朱華をめぐる夜澄と未晩の争いは互いに攻撃を仕掛けてはかわすの繰り返しになっていた。だが、幽鬼の方が持久力は上だった。やがて、息を切らしはじめた夜澄に幽鬼の瞳が意地悪く煌めく。そのときを待っていたかのように身に溜めていた瘴気を放出し、ニタリと嗤う。「人間に身をやつしてはいるが、前よりしぶとくなったようだな……だが、これで終わりだ!」 「くっ」 未晩の体内で増幅されていた瘴気が夜澄目がけて飛び出していく。黒い靄のようなものが一気に押し寄せ、夜澄の身体を蝕もうと喰らいついてくる。赤い血がひとすじ、ふたすじと流れ、やがて夜澄の姿すら確認できなくなる。 「もう終わりか?」 「Chinot sephumi tauna tara, yupke rera――牙を剥けよ、烈しき風!」 瘴気に埋もれた夜澄の凛とした声が響き渡る。 そしてその声に応じるように、別の声がこだまする。 「Shirwen nitnei noