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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 21 - Chapter 30

153 Chapters

怠慢と恐怖

 ざっ、ざっ、と、全 思風は森の中を疾走していた。右手には己が愛剣を、左手には枝から造り出した細長い剣を握っている。  ──あの男、この私から逃れられるとでも思っているのか?  走る全 思風は息切れはおろか、汗一つすらかいていなかった。口角を軽く上げ、白い牙をちらつかせる。 そんな彼の前には、逃走する白服の男がいた。男からは時おり、ぜぇはぁという荒い息遣いが聞こえてくる。噎せて咳をしながらも、振り向くことなく前を走っていた。  全 思風は男の背中を凝視しながら微笑む。右手に持つ金色の剣で空を十字に絶った。それは衝撃波となり、瞬きする暇すらないほどの速度で男の元へと飛んでいく。 「……っ!?」  しかし運がよかったと言うのか……男は木の根に足を取られて転んでしまい、全 思風からの攻撃の直撃は免れた。 「くっ、そ……な、んだよ、あいつ!」  震えながら起き上がる男の額からは汗が溢れている。四つん這いになりながら、近づく全 思風に恐怖していた。  「あれ? もう終わりかい?」  つまらないなあと、無邪気に笑う。けれと金色の瞳は嗤うどころか、深い闇に染まっていた。くつくつと談笑しながら左右の剣先を地へと突き刺す。  諸刃の剣は文字通り、二本の剣か。それとも全 思風か。  全 思風は見下ろしながら、そんなことを囁いた。 恐怖で身を縮こませるしかなくなった白服の男に、哀れみの眼差しを送る。同時に、白服
last updateLast Updated : 2025-04-20
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花の舞

 何がいけなかったのか。ふと、華 閻李の脳裏にそんな考えが浮かんだ。 殭屍騒動に見舞われた村のその後を放置していたからか。 殭屍になった者は、もう人間には戻れない。それを知っていながら、無事だった人たちを村に置いてしまったからか──「……っ!?」 華 閻李は目頭を熱くし、村全体を悲痛な眼差しで見張った。  村全体に広がったのは血の池である。建物や村人だった者たち、木々ですら、血中へと埋まってしまっていた。そのなかには華 閻李が気にしていた子供──雨桐──も含まれている。「せめて、あの子だけでも助けられたら……」 大きな両目から一粒の雫が滴り落ちた。それは額の汗と混ざり、村の上空にある彼岸花へと落下する。 すると朱く、夕陽のように燃える大きな彼岸花は恵みの水を受け、より一層の輝きを増していった。 しかし…… 彼岸花の輝きは弱まってしまう。バランスを崩し、斜めになってゆっくりと転落していった。花びらはもげ、雌しべと雄しべは抜け落ちていく。「……お願い、彼岸花。僕の気持ちに答えて! 村を救えなかった、小さな子供すら護れなかった僕に……」 両手を前に突き出した。手が汗ばむ。額にひっついた髪が気持ち悪い。 それでもやり遂げたかった。 瞳に映るのは、殭屍に成り果ててしまった子供。血の池に体半分以上を取られてしまっても、なおも動き続けている。けれど言葉は発しない。「少しでいいから、力を貸して!」 喉の奥から叫んだ。瞬間、彼岸花はのっそりとではあるが、元の位置へと戻っていく。 「……ありがとう、彼岸花」 負担が減ったのを見計らい、急いで宙に印を描いていった。 数秒後に出来上がったそれは六芒星の陣である。 華 閻李は迷いなく陣を彼岸花へとぶつけた。陣を受けた彼岸花は一瞬だけ、さわさわと揺れる。それはすぐに止まり、大きさを感じさせない勢いで血の池へと沈下していった。 音すらしない落下を成功させ、村全体に広がっていた血を一気に吸い上げていく。 しばらくすると血の池が嘘だったかのように、村から鉄錆色《てつさびいろ》は消えてなくなっていた。 |
last updateLast Updated : 2025-04-20
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隠された姿

