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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 41 - Chapter 50

153 Chapters

恋の行く先

 全 思風は堂々と正面から妓楼の中へと侵入した。普通ならばその時点で誰かが姿を現し、彼へ敵意や攻撃を向けてくるものなのだが…… 「静かだ」  彼の足音のみが響く。それでも全 思風の手には剣が握られていた。 周囲を見渡せば朱の絨毯や柱、壁までもが深紅に染まっている。天井には異国の地から取り寄せたであろう枝形吊灯が眩しく輝いていた。 「ああ、本当につまらない」  顔を下に向かせながら、そう、呟く。三つ編みにした長い黒髪がゆらりと揺れた。それを気にする様子すらなく、ただ朱の階段を登っていく。   そんな彼の周囲には人の姿をした者たちがたくさんいた。 女は白い漢服を着、美しい簪を頭につけている。子供は男女問わず着飾ってはおらず、質素な漢服を着ていた。男たちは青や水色などの漢服を着用している。  けれど彼ら、彼女たちは、うんともすんとも言わなかった。黒目の部分は消え、どこを見ているのかわからない白目だけを見開いている。 瞬きすらしない。 呼吸もない。  不気味そのものの、人らしき存在たちだった。 「……ああ、これは考えてなかった。小猫の事で頭がいっぱいになっていたな」   そこは予想していなかったなあ、と大笑いする。 剣を一振し、道を塞ぐ者たちを風圧で吹き飛ばした。飛ばされた者たちは壁や柱に体を打ちつける。けれど痛みを感じないようで、小さな|唸《
last updateLast Updated : 2025-04-22
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嫉妬と憎悪

 妓女の高笑いは止まることがない。我を忘れて笑い続ける様は、美しさとは無縁なほどに不気味さが際立っていた。  「……思風って、思の事?」  体力が限界を迎えていく。目覚めたばかりだというのに、華 閻李の瞼は閉じはじめていた。 けれど知った名を口にされたため、女を見つめながら小首を傾げる。  妓女は高笑いをやめ、華 閻李をひと睨みした。華やかな美女から一転、憎しみや嫉妬にまみれた瞳となる。獣のように瞳孔を細め、怒りを足音に乗せて華 閻李に接近した。やがて、怒りに任せた足取りが止まる。 「わたくしの思風様を、馴れ馴れしく呼ぶでないわ! 小僧が!」  華 閻李の前髪を掴んだ。痛みに苦しむ華 閻李を無視し、妓女は身勝手な腹立ちまぎれに罵詈雑言を浴びせる。  彼の頬に爪を立て、白い肌に血を流させた。 けれど華 閻李は泣くどころか、キッと睨みつける。  それがいけなかったのだろう。妓女からすればその強気な態度がますます癪に触ったようで、爪をさらに深く食いこませた。 華 閻李は痛みに耐えきれず、消えいる声とともに眉をしかめる。 「ふふ……あはは! 小僧が生意気な口を聞きおって。そなたなど、わたくしの体の穴を埋める贄に過ぎ……」 
last updateLast Updated : 2025-04-23
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裏で蠢(うごめ)く者

 ──これはまずい! ここにいたら、小猫の体が持たない。  朱く光る床から淡い蛍火のようなものが浮かんだ。それは無数にもなり、部屋中をふわふわと浮いている。 一見すると美しく、幻想的な光景だった。しかし現実はそうではない。この光が華 閻李に触れるたび、子供は表情を苦痛に歪ませていった。 「……っ躑躅!」  華 閻李が名付けた蝙蝠を凝視する。すると蝙蝠は黒い両翼を羽ばたかせ、天井目掛けて突撃した。 その一回で天井を突き破り、回転しながら外へと出る。 「……躑躅、この陣を破壊しろ!」   言うが早いか、蝙蝠の行動の方が先か。それを考える者はこの場にはいなかった。  全 思風が後ろへと飛ぶ。 瞬間、蝙蝠は口を開けた。大きく息を吸い、勢いをつけて吐き出す。放出したそれは突風となり、床に燻っていた淡い蛍火を消していった。蝙蝠の躑躅は満足げに、ふんすと鼻を高く上げる。  全 思風は急いで華 閻李の細い首に指をあて、脈を確かめる。規則正しいとは言えないが、それでも正常に戻りつつあるようだった。 全 思風は胸を撫で下ろし、床を確認する。多少、陣の名残があるものの、ほとんど光を失っていた。彼は華 閻李を抱えながら、足で血命陣の一部を擦る。 そうすることで陣は機能を喪い、発動できなくなると考えたからだ。その思惑は
last updateLast Updated : 2025-04-23
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白、そして黒き冥(やみ)

