All Chapters of いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Chapter 101 - Chapter 110

185 Chapters

96 ジェラシーの矛先

戦いが終わり、荷物のある看板の所まで移動すると、芙美は木の根元に崩れるように腰を下ろした。 リーナと自分でこんなに体力の差があるなんて思いもしなかった。「私、ハードルの授業が苦手な理由が分かったよ。リーナの時にね、兵学校でやってるっていう体力作りのルーティンをルーシャにさせられてたの。それでハードルみたいなのがあって、あんまり好きじゃなかったんだよなぁ」 ふと思い出した過去は、苦痛だった記憶がセットで蘇る。嫌だ嫌だと言いながらもこなしていたリーナの体力に、芙美が追いつけるわけはないのだ。「あぁ、確かにそんなのあったね。障害物を飛び越えていくやつでしょ? 俺は好きだったけど、リーナもやってたんだ」 向かいに座って、智は汗でしっとりと濡れた髪にタオルを乗せると、飲みかけのスポーツドリンクを流し込んだ。「うん。もっと動かなきゃ駄目ってルーシャに言われて」「リーナも芙美ちゃんも、昔から根本は変わってないって事かな」「なのかな。私も体力付けないとなぁ」 ウィザードとして圧倒的な自信を得るためには、毎日の精神修行と同時に土台作りが必要だ。「俺たちもサポートするから」「ありがとう。私、今日智くんの役に立てたのかな?」「もちろん、バッチリだよ。感謝してる。また今度お願いしても良い?」「うん。なら良かった」 ただ、今回の敗因は自分の体力不足だけを理由にはできない気がした。 智がアッシュの時より機敏になっていて、魔力が数段上がっている。それは喜んでいいことのはずなのに、置いてけぼりになった気分で少し寂しい。「ところで、アイツらどこ行ったのかな」「帰った……のかな?」「俺たちにビビッて、訓練してるかもね。ラルは俺とリーナが一緒で大分ヤキモチ焼いてるみたいだけど、リーナはあの二人が一緒で心配はしないの?」「二人って、湊くんと咲ちゃんってこと?」「うん。一応男女でしょ?」 芙美は智に言われるまま二人が並んだところを想像する。 けれど咲がヒルスの時代からラルを毛嫌いしていることは知っているし、蓮と付き合っているのだから問題はないだろう。「そんなことあるのかな」 咲は智や湊には同性として接しているようだが、蓮に対する女子の姿もまた彼女なのだ。あの可愛い姿で湊にベタベタされたら、確かに嫌だと思うかもしれない。「まぁ、実際にそれはないだろうけどさ
last updateLast Updated : 2025-08-17
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97 どこまでいったの?

 良く考えてみたら、咲は一華が今どこにいるかなんてわからなかった。こんな狭い町に住んでいても個々の家を全て把握している訳じゃないし、連絡先も聞いていない。 これから彼女の所へ行くという湊に土下座する覚悟を決めたところで、彼が「来れば?」とあっさり同行を許してくれた。「ありがとう」「はぁ? 何が?」「いや、メラーレの所に連れてってくれるんだろう?」「そんなことで恩を着せられても困るんだよ」 湊は面倒そうな顔をして先を急ぐ。 彼との沈黙には慣れているはずなのに、今日に限って落ち着かないのは少し焦っているからだろうか。 咲は会話のネタを探して、ふと浮かんだ疑問を湊に投げつけた。「なぁ湊、お前芙美とどこまでいったんだ?」「どこって?」「キスしたかどうかって聞いてるんだよ。そ、その先とかは……」 湊の細い目が一瞬カッと開いて、横目に咲を睨みつける。「何でそんなことアンタに話さなきゃならないんだ」 もちろんただの興味本位だ。 けれどそのままを答えるのはどうかと思って、咲はゴボンと咳払いする。「兄として聞いておこうと思ってな」「言うかよ」 あからさまに機嫌を損ねた湊は、それ以上答えてはくれなかった。 彼は芙美を名前で呼ぶことさえ時間のかかった男だ。 ハロン戦の時に咲は勢いで『許す』なんて偉そうなことを言ったけれど、あれからまだ半月しか経っていない。キスしたかなんて聞く方が野暮だったと反省して、咲は「ごめん」と謝る。「急かすようなこと言って悪かったな。忘れてくれ」 言った後、それさえ失言だったと後悔した。 湊は黙ったまま学校の門を潜る。普段なら休みの日でも部活動の生徒が出入りしているが、今日は人気がまるでなかった。 シンとした空間に、自分たちの足音がやたら大きく響く。「ここにメラーレがいるのか?」 一華はこの学校の保健医であって、教師ではない。部活動の顧問もしていない彼女が休みの日にこんな場所へ来るだろうか。 咲は「まさか」と湊を見上げ、唇を震わせた。「僕を人気のない教室に連れ込むつもりじゃないだろうな?」 もちろん本気ではない。「──変態が」 湊は蔑むような眼で咲を見下ろす。「そんな顔するなよ。冗談に決まってるだろ」「はいはい」 湊は溜息交じりに咲を鼻であしらって、二宮金次郎像の前で足を止めた。 
last updateLast Updated : 2025-08-20
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98 友達同士の距離感

