All Chapters of いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Chapter 161 - Chapter 170

186 Chapters

151 声

 ハロンの長い尾を駆け登り、羽のすぐ下を剣で切りつける。弱点だという背中の中心を狙いたかったが、左右に振れる羽が邪魔してそこから先に行くことができなかった。 ここは隔離空間の北の端だ。 うっそうと生える木々が邪魔して戦闘には向かないが、ハロンの巨体が動くたびにメキメキと木が倒れて、少しずつ地面が広がっていく。細かい枝が硬い皮に弾かれて空に舞っていた。 咲はもう一度ハロンに剣を突き付けて、地面へとジャンプする。 ハロンを人間に例えれば蟻程度の攻撃だろうが、繰り返せばダメージを重ねることができるのだろうか。敵の目的が隔離空間からの離脱なら、せめてそれを阻止しなければならない。 咲が地面で構えると、ハロンはすぐに興味を外へ移して壁への体当たりを繰り返した。 足元に刻まれた魔法陣は、やっぱり機能していないと思う。「ルーシャの魔法が失敗だったなんて、そんなことあるのか?」 彼女の魔法は絶対的なもののような気がしていたけれど、良く考えてみればついこの間も同じような事があった。「鈴木の時もそうだったか」 学校の地下に潜り込んだ鈴木に一華と智の関係を見られて、ルーシャに記憶の消去を頼んだが、消えたのは地下室での一連だけだった。 彼女に何か良くないことが起きているのだろうか。「ここの魔法陣に不具合が出てるってんなら、僕が守らなきゃだろう?」 牙を剥き出しにして短く叫んだハロンが、咲の前に滑らせた尾を跳ね上げた。咲は後ろに飛んで着地を決めると、隔離壁に背を向けた巨体と向き合って、声を張り上げる。「いいか、僕を見くびるんじゃないぞ。魔法さえなかったら、僕は智より強いんだからな?」 壁からハロンを少しでも離さなければと思う。 再び倒れた木を避けて、咲は剣を振った。 実戦なんて久しぶりだ。 恐怖からの震えを武者震いだと言い聞かせて、「行くぞ」と舌を出す。 地団太を踏むように踏み込んでくるハロンの咆哮は、女の悲鳴のようにも聞こえた。「オスだと思ってたんだけどな。実はメスだったりして」 腕をかすめた羽に斬り込んで、咲は少しずつハロンを広い方へと誘導していく。一歩一歩と位置を決め、振り上げられたハロンの足の下へ入り込んだ。 踵に剣を突き付けると、よろめいた巨体がまっさらな雪の上へたたらを踏む。途端に白い雪に黒い魔法陣が光った。 運は少しばかり自分に味
last updateLast Updated : 2025-10-18
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152 絶対に死なせない

 ターメイヤの古文字を刻んだ炎が帯状に伸びて、背中からハロンにぐるりと絡みつく。縄で締め上げるように智はその端を掴んで、力強く引き付けた。 陽炎を燻らせて炎が勢いを増す。 硬い皮膚を焼き付ける熱に、ハロンはダンと地面を足で打ち付けて赤い瞳の照準を智に移した。「ヒルス……」 その姿を目の当たりにして、智は背筋を凍らせる。 ハロンの股の奥に覗く咲は、全身を血だらけにしてぐったりと地面に伏していた。「何で、こんなことになってんだよ!」 智はハロンを睨み上げる。炎の帯を手放すと、巨体に貼りついた赤がぐにゃりと波を打って弾けた。衝撃に鳴くハロンは無傷に近い。 さっきハロンが智の初期位置を離れてからそう時間は経っていないはずなのに、決着はもうついていた。ハロンは最初から咲を狙ってここに来たのだろうか。咲を殺すつもりで攻撃したのだろうか。 弱々しい咲の気配を感じて、怒りが込み上げる。智はハロンへの攻撃を仕掛けた。 ここは北の端だ。咲から距離を離そうと長い尾の先に飛びつくと、ハロンは智を乗せたまま再び北を向いた。バサリと羽ばたいた風に煽られて、智は尾の根元にしがみ付く。「外……?」 ハロンの巨体がフワリと舞い上がって、右手の先が壁を突いた。 湾曲した太い爪が壁に深く食い込んでいるのが分かって、智は「まてよ」と驚愕する。 完璧なはずの隔離壁に溝ができていた。外の空気が入り込んでいることに気付いて、側の魔法陣を振り向いた。「失敗してんの? これ……」 地中に沈めた魔法陣は、ルーシャの魔法で地表に現れた状態だ。なのに発動の光が見えない。「ヒルス……お前がここを守ったっていうのか?」 魔法使いの自分でさえ、すぐに気付く事ができなかった。ルーシャもまだこの事態を知らないのだろう。感覚を研ぎ澄まさなければ分からないような違和感を、ハロンはあの広場で感じ取ったというのか。 ハロンが指先に力を込め、ギギギギッと音が響いた。空気が軋んで、辺り一帯に振動が広がる。 智は慌てて炎を投げた。「駄目だ、壊れる」 この隔離を抜けて飛び立たれてしまっては、もう自分たちだけでは抑えようがない。 黒い渦を絡めた渾身の一撃を投げつけると、ハロンの巨体が隔離壁から離れた。その瞬間を狙って、智は別の炎を飛ばす。 ドロリと溶けた炎の塊がハロンの横を素通りして、ビシャリと穴に
last updateLast Updated : 2025-10-19
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153 ゲージ回復