 全 思風は屋根を伝いながら白服の男たちを追った。 下を見れば、街の人々が困惑した様子で道を塞いでいる。彼らは殭屍ではなく人間に戻っているようで、かなりの動揺が走っていた。 それを屋根上から確認していると、見知った男の姿を発見する。男は爛 春犂で、全 思風を見るなり屋根の上へと飛び乗った。 「──全 思風殿、そちらは終わったのか?」 「ああ、終わったよ。小猫は疲れてるみたいだから、安全な場所で休んでもらってる。それより……」  二人はざわつく人々を下に、逃げている白服の者たちを追いかける。ときには木々を利用し、あるときは提灯をぶら下げる太い糸に掴まり、壁を蹴りながら屋根へと登った。 前を逃げる数人の白服へ、全 思風は剣を投球する。しかし彼ら白服の者たちには、それぞれの剣で弾かれてしまった。 「……へえ、なかなかにやるね。でもさ?」  ふっと、片口に笑みを浮かべる。右の人差し指をくいっとあげた。 全 思風の剣は糸で操っているかのように空中に浮く。彼は気にすることなく、指先で空を斬った。剣は彼の言いつけを守るかのように、不規則な動きで白服たちを翻弄していく。 「剣操術か。全 思風殿は、仙術にも精通していたのか?」   爛 春犂は驚きつつ、自身も剣操術《けんそうじゅつ》を繰りだした。  二人の剣操術は次々と白服の者たちを切り裂いていく。
last updateLast Updated : 2025-04-23
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華章 自分に出来ること 夢と現実

 "約束して" 瓦礫の山に埋もれた腐敗臭が漂うなか、優しい声が走る。燃え盛る家屋、泣き叫ぶ人々。 それらを耳にしながらも声の主は語った。「──君を必ず迎えにいくよ。だから、私の事を覚えておいて」  悲鳴や業火で阿鼻叫喚が飛び交うこの場においても、声の主は笑う。「君が世界のどこにいても、私が見つけるから」 声の主の髪は黒かった。それはそれは長く、顔を隠すほどに暗闇に満ちた髪である。けれど瞳は焔を移し取ったような、燦々とした朱だった。 凛とした姿勢の上には漆黒の漢服を着ている。スラリと伸びた身長で、骨格や声からして男性であることが伺えた。 そんな男の前には、ボロボロになった子供がいる。声が届いているのかすらわからないほどに泣きじゃくり、顔を涙でぐしゃぐしゃにしていた。 けれど子供の周囲には、この場に不釣り合いな色とりどりの花が落ちている。山茶花、木蓮、桔梗などの花だ。それらは子供が泣く度に宙へと舞い上がる。 瞬間、山茶花は雪になった。木蓮は炎、桔梗は小石へと姿を変える。 男はこの光景を見ても美しく笑むだけだった。「……今はまだ、◼️◼️を迎え入れるだけの力がない。私個人にはあっても、全てにはないんだ」 男は舞う花を一つだけ掴み、腰を曲げて片膝をつく。 泣きじゃくる子供の頬に触れ、そっと口づけをした。子供の唇はかさついているが、声の主は嬉しそうに微笑する。子供のもちもちとした柔肌を少しだけ堪能し、やがて立ち上がった。「──ああ、もう行かないと」 泣いている子供へ再度腕を伸ばしかけたが、素早く引っこめる。踵を返し、泣く子供へと背中を向けた。 あちこちから聞こえる悲鳴や、鼻をつくような嫌な臭い。それらをもろともせず、声の主は歩き出した。 ふと、何かを思い出したかのように立ち止まる。そして自身の髪を二本抜いた。髪に、ふーと息を吹きかける。すると不思議なことに一本は蝙蝠、もう一本は小さな勾玉へと変わっ
last updateLast Updated : 2025-04-23
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奇妙な旅路、それぞれの行く末