 広場を下りようと時間を確認すると、もう午後の2時を回っていた。集中した時間が過ぎるのはあっという間だ。「もうこんな時間? まだお昼くらいだと思ってたよ。智くんはどうする? 絢さんのお店にでも行く?」 昼頃には撤収するだろうと予測を立てて、食事は用意してこなかった。持ってきたパンをかじった程度では流石にお腹が減っている。「それでも良いけど。ラル、リーナのこと待ってるんじゃない? 誘ってみれば?」 智がそんなことを言ってきた。近くに彼の気配はないが、まだこの町に居るのだろうか。「でも智くんは?」「俺はメラーレのとこ行くつもりだったよ」「あ、そういうことか」 それがさっき智の話していた『フォロー』なのだろうか。芙美自身が彼女にとってのジェラシーの対象になっているかどうかは分からないけれど。 芙美はスマホを取り出して、メールの受信欄を開いた。新着は入っていない。「けど、どんな顔して湊くんに会えばいいのかな?」 今日の行動について、何が良くて何が良くないのかの判断基準が曖昧すぎて、芙美は答えを求めるように智を見上げた。「智くんは、今湊くんが怒ってると思う?」「思ってないよ。リーナは悪い事なんてしてないんだから、いつも通りに会いたいってメールしてやりなよ。リーナが俺と一緒で悶々としてるだろうからさ」「分かった。あぁ、でもこんな格好だし」 芙美は自分を見下ろして唸る。今日はデートするには程遠い、動きやすさ重視の格好だ。さっきの戦闘で土まみれになった汚れが取り切れていない。「リーナが頑張った証拠だろ? 俺がアイツの立場だったら全然問題ないけど?」「ほんと? じゃあメールしてみる」 芙美は「うん」と頷いて文字を打ち込んだ。 送信するといつも通りすぐ既読の文字がついて、返事が返ってくる。その速さに智が思わず眉をしかめた。「早すぎ。ちょっと引くわ」「いつもこんな感じだよ。たまに遅い時もあるけど」 これが当たり前のように感じていたけれど、やはり他人から見ると異常らしい。 湊からの返事は、もちろんオッケーということだ。「駅で待ってるって。もしかして、もう居たりして」 冗談で言ってみたものの、実際そんな気がしてしまう。湊に会ったら、芙美は今日のことを謝りたいと思った。「ねぇ智くん。私は湊くんに、どんなフォローすればいいと思う?」「フォロ
last updateLast Updated : 2025-08-21
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99 アイツ