 北の空に打ち上げられた火球に気付いて、芙美は眉を顰めた。 正面から飛び掛かってきた鷲型のモンスターに指一本で火を放つと、敵は呆気なく息絶えて地面に落ちる。 魔法の垂直発射は、そこに怪我人が居る合図だ。打ち上げたのは智だろうが、そこは彼ではなく咲が配置された場所だ。まさかという予感に鳥肌が立つ。 そんな不安に付け込んで、モンスターは攻撃の勢いを強めた。 狼のような体に羽をつけた敵が、十匹ほど芙美を囲む。一つの鳴き声を合図に一斉に飛び掛かって来て、芙美は空の手を地面に向け光を放った。地面から突き上がった円柱の光が盾となり、敵の体当たりを防ぐ。 光の盾は迎撃をもこなし、敵は次々と倒れて霧散した。「もぉ」 休みなく湧く敵の数にスネると、スマホが音を鳴らす。絢だ。「ちょっとルーシャ、このモンスターたちは何なの? ハロン以外が出るなんて聞いてないよ」『いいから、そういうのは適当にやっつけて。それよりヒルスが怪我したから、そっちへ向かってくれる?』 急を要する話に、芙美は「えっ」と声を詰まらせる。「咲ちゃん……が?」 やはりあの火球はそういう意味だったらしい。『ハロンが北へ向かったでしょう? あそこに置いた空間隔離の魔法陣が不具合を起こして、隔離壁に穴が空いてたみたいなの。アッシュが壁の応急処置をしてくれたんだけど、それよりもヒルスの怪我が酷いらしいのよ。私もそっちに行くから、向かってくれる? 貴女の力が必要よ』「ちょっと待って。治癒魔法を使うって事? そんなに悪いの?」 治癒魔法は魔法使いの体力を奪う。だからこそ、前世でルーシャは最前線で戦うリーナにその方法を教えてはくれなかった。 智の怪我を治した時、芙美は意識を保っていられずその場に倒れた。ハロン戦真っ只中の今、そのリスクを無視してまでやらねばならない程に、咲の状態は良くないのだろうか。『それは行ってみないと分からないわ。今更だけど、貴女に治癒を教えておいて良かったと思ってる。大丈夫、ヒルスには防御魔法を掛けてあるから、即死はしてない。助けられるわよ』「即死って……そんな言葉使わないで。けど、この場所は? 歪みから出てくるモンスターが止まらないんだよ」『そっちにはアッシュを向かわせたわ。今はハロンも行き場を失って隔離壁の中を彷徨ってるから、戦闘にならないように気を付けてね』「分かっ
last updateLast Updated : 2025-10-20
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154 取り寄せられた戦力

