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All Chapters of 鳥籠の帝王: Chapter 31 - Chapter 40

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第一歩

「綺麗過ぎる? えっと小猫、妓女なんだから化粧はするんじゃ?」  化粧は女性を変える。美しく、それでいて気品もある。それが化粧の魅力でもあった。 二人は女性ではないゆえに、化粧について詳しくはない。けれど女性が化粧を好むということは知っていた。  全 思風は、それについて何らおかしいところはない。きれいなのはいけないことなのかと、困惑気味に眉をへの字にした。 「これは姐姐に聞いたんだけど、女性は着飾る生き物らしいよ。全員がそうとは限らないけど……綺麗にすれば見栄えもよくなって、男性からの求婚も増えるんだってさ」  女の人の考えることはわからないよねと、彼の腕の中で考える。フグのように頬を膨らませ、あーでもないこーでもないとぶつくさ呟いた。 しばらくすると全 思風に鼻先をつままれ、ジタバタとする。 「思!」 「ふふ、ごめんごめん」  湿っぽい潮の香が飛ぶなか、華 閻李を床へと下ろした。 「……話を戻すけど、あの遺体は綺麗過ぎると思うんだよね。これは僕の勘でしかないけど」  櫓は少しばかり高い位置にある。そのせいか、風の影響を受けやすかった。 華 閻李の長く伸びた銀髪が、さらさらと揺れる。髪を押さえながら運河を見つめた。 「あの遺体がどこから来たのか。それだけでも、ハッキリしたかな」  確信めいたものを瞳に乗せ、櫓の柱へ凭れかかる。切れ長の目をした全 思風を見、どういう意味かわかるかと問うた。けれど彼はお手上げだ
last updateLast Updated : 2025-04-21
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白き獣

「とりあえず、私は情報収集してくるよ。小猫は宿屋に戻っていてくれ」  体重を感じさせない様子で櫓から飛び降りていく。瞬間、華 閻李の眼前を彼の長い黒髪が横切った。 「宿屋!? え!? 僕、どこにあるか知らないんだけど!?」   櫓の中から全 思風を見下ろし、困惑した声で質問する。すると彼は「ああ」と、頭を掻いた。 「仕立て屋さんがあっただろう? あの通りに[旅宿庵]ってところがあるんだ。緑色の看板だからすぐにわかるよ。そこで待ってておくれ!」  腰にかけてある剣を手にし、地面に突き立てる。するとそこから灰色の煙が現れ、蝙蝠の姿に変わっていった。 蝙蝠をむんずと掴み、華 閻李のいる櫓へと投げる。 「わわ、躑躅ちゃんを投げないでよ! って、ちょっと思!」  華 閻李の説教もむなしく、全 思風は既にこの場から姿を消していた。 彼の行動力に感心し、華 閻李は櫓から降りていく。頭の上に蝙蝠の躑躅を乗せ、言われた通りの場所へと歩んだ。   ◇ ◇ ◇ ◆ ◆ ◆  仕立て屋がある周桑区へ到着した華 閻李は、緑色の看板の家を探す。しばらくすると頭上にいる躑躅(ツツジ)が、ペチペチと羽で叩いてきた。『キュイ』と、かわいらしい鳴き声と一緒に、とある家へと羽を向ける。 「あ、あった! ここが旅宿庵だね。確かに緑色の看板だ」  小麦色の外装と、朱の屋
last updateLast Updated : 2025-04-21
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迫りくる欲望

