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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 11 - Chapter 20

153 Chapters

空中散歩は青空に抱かれて

 自身を軽々と抱き、宙を散歩する全 思風の姿に、華 閻李は声を失った。 浮遊する彼の足元を見れば、黒い羽が階段を造っている。それを伝って上へと登る様は、まるで宵闇の王のよう。地上にある町を見ようとしても、既に豆粒状態だ。それほどまでに上空へと進んだ全 思風は、歩みを止めていった。 山すら視界に入らなくなると、彼は足元にある黒羽根の階段を一度だけ蹴る。瞬刻、階段は地上に近い場所からパラパラと崩れていった。残ったのは二人が立っている部分だけとなる。「……はあー、風が気持ちいいね」 全 思風の長い三つ編みが靡く。  華 閻李は彼の黒髪を目で追い、その姿を焼きつけた。 彼の顔は美しさのなかに鋭さがある。それは誰も答えることができない、強い眼差しだ。烏の羽のように深く、底が見えない。 華 閻李の視線に気づいた彼は、顔を近づけてくる。彼の長いまつ毛から影が生まれた。女性のようとまでは言わないが、それでも整った顔立ちをしている。 ──本当に綺麗な人だ。どうして僕にここまでするのかはわからないけど……それでもこの人となら、どこまでも行けるんじゃないかって思えてしまう。 彼の姿勢は気高かった。 それでいて柔らかな笑み。 端麗で何者も寄せつけないほどに煌めく姿に、華 閻李は声を失った。「うん? どうしたの?」 ズイッと、微笑みながら華 閻李へ顔を近づける。よく通る声で語りながら子供の額に一つ、口づけを落とした。 すると、彼の耳を隠していた髪がふわりと捲れていく。形のよい耳ではあったが、先が尖っていた。 華 閻李からの熱い視線に気づいた彼は、大人っぽい表情のままに口元へ笑みを浮かべる。そして子供の髪を優しく撫で「幸せだなあ」と、平和な時間を満喫していた。「ふふ、どうしたの? 私の顔に何かついているのかい?」「……あ、あの! ……っ!?」 空気の薄い場所で大きな声を出したせいか、噎せてしまう。支えてくれている|全 思風《チュアン 
last updateLast Updated : 2025-04-19
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毒花は美しく咲く

 華 閻李の案内によって辿り着いたのは、黄家の屋敷だった。そこは庭も、敷地すらも広大であった。 屋敷の門には二人の男がおり、彼らは暇そうにあくびをかいている。どうやら彼らは門番のようで、腰に剣をぶら下げていた。そんな二人は突然空から現れた華 閻李たちに驚く。「……お、お前たち、何者だ!?」 二人の門番は即座に剣を構えた。「おや? 何者って……私はともかく小猫の方は、少し前までこの家に住んでいたんだ。君たちは、それすら忘れてしまったと言うのかい?」 二人の門番の問いに答えるのは華 閻李ではない。全 思風だ。彼は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、記憶力がないのかと悪態をつく。 すると子供が彼の服を軽く引っ張った。銀の前髪を退かし、愛らしい見目を彼へ向ける。「思、しょうがないよ。ここの人たちは皆、僕の素顔を知らないから」 妓楼にいた華 閻李の元へやってきた爛 春犂ですら、素顔を知らなかった。唯一知っているのは黄族にして、黄家の跡取り息子の黄 沐阳だけである。「黄 沐阳は、たまたま僕の素顔を知ったってだけ、だけどね」 その結果として、しつこくつきまとわれてしまったのだと苦く語った。「……そうか。そんな事があったんだね? ああ、君の素顔はとても可愛いからね。どんな男だって落としてしまうだろう。もちろん、この私もね」 人目も憚らず彼は華 閻李の細腰を抱く。けれど……「男を落としてどうするの? 楽しくもないよ?」 華 閻李は素で返した。 全 思風の表情は一瞬だけ固まる。 それでも咳払いで誤魔化し、放置されている門番たちへと視線を走らせた。子供へ向けている、慈愛に満ちた眼差しは消えている。 代わりに、鋭く尖った漆黒の瞳が門番たちを襲った。 二人の門番はヒッと、短い悲鳴をあげる。けれど負けん気があるようで、怯えながらも剣を持ったまま彼へと立ち向かった。
last updateLast Updated : 2025-04-19
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龍脈、地脈、霊脈