跳躍したハロンの手が目の前に伸びて、湾曲した爪が芙美を捕らえようと大きく開く。 「伏せろ」と声がして、反射的に身体が動いた。「耳を塞いで!」 地面にうずくまって、言われるままに両耳を押さえる──そうしなかったら死んでいたかもしれない。 空気をたっぷりと含んだ激しい銃声が鳴り響き、派手な炎が炸裂した。衝撃に地面が揺れ、芙美の頭上にバラバラと石の雨を降らせる。「ひぃぃ」 何が起きているのか瞬時に理解できなかったが、芙美を捕らえようと迫ったハロンの手は視界から消えていた。 オォンという咆哮が遠いことに気付いて顔を起こす。土煙を立ち上らせた巨体は、数十メートル先でバサバサと羽をはばたかせていた。「今のって、銃……だった?」 危機一髪の状況から芙美を救ったのは魔法じゃない。 さっきの声の主が誰なのかは分かっていた。相手を確信して振り向くと、おかっぱ髪を振り乱した、ターメイヤの宰相こと、兵学校鬼教官ギャロップメイこと、担任の中條明和が硝煙を立ち上らせた円柱形の武器を肩に担で走り寄ってきた。「怪我はしていませんか?」 芙美が驚愕したまま「はい」と頷くと、中條は「そうですか」と薄く微笑む。「流石ウィザードの防御力だ。少し近いとは思ったんですが、貴女ならと思って」「そ、そうだったんですか。生きてて良かった……」 ビジネス用のロングコートに合わせるには、大分違和感のある装備だ。 ロケットランチャーとか、バズーカ砲とかいうやつだろうか。戦争系のゲームで戦車に向かって打ち込む武器だ。 ハロンも衝撃の割に大したダメージを受けた感じはしないが、それでも腹をよじらせてもがいている。「戦争だっていうのに、大人しく静観していられるような性格じゃないんですよ。こんなの撃った所で、威嚇にしかなりませんが」「そんなことないです。先生が居なかったら、私は多分やられてたと思う」「まぁ、無事で良かった。貴女が幾ら強いと言っても、油断は禁物ですよ」 中條は口の端をそっと上げて、ハロンを見据えた。 芙美は「はい」と肩を竦める。ハロンに丸薬を食べられてしまったなんてことは、口が裂けても言えない。「けど、この武器ってどこで手に入れたんですか?」「通販ですよ。ターメイヤに銃はありませんからね」「えっ、通販で買えるんですか?」 芙美は目を丸くする。一般人がこんな武器を
last updateLast Updated : 2025-10-21
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155 寂しいと思った

 智の投げた炎が、ハロンの興味を彼の元へ引き付ける。芙美と中條はその隙を狙って、咲の居る位置まで坂を駆け上がった。 この間、絢と次元隔離の魔法陣を描きに行った場所の一つだ。あの時魔法陣に不備はないように見えたが、うまく作動しなかったらしい。 むせる様な土の匂いがして、なぎ倒された木々が道を塞ぐ。ここでの戦闘は、想像以上に激しかったらしい。ひょいと木を飛び越える中條に続いて隔離壁の手前まで走り、芙美は目に飛び込んだ状況に悲痛な声を上げた。「咲ちゃん!」 仰向けに横たわる咲に、耕造が寄り添っている。辺りに散らばった血の色に言葉を失って、芙美は両手で口を押さえつけた。 絢は上向きに構えていたロッドを下ろして、「塞がったわ」と芙美達に身体を向ける。彼女の仰ぎ見た先に、うっすらと光が走った。「ヒルスのことまだ動かしちゃ駄目よ。骨が折れていると思うから」 絢の注意に頷いて、芙美は咲の横にそっと両膝をついた。 口元に血を吐いた跡がある。ぐったりと目を閉じたままの咲は、芙美の呼びかけに僅かな反応も示さなかった。弱々しい気配に焦って、芙美は助けを求めるように大人たちを見上げる。「貴女なら助けられる。やり方は頭に入ってる?」 芙美は頷いて、コートの上から咲の胸に両手を翳した。「……こんなひどい怪我してるなんて」 本に書いてあった手順を頭に描きながら、少しずつ光を浴びせる。咲の胸を灯す魔法陣が、液状に揺れていた。 絢が咲の頭の近くに座り、濡れたハンカチで口元と頬に付いた血を拭い落とす。服に着いた部分は、「仕方ないわね」と諦めた。「申し訳ない事をしたと思っているわ。こんな失敗をするなんて駄目ね。ヒルスをここまで追い詰めたのは、私の責任だわ」「誰だって失敗はあるよ」「慰めてくれるの? ハロンは外に出たいのね。ヤツにとっては世界を破壊しようなんてつもりはないのかもしれないけど、共存できるものではないしね」「そうだよルーシャ。どこか知らない世界から来たハロンが、不遇を呪ってこの世界で暴れたり、我が物顔でいていい理由なんて絶対にないんだから。人を傷つけることに躊躇しないヤツとは共存なんてできないよ。ターメイヤでも、ハロンに殺された人は何人もいる。咲ちゃんまでこんな目に遭わせて、絶対に許さない」 遠くで智とハロンの戦う音が聞こえる。「頼もしいわ
last updateLast Updated : 2025-10-22
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156 相棒