 相変わらず誰も居ない駅で、軒下のベンチに座っていた湊が、芙美に気付いて立ち上がった。 「湊くん」と駆け寄る芙美から彼が一度目を逸らしたのは、今日ここで会う気まずさからだろうか。 『来ないで』と言ったのにこっそりついてきた彼を咎める気はない。だから芙美はいつも通りの笑顔で、俯く湊を覗き込んだ。「心配した?」 「まぁね」と苦笑して、湊は浅く頭を下げる。「ごめん。気付いてた……よね」「朝、駅に着いた時から分かってたよ。咲ちゃんと二人で仲良さそうだった」 実際に二人の姿は見えなかったけれど、智に言われたことが色々と頭を混乱させてくる。 ──『好きな人とならアリでしょ?』 こうして湊と会って、芙美は蘇る智のセリフを頭から必死に振り払う。「別に、海堂と仲良くなんかしてないよ。前より話するようにはなったけど、今日会ったのも偶然だし。もしかして、嫉妬した?」「ちょっとだけ。途中で居なくなったでしょ? 二人で何かしてたの?」「一華先生のトコで剣を受け取ってきた。修理終わったって連絡貰ったから。海堂も戦いたいって言ってさ、頼みに行ったんだ」「咲ちゃんも? メラーレに武器を作って貰うって事?」 「そう」と湊は頷く。 ハロン戦で戦いたいという咲の気持ちは分かっていた。「けど、中條先生がいいって言うまでお預けらしいよ」「宰相の返事待ちなのか」 兵学校の頃から、咲は中條が苦手だった。一応師弟関係にあたる二人には、芙美が入り込めない事情があるようだ。「それで、芙美は智に勝てたの? 大分疲れてるみたいだけど」「ううん、負けちゃった」「そっ……か。残念だったな」 彼にとって意外な結果ではなかったようだ。自信満々で挑んだ戦いだったのに、ちょっと恥ずかしい。 芙美は腰の横に掴んだ傘をぎゅっと握りしめた。「思うように動けなくて。私、当然自分は勝つだろうって思ってたけど、期待した程芙美は強くないのかも」 弱気になる芙美をベンチに促して、湊は「仕方ないよ」と宥めた。「今あるのは天性の素質と記憶だけだろ。リーナだって最初は強くなかったんだから、今は使いこなせなくて当然だ」「また一からって事はないよね……」「まさか。知識的なものはちゃんと頭に入ってるんだし、パワーの底上げと体力を重視するってこと。こっから
last updateLast Updated : 2025-08-22
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100 染み付いた習慣

 白樺町の外れに、二階建ての小奇麗なマンションが建っている。 こんな辺ぴな町に部屋を借りてまで住もうなんて物好きが居るのを昔から不思議に思っていたが、8室分あるポストには全部名前が入っていた。 目的の部屋の隣に、これまた見覚えのある苗字が並んでいる。「隣同士で住んでるのか」 怪しげな関係を妄想しつつ、咲はスマホで時間を確認した。まだ少し余裕がある。 階段を上って教えられた部屋の前で足を止めると、ふわりとカレーの匂いが漂った。 隣の部屋からだ。ポストについていた名前が『佐野』だったので、恐らく一華の部屋だろう。 夕食のタイミングを逃した咲が、鼻をつくスパイスの香りに腹を押さえたところで、「一華」 智の声がした。 空耳かと思ったけれど、隣から聞こえてくると思えば何の不思議もない。何やら楽しそうな話声に耳を澄ますが、内容までは分からなかった。「くそぅ、僕がこんな思いをしてるのに」 音にならない愚痴を吐いて、咲は改めてスマホを確認する。 腕につけたアナログ時計は秒数の誤差があるから、ここではスマホの正確な数字に頼った。 十九時ジャストを狙って、部屋のチャイムを鳴らす。インターフォン越しに聞こえた電子音交じりの声が「はい」と短く返事した。 部屋主の声に緊張を走らせ、咲は今の名前を伝える。「海堂です」 言い終わるのと同時に扉が開いた。 ニコリと笑った部屋主の目は冷たい。昔から変わらない、表情の少ない笑顔だ。 ギャロップメイこと担任の中條明和は「どうぞ」と咲を迎え入れて扉を閉めた。 整然とした玄関に埃一つない廊下は、彼の性格を物語る。「ちょうどの時間に来ましたね。良い心がけです」 兵学校時代、彼が時間に厳しかった記憶は山のようにあった。チャイムの後すぐに出てきた彼は、それを予測して待ち構えていたのだろう。「けれど今は有事でもなければ兵学校でもないので、次に来る時は前後三分くらいの差は問題ありませんよ」 次は多分ないだろうと思いながら、細い廊下を進む彼に続いた。たった六分の猶予を過ぎたらどうなるか、考えただけで恐ろしい。 通されたのは、突き当りのリビングだった。蓮の叔父の部屋より二回りほど狭い、一人暮らし用の部屋だ。 殺風景な窓際の隅には、何故かベンチプレスが鎮座している。床にはドーナツ型のウエイトが大中
last updateLast Updated : 2025-08-23
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101 アイツの視線

 最近鈴木が何か変だ。 授業中や休み時間に視線を感じると、大抵彼がこっちを見ている。芙美が『どうしたの?』と声を掛けると、鈴木は慌てて目を逸らした。 しかも湊が側に来ると彼は更に挙動不審になって、睨まれたカエルのように去ってしまう。 放課後またそんなシチュエーションになって、そそくさと退散する鈴木に芙美は瞬きを繰り返した。「鈴木くん、何かあったのかな?」「何かあったんだろうな」 湊がどこか楽しそうに笑顔を見せたところで、「ちょっといいか?」 咲が智を引きつれてやってきた。 いつになく神妙な様子に、湊が理由を求めて智へ視線を投げるが、彼もよく分からない様子で黙ったまま肩をすくめて見せた。「どうしたの? 咲ちゃん」「話があるんだ。二人とも来てくれ」 帰り支度をしていた芙美は、湊と顔を見合わせて「いいよ」と返事する。 鞄を手に四人で向かったのは、校庭の端にある滑り台の所だ。今日は曇り空で肌寒く、近所の子供たちの姿もない。 咲がここを選んだのは、他の生徒に聞かれては不味い話なのだろう。 滑り台の前で仁王立ちになった咲は、晴れない表情のまま三人をぐるりと見渡した。「僕がハロン戦で戦えるように、協力して欲しい」 何だか難しい顔をする咲を、湊は不満げに睨みつけた。「どういうこと? 物を頼む態度には見えないけど?」「すまない。だけど僕にはどうすることもできない──逆らえないんだ」 咲は腰に当てていた両手を下げて、拳を震わせる。「逆らえないって誰に?」 けれど咲は湊の質問には答えず、視線をブンと智へ投げた。「智」 急に話を振られた智が、「俺?」と自分を指差す。「お前、昨日の夕飯カレーだったろ」「えっ」 ドキリという心臓の音が聞こえてきそうなくらい、智が目を見開く。 咲は恨みでも込めるように智を見据えて、唐突に話を始めた。「お前が昨日メラーレの所に行っていたのは分かってるんだ。僕の気配に気付かないくらい、彼女と楽しくやってたみたいだな」「ちょっと待て。いきなり何だよ。気配って、お前──」 そこまで言って、智は赤面しながらハッと息を呑んだ。「まさか、隣の部屋にいたのか? お前たち、そういう関係──」「んな訳あるかよ!」 芙美には二人のやり取りが全く分からなかったが、隣で湊が「あぁ」と顔を上げる。「一華先生の隣って、こ
last updateLast Updated : 2025-08-24
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102 しましま模様の坂道

 ほぼ強制的に部活動へ入部させられた芙美達は、その足で山の広場へと向かった。 いつも湊たちが鍛錬しているその場所は高校の私有地で、次元の歪みが浮かんでいる。十月も半ばを過ぎた木々の緑は褪せる一方で、紅葉シーズンへの準備を整えつつあった。「リーナ、覚悟は決まった?」 川沿いの道を歩く足がどんどん重くなる芙美を、前を行く智が振り返る。「決まってるよ。考えれば考える程、決心がブレそうだけど」「そんなに思い詰める事じゃないと思うけどな」「確かに強引だけど、俺もいいと思うよ。自発的にやるより、芙美はこうやって強制的に管理された方が向いてる気がするし。それに、宰相が指導してくれるなら成果は見込めるだろうからね」 最初「パス」と言っていた湊まで、そんなことを言っている。「湊、お前はあの鬼の本性を知らないから、そんなお気楽なことが言えるんだよ。あれは──」「始める前から怖がらせてどうするんだよ」 智が「やめとけ」と咲を注意する。「ラルはともかく、リーナが怯えてるだろ? 宰相だって考えがあるんだよ。俺たちだってあの人がいたから強くなれたんだしね」 あまりフォローにならないやりとりに芙美が肩を落とすと、湊が「大丈夫」と小さく微笑んだ。「辛いと思ったら言えばいいし、俺が側に居るからさ」「うん──」 それだけでちょっと安心してしまう。  前を行く二人は、相変わらず楽しそうに会話を続けていた。「それにしてもまさかこの4人でハロンと戦うなんて、想像もしてなかったよな。色々あったけど、楽しいなって思うよ」「僕もずっと咲って女子を演じてきたけど、カミングアウトしてからは居心地がいいよ」「いや、お前はもう女子だろ。彼氏だって居るんだし、可愛い咲ちゃんって事でいいんじゃないの?」「そういうこと言うな!」 噛みつくように咲は吠えるが、智の意見には芙美も賛成だ。咲は中身がヒルスだけれど、残念なことに女にしか見えないし、第一自分より顔もスタイルもいい。「確かに僕は女になりたくて女にしてもらったけど、この貧弱な体力と筋力のせいでこの様だ。まさか生まれ変わってまで教官の指導を受けなきゃならないなんてな」 咲は鞄をぐるぐると振り回しながらボヤく。「お前が剣を持ちたくて、その為の通過儀礼なら俺は幾らでも協力してやる。お前は俺の命の恩人だからな」「智ぉぉお
last updateLast Updated : 2025-08-25
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103 鬼の笑顔

