All Chapters of いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?: Chapter 171 - Chapter 180

186 Chapters

161 甘けりゃいいってもんじゃない

 一華に手際よく応急処置される間、咲は十回ほど激痛に叫んだ。効率重視で、患者への労りはまるでない。注射をされる子供のように左腕から目を逸らして、咲は右手を握る蓮に涙目を向けた。「やめてもいいんですよ?」「駄目だメラーレ、やめないでくれ。ひぃぃい……」 汗びっしょりの咲に、一華がようやく「終わりましたよ」とタオルを差し出す。彼女はそのまま立ち上がって奥の部屋へ行ってしまった。 咲は顔をグイと拭って、椅子に掛けられた血だらけのパーカーを名残惜しく掴む。 半袖のシャツに着替えさせられた咲は、左腕に包帯ぐるぐるで添え木を当てられ、三角巾で固定された状態だ。 冬の夜風にパーカー一枚では心許ない。自分のコートを着ようかと諦めたところで、蓮が自分のジャンパーを脱いで咲の背中に掛けた。「着て行きな」「蓮……」 咲は「すまないな」と言って、ジャンパーに籠る彼の体温を抱きしめる。戦場へ赴くには万全とは言い難い姿だけれど、右手と両足が無事なだけで行ける気がした。「じゃあ、後はこれを飲んでください」 奥の部屋に行っていた一華が、刺激臭と共に戻って来る。目の覚める様なツンとした臭いが嗅覚に突き刺さって、蓮と二人で鼻を押さえた。 咲は彼女の握り締めるマグカップに警戒する。「飲むって、何それ。丸薬じゃないの?」 彼女が持ってきた熊柄のマグカップは、彼女が保健室で使っているものと色違いだ。その可愛らしい見た目とは裏腹に、草のような薬のような微妙に甘いような、おかしな臭いを立ち上らせている。 「どうぞ」と向けられた中身も毒にしか見えない。 カップの縁ギリギリまで注がれている混濁した苔のような緑色に、咲はゴクリと息を飲み込んだ。「大丈夫なの? コレ……」「丸薬を一度粉にして、傷に効く薬や痛み止めも一緒に混ぜてみたんです。健康促進剤みたいなものだと思って飲んで下さい」「これ飲んで健康が促進されるとは思わないんだけど……ぶっ倒れたりしない?」 不安がる咲に、一華はパッと笑顔を広げた。「飲み干すまで、この部屋から出しませんよ?」「ちょっ……」 可愛らしい表情の向こうに悪魔の姿を垣間見て、咲はほんのりと温いカップを「分かりました」と受け取った。 手渡しした振動で、ゴボッと大きめの泡が表面に重い音を弾かせる。 飲みたいなんてこれっぽっちも思わないけれど、外に出
last updateLast Updated : 2025-10-28
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162 仮面の女

 彼女もまたその姿になっている事は、メラーレから聞いていた。「もう起きたの? まだ寝てても良かったのに」 ここ数ヶ月で聞き慣れたよりも少し低い声は、やたら耳に馴染んだ。十七年の時を経て、懐かしさが込み上げる。「本当に戻ったんだな」 屋上に居たのは、仮面をつけた女だった。まるで仮面舞踏会にでも行くような、目元を大きく覆うものだ。暗闇に白く浮き出た銀色の髪は腰まで長い。黒髪の絢とは別人のようだが、彼女の元の姿を考えれば違和感はなかった。「何でそんなの付けてるの?」「女はね、少しでも若く在りたいと思うのよ」 地球では、ほぼ二年で一つずつ歳をとっていくという。 魔法で若返っていた絢と比べると大分年上に見えるが、ヒルスがターメイヤで最後に見た彼女とは十歳も離れていない計算になる。「別にルーシャは年取っても奇麗だと思うけど? それより胸がなくなった事の方が問題なんじゃない?」 顔よりもまずそこに目が行って、咲はニヤリと笑って見せる。 はちきれんばかりの豊満な絢の胸は、鈴木を始めとする男子生徒の夢であり憧れだった。なのにルーシャに戻った今は、うっすらな傾斜を服に模るだけだ。「何よ、その上げて突き落とすようなセリフは。すっかり元気になったみたいね」「お陰様でね。ルーシャも色々有難う、感謝してるよ。僕はあの壁の前で死ぬ覚悟をしたんだ。今こうして立っていられるのは、ルーシャが掛けてくれた魔法とみんなのお陰だよ」「兄妹揃ってお人好しなんだから。それより彼が驚いてるわよ?」 言われて咲はハッと蓮を見上げる。ルーシャに戻った絢の姿に気を奪われて、彼の事を忘れていた。 蓮は炎の上がった空に顔を向けたまま、呆然と立ち尽くしている。 ここは隔離壁の内側で、彼がさっきまで居た場所とは違う世界だ。説明はしてあるけれど、突然日常を逸脱した光景を見せられては驚くのも無理はない。「蓮」 顔を覗き込むと、大粒の雪がビシャリと彼の頬に当たる。咲がそれを指で拭い落すと蓮はビクリと身体を震わせ、その手を覆うように自分の手を重ねた。「ごめん。ちょっと興奮してる」「蓮らしいな。メラーレの所に行っててもいいんだぞ?」「いや、こっちに居させて」 首を振る蓮に「わかった」と頷いて、咲は屋上のフェンスを右手で掴んだ。 戦いの音を遠くに聞きながら暗がりに目を凝らすが、実際にそこで
last updateLast Updated : 2025-10-29
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163 予測されていた未来

