里桜はあっさり剣を投げ捨て、声を張り上げる。その声につづくように、朱華が詠唱に重なる。 表裏の緋寒桜が揃うだけで竜神を覚醒させられたのだ。 神謡を唱えたら、奇跡だって起こせる気がする。 単純な朱華の考えに呆れながらも、里桜は彼女が持つ生まれながらの才を信じて神を喚ぶ。 竜糸の土地神は水神、竜頭。彼よりも更に上位の神といえば、それはもう、母神しか存在しない。 一か八か……こんなときなら、きっと彼女は降臨する。 「Wakkapo, untemka okai――母なるものよ、愛し子を助けて!」 「Eyukari nw ruwa――緋寒桜よ、それがおぬしの神謡かえ?」 まばゆいばかりの白いひかりが、天空から注ぎこまれ、瘴気に囲われていた黒き空を一掃する。降りつづく竜頭の浄化の雨とともに、はらはらと菊桜の花びらが、降り積もる。 ――通じた! 里桜はふっと意識を飛ばし、その場にくずおれる。 その瞬間、幽鬼に身体を操られていた颯月の手から、炎の剣が抜け落ちた。 「裏緋寒の番人たる逆さ斎に封じられし幽鬼の王……闇鬼となりながらも機会を待ち、裏緋寒を己のモノにするため番人を蝕みふたたび幽鬼となり、この世界に復活した鬼神、か」 笑わせるでない。 天色の瞳が、周囲を見渡し、嘲笑する。裏緋寒にちからを奪われながら何が鬼神だ、と。 「至高神……」 氷辻を依代にしてふだんは現れるはずの女神の声は、別の場所からきこえた。 竜頭と夜澄は顔を見合わせ、困惑の表情を見せる。地面に膝をついていた颯月もその声にびくりと反応し、跳ね起きる。「里桜さま……?」 「妾をこの身に召喚して逢うのは二度目だのう、颯月(そうげつ)よ」 里桜の身体に入り込んだ至高神は、怯える氷辻の前で婉然と微笑み、状況をじっと見守っている朱華に向けて声をかける。「そなたが朱華(あけはな)か。ずいぶんと愉快な恰好をしておるな」 「お初にお目に
Last Updated : 2025-06-20 Read more