 白い毛並みの仔猫は華 閻李の腕から逃れようと必死だ。けれど体力がほとんど残っていないようで、すぐにぐったりしてしまう。華 閻李は急いで宿屋へ戻ろうと踵を返した。 直後、後ろから青い漢服に身を包んだ数人が近づいてくる。彼らは華 閻李を囲うようにして、腰にさげている剣を抜いた。「……え? な、何!?」 大勢の大人に囲まれた華 閻李だったが、驚くふりをしながら彼らを観察する。 ──肩と胸の部分に金色の刺繍。それに青い服……この人たちって、どこかの貴族の使用人ってところかな。 そんな人たちがなぜ寄ってたかって、見ず知らずの自分を囲うのか。華 閻李はそれだけが疑問だった。「──そこの子供! その猫を渡せ!」 剣の切っ先を華 閻李へと向け、数人が砂を踏みつける。「猫って……この仔猫の事?」 腕の中にいる仔猫を注視した。仔猫はぐったりとしており、息も絶え絶えである。 華 閻李からすれば、仔猫も目の前にいる男たちも、全く知らない者たちであった。けれど仔猫の様子を見ているうちに、放っておくことなどできないと決意する。 仔猫を抱く腕に力をこめ、男たちを睨んだ。そして聞き分けのない子供を演じていく。「い、嫌だ! 僕はこの仔猫の事気に入ったんだ。僕が飼う!」 駄々をこねるだけこねながらも、少しずつ後ろへと下がっていった。「猫、飼いたいもん! 僕、猫好きだもん! ぜーったいに、渡さないからね!」 あかんべーと、普段の華 閻李からは想像もできないような我が儘ぶりを発揮。地団駄を踏みながら仔猫を抱きしめ、飼うの一点張りに尽きた。 けれど男たちは子供の我が儘ごときにつき合ってはいられないと、剣を容赦なく華 閻李へと振り下ろす。 華 閻李は寸でのところで剣による攻撃を回避し、我が儘な子供を演じながら砂浜を逃げ回った。 剣が背に迫れば、泣くふりをしながらしゃがむ。男たちが手を伸ばせば身を低くして彼らの背後に回避し、軽く蹴りを入れた。男たちが倒れていく瞬間を狙い、彼らの肩や背中などを使って側にある木に登っていく。
last updateLast Updated : 2025-04-22
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鎖に繋がりし華

 そよそよと、窓から冬の風が入る。寒気とまではいかないが、それでも冬という季節の風は身を縮ませるほどには体温を奪っていった。 「…………」  華 閻李は丸くなる。しばらくすると、もぞもぞと動いた。  ──何だろう、暖かい。  眠気を無理やり吹き飛ばし、静かに両目を開けた。 「……ふみゅ?」  寝ぼけ眼なまま、体を起こす。眠たい目をこすり、ふあーとあくびをかいた。上半身だけで背伸びする。 外を見れば陽は高く昇っており、部屋の中に光が差しこんでいた。  ──あれ? ここ、どこだろう?  確か砂地で数人と対峙した。その後の記憶があやふやであり、なぜ布団で寝ているのか。それすら疑問となっていた。 小首を傾げ、床から降りる。裸足で板敷の床を歩けば、ある者たちが目に止まった。部屋の隅で、二匹の動物がすやすやと寝ている。一匹は蝙蝠の躑躅(ツツジ)、もう一匹は白い毛並みの仔猫だった。 仔猫は身体を丸め、躑躅(ツツジ)は野生を忘れたかのようにお腹を出して寝ていた。  その姿に華 閻李の頬は緩む。近づいて躑躅(ツツジ)のお腹を撫で、白猫へは恐る恐る腕を伸ばした。 「うわ、もふもふだあ……」  仔猫は疲れが溜まっているのか、嫌がる素振りすら見せずに深い眠りに入っている。そんな仔猫の毛はお日様のように暖かく、とてもふわふわとしていた。 ふと、仔猫の前肢に赤い塊があったことを思い出す。仔猫の眠りを妨げぬよう、ごめんねと云いながら両前肢を探った。 「&hel
last updateLast Updated : 2025-04-22
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従者の鎖

 太陽が真上に差しかかった頃、華 閻李たちは昼食をとっていた。 辛さが決め手の麻婆豆腐、高級食材であるフカヒレを使用したスープ。肉汁たっぷりの包子、卵とニラの色合いが美しい食べ物などもある。箸休めには、ほうれん草の唐辛子炒めもあった。食後のおやつとして月餅、杏仁豆腐なども置かれている。 それらはざっと十人前ほどはあった。 「うわあ、美味しそう……ねえ、本当にこれ食べていいの!?」  数々の料理を前にして両目を輝かせる。華 閻李は大きな瞳いっぱいに食べ物を映し、頭上を確認した。 「うん、いいよ。私も多少食べるけど、小猫は遠慮なくいっちゃって!」  華 閻李が見上げた先にいるのは全 思風である。彼は我がことのように喜びながら、華 閻李へとご飯を勧めた。   そんな二人は何とも奇妙な姿勢をとっている。どちらも座ってはいた。しかし華 閻李は床にではなく、全 思風の膝上にである。 全 思風はがに股になりながら、華 閻李を乗せていた。  そんな彼の頬は絶賛綻び中で、しまりのない笑顔をしている。その姿はまるで、普段は強面だが小動物を愛でる時だけは優しくなるような……何とも言えない緩み具合だった。  華 閻李の方は、それを当たり前として受け入れている様子。大きくて逞しい彼を椅子代わりに、満面の笑みで箸を走らせていた。 数分後、ものの見事に全てを平らげる。最後に残った杏仁豆腐すらもペロリとお腹の中へと入れた。 「&h
last updateLast Updated : 2025-04-22
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涙、そして強くなる想い