 ホーホーと、ふくろうの鳴き声が静寂の中を走る。 空には月明かりが妖しく輝き、数多もの星が浮いていた。星々は天の川を作り、終わりのない道を宵闇へと忍ばせていた。  そんな夜の※戌の刻。 殭屍事件によって滅んだ枌洋(へきよう)の村から少し離れた場所に、誰も使っていない廃屋があった。屋根や外壁はボロボロで、蔦が絡みついている。 中には家具などはいっさなかった。代わりに藁が山のように積まれている。  その藁の上に美しい銀髪を持つ端麗な顔立ちの子供、華 閻李が眠っていた。横向きになり身を縮め、苦しそうに唸っている。 隣では、華 閻李より小さな子供が一緒に寝そべっていた。少年に包まれているかのように、小さな体を彼に預けている。  「…………」  眠る子供を抱きしめている華 閻李の隣には三つ編みの男──全 思風──がいた。彼は藁に寄りかかり、無表情で天井を見上げている。  ──小猫が無事でよかった。怪我もしていないようだし、安心した。でも……  両目を細めた。鋭い眼差しで凝視しているのは華 閻李ではない。一緒に寝ている子供だった。 身を起こし、うなされている少年の額に触れる。そして愛しい子が抱擁している子供へと目を向けた。  ──この子供は殭屍だったはず。だけど今は人間に戻っている。どういう事だ?   一度殭屍になってしまった者は、二度と人間へ戻ることはない。その方法すらなく、誰もが諦めるしかないのが現状であった。 
last updateLast Updated : 2025-04-20
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空っぽの入れ物と魂

 寒さが際立つ十二月の夜。この國──禿──では閉とも呼ばれ、立冬となっていた。 そんな冬の空は暗い。されど、全 思風は、凍える様子がなかった。それどころか、中衣一枚だけでも寒いとは感じない。   「──あれ? 王様、上着は?」  全 思風とともに夜を楽しんでいるのは、年端もいかぬ子供だ。こちらも布一枚のみという格好にも関わらず、冬の寒さをもろともしていない。 子供は雨桐という名で、殭屍に変えられてしまっていた。生きたまま死を体験し、村では人知を越えた出来事にも見舞われた。最終的には華 閻李の決死の術によって、雨桐のみ救い出された。 しかし救い出された子供は、とても大人びている。言い方を変えるならば、本当に本人なのかという疑問すら沸くほどに屈託していた。  「……お前、小猫が助けたいって願った子供じゃないだろ?」  全 思風は子供を見、あることを思い做す。 腰にかけてある剣の柄を握った。子供でしかない雨桐を、冷めた眼差しで見下ろす。  雨桐は肩で笑い、おお怖い怖いとおちょくってきた。 「あー……拙は争いたくないんだ。というか、王様に逆らうほど愚かじゃないからねえ」  真意の掴めぬ笑顔を浮かべる。両手を挙げて参ったと伝えた。 「じゃあ、正体を言ったらどうだい? 私の気が変わらぬ内に──」  怒気混じりの声は、雨桐に軽い悲鳴をあげさせる。|雨桐《ユートン
last updateLast Updated : 2025-04-20
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扉と鍵

 危険な状況に見舞われ始めているのは、どこも同じ。例外はない。 雨桐の姿をした麒麟は、そう告げた。『詳しくは調査とかしてみないとわからないけど。どうにも、各勢力で怪しい動きをしている連中がいるようだよ』 人間の住む、この地上。麒麟が暮らす世界、そして全 思風が治めていると言われている冥界。これらの世界で、それぞれが不穏な動きをしていた。なかには、別勢力で手を組んでいる者もある。 『今まで、よく気づかれずにやってたって思うよ』 だってそうだろと、ぶっきらぼうに口を尖らせた。『拙みたいな、考えるのが苦手な奴はともかく、あんたのような王様ですら騙せてるんだ』 麒麟は全 思風を王様と呼んでいる。それは、彼が冥界の長であるという事実でもあった。 全 思風は強い。普通の人間はおろか、仙術を持つ者たちですら立ち向かうこと敵わず。剣術も、体術すらも、敵う者を見つける方が難しいのだろう。 何者にも怯まない精神。美しく、それでいて人目をひく出で立ちの彼は、聡明な頭脳すらも合わせ持っていた。冥界という、名前以外は不明な場所においても、彼は絶対強者のまま。 その強さは麒麟の住まう地にまで届いていた。 そんな彼を、唯一谷底へ落とせる存在は全 思風が敬愛してやまない少年、華 閻李だけ。誰もが口を酸っぱくして、そう答えるはずだ。 『よーく考えてみなよ。そんなあんたを出し抜こうって奴が、冥界のどこかにいるんだ』 面白いよなと、他人事として爆笑する。 全 思風は麒麟の言動にイラつき、大きな手で子供の両頬を挟んだ。麒麟はひたすら謝り続け、解放されたときには涙目になっていた。『せ、拙の事よりも! ……人間側は、この村を血命陣で滅ぼした連中が暗躍してるのは間違いないよ』 この言葉を聞き、|
last updateLast Updated : 2025-04-20
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一時の安らぎ~朝食の準備~