 華 閻李を優しく抱きしめ、一人ぼっちにしてしまったことが間違いだったと訴える。何度も小柄な子供に向かって、ごめんと謝り続けた。  その男らしい大きな背中と優しくて暖かな腕が、華 閻李を困惑へと誘う。 子供はどうしたものかと、眉根に弱った感情を乗せていた。 閉口などと思ってはいないのだろう。むしろ心配してくれて嬉しいのだと囁き、彼の背中に両手を伸ばした。 「君は、本当に優しいね」  子供に抱きつく両腕の力が、より強まる。 門番の前で見せた、強気で、誰も寄せつけない気高さ。飄々としていて掴みどころのない男。それらが嘘のように全 思風の全身は弱々しく、震えた。 「……えっと、入り口にある彼岸花は番犬みたいなものなんだ」  あぐね続けるわけにもいかないからと、唇が動いた。少しだけ戸惑い、話題を切り替える。  彼は腕を離した。子供の話に耳を傾け、興味深く、彼岸花を凝視する。 「番犬? 確かに毒があるけど。ああ……そうか。毒がある花を置いておけば、誰も寄りつかなくなるからね」 「うん。僕は自由な時間が欲しかったから、彼岸花を盾にしておいたんだ」   苦笑いしながら彼岸花について伝えた。  彼岸花は美しい。けれど球根部分に毒を持っていた。彼岸花に詳しくない者は、花そのものに毒があると思うのだろう。 その心理を利用して、部屋の入り口へと置いているのだと語った。 
last updateLast Updated : 2025-04-19
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飽きぬことなき謎

 全 思風の笑みは崩れることを知らない。いつまでも見つめては、ふふっと口元を綻ばせた。 華 閻李の長く美しい髪を一房指に絡め、くるくると巻いていく。けれど引っ張るわけでもなく、ただ、眺めた。するりとほどけていく細い髪を視線だけで追いかける。 「ねえ小猫、龍脈などの目に見えぬもというのは、どうやって感じ取れるのか。それを知っているかい?」  妖しく煌めく銀の髪から手を離し、幼い眼差しに問うた。  華 閻李は迷うことなく首を横にふり、知らないと口にする。 「正直な話、私もそれは知らないんだ。空気と同じで見えやしないからね。だけど、これだけは言える」  彼の声が、一気に駆け上がった。隣にいる美しい銀髪の少年を、黒く深い瞳で注視する。 「あの村に出た殭屍は、確かに君たちが倒した。直後に龍脈や地脈も確認してみたけど、正常だった。それは間違いないよ」  まるで見ていたような言い草だ。そして嘘、偽りといったものはないと言わんばかりに撃実な言葉を放つ。 驚きを瞳に乗せる華 閻李を凝視し、ふふっと子供っぽく笑ってみせた。  これには華 閻李も警戒心を解くしかなかったようで、肩から苦笑いをする。けれどすぐに笑顔を消し、何もない空虚な天井を見上げた。 「……そうなると、どうしてまた殭屍が現れたのかな? 村人が、なぜ殭屍になってしまったのか。それの謎が残るんだよね。僕にはわからない事だらけだよ」
last updateLast Updated : 2025-04-19
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毒章 三色の牙   旅路

 陽が昇りきらぬ早朝、ふたりは黄家の屋敷を出た。そして陸路にて夔山《きざん》へと向かって歩き出す。 目的地である夔山への道は、陸路と河の二つがあった。けれど河は今日に限って水位が足らず、船を出せないのだと断られてしまう。結果として陸路を選ぶしかなかった。  華やかな町を出てすぐに見えたのは河である。この河は町中に流れているものと同じで、遠くに聳える山まで続いていた。 地は草原とはいかないでも、雑草がたくさん生えている。道はかろうじて整備されているようで、砂がひっそりと散らばっていた。道中にはポツポツと家が建っており、畑などもある。   「──今日は、とってもいい風が吹いているね」  日中の風をその身に受けながら、全 思風は微笑む。長い髪を三つ編みにした姿は、高い身長も相まって人目を惹いた。 行き交う人々が彼の美しい見目に見惚れていく。なかには、頬を赤らめながら彼を凝望する女性もいた。  視線に気づいた彼は女性に微笑みを向ける。けれど隣を歩く華 閻李の肩を抱き「安心して。君以上に可愛い子はいないから」と、女性に見せつけるように囁いた。 これには女性だけでなく、近くの一軒家に住む者たちまでほうけてしまう。 「……僕、男なんだけど?」  近いから離れてと、華 閻李は彼を押し退けた。 されど彼は、体格のよい男である。どれだけ力をこめてもびくともしなかった。それどころか、彼に抱きよせられてしまう。 「私の事が嫌いかい? 私は小猫の事、大好きなんだけどね」 「……いや、好きとか嫌いとかの問題ではないよ?」 
last updateLast Updated : 2025-04-19
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殭屍《キョンシー》を連れて