 爛 春犂を加え、二人は蘇錫市(そしゃくし)で起きている出来事を再度話し合う。  華 閻李は窓際に。 全 思風はそんな子供にピッタリとくっつくように、隣へと座ってきた。 そして、情報を持ってきた爛 春犂は二人の前に腰を落ち着けている。  彼ら三人の中心には机があり、茶杯の中には緑茶が入っていた。おやつとして胡麻団子が置かれており、三人は各々で好きな物を選んで食す。そんななか、華 閻李だけが他の二人よりもたくさん食べていた。 「ねえ小猫、さっきあんなに食べてたよね? まだ食べるつもりなのかい?」  胡麻団子を何個も頬張る華 閻李に、全 思風は顔を引きつかせながら問うた。 頬についた胡麻を取ってあげると、華 閻李は無邪気に「ありがとう」と言って微笑む。  ──んん! 可愛い!  愛くるしい見目の華 閻李に幸せを覚え、満面の笑みになった。  「──こほんっ!」  緩い現場を見かねた爛 春犂が、わざとらしい咳払いをする。しまりのない表情をする全 思風を睨み、淡々と話を進めた。   爛 春犂が持ってきた話は、以下の通りである。 [國中で白服の男たちが目撃されている] [目撃された場所では殭屍が出現し、最悪街や村が滅んでしまう。この蘇錫市(そしゃくし)でも白服の男たちの目撃情報があり、何らかの形で関わっている可能性がある] [|殭屍《キョンシー
last updateLast Updated : 2025-04-22
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光の子、道の先を示す

 華 閻李の背中から彼岸花が生まれた。淡く、蛍のように優しく、それでいて、暖かい光をまとっている。  「……っ小猫!?」   いとおしい子へ腕を伸ばして助けようとした。けれど眩しくて直視できない。 全 思風も、少し離れた場所にいる爛 春犂ですら両目を閉じてしまうほどだ。 それでも彼は諦めることなく、手探りで華 閻李の居場所を見つける。子供の細腕を引っ張り、己の胸元へと押し戻した。 「小猫!」  未だ、華 閻李の背中に浮き出ている彼岸花を睨む。触ろうとしても透けてしまい、剥ぎ取ることすら不可能であった。 それでもうつ伏せになっている華 閻李の喉で脈を測る。トクン、トクンと、弱いが脈はあった。  目映いばかりに煌めく花は背から頭上へと移動する。両腕に包まれている白い仔猫の姿をした神獣は、苦しそうに鳴いていた。 「……はあー」  全 思風のため息は、場を落ち着かせていく。華 閻李を床まで運び、安心の吐息を溢した。結界を維持したままの爛 春犂に目配せし、疲れと心配からくる汗を拭う。 再び華 閻李を黙視した。  華 閻李の瞳を隠すのは長いまつ毛で、ときおり苦痛に蝕まれるように濡れる。それは涙で、全 思風は何度も雫を己の指先で拭いた。  ──白虎の身体に浮かんでいた青白い血管が薄れていっている
last updateLast Updated : 2025-04-22
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操られた華