 坂道に並べられたハードルには一台ずつ『白樺台高校』と校名の入ったシールが貼られていた。どうやら学校の備品らしい。 坂の麓から広場まで、緩いカーブを含んで五百メートル程だろうか。舗装されていない土の道には大きめの石がゴロゴロと転がっている。 まさかという嫌な予感がよぎったけれど、その距離をゴールまでハードルが続いているなんて考えたくもなかった。「教官のやりそうな事だなぁ」 兵学校の訓練では途中で何かが飛んでくる事もあったと智に言われて、芙美は戦々恐々と進んでいく。授業で平坦なトラックに置かれたハードルを飛ぶのさえ苦手な芙美が、数倍の距離を坂道でこなすのは至難の業だった。 適当な間隔で並ぶハードルに「跳び辛い」と文句を言いながらも、智と咲は慣れた様子であっという間に芙美の視界から消えてしまう。咲はスカートであることさえ問題ないようだ。「湊くん、先行ってて」 半分ほど来たところで、芙美は湊を先へと促した。遅い足に付き合ってくれるのを最初は嬉しいと思ったのに、ここへ来て申し訳ない気持ちの方が膨れてしまう。「え、いいよ。気にしないで」「けどほら、私スカートでちょっと恥ずかしいし。宰相も一人でやれって言うと思うよ」 それに、ここで甘えてしまってはまたハロン戦で屈辱的な思いを繰り返すことになるだろう。 さっき湊に言われたように、誰かに組まれた訓練の方が自分には向いているのかもしれない。ルーシャはリーナに無理難題を押し付けてきたが、結局リーナはそれをこなしていたのだ。「わかったよ。じゃあ、怪我したり倒れそうになったら呼んで」 湊は芙美の肩から鞄を取り上げると「この位はさせて」と自分の鞄に重ね、先へと走った。 颯爽と視界から消えていく背中に、自分がいかに足手纏いだったかを反省する。 一人になると、辺りが急に静かになった。 誰も見ていないのならハードルを飛ばずに横を歩いても……なんてことを頭に過らせつつ、結局最後まで一つずつ跨いでゴールしたのは意地以外の何物でもない。 最後まで他の障害物に襲われることもなかったが、この緩い坂道を走って上るだけで疲労度が半端ない。小走り気味に進んでようやく三人と合流できた時には、崩壊しそうな脇腹の痛みとゼェゼェという呼吸に立っているのがやっとだった。 広場で待ち構える『鬼の宰相』こと、ギャロップメイこと、担任の中條
last updateLast Updated : 2025-08-26
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104 暗闇からの気配