 「蓮」と声がして屋上から下を見やると、咲が大きく手を振って校庭を走り抜けていった。 あっという間に闇の奥へ消えたその背中を見送って、蓮は改めて仮面をつけた絢に顔を向ける。自己紹介もないまま取り残された蓮には、彼女が異世界人だということ以外の詳細は分からない。「俺もここに居ていいですか?」「いいわよ。戦闘してる空間とは一枚隔ててるから、攻撃が飛んでくることもないわ。ただ、場合によっちゃここで見た記憶を消させてもらう事になるけど、それでもいい?」「構いません」「ありがとう。貴方が芙美のお兄さんなのね」 振り向いた彼女の銀色の髪が風に広がる。「……はい。荒助蓮です」「さっきルーシャって呼ばれてたけど、ここでは絢よ。貴方、あの子に行って欲しくなかったんじゃないの?」 目元を仮面に隠した彼女が、宥めるように薄く笑みを零した。「俺が咲を止められたと思いますか?」「思わないわ」 はっきりと断られて、蓮は肩を竦める。「ですよね……。どこぞの不良相手に突っかかろうって言うなら、振り切られてでも止めるんですけど。今は俺の私情を挟める余地なんてないと思ってます。黙って待ってやれるくらいじゃないと、彼女とは一緒になれないんだろうって」「あの子は昔からリーナばっかりなのよ。ヒルスは……前の名前でも理解できる?」「はい」 「そう」と絢は頷く。「ヒルスはリーナの前でも良く泣いてたけど、弱みを見せようとはしなかった。両親を目の前で亡くしてるから、無理してでもあの子を守らなきゃって気持ちが強いのよ」 咲から前世の話は聞いていたけれど、他人から聞くと重みが倍になる気がした。「貴方を見てホッとしたわ。私はね、あの二人をこの世界に転生させる時、当たり前のような普通の家族の元に生まれることだけを望んでいたのよ。ちゃんと思いは通じたのね」「そう思って貰えたなら嬉しいです」 絢は戦場へと視線を促す。「貴方の妹は強いから、咲だけじゃなくてそっちも見てあげて。私が見つけ出した、ターメイヤ最強のウィザードよ」「分かりました」 蓮はフェンスを握り締めて、戦闘音が木霊する闇を睨みつけた。   ☆ 南東の端から隔離壁に沿って北へと歩き、学校の手前で西へ進路を変えた所で、湊は突然モンスターの群れと遭遇した。 二十匹ほどの雑魚を相手に戦って、追加で加わった三
last updateLast Updated : 2025-10-30
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164 再戦

