朝、芙美が湊と電車を降りたところで、スマホがメールの着信音を響かせた。「咲ちゃんからだ」 発信者を確認して改札を見ると、いつもの姿はそこにない。 何だろうと思って本文を開くと、『用事があるから先に行く』という短い文章の後に、『ごめんね』ポーズをしたウサギのスタンプが貼り付いていた。「海堂休み?」「ううん、先に行くって」 覗き込んだ湊に画面を見せると、上り電車から先に下りていた智が「おはよ」とやってくる。「おはよう智くん。土曜日はありがとう」「どういたしまして。今日は咲ちゃんいないの?」「うん――」 二人の修行を見に行った帰りに、咲の元気がなかったのは関係があるのだろうか。 咲が朝この場所に居ないのは、四月以来初めての事だった。 ☆ 芙美にメールを送る十五分前まで溯る。 咲は既に校門の前に居た。まだ風紀委員の伊東の姿はなく生徒もまばらだが、校長の田中耕造はいつも通りそこで生徒に朝の挨拶をしていた。 前を歩く生徒に「おはよう」と向けた笑みが、後ろから来た咲を捕らえる。「おはよう、海堂さん」 いつも何気なく見ている校長の顔に懐かしい老父の顔を重ねて、咲は「おはようございます」と緊張に声を震わせた。 絢から話は聞いたが、彼が異世界でずっと一緒に暮らしていたハリオスだという事実には、どこか半信半疑な気持ちがある。だから、芙美たち三人とは別行動をとって先にここへ来たかった。 ちょうど生徒の波が途切れて、咲は意を決して問いかける。「校長先生は、爺さ……じゃない。ハリオス様なんですか?」 不審に思われるかもしれないと思ったけれど、不安が解けるのは一瞬だった。「爺さんで構わんよ。久しぶりだな、ヒルス」「爺さん……僕はアンタにずっと会いたかったんだよ」 この世界へ旅立つ時、ヒルスがルーシャ以外で最後に話したのがハリオスだった。 リーナに会えるなら向こうに未練はないと思っていたけれど、こっちに来て記憶を戻してからは彼を思い出すことが良くあった。「お前がリーナじゃなくて、儂に会って泣くのか?」「女の身体ってのは涙脆いんだよ。けど爺さん、リーナを見つけてくれて有難う」 校長は白髪の混じる太い眉を上げて、にっこりと目を細める。 咲は込み上げる涙を人差し指で拭った。「けど、何でこっちに来たんだ? あの時僕はサヨナラを言ったよね?
Terakhir Diperbarui : 2025-06-10 Baca selengkapnya