 動く死体である殭屍は、彼らの行く手を阻んだ。それは一体や二体だけではない。次々と現れては群がっていった。 まるで、先へは通さないと言わんばかりに道を塞いでいく。 「……ど、どうして殭屍がここに!? ここから夔山へは、※五公里はあるはずなのに!」  華 閻李の瞳は不安で押し潰されていった。定まらぬ視線が殭屍たちを見張る。全 思風に抱かれた体は震え、美しく輝く髪が汗で濡れていった。  そんな子供を抱きしめている彼は、静かに殭屍たちを黙視する。 「殭屍はどこにでも現れる。そんなに珍しくはないんだ。それなのに……小猫、本当にどうしたの?」  子供は震え続けていた。瞳を揺らしながら「どうして、どうして」と、嘆いている。 「小猫、いったいどうし……っ!?」  全 思風が声をかけた最中、子供の様子が豹変した。 音もなく立ち上がり、裸足のまま荷台から降りてしまう。彼が静止しようとしても、その声すら耳に入らぬようだった。ふらふらとしたおぼつかぬ足取りで、殭屍の群れの前に立つ。 「小猫! 何をしているんだ!?」  彼はいつになく慌てふためいた。視点が定まらぬ華 閻李の肩を掴み、急いで己の背中に隠す。軽率な行動を取る少年を叱ることはなかったものの、舌打ちで苛立ちを表していた。 そのとき、華 閻李が顔を上げる。眉根は下がり、瞳は憂いている。かさついている小さな唇はピリッと、僅かな音をたてて開いた。
last updateLast Updated : 2025-04-20
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枌洋(へきよう)の村

 奥へと進むほどに霧がかかり、視界が悪くなっていく。 それでも全 思風は平然とした姿勢で歩いた。華 閻李を横抱きにし、楽しそうに鼻歌を口ずさむ。 そんな彼らの後ろには殭屍と化した人々がいた。ふたりを襲うでもなく、ただ彼らを先頭にして飛びはねながら進んでいる。 ──これ、かなり異常な光景だよね。と言うか、この人って本当に何者なんだろう? 抵抗するだけ無駄ということを、子供はここ数日で学んだ。 横抱きにされて男としての何かがガリガリと削られてく。それでも涙半分、諦め半分で、全 思風にされるがままを受け入れた。 体格のよい彼を見る。意外に長いまつ毛のようで、瞬きをする度に影が降りていた。スッとした鼻や、形のよい唇。宵闇をつけたような髪と瞳など、どれをとっても端麗さが際立っている。 大きな肩幅を彩るのは太くて逞しい指だ。それが華 閻李の両膝の裏、背中へと回っている。「ふふ、どうしたんだい?」 華 閻李からの熱い視線に気づいたようで、彼は無邪気な笑みを向けた。その場に立ち止まり、そっと子供の額へ唇を当てる。 子供は少しばかりの照れを隠しながら、えっとと言葉を生んだ。「な、何で殭屍があなたに従っているの!?」 殭屍は五感はおろか、脳すら破壊されている存在である。どうやって生きた人間の場所を嗅ぎ分けているのかは不明だが、それでも誰かに従うということはまずなかった。 あるとすれば血晶石という、謎の力のみ。それでも、その力を使ったとしても、数十体を同時に支配するということができるのだろうか。 力を行使し続ければ倒れるだけ。できたとしても、殭屍側が暴走を始めてしまう可能性の方が大きい。 けれどこの男、全 思風が命を下した殭屍たちは、それらを真っ向から破っていた。 ──まさかと思うけど、この人が村の皆を殭屍に変えたの!? もしそうだとするならば、許せるはずがなかった。雨桐という幼い子供まで犠牲にするやり方に、華 閻李は嫌悪感を覚えていく。「降ろしてよ!
last updateLast Updated : 2025-04-20
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白と黒と黄