 ガッポガッポと、砂利道を一台の荷馬車が進む。道の両脇には雑草が生い茂り、田畑もあった。疎らではあるが、家屋が並んでいる。けれど家のほとんどはボロボロで、人が住んでいる気配はなかった。 周囲には尖った山が多く、側には運河が流れている。水は透明で、底を泳ぐ魚の姿すら見えた。 雑草の合間から野うさぎが飛び出しては、どこかへと行ってしまう。 見上げた空は青く、雲はゆったりと動いていた。太陽の光が眩しく地上を照らしている。どこまでも続く空には鳶が飛んでおり、鳴き声が遠ざかっていった。 「──うわあ、自然がいっぱいだあ! あ、うさぎがいる。可愛い!」  華 閻李は荷馬車の窓から顔を出し、もふもふとしたうさぎを目で追いかける。   彼らは水の都である蘇錫市(そしゃくし)を後にし、次の場所へ向かうべく馬車に乗っていた。   黒髪で三つ編み、美しい顔立ちの長身の男は全 思風だ。彼は整った顔立ちに笑みを浮かべながら、前の椅子に座って手綱を曳いている。鼻歌を披露しながら優雅に先頭を陣取る様は吟遊詩人のよう。 馬の身体に巻きついた紐を操作し、砂利道を進んだ。  そんな彼を尻目に、荷馬車には二人の者がのんびりと座っていた。  一人は禿という國では珍しい銀の髪を持つ、儚き見目の美しい少年である。少女のような愛らしい顔立ちと、ぱっちりとした大きな両目、病的なまでに白い肌など。庇護欲をそそるほどに神秘的な雰囲気を持っていた。 金の刺繍が施された朱の外套が彼の銀髪に映える。普段は床
last updateLast Updated : 2025-04-23
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闇に蠢(うごめ)く皇帝

 禿王家の者たちは、代々不慮の死を遂げていた。 初代皇帝は行方不明のままに、遺体すら見つからず。二代目皇帝は毒殺。そして三代目皇帝魏 曹丕は、権力争いの最中に病気で命を落としたとされていた。  今の皇帝はその息子で、幼くして帝位につく。暴君ではないけれど、尊敬されるほどの者ではなかった。どちらかというと、やりたくない皇帝を無理やりさせられたような……のんべんだらりとした、自由人と言われている。 「私は先代皇帝、魏 曹丕様が生きていた頃、ある存在を探しに黄族へと潜りこんだのだ」  とどのつまり、爛 春犂は黄族ではない。黄族の格好をしているのは、彼らの信頼を得るためであると告白した。 「……先生は、いつから黄族に?」  全 思風に抱擁され、落ち着いたのだろう。華 閻李は涙を拭いて爛 春犂へと向き合った。  爛 春犂は一度瞼を閉じる。そしてゆっくりと開き、懐から一冊の帳面を取り出した。 その帳面の表紙には[禿王朝の歴史]と書かれている。 「これには、初代皇帝から今に至るまでの名が記されている」  中身は機密事項なため見せることはできないが、これを元に目的を遂行しているのだと口述した。 「私の目的はいくつかある。その内の二つは他者に伝えても構わぬと言われている」  帳面を引っこめる。 淡々と、それでいて言葉の全てがハッ
last updateLast Updated : 2025-04-23
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初代皇帝の華