 麒麟はとりあえず戻ろうかと提案した。全 思風は腰をあげる。子供の姿を形どる麒麟とともに華 閻李が眠る廃屋へと向かった。    廃屋の中へ入れば、藁の山に埋もれるようにして眠る美しい少年がいる。すやすやと、気持ちよさそうな寝息をたててもいた。 全 思風が普段着ている上着にくるまれながら、丸くなっている。 「小猫、ゆっくりとお休み」  愛し子の顔にかかる銀の髪を退かし、優しい笑みを落とした。   一緒に廃屋へと入ってきた麒麟は、彼の溶けるような笑みに驚く。両腕を首の後ろに回しながら、大きな目をぱちくりと。まるで、あり得ないものでも見ているかのようだ。 首を伸ばして安らかな寝息をたてている華 閻李を見、次に彼を注視する。交互に見張った結果、なにかを察したように目尻が下がった。 「……おい、麒麟。何だ? 言いたい事があるならハッキリと言え」  そんな麒麟を睨みつける全 思風だったが、羞恥心が耳の先を真っ赤に染めていく。普段は冷静沈着を背負っている彼だが、今だけは表情筋がおかしなほどに激しく変化していた。 『ぶっ! あはははっ! ひぃーー!』   お腹を抱えながらのたうち回る。しまいには床をドンドンと叩き、爆笑のしすぎで噎せてしまった。 『じ、じぬうーー! あの、冷酷無比で、何者にも臆さないって言われてる冥界の王様が! 子供一人の前では、ただの甘いおじさんになるとか!』  信じられないと大声で笑い飛ばす。 けれど、当然それは|全 思風
last updateLast Updated : 2025-04-21
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必要なもの

 廃屋の近くにある河に訪れた二人は、さっそく魚を捕り始めた。  華 閻李は長い髪を頭上でお団子にし、瑞々しいまでの首を晒けだす。ボロボロの漢服の上着を脱ぎ、肌着だけになった。 服が濡れぬよう、両端を持って、きゃっきゃっと喜ぶ。頭の上に乗っている蝙蝠とともに、無邪気な笑顔で遊び尽くした。 そんな華 閻李の若い肌は水を弾いていった。透明なようで銀色の髪、それが太陽の光を受けて梔子色に染まる。 普段は長い髪で隠れている白くて滑らかな首筋に、水飛沫がついた。  「……っ!?」  それが汗のように見えたのだろうか。側で魚釣りをしていた全 思風の喉が激しく鳴った。唾を飲みこみ、華 閻李の首をじっと見つめている。  華 閻李は彼の視線に気づき、蝙蝠とともに首を傾げた。  全 思風はかつてないほどに慌てふためく。弾みで足を滑らせ、尻もちをついてしまった。 残念なことに、彼の不幸はまだ続く。河底に両手をついた瞬間、蟹に指を挟まれた。蟹を振り払おうとした時に河の中を泳いでいた魚に触れ、滑って顔から水の中へと飛びこんでしまう。以降も、河は彼にとって鬼門だと云わんばかりの不幸が重なっていった。 ようやく終わった頃には、彼の身なりは見れたものではなかった。三つ編みにしていたはずの髪は、ほどけてしまっている。凛々しく涼しげな眉や瞳は情けなく泣き崩れてしまった。   あまりにも普段とかけ離れている。そんな彼の一面を知り、華 閻李は口をポカンと開けた。 「……思にとって、河は不幸しか
last updateLast Updated : 2025-04-21
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水章 動き出した者 嗤う者

 いくつもの灯籠が吊らされている回廊があった。宵闇の中を照らす明かりは、微風が吹いただけでも揺れてしまう。星空と月が浮かぶ空は鉄紺色で、灯籠がなければ何も見えぬほどに暗かった。 そんな暗闇の時刻、朱色で埋め尽くされた豪華絢爛な建物がある。 ここは禿王朝の首都[燐万蛇]にある、唯一無二の王宮だ。たくさんの殿舎が並び、奥へ進むほどきらびやかさが増していく。 そして、ひっそりと佇むことすら叶わぬ宮の奥深く。朱とは違う、瑠璃瓦の屋根の建物があった。屋根の両端には金色龍が置かれている。それら以外は他の建物と何ら変わらなかった──「──どういう事なの!?」 瑠璃瓦の優しい色とは裏腹に、部屋の中では怒号が飛び交っている。「話が違うじゃない!」 声の主は怒鳴りながら、周囲の物へと当たり散らしていた。机の上にある巻物は落ち、花瓶は割れてしまっている。大胆なまでに机の足を蹴り、その場にひっくり返した。 ひとしきり暴れた後に残るのは荒い呼吸のみ。ふーふーと、理性すら喪ったかのように荒かった。 そんな声の主は、黒髪を頭の上で結い上げている。玉金の簪をし、翡翠の宝石か嵌め込まれた髪留めをしていた。 すっと伸びた鼻に、整った目鼻立ち。細く長い指は白く、とても美しい女性である。 桔梗色の桾、その上に黒紅の衫を着ていた。衫は胸元から足にかけて、美しい白蛇の刺繍が施されている。 女性は服を翻しながら扉に向かって巻物を投げた。 扉には一人の男が立っている。黒い官僚服を着、怯えた様子で体を震わせていた。「……わ、わかりません。偵察者によると、枌洋(へきよう)の村での実験は失敗。村人が姿を消したとの事です」 村を殭屍畑にし、こことは違う世界への扉とする。死した村人たちなどどうでもよく、結果が出
last updateLast Updated : 2025-04-21
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蘇錫市(そしゃくし)