 華奢な咲を抱き抱えて坂を下りる中條を見送って、絢は耕造の横に膝を落とした。彼の腕の中で目を閉じる芙美の頭をそっと撫でる。「そんなに長くは寝させてあげられないけど、ハロンをアッシュが止めている今のうちに休めるだけ休んでおきなさい」 「昨日もあんまり寝れなかったみたいだし」と苦笑して、立ち上がった。「けど。まさかこんな時に、ヒルスに恋人を呼んであげようなんてね」「やさしいんだよ、リーナもヒルスも。儂がこの世界に来たいと言ったのは、儂自身が二人と離れたくなかったからだよ」「それは分かっていますよ」「だろ」 耕造はふっくらと笑んで、芙美を雪のない木の根元へ運ぶ。しゃがんだ膝を枕にして寝かせると、肩に掛けていた薄い毛布を芙美の首まで被せた。「けどハリオス様、もう次の手を考える時間です」「さっきの話か?」「えぇ。よろしいですか?」 芙美達がここへ来る前、絢は彼に一つの相談を持ち掛けた。 隔離壁の生成にミスが生じたのは、能力の衰えから出た失態だ。先日の記憶操作の時から予感はしていたが、こんなミスはターメイヤではしたことが無かった。「アッシュの死を回避させた事がこの戦いに影響を及ぼしているのだと思ったけれど、私たちがこの世界に転移した時から、既に世界は狂い始めていたのかもしれません」「だったらもう怖いものなんてないね」「はい。悪い未来なんて覆してみせますよ」 認めざるを得ない現実を受け入れて、絢はその思いを告げた。「だから、やらせて下さい」「あの二人には言ったのか?」「伝えてはあります」 耕造は「分かった」と頷いて、だらりと落ちた芙美の手を胸の上に乗せた。「なら構わんよ。全部終わったら、また戻ればいいんだから」 絢は「はい」と笑顔を零して、ロッドを高く持ち上げた。 空へ向けて唱えた文言は隔離壁の天井の高さに魔法陣を広げ、暫しの間青黒い光を降らせた。 絢を見上げた耕造が「懐かしいな」と微笑む。絢は、「ハリオス様もですよ」と笑い掛けた。   ☆ 湊の初期位置は、隔離空間の南東に位置する。 隔離壁の発動と遠くに鳴り出した戦闘の音でハロンが出たのは理解できたけれど、ハッキリ言って暇だった。 四人がバラバラに配置されたのは、羽が付いたハロンの動きをどこででも捕らえることができるようにだ。四人同時に攻撃を仕掛けるのにも無理があるし、妥
last updateLast Updated : 2025-10-23
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157 ブロンド髪の彼女

 蓮が白樺台高校に着いた時には、もう夕方の四時を回っていた。 適当な理由をつけて芙美の合宿中はいつでも車を使えるようにしておいたが、案の定二日目で連絡が入る。しかも芙美から『学校へ来て』という一方通行のメールだ。『わかった』という返事に既読はつかない。 部活の冬合宿という名目だが、実際は異世界から転生してきた咲や芙美たちが戦いの為に家を空ける口実だ。強靭な怪獣が次元を超えて、この田舎町に現れるという。 咲はいつも『大丈夫』だと言っていた気がするけれど、彼女にもしもの事が起きるかもしれないという不安は蓮の中にいつもあった。戦うと言う事は、そう言う事だと思う。 雪の舞う曇り空が、夕方の薄暗い色を見せ始める。 今まさに戦闘中だろうと気構えて来たが、白樺台の駅前も町中も、いつもと変わらない普段通りの時間が流れていた。ネットもテレビもそれを騒ぐようなニュースは何処にも見つからない。 校門横の駐車スペースに車を停めて学校の敷地に入ると、校庭の方からはしゃいだ声が聞こえてきた。うっすらと積もる雪を固めて、小学生くらいの子供たちが雪合戦をしている。 そんな平和に困惑しながら校舎へ向かうと、昇降口の奥に人影があった。 照明の消えた校舎内は薄暗かったが、それが生徒ではなく大人の女性だという事は分かった。彼女に小さく手招きされて扉を潜り、蓮は思わず眉を上げる。白衣姿で待ち構えた彼女が、日本人ではなかったからだ。 少女というには少し年上で、暗がりに映える茶系のブロンド髪が眩しい。彼女は赤いフレームの奥にある金色の瞳を細めて、愛らしい笑顔を見せた。「芙美ちゃんの、お兄さんですね」 日本語は堪能だ。穏やかな表情の彼女に最悪の事態ではないことを汲み取って、蓮はホッと胸を押さえた。「はい。咲たちは無事ですか?」「勿論ですよ」「良かった」 彼女が外国人の英語教師だと言われれば納得できるけれど、蓮はその考えを頭の中で否定した。 多分そうだろうという迷いと期待を込めて尋ねる。「違う世界の方なんですか?」 緊張が声に出る。彼女はすぐに「はい」と目を細めた。「お兄さ……咲ちゃんから聞いてましたが、本当に詳しいんですね」「すみません」「謝らないで下さい。それに私も驚かせてしまってすみません。いつもはこんな姿じゃないんですけど、今日は事情があって。さぁ、どうぞ」 促
last updateLast Updated : 2025-10-24
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158 覚えてる?