 全 思風の手に握られているのは剣だ。鞘は黄金ではあるが、蒼白い焔に包まれている。 「私は容赦というものを知らないのでね」 黄金に煌めく瞳を細め、鞘から剣を抜き出した。剣の中心には焔の模様が刻まれている。焔はたった一つだけれど、強い存在感を放っていた。 鞘を腰にかけ、剣を握る。切っ先を村へと向け、一緒に屋根の上へと登っている華 閻李を直視した。「君はここで待っていて」 空いた左手で、宙に紋を描いていく。やがてそれは小さな蝙蝠に変わっていった。 蝙蝠は円らで愛らしい瞳を瞬きさせながら、銀髪の頭上を陣取る。ふんすという鼻息が聞こえてきてしまいそうなほどに胸を張る蝙蝠を、華 閻李は軽くつついた。「わあ! この子、可愛い」   人懐っこさが目立つ蝙蝠を、ギュッと抱きしめる。蝙蝠と頬を合わせては、かわいいを連呼していた。 ──んんっ! 小猫の方が可愛い。蝙蝠、私と場所を変われ! 悶えたい気持ちを隠し、表情筋を強張らせる。どうしたのかと顔をのぞいてくる華 閻李に悟られまいと、笑顔で誤魔化した。「……遊びはこのぐらいにしよう。この村を解放してあげないと、ね?」「解放?」 華 閻李と蝙蝠は、息が合ったかのように小首を傾げる。 全 思風は微笑し、顎をくいっとした。 視線の先には村がある。連れてきた殭屍たちまでもがおり、彼らは悲鳴にもならぬ雄叫びを静かに響かせていた。 全 思風は不敵に牙をのぞかせる。そして剣を持って地上へと足をつけた。 右足の軸に体重を乗せ、剣を持つ右肘を少しだけ下がらせる。ふっと、一瞬の息遣いを空気に溶けこませた。 直後、目にも止まらぬ速さで地を蹴る。柄の部分で殭屍たちの
last updateLast Updated : 2025-04-20
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白氏

 全 思風が迅速を用いて剣を振るう姿は勇ましかった。それでいて、恐ろしいまでの*絶佳、虚ろうほどの舞いである。 「私を殺せるのは愛しい小猫だけ! お前たちのでは無理なのさ!」  殭屍の胴体へ剣を突き刺し、足蹴を食らわせた。爪をたてながら直走してくる者には鞘で腹を叩く。 華 閻李へと向かっていく殭屍には、倒した者を片手で持って投げつけていった。  数分後に残ったのは無傷の全 思風と、五体のどこかしらがなくなっている殭屍だけである。   「……すごい」  近くで傍観していた華 閻李は、彼の強さに脱帽した。かわいらしく両目を瞬かせる蝙蝠を頭上に乗せ、全 思風という男の振る舞いを凝望する。  ──まるで、殭屍を玩具にして遊んでいるかのようだ。  強いという次元を超えていた。それが全 思風という人物を物語っているのだろう。誰にも負けぬ強さ、そして意思を持っていた。結果として今の状態が起こり、どちらが悪なのかすらわからなくなる。   華 閻李は足元に転がる殭屍を見下ろし、肩でため息をついた。 全 思風の元まで寄り、不安を乗せた瞳で彼を見上げる。 「掃除、終わったよ小猫」  華 閻李の頬に優しく触れた彼の手は、少しばかりの返り血で汚れていた。 「強いのはわかったけど、無茶しないでほし
last updateLast Updated : 2025-04-20
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毒花の舞

 どこからともなく吹き荒れる冷たい風が、華 閻李の体を打ちつける。それでも、同じ土俵に立つことすら厭わしい白服の男を無言で睨みつけた。 「……最低」  大きな瞳に嫌悪感を乗せ、白服の男へ吐き捨てる。怒りで震える拳を携え、顔を伏せた。 「ああ、なるほどね。それで気配はするけど、姿が見えなかったのか。小猫の言葉を借りるわけじゃないけど、お前……」  華 閻李の肩を抱き寄せ、月を落とした瞳で白服の男を推し量る。 「──冥界に寝返ったのか?」  華 閻李と語らう時の声とは真逆で、とても冷めていた。 木々に留まって体を休めている鳥たちが飛び去っていくのを知っても、彼の冷然たる姿勢は変わらない。むしろ、眼前にいる人間を羽虫としてしか見ていないかのよう。 「冥界? ……っ!?」  華 閻李は頭上から降ってくる低い声に、体をびくりとさせた。見上げればそこには、いつもの全 思風とは違う、濃い闇色を纏う青年がいる。 ふと、彼が華 閻李の視線に気づいた。けれどいつもと同じ優しさに満ちた笑みを浮かべている。 それにホッとした華 閻李は「何でもないよ」と、恐怖を我慢して首を振った。 「め、冥界って何?」  恐る恐る聞いてみる。  全 思風は華 閻李が震えているのを知り、怖がらせてごめんねと、頭を撫でた。 「|小猫《
last updateLast Updated : 2025-04-20
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