 芙美が遅くなった帰宅時間を蓮にメールで知らせると、案の定着信音が鳴り響いた。すっかり暗くなった夜道に、モニターの明かりが眩しい。 「うわ」と嫌顔の芙美から咲はスマホを受け取る。『芙美?』「僕だよ。芙美の事は七時半の電車に乗せるから心配しなくていいよ。そっちの駅までは湊が付いてるから。それで──」 彼の声が聞けて、咲は素直に嬉しいと思った。 そして、結局文句を言いながらも三往復のハードルをやり切った芙美を目の当たりにして、焦りが出たのは事実だ。『何だ、眼鏡くんが来るのか。俺は咲に会えないの?』「ごめんな。僕も疲れてるから、今日は彼に任せるよ」 思わずいつもの調子で返事すると、興味津々の顔を向けてくる智と目が合った。 咲は慌てて彼に背を向け、蓮に「後で電話する」と伝える。『わかった。じゃあ待ってるね』 咲は小さく「うん」と答えて通話を切った。「彼氏なんだから、遠慮しないで話せばいいのに」「うるさい」 残念がる智を睨みつけて、咲は芙美にスマホを戻す。「駅まで迎えに来てくれるっていうから、蓮に会うまでは湊がついててくれよ?」「別に家まででも良かったのに」「いや、車も出せるっていうし、こういう時は身内の方がいいと思うから」 結果論だけれど、蓮が事情を知っていてくれるのが心強い。今日の事も大体の事は話して、納得してもらえた。「初日くらい甘えさせてやってくれ。心構えもなしに僕が巻き込んだんだから、頼むよ」「まぁいいけど」 湊は苦笑する。「ありがとね、咲ちゃん。けど明日も部活あるんだよね……」 駅舎が見えてきたところで、芙美はもうすっかり夜になった空をぼんやりと見上げた。「雨、降らないといいなぁ」「明日はどうだろう。けど、毎日続けてたらそういう日もあるだろうな」 芙美は雨を克服するようにと中條に言われている。それは、体力をつける以上に彼女にとって酷な事かもしれない。ターメイヤ時代のハロン戦で雨の中倒れた過去が、彼女の恐怖を煽っているのだ。 高校に入学した当初、彼女の口からそれを聞いた時は驚いた。雨が降るたびに咲はリーナを思い出して湊を睨みつけていたけれど、鈍感な彼はそれに気付いてはいなかったようだ。 今までは雨が降ったら芙美の側に居ればいいと思ったし、無理に克服する必要なんてないと思っていた。けれど十二月のハロン戦でもし雨
last updateLast Updated : 2025-08-27
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105 失恋

 走っていく途中で咲にも一瞬見えた灯りは、校舎の二階の窓からだった。教室の照明ではなく、ぽつりと丸く光った青白いものだ。けれどそれもすぐに消えてしまう。 夜の闇が暗い校舎の輪郭を際立たせる。まだ八時前だけれど、人気のない風景はやたら暗く感じられた。咲は暗がりに覚えた恐怖に気付かれないよう、そっと智の側へ移動する。「さっきの光って、まさか人魂じゃないだろうな?」「ヒルスお前、そんなの信じてんの?」「いや、そ、そういう訳じゃなくて」 ありえるかもしれないという話だ。 智に弱みを見せたくはないし、女みたいだと揶揄われるのも嫌だけれど、このブツブツに立った鳥肌はどうすることもできない。「幽霊なんかじゃないよ」 智はスマホを光らせて、ポチポチと何か打ち始める。「メラーレにメールか?」「あぁ、一応な」 彼女は地下で仕事をしているらしいが、今日は学校の七不思議の五番目だと思われるコツンコツンという音は聞こえてこなかった。 スマホの画面に『気を付けて』の文字が見えたけれど、すぐに暗転して他まで読むことはできなかった。「お前、何か感じるのか?」「まぁな。けど、魔法とはちょっと違うかな」 智はスマホをしまうと暗い窓から校舎の中を伺って「そうだなぁ」と首を傾げる。「魔法使いの感覚って、透視みたいなのとは違うんだからな? 何か……いそうな気はするんだけど」「まさか強盗とか?」「学校に? 金目のものなんてあるとは思えないけど」「明日の小テストの解答とかは?」「あぁ……それならあるかも」 智は苦笑して二宮金次郎の所まで行くと、手慣れた様子で石像の鼻に指を入れた。「とりあえず一華んトコ行って来る。お前はここで待ってろよ」「えぇ? 僕を置いていくのか?」 咲は慌てて智の腕を掴む。「女子がこんな所に一人で居たら、その強盗に狙われるだろ? 襲われたらどうするんだよ」「お前が?」 冷めた目で見る智に、咲は恥も承知で縋る。「そ、そうだよ」 怖いなんて言いたくはないけれど、ここに置いて行かれるのだけは勘弁してほしい。 普段なら夜の闇もお化け屋敷も平気なのに、ついこの間蓮と観に行ったアニメ映画が、学校を舞台にしたゾンビものだったせいで、見えるもの全てがあの世界とリンクしてしまう。 花壇の横に置かれた鉢植えが地面から突き出したゾンビの
last updateLast Updated : 2025-08-28
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