 華 閻李を包む彼岸花は、少しずつ光を失っていく。根元から枯れ始め、花びらや雄しべたちがハラハラと崩れ落ちていった。けれど床につく前に消えていき、まるで幻でも見ているかのような錯覚に陥る。 同時に、白虎の前肢にあった血晶石が跡形もなく消滅するのを確認した。   「──全 思風よ。閻李はいったい何をした?」   なんとも言えぬ不思議な現象の場に居合わせた爛 春犂が問う。彼は全ての術を解除し、眠る華 閻李につき従う全 思風の肩に触れた。 「……正直な話、私にもわからない。だけど白虎の殭屍化を阻止し、血晶石そのものを消し去ったのは、間違いなく小猫だ」  本人の意識かどうかは別として、と語り加える。爛 春犂の手を軽く払い、感情のない瞳で凝視した。けれどすぐに興味の対象から外す。 「どんな理由があるにせよ、小猫が浄化した事に変わりはない」  爛 春犂に冷めた瞳を向けた。それは他言するなという証でもあった。 「……安心せい、全 思風殿。このような事、言いふらしはせぬ。言ったところで誰も信じてはくれまいて」 「話が早くて助かるよ」  全 思風の直前までの全てを敵視するような眼差しは消える。笑顔を浮かべ、暗黙の了解として、爛 春犂と握手を交わした。 しかしどちらも心の内を見せるようなことはしない。どちらかというと探りあっていた。笑顔で
last updateLast Updated : 2025-04-22
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 瞳が虚ろになった華 閻李に、何度も呼びかけた。けれど華 閻李はうんともすんとも言わない。 「──小猫!」  華 閻李の肩を揺さぶった。 その時である。周囲から人の気配が消えた。それは文字通り人が、である。屋台を前にして並ぶもの、食べ物を売る者も、しっかりと目の前にいた。けれど彼らからは、人としての気配がなくなっていた。  ──どういうことだ? 直前まで、普通に人間の気配で溢れていたはずだ。 「……いったいどうなって……小猫!?」  考える暇もなく華 閻李を含む、食品市場にいる者たちが一斉に動きだす。どの人間も華 閻李と同じく、瞳に光を宿していなかった。そして誰もが体のどこかしらに鎖をつけている。 そんな人たちは食べ物すら放置して、街の北へと歩きだした。 「し、小猫!」  華 閻李を腕を掴み、行動を阻止しようとする。けれど凄まじい人混みのせいで手を離してしまった。  全 思風は喉の奥から叫ぶ。華 閻李を呼び続けながら邪魔をする人々をかき分けていった。 けれどおかしなことに、近づくどころか遠ざかっていく。華 閻李の姿すら見えなくなるほどに人が増えていっているのだ。おそらく住宅街や周桑など、蘇錫市(そしゃくし)の住人のほどんどが、鎖の言いなりになってしまっているのだろう。 女や子供はもちろん、性別や年齢関係なく集まっていた。 「……っ!?」
last updateLast Updated : 2025-04-22
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捕らわれた華

 全 思風は自らの鼻を疑った。 彼は死者と生者、そのどちらもを嗅ぎわける能力に自信を持っている。それは間違えるはずがないという絶対的な自信であった。  ──私は冥界の王だ。その私を騙せる者など、そうそういないはず。その私をここまでコケにした奴、か。会ってみたいものだ。  そして殺してしまいたい。そう願った。背景にあるものが何にせよ、大切な子を奪われたのである。冥界やこことは違う世界のことよりも、それが一番許せなかった。  「……爛 春犂、もしもあんたの言う通りなら、私たちは何を相手にしている? そして、何に馬鹿にされた?」  死者を統べる王としての怒りは凄まじく、周囲に強烈な突風を撒き散らす。 笑う唇の裏にあるのは静寂という名の怒涛。漆黒を詰めた瞳は燦々と燃え盛る焔となった。  爛 春犂は彼の変化に驚きを隠せないのだろう。恐怖とは違う、凍えるまでに冷淡な表情を見せられグッと拳を握った。額から流れる汗は妓楼に集まる人々に対するものではない。全 思風という人物への警戒の現れだった。 それでも今だけは頼もしい味方である。唯一正常かつ、目的をともにする者であるのだと、全 思風に口を酸っぱくして伝えた。 「……ああ、そうだったね。私たちの目的はそれだった」  全 思風の瞳は徐々に落ち着きを取り戻していく。ふーと深呼吸をし、爛 春犂を見やった。 爛 春犂は心の底から肩を落としている。&n
last updateLast Updated : 2025-04-22
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