 ラルが初めて剣を握ったのは十一歳の頃だ。 パラディンだった父親が、戦争から戻って一年も経たないうちに他国の傭兵になると言い出し、ラルを誘った。『お前も来るか?』 あの時嬉しかったのを覚えている。 民に慕われ、最強だと謳われた父が小さなラルにとっては誇らしく憧れで、自分もいつか同じようになりたいと思っていた。だから戦場に行くことへの迷いはなかった。 戦う事を生業にしていた父が平和を取り戻したターメイヤの空気に生き辛さを感じていたのは、傍から見てもよく分かった。 ただ、父親がラルを連れ出した理由はそれだけじゃない。身体の弱かった母親が定期的に施設で療養していて、その負担を減らしたかったんだと思う。 旅立って最初の半年は父親と二人で世界を回った。モンスター討伐が主な仕事で、ラルはそこで剣を習った。 他国のパーティに入ったのはその後だ。小さな騒乱が度々起きて、五、六人ほどの大人たちと連れ立って戦争に加わった。人を相手にしたのはその時が初めてだ。 殺伐としたパーティにラルが居れたのは、父の名声のお陰でしかない。子供連れを忌み嫌うメンバーもいたが、ラルは鍛錬を積み速いスピードで剣士としての頭角を見せる。 あの頃傭兵として旅をすることを楽しいと思えたのは、それまでいた仲間が誰も死ななかったからだ。自分ができないことも、仲間が失敗した時にも、最後にはパラディンの父がそれを埋めてくれることに安心しきっていた。 その絶対的な存在がラルの強くなった理由でもあり、あの事態を引き起こす悪夢へと繋がったのだ。 父親が殺ってくれるだろうという怠慢が、彼の命を奪った。 パラディンの父親が、息子を庇って呆気なく死んだのだ。それから少し後に、母親が父を追うように療養先で亡くなったと聞いた。 両親を失ったラルは、憑りつかれた様に鍛錬に精を出す。誰よりも強くなりたい──けれど思いを反して、世界の情勢は落ち着いていくことになる。 そんな時、平和に浸ったターメイヤに戻ったラルは壁にぶち当たる。リーナの存在だ。 あんな弱そうな少女が、最強の魔法使いだという。 最初側近という役割は護衛のようなものだと思って志願したが、実際の仕事は彼女を守る事ではなく、あくまで片腕として補佐的なことをするものだった。数年後、大した成果もあげられないままハロンにやられたラルは、リーナの強さと自分
last updateLast Updated : 2025-10-31
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165 消えた気配

 咲にとって蓮が心の拠り所だというのは、あの二度目のお泊り会で彼女の泣き声を聞いた時から分かっている。 ハロン戦真っ只中、芙美は気を失ったままリーナだった頃の夢を見ていた。 「ウチに来ないか」と言われてハリオスの家に住むことになった夜、初めて与えられた一人部屋に寂しさが込み上げて、ヒルスに泣きついた。 それまでの家は家族四人が同じ部屋に寝るような狭い所で、一人でいることがまずなかった。暗い窓に戦争の記憶が蘇って、兄のベッドに飛び込んだのだ。 小さい頃のリーナは、兄がいれば何でもできるような気がしていた。怖くても寂しくても、兄と手を繋いでいれば、そんな気持ちもどこかへ吹き飛んで行ってしまう。 けれど、あの時「しょうがないな」と微笑んだヒルスもまた、色々な思いを抱えていたのかもしれない。  目覚めた芙美は、頬を撫でる冷たい風と不気味な気配にハッと目を見開いた。 事態が最悪の展開を醸しているかもしれないと危惧したのは、冷えた空気に混じる臭いがまだ新しい記憶を引きずり出したからだ。「甘い匂いがする……」 まさかという思いに飛び起きると、「待て」と背後からの声に止められる。その懐かしい響きに、芙美は驚いて振り向いた。 まだ夢の中に居るのだろうか──そこにターメイヤの賢者ハリオスがいたのだ。 地面にひかれた茣蓙に座った状態で、芙美の剥いだ毛布を膝の上に掛け直す。「お爺ちゃん……?」 彼は、校長の田中耕造ではなくハリオスの姿をしていた。彼はターメイヤからの転移でこの世界に来て、ルーシャの魔法で日本人の顔になっていると聞いている。 魔法が解かれた状況に不安になって、芙美は思わず耕造の腕を掴んだ。「まさかルーシャに何かあったの?」「みんな無事だ。姿が違うのは、ルーシャが隔離魔法に集中するためだよ」「そうか、空間隔離……びっくりしたけど、それなら良かった」 異なる外見の維持は相当な魔力を使う。ただでさえ隔離壁への負担は大きいのだ。 目の前にいるハリオスは、リーナの記憶の中の彼よりも少し年上に見える。久しぶりの再会のような気がして、芙美は彼の胸に飛び込みたい気分になったが、衝動を堪えて真っ暗になった空を見渡す。今の状況を知るのが先だ。 さっき戦ったハロンの気配がある位置と、甘い匂いのする方向は逆だ。 今いるこの場所は、隔離空間の西の
last updateLast Updated : 2025-11-01
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166 ランチャーと花火