 自分も戦いたいと無理言って仲間に加えて貰ったものの、いざハロンと向き合ってやられるまではあっという間だった。死ぬことさえ覚悟した時、最後に会いたいと思ったのは、芙美ではなく蓮だ。 実際に現れたのは智だったけれど、彼のお陰で自分はまだ生きている。 記憶と夢が混ざり合って、ゆっくりと意識が戻って来た。「咲?」 誰かに呼ばれた気がしてゆっくりと目を開く。寒空の下で途切れた記憶が、蛍光灯の灯りと布団の温もりに繋がった。 急に小さな地震が起きて、微睡んだ視界が鮮明になる。 右手を握られた感触に相手を辿ると、そこに蓮が居た。咲は呆然と部屋を見渡す。「夢?」「夢じゃないよ」 ここが学校の地下にある、一華ことメラーレの仕事部屋だという事は理解できた。だからこそ、彼がいる事を異常だと感じてしまう。「まだ戦闘は終わってないんだろう? なんで蓮が居るんだよ」 また部屋がガタガタと軋んだ。これが地上での戦闘によるものだと悟って、咲は慌ててベッドから起きようとするが、支えようとした左腕に激痛が走りそのまま崩れた。「うわぁぁあ」「落ち着いて。酷い怪我してるって言ってたよ」 蓮は咲の毛布を掛け直して、側にある丸椅子を頭の側に引いてきた。「この位で寝てなんか居られないんだよ。それより蓮は何で……」「迷惑だった?」 言葉を遮られて、咲は黙ったまま首を横に振る。「なら良かった。芙美から連絡貰って飛んで来たら、ここに通されたんだ」「芙美に会ったのか?」「会ってないよ」「そうか……」 咲は天井を睨みつける。蓮に会えたのは嬉しいけれど、まだ戦闘は続いている。 時間はもう四時半に近い。咲がハロンと戦ってから、軽く三時間ほど過ぎていた。 意識を失っている間に、あの三人がずっと戦っていたんだと思うと急に申し訳ない気持ちになる。一人だけこんな所でのんびりと寝てはいられないと思うのに、身体が思うように動いてくれない。 けど、倒れた時の傷はもっと深かった気がする。 ふと頭を過ったのは、駅の裏で芙美が智の怪我を治した時のことだ。治癒魔法はウィザードの専売特許で、ルーシャや智には使えない。「まさか、芙美が……」 最前線で戦うべき彼女の体力と引き換えに救われた命だ。「僕は結局、リーナの荷物でしかなかったんだな」「そんな自虐的になるなよ。咲だって戦ったんだろ? さ
last updateLast Updated : 2025-10-25
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159 写真