 全ての事件の黒幕は初代皇帝ではないか。 爛 春犂のそれはあまりにも現実味がなく、華 閻李と全 思風は眉をしかめた。  しかしその予想に全 思風が待ったをかける。 華 閻李を膝の上に乗せ、子供の両手をニギニギとした。子供らしい肌の滑らかさはもちろん、男にしては小さな手である。 顎を子供のふわふわとした頭の上に置き、爛 春犂に冷めた眼差しを送った。  ──ふふ。小猫は会った頃に比べて、肉がついたかな? それに、とってもいい薫りがする。これは……薔薇、かな?  花の術を使う華 閻李らしい薫りだなと、子供の暖かさとともに癒しの時間を味わう。  「──爛 春犂、どうして初代皇帝が絡んでいると? そもそも初代皇帝はもういないんじゃないのかい?」  そんなに長生きできる人間なんかそうはいない。 人ならざる力を得ている仙道であっても、せいぜい数百年程度だろう。しかしそれは仙道だからこそ。 初代皇帝は普通の人間だ。百歳まで生きたら長寿と言われるだろう。 「……それとも初代皇帝は仙道だったわけ? そう言いたいの?」  喧嘩腰に言葉を投げた。爛 春犂を敵でも見ているかのように、咎めるような視線を送る。  爛 春犂は彼からの質問を微笑しながら答えはじめた。 「いいや。ただ、死体が見つかっておらぬのなら、その可能性も視野に入れるべきだと思う
last updateLast Updated : 2025-04-23
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これからは三人で

 華 閻李は初代皇帝の寵愛を受けた一族の生き残りであった。そしてその一族が殭屍事件に関与しているのではないか。 爛 春犂を含む先代皇帝たちは、そう考えているようだった。  当然それに反発の声をあげたのは全 思風だ。彼は威風堂々としていた姿勢のまま、瞳を深紅に染めて闇を見せた。 「……その言葉の意味で言うなら、小猫が関与してるって事になるけど?」  敵対をしているわけではないのに、爛 春犂を睨む瞳は冷たく凍えている。  爛 春犂は首をふり、そうではないとだけ呟いた。 「閻李は何も知らぬだろう。自身の出生の秘密はおろか、一族の事さえわからぬだろうな」 「……その言葉に確証はあるわけ? もちろん私はあの子がどんな事をしてても、ずっと一緒にいるって誓ったからね。悪とかそんなのよりも、私がどうしたいか。それが重要だからね」  華 閻李という子供を愛するがゆえに、全 思風は冥界の王としての立場を棄てることができる。 そう、断言した。 「相変わらず全 思風殿は、閻李しか見えておらぬか」  爛 春犂が苦笑いをすれば、全 思風は子供っぽく舌を出して抵抗する。 「……心配なされるな。先ほども申したようにあの子は、殭屍事件には関与してお
last updateLast Updated : 2025-04-24
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適正

 ガラガラと、三人を乗せた馬車が砂利道を進む。  全 思風が手綱を曳き、馬を走らせていた。その後ろにある荷の部屋では、華 閻李と爛 春犂の二人がいる。 華 閻李は膝の上に白い仔猫こと白虎、頭の上に蝙蝠の躑躅を乗せていた。  二匹のかわいい動物に囲まれて喜ぶ華 閻李をよそに、爛 春犂は訝しげな目をしている。 彼の視線に気づいた華 閻李はどうしたのかと聞いた。 「……閻李、これから敵対する者との戦いは激しくなるだろう。そうなった場合、お前はどう対処する? 一人でも立ち向かえる強さを身につけねば、話にならぬぞ?」  全 思風という最強の王がついている以上、何かしらの心配は要らぬだろう。しかし全 思風という男に頼り、自身では何もしないのか。そんな、おんぶにだっこな状態のままでは荷物にしかならなかった。  厳しもくあり、それでいて華 閻李の行く末を見守る。 彼の言葉の端々からは華 閻李を子供としてではなく、一人の仙道として扱っているということが伺えた。  華 閻李は動物弄りをやめ、真剣な面持ちで彼と向かい合う。 「……僕は、剣操術《けんそうじゅつ》を習いたいです」 「ほう?」  華 閻李の大きな瞳は揺らぐことはなかった。それどころか、意思を貫こうとする眼
last updateLast Updated : 2025-04-24
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