 ハロンと戦ってどれだけの時間が過ぎただろうか。 想像していた以上には戦えているが、決定的な一撃を与える事が出来ぬまま、少しずつ体力が削がれていく。さっき遠くに沸き上がった甘い匂いが鼻をかすめてから、注意力が散漫だ。 ハロンの動きに大きく左右へ走らされて、攻撃の判断が遅れた──その瞬間を狙うように、鋭い爪が斜め上から振り落とされる。「やばい」 危機一髪。 中途半端な回避を咎めるように、キィンという高い音が鳴った。闇から飛び上がった緋色の球が、空にパンパンッと乾いた音を連発させる。 ハロンは攻撃の手をやめ、音を探るように鋭い角を左右に振った。 辺りに香ばしい火薬の匂いが漂う。 ヤツの興味が逸れたのを見計らって、智は闇から現れた中條の側へ駆け寄った。「ありがとうございます、教官」 軽く下げた頭を起こした所で、智は「ちょ」と息をのむ。目に飛び込んだ光景に、思わずハロンの事も忘れて彼を二度見した。反射的に背筋が震えたのは、アッシュの頃に覚えた恐怖へのトラウマのせいだろうか。 彼を中條だと理解できたのは、特徴のある髪型がそのままだったせいだ。 気配も同じで、オカッパ髪。なのに顔が別人だった。 中條よりも目が細く、滲み出る冷たさに輪を掛けたようなその顔を忘れるわけがない。闇に隠れた髪の色も、恐らく深い緑に変わっているのだろう。「ちょっと……何で?」 ターメイヤの宰相ギャロップメイの顔をした中條は、「説明は後で」 それだけ言って空を睨むと、手持ちの棒にライターの火を近付けた。 聞き覚えのある音が再び空へ走り、ハロンの側で破裂する。 ロケットランチャーを背中に背負った彼が使う道具は武器じゃない。「それって……ロケット花火ですか?」 彼が夜空に放ったのは、背中のランチャーでも特殊な武器でもなく、複数本のロケット花火だった。 中條は黒くなった火薬を雪に押し付けて手放すと、丸薬の入った袋を智に差し出す。「とりあえず食べて回復を。摂取量が多いと効きが悪くなるので気を付けて下さいね」「はい、ありがとうございます」 短時間に連続で食べても効果が倍になる訳ではない。それは分かっているけれど、今頼れるのがこれしかなかった。 何度か離れて休息をとることはできたが、休んでいる間に敵も回復しているのは否めない事実だ。「色々持ってきてるんですね」「
last updateLast Updated : 2025-11-02
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167 期待と絶望

 暗闇に響く雷鳴に立ち竦んで、芙美は自分の肩を抱きしめた。 雨が来る──その匂いは冷えた空気に、絶望を予感させた。ただでさえ視界が悪い中で、芙美は恐怖を募らせる。 雷の前に東の空で鳴った音は、花火や銃声を思わせるものだった。そこに続いたハロンの長い咆哮に、耳が拒絶する。距離は遠かったけれど、鳥肌が立った。 広場に居る湊の元へ駆け出す芙美を阻むように、雨が降り出す。「やめて……」 ボタリと頭に落ちた大粒の雨を皮切りにボタボタッと間隔が縮まって、あっという間に大降りになった。 ターメイヤでハロンと戦った時と同じだ。 きっかけはヤツの片羽を落とした時だ。もがき苦しむ咆哮が、人の叫び声のようにも聞こえた。ハロンはあの声で嵐を呼ぶのかもしれない。 カッと頭上を走る閃光に、「いやぁ」と叫んで蹲る。 中條に雨を克服しろと言われたのは、つい一ヶ月ほど前の事だ。雨の日にデートしようと言ってくれた湊のお陰で恐怖心は減った気がしたものの、根本的な所は変わっていない。 回復しきっていない身体に疲労感が増していく。「またあの結末を繰り返すつもり?」 前世での戦いは、後半リーナが一人でハロンに挑んだ。ラルもアッシュもまだ戦える状態だったが、未来の絶望を予感して、それ以上の進撃を許さなかった。「信じてなかったってことだよね」 そんなリーナのエゴが、ルーシャに次元隔離の手段を取らせる結果になってしまう。「けど、今回はみんながいるでしょう? 二度目の次元隔離なんて絶対にさせない」 次元隔離をするという事は、また一からこの十七年をやり直すという事だ。 ターメイヤであの崖を飛び降りたように、この世界での生を閉じ、ハロンの流れ着く世界へまた生まれ変わらなければならない。「嫌だ。もう死にたくないよ」 ずぶ濡れの身体は、感覚を麻痺させるほどに冷たかった。 芙美は雨を押しのけるように立ち上がり、勝機を求めてポケットの中を探る。 中條から預かった記憶の石だ。『貴女がハロン戦で、もう駄目だと思った時に開いてください』 そんな状況だと認めたくはないが、耕造にも中條にも使うかどうかは任せると言われた。 だから、開く分には問題ないと思う。 芙美は小さな期待を込めて、胸の前に握り締めた石に力を込める。記憶の石の解放は、体温に込める願いだ。 中に閉
last updateLast Updated : 2025-11-03
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168 どこかで見た事があるような