 蓮に初めて会ったのは、今年の九月だ。 芙美に兄がいると知って嫉妬した咲は、相手がどんな奴か見定めてやる気持ちで、お泊り会と称して荒助家の門を潜った。 あの時、急なバイトが入ったと言いながら玄関で迎えてくれた蓮が、咲の記憶の中で最初に見た彼の姿だ。当日まで写真ですら見たことが無かった──つもりだった。「いや、それより前だよ。もっとずっと前。咲が小学生の頃の話だよ?」「はぁ? だって、僕は芙美に初めて会ったのが今年の二月なんだぞ?」 芙美と会ったから、蓮との接点が生まれた。だから、先に蓮に会ったなんて話は順番がおかしい。「けど、そうじゃないのか……?」 咲は首を捻るが、小学生の頃だなんて全く想像できなかった。 咲も小五までは広井町に住んでいたが、仮にも近所にいたというのなら芙美に気付かないなんてことはあり得ない。「思い出せない?」「思い出せない。ギブアップだ」 何だか悔しい気分になって、咲は頬を膨らませた。「やっぱり。覚えていないと思ったんだよ」 蓮は苦笑して、パンパンになった咲の頬を指で突く。「人違いじゃないのか?」「あれは咲だったよ。広井町の駅で俺が咲を芙美と間違えたんだ。覚えてない?」「えっ、それって……」 昨日咲が芙美に話した初恋相手のエピソードではないのか。 あの話を誰かにしたのは初めてで、咲は相手の顔すら覚えていないのに。「口止めしたのに……芙美に聞いたんだろ」 あまりにも話がうますぎると疑うが、あれから芙美がわざわざ蓮に教えたかと言えば、それもないような気がした。 蓮も「何の事?」と首を傾げる。「だって、何で蓮があの時の事を知ってるんだよ……クッ」 勢いで起き上がろうとすると、今度は腕どころか胸の辺りも痛んだ。「駄目だよ、無理に起きちゃ」 布団に押し戻されて、咲はムッと睨みながら蓮の言葉を待つ。何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。「芙美になんて、何も聞いてないよ。何で知ってるのかって、それが俺だったからだろ?」「だってあれは知らない人だったんだぞ? 妹を迎えに来てた、中学か高校生くらいの……」「ほら、合ってるでしょ?」「けど……」 確かに合っているような気がするけれど、納得ができない。 素直になれない咲の頭を撫でて、蓮は小さく歯を見せた。「まぁ、俺も忘れてたんだけどさ」「はぁ
last updateLast Updated : 2025-10-26
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160 彼の服

 別に、あの日会った彼に本気で恋をしたわけじゃない。 芙美には初恋だと言ったけれど、他に思い当たる人物もなく、ただ何となく記憶に残っていた安心感を恋だと脚色しただけだ。「僕はあれが蓮だって言われても、全然顔を思い出せないよ」「ほんの数分の事だし仕方ないよ。多分忘れてるだろうから、言わなくていいと思ってたんだけど。初めて会ったのがその時だって咲が分かってくれたら、俺は嬉しいかな」「僕も嬉しいよ。あれが蓮だったって事も、芙美がそこに居たんだってことも」 ──『お兄ちゃん』 あの声に気付けたことも嬉しいと思った。「本当に運命が繋がってるなら、僕はやっぱり最後まで戦いたい。リーナの所へ行って、できる限りの事をしたいんだ」「その怪我で?」 地上の戦闘の激しさは、部屋を揺らす振動で十分に伝わってくる。自分に何ができるか考えたところで大した答えは出てこないけれど、ここにいては祈る事しかできない。 咲は毛布を剥いで、再び起き上がろうと右手に力を込めた。比較的症状のない方を選んだつもりだが、痛みは全身を突き抜ける。「ひぃぃ」 蓮は呆れたような、諦めたような顔をして、咲が起き上がるのを手伝った。 ベッドの上に座るだけで手間のかかる怪我に嫌気がさして、咲は「惨めだな」と不満を漏らす。「僕はハロンに全然敵わなかったよ」 改めて自分の状態を見て、笑いと涙が同時に込み上げた。 左腕は動かず、無理して力を込めると激痛が走る。そこの骨がハロンに締め付けられた時に折れただろう事は自覚していた。 コートのお陰で制服の損傷は少ないが、今一番上に着ている蓮のパーカーを含めて、ファスナーを開いていた前の部分に血の色が目立った。ベッドの白いシーツにも薄い茶色をうつしてしまっている。「ごめん、蓮。借りた服をこんなにしちゃって」「別に構わないって。元々だいぶ着古したやつだったし、咲がこんな時に着てくれて嬉しいって思ったよ」 蓮は咲の頭を撫でて、「抱きしめてもいい?」と了解を取る。 咲はこくりと頷いた。「左腕、痛いけど」「分かった」 その場所に触れないようそっと抱きしめる蓮は、パーカーと同じ匂いがした。「そんなにこれが気に入ってくれたなら、今度似たやつ買いに行こうか? 咲そろそろ誕生日だよね? クリスマスも近いし」 咲の誕生日は、クリスマスの少し前だ。智たちは四
last updateLast Updated : 2025-10-27
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