハロン戦で芙美が使った時に白い光を見せていたその剣は、今彼の手中で赤く色を付けている。使う人の魔力に応じて姿を変えるのが、魔剣士の剣の特徴だ。 戦闘開始の空気に気分が高揚して、芙美は緩みそうになる口元をきゅっと締めた。 リーナの頃から今まで何万回と唱えた文言を口にして、指先から宙へ魔法陣を描く。白い文字列の底から落ちるようにロッドが現れ、芙美は両手で握り締めた。上昇した魔法陣が弾け、光が先端の球に青白い光を与える。 リーナのロッドもまた、ダルニーが作ったものだ。リーナがウィザードの称号を得た時に与えられたもので、屈辱のハロン戦もずっと一緒に戦って来た。 芙美は自分の背より長いロッドを智へ向けて構え、背後を一瞥する。 すぐそこに湊と咲がいる。心配なんてして欲しくない。勝ち試合を余裕の気持ちで見られるくらいにならなければと思う。 智への最初の攻撃は、来るときの電車の中で決めていた。「いい、芙美。貴女はリーナなんだよ? ちゃんと思い出して」 芙美は自分へ小さく声を掛ける。この間のハロン戦では全く戦うことができなかった。だからこれは、ターメイヤで雨に打たれたあの日以来の実戦だ。「リーナ、準備いい? 三つ数えたらスタートね」「分かったよ、智くん」 芙美は智に手を振った。 お互いに魔力を上げて、最初の一打に備える。「私は、戦えるよ」 リーナとして、ウィザードとして、みんなを守る存在でありたい。湊とは恋人として対等であればいい。 緊張の汗を握り締めると、智が合図をくれた。「じゃあ行くよ。三、二、一」 カウントが終わるのと同時に、芙美は文言を唱えた。ぐるりと回したロッドの球が頭上に大きく魔法陣を描いて、芙美は「行けぇ」と先端を地面へ振り下ろす。 広場にキンと高い音が響いた。魔法の叫びだと、昔誰かが言っていた気がする。それが歓喜か悲痛かは分からないけれど。 球の動きに導かれてドンと土に叩き付けられた円形の文字列は、白い炎を立ち上らせ、勢いのまま智へ向かって地面を走った。広場の空気を軋ませる衝撃に
last updateLast Updated : 2025-08-16
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94 足りないもの

短い対峙からの攻撃。 智が、赤い炎を貼り付けた刃を肩上に翳して向かって来る。 芙美は白い炎を放ち、ロッドを剣よろしく両手で構えた。 鍛錬での魔法使用は大したダメージを与えないが、ロッドで物理的に刃を押さえ込むことはできる。 ダルニーの剣に対抗するのがダルニーのロッドでは矛盾の関係になってしまうが、折れなければ問題ない。「湊くんの剣は折れたけど……」 あれは劣化だからだと自分を納得させて、芙美は智の刃を顔の前で勢いよく受け止めた。 ジンと響いた腕が痛い。 重い。圧倒的な腕力の差だ。 目前で揺らめく炎の熱に目を細め、芙美は魔力を上げて衝撃を堪えた。 魔法のダメージはないが、剣が当たれば痛いし、戦闘時間が長引けば長引くだけ体力は擦り減る。「まだいける」 芙美は文言を唱えて白い炎をロッドに走らせた。 智は余裕の顔で、一度放した刃を再びロッドへ打ち付ける。 痛みは爪先にまで響いた。 ロッドを放しそうになる手に力を込めて、よろめいた足を踏ん張らせる。「くうっ」 智は得意の剣捌きで、三度四度と攻撃を繰り返してきた。「リーナ、強いじゃん。こんなに戦うの好きだったっけ」「魔法使いが戦うのを好きなのは本能だって、昔ルーシャが言ってたよ」 記憶が戻る前の芙美が聞いたら驚くだろう。以前の芙美はゲームやアニメの戦士に憧れていたけれど、自分が戦うことになろうとは思ってもいなかった。「本能か。俺も自分でそう思うよ」 けれど力は復活したものの、今こうして彼の剣を阻むのがやっとだ。 ここからの攻撃はどうすればいいだろうか。 踏ん張っていられるのにも限度がある。彼の力にズズッと足が後ろへと地面を滑った。「押されてる?」 まだほんの少し戦っただけなのに、足りないものが露呈する。 物理的な力と、体力──のうのうと女子高生生活を送っていた芙美の身体が、リーナとしての戦闘感覚についていくことができない。 予想していなかったわけではないけれど、リーナとの差は大きかった。 けれど劣勢になっても尚、戦いをやめようとは思わない。 湊も咲も、そこで見ている。「私は勝ちたい!」 ムキになって叫んで、芙美は文言を唱える。左手をロッドから放し、智へ向けて光を飛ばした。 ボールのような光の球が三つバラバラに智を襲う。「おっと」 直撃はしない。計算通りだ。
last updateLast Updated : 2025-08-17
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95 勝敗

「やっぱり魔法戦は派手だな」 炸裂する光の強さに目を細めながら、咲は横にしゃがみ込む湊に声を掛けた。「さっきの爆発、アクション映画みたいだったと思わないか?」 良い感じの低木に身を潜めて、芙美と智の模擬戦を観戦中だ。芙美が使った地雷のような魔法に、咲は興奮して声を弾ませる。 二人にこちらの姿は見えていないだろうし、声も戦闘の音に掻き消えている。なのにずっと芙美たちの位置が崖寄りなのは、気付かれている証拠なのかもしれない。「湊、これって僕たちの事バレてるんだと思う?」 戦いは芙美が劣勢だ。 二人の動きを不安げに見守る湊は、黙ったまま返事をくれない。飛び出したい気持ちを抑え付けているのが分かって、咲は「全く」と広場へ視線を返す。 戦闘が始まってから、もう十五分近く過ぎていた。 流石の芙美も疲労が目立つ。中身がリーナでも、芙美の身体能力は同年代の女子と変わりない。体育の成績など5段階で3が良いところだろう。 魔法使い同士の模擬戦は、どちらかが『負け』を認めることで勝敗が決まる。魔法による直接的なダメージを与えることができないからだ。 攻撃を阻み、体力と魔力を消耗させる戦い方は、今の芙美にはキツいだろう。「智が勝つだろうな」 咲がぼやく。 智は元々運動神経が良さそうだし、体格的にも彼女の数倍有利だ。 重い溜息が聞こえて横を見ると、湊が「帰ろうか」と言い出した。「もういいのか?」「のんびり見学してられる身分じゃないなってことは分かったから」 「そうだよな」と咲は相槌を打つ。今日ここへ来たのは、単なる興味本位だけじゃない。芙美が必死に戦うのを目の当たりにして、自分の気持ちを自覚することができた。「僕はメラーレの所へ行くよ。僕はリーナの側近にはなれなかったけど、兵士としてずっと訓練してきたんだからな」 先日智に戦いたいかと言われてから、この気持ちを沸々と燃やしてきた。 中條に一度否定された思いは消えるどころか再燃して衝動を掻き立てる。 湊は膝の土を払って立ち上がると、不機嫌な表情を押し付ける咲にニヤリと笑い掛けた。「奇遇だな。俺も彼女の所へ行く所だ」 ☆ 魔法攻撃から、再び来た物理攻撃──つまり智の剣が正面から芙美を襲う。 彼との距離が一気に詰まって、芙美はロッドの柄で受け止めた刃を力ずくで押し返した。 腕はもう限界だ。
last updateLast Updated : 2025-08-17
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