 枌洋(へきよう)の村から数里ほど北東へ進むと、大きな街が見えた。そこは蘇錫市(そしゃくし)と呼ばれている都である。 蘇錫市(そしゃくし)は別名、水の都と呼ばれていた。 その別名の通り街へ入れば、そこかしこから潮の香りが漂ってくる。魚介の匂いも混じり、華 閻李のお腹の虫が騒いだ。 見上げた空は蒼く、海はそれに負けないほどに水面が輝いて見える。朱の建物は少なく、黄土色の建造物が多かった。 耳を澄まさずとも聞こえてくるのは人々の活気ある声、犬や鳥の鳴き声である。  街の中を流れる運河の両脇には建物がひしめき、その多くは飲食店だ。そこから脇道に逸れれば、織物工房や鍛治屋などが建ち並んでいる。 そこから奥へと進むと橋があった。橋を渡った先は一般家屋のある住宅街だ。よく見れば、住宅街と職人たちの住む地区を結ぶ道は一つではなかった。赤い橋が等間隔に作られており、どこからでも互いの地域を行き来できるようになっている。「あ、これ藤の花だ」 一部の橋には紫の花が絡みついていた。寒い冬の季節にしては珍しく咲いているなと、華 閻李は楽しそうに花を観察する。「小猫、こっちだよ」「あ、うん」 華 閻李とともに街に訪れた青年、全 思風が手招きをした。彼は一度住宅街まで進み、東側にある橋を渡って職人たちの住む地域へと足を伸ばす。「あれ? 服屋さんって、そっちなの?」  なぜ、わざわざ住宅街へ向かったのか。それを問いかけた。「私の知っている店は、少々入り組んだ場所にあってね。職人たちの住む地区……[周桑]って言うんだけど、あそこは人が多い。加えて、これから行く店は住宅街からの方が近いんだ」 周桑区は人通りがもっとも多いため、一歩進むだけでも一苦労する。目的地の服屋は住宅街側から橋を渡った目の前にあり、行きやすいのだと説明をした。「へえ……思、この街に詳しいの?」「いいや、その服屋だけだよ。私のこの服も、その服屋で作ってもらったんだ」 少しだけはにかみ、華 閻李の手を取って歩き始める。 ──何か、今の思。ちょっと寂しそうに見えた。気のせいかな? 少しばかりの不
last updateLast Updated : 2025-04-21
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落ちてきた謎

 華 閻李と全 思風の二人は、死体があがったとされる幸鶏湖地区へ来ていた。  幸鶏湖地区は街の玄関口でもある食品市場から、まっすぐ北へ進んだ先にある。途中の脇道には職人たちの住む周桑区があるが、そこには行かずにひたすら直進。その先には周桑区や住宅街とは違い、華やかな町並みが広がっていた。 朱の屋根や柱が建ち並ぶ区域で、寺院や櫓が多く建てられている。それ以外にも妓楼があり、他地区と比べて一貫性がなかった。 寺院の近くでは山茶花や睡蓮なども売られており、花びらが舞っている。  「──着いたよ。ここが、幸鶏湖区だ」  ほら。あそこを見てと、ある場所を指差す。全 思風が示したのは、比較的大きな寺だった。 金の屋根に朱色の外壁と柱の、美しい寺である。前後左右、東西南北を四つの櫓で囲み、さらに高く伸びたたくさんの木々が出入り口以外を隠してしまっていた。 「この寺は[百日譚寺]っていう名前でね、四方にある櫓から寺を見張る仕組みになっているんだ」  顎をくいっとさせ、古めかしい作りの櫓を見てと言う。  華 閻李はいわれるがままに櫓を凝視した。ただ、木でできている以外特にこれといった変わった様子は見受けられない。 けれど華 閻李は、とあることに疑問を持った。小首をかしげ、大きな瞳で見つめる。 「……何で、寺を見張る必要があるの?」 「うん、いい質問だね」 
last updateLast Updated : 2025-04-21
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