 最前線に立つのは、いつも自分でありたかった。 戦場にいる仲間どころか国中の人々まで全て背負い込んで、一人で敵と戦う事を苦には思わない。むしろウィザードとして周りの期待に応えることが快感だった。 なのに今、剣を持った湊の存在を心強く感じている。降りしきる雨の中、またあの過去を繰り返すかもしれないという不安を、彼が一掃してくれた。「海堂!」 咲を狙うハロンに気付いて、彼が剣を振り上げる。 押し迫る恐怖に咲はまだ気付いていなかった。芙美たちの接近に驚いて、きょとんと目を丸くする。「へっ?」「咲ちゃん、避けて!」 芙美は声を張り上げた。素早く出した魔法陣からロッドを吐かせ、キンと光る玉に文言を唱える。 暗闇がパッと明るくなって、振り向いた咲が度肝を抜かれて「うわぁぁああ」と雄叫びを上げた。敵との間隔は、僅か数メートルだ。慌てた彼女が体勢を崩して地面に転げる。「お願い!」 玉から放たれた白い光の文字列が、帯状に伸びて咲を取り巻く。 勢いをつけて咲を狙ったハロンの爪が、光にバシリと弾かれた。 反動で背後に煽られた巨体に湊が正面から斬りかかると、敵は攻撃の矛先を彼へと移す。 左腕に添え木をする咲は、到底戦える状況には見えない。腕に抱いた旗は、もはや彼女を支える杖だ。 けれど咲は駆け寄る芙美を「来るな」と断って、濡れた地面に足を立てる。 防御魔法は瞬間的な効果しかない。彼女を纏った光が消えて、ポツポツと並んだ外灯が不気味にハロンを赤く闇に浮かばせた。全容が見えない状況は、異様に恐怖を掻き立てる。 風に似た呼吸音を響かせながら手と羽で湊に打撃を繰り返すハロンは、目立った疲労は見えない。 咲は戦闘から少し離れて、旗を付けた木を畦道の端に突き刺した。そして彼女もハロンへ向けて剣を構える。「ちょっと咲ちゃん! 戦うつもり?」 彼女が自分よりも重傷なことは、治した芙美が一番よく分かっている。胸部の損傷は塞ぐことができたが、折れた腕や細かい傷には何もしていない。 咲は「大丈夫だよ」の一点張りで、湊とは反対の背中からハロンへ斬りかかった。 衝撃に合わせてバシリと地面を打つ長い尾が、地面を擦りながら左右に振れる。それをヒラリと飛びかわす咲は、怪我を感じさせない程に身軽だ。 芙美は地面に突いたロッドに身体を預ける。霞んだ視界に意識が遠のく感
last updateLast Updated : 2025-11-04
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169 とっておきの技

目の前で斬られた父の鮮血を浴びた時、ラルはその状況をすぐに理解することができなかった。 べったりと頬に貼りついた生温い感触を拭い取り、真っ赤に染まった手に『冗談だろう?』という疑問が沸く。 呆然と立ち尽くしたラルの思考を現実に引き戻したのは、甲高い仲間の声だ。『ラル!』 まだ戦いは終わっていない。敵はパラディンの父親だけでなく、パーティごと全滅させようとしていた。 崩れ落ちた父親の亡骸を跨いだ敵の男が、血の付いた剣を振り上げてラルに迫る。 無敵だと思っていた最強のパラディンである父親が死んだ──その現実が脳みそに叩き付けられて、ラルの手中にあった剣が地面に滑り落ちた。 恐怖に憑りつかれ、もう自分もここで死ぬんだと覚悟したその時、ラルの視界を華奢な背中が塞ぐ。パーティの中では地味な存在だった彼が、最初に飛び出して敵を取ったのだ。「俺はいつも助けられてばかりだな」「チュウ!」 ハロンに剣を向けながら過去に耽っていると、チュウ助が頭の上で尖った声を上げた。何だか怒られているような感じだ。「ごめん。油断する相手じゃないよな」 湊は改めて高い位置にあるハロンの顔を仰ぎ見る。 ハロンがこっちの世界に出てから数時間経って、ようやくその姿を拝むことができた。「やっとここに来れたな」 気分が良かった。過去で戦った時は、自分の非力さを呪いたくなる程の負けっぷりだったが、今は違う。一撃一撃に小さいながらも手応えを感じた。 ハロンは相変わらずデカい。敵を相手に戦っているというより、壁でも壊している気分だ。 けれどこのハロンは多分、皆が恐れる程強くはない。 ビル程に大きな姿に委縮しなければ、あとはダメージを受けないように注意して攻撃を仕掛けていくだけだ。 強くもなければ速くもない。だから智のように何時間も戦うことは可能だ。 けれど、倒せなければ意味がない。 ヤツの強みは無駄にある体力と硬さだ。 ヤツが通れば道ができる。人が雪を踏みつけるように、木でも建物でも一瞬で崩れるのだ。 だから共存はできない。倒さねばならないのだ。 離れた位置でロッドを握り締める芙美は、攻撃の様子を見せない。彼女が回復もままならないまま再び戦場に戻ったのは、仲間を応援するわけでも見守るためでもないのは分かっている。 彼女は、戦うつもりでそこにいるのだ。 彼女が『出
last updateLast Updated : 2025-11-05
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170 最終手段

「湊くん……」 身を切るような寒さの中、芙美と咲は山側に張り付いて彼の戦いを見守っていた。 今ここは湊の戦場だ。回復もままならないうちに出しゃばるなと芙美は自分に言い聞かせるが、戦況はあまり良いとは言えなかった。 互角……いや、素早い湊の方が勝っているようにさえ見えるのに、決定打を打てずにいる。何度もハロンに挑む姿が若干焦っているようにも見えた。「お前が信じてやらなくてどうするんだよ。僕でさえ、アイツを信じてるんだぞ?」「……そうだよね」「あぁ。それがどれだけ凄いことか、お前にだって分かるだろ?」 前世からずっとラルを毛嫌いしていたヒルスが自分でそれを認めているという事が、本当に凄いと思う。 湊の戦いに不安になるのは、自分の体調が思わしくないからだ。芙美はぐっしょり濡れた前髪を横に流し、追加の丸薬を二粒口に放り込む。 味なんてもうどうでも良かった。 そんなヤケになる芙美を心配して、咲が「やめろ」と注意する。「それ以上食べても意味ないぞ」「だって……」 こんな状況になってしまったのは、怪我をした咲や湊のせいでもなく、最初にハロンを仕留めることができなかった自分のせいだ。 彼女の言う通り、二粒の丸薬を摂取しても気休め程度にしか回復できない。「それにしても、アイツには必殺技みたいなのはないのか?」「必殺技?」 蓮の影響か、咲はゲームやファンタジーに出てくるような用語を口にすることが多くなった気がする。 芙美は首を捻ったところで、「あると思うよ」と声を上げた。その言葉に繋がったのは、ふと思い出したヒルスの姿だ。「剣士の必殺技だって言って、兄様練習してたよね?」「えぇ?」 咲は最初身に覚えのない顔をしたが、「あぁ」と気付いて苦笑いを浮かべた。「あったな。けどあれは噂で聞いただけの技だから」「そうなの?」「あぁ、特殊な技なんだよ。教官でも難しいんじゃないかな」 芙美はヒルスが『特訓だ』と言って剣を振っているのを何度か見たことがあるだけで、その技がどんなものなのかは分からない。「そっか……」「アイツがそれを使えるかどうかは分からないけど、やれるなら使うだろうさ。芙美だって、ハロンに止めを刺すつもりなんだろ?」 図星だ。けれど、素直に『そうだよ』とは言えず「別に……」と言葉を濁す。 咲はそんな芙美を見て「いいんだよ」と笑っ
last updateLast Updated : 2025-11-06
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