下り電車が先に発車して、駅のホームに智の姿はなかった。 一人電車を待っていた湊が芙美を振り向く。いつもならその流れで一緒に帰っているが、彼までの距離を詰めることに躊躇した。 ──『それとも芙美ちゃん、湊のことが好きだった?』 智にそんな事を言われて、妙に湊を意識してしまう。 二人の時、今まで自分はどんな顔をしていただろう──そんな事を考えながら鉛のような重い足を一歩だけ前へ出すと、湊が不思議そうに芙美を呼ぶ。「荒助(すさの)さん」 五メートルの距離をあっさりと縮めて、彼は「帰ろう」と笑顔を見せた。 ☆ 電車の中は冷房が効いているが、芙美の両手は炎天下に居るかのようにじわりと汗ばんでいる。 好きだと言ってくれたのは智なのに、湊と居るだけで心拍数がゲージを振り切ってしまいそうだ。「昨日は……いや今朝も海堂が変だったけど、今は荒助さんがいつもと違う感じ。智と何かあった?」「ど、どうしてそう思うの?」「アイツは昔から悩むと黙るタイプだったから。昼飯食べてる時上の空でさ、前もそうだったなって思い出した。図星だった?」「…………」「アイツは聞いても何も言わなかったけど。体育の時に二人で保健室に行ったでしょ? そこで何かあったのかなってね」 湊の観察力に、芙美は動揺を隠せない。少なくとも芙美には二時間目以降の智が普通に見えた。しかし彼の昔を知る湊は小さな変化を読み取ることができたらしい。 ただ、それが幾ら本当でも、保健室でのことを彼に話す事はできなかった。「えっと、智くんの話を色々聞かせてもらったの。湊くんも、ハロンとの戦いに向けて修行してるの?」「修行? 俺はそんなスポ根系じゃないよ。アイツそんなこと言ってたの?」 湊は眼鏡の奥の瞳をスッと細めて顔をしかめた。「修行って言葉は私が言ったんだけど。智くんには「間違ってはいない」って。智くんは魔法が使えるって言ってたけど、本当なの?」「本当だよ。アイツは魔剣士なんだ」 異世界でのアッシュこと智は、魔法使いで剣士という立ち位置らしい。魔法を使うとは言っても、ローブを着て魔導書を読み上げるような魔法使いではないようだ。「湊くんは剣士なんだよね」「まぁ、普通のね」 湊は『普通』だと強調する。魔法を使えないことが彼のコンプレックスなのかと悟って、芙美は「ごめんなさい」と謝った。「ど
Last Updated : 2025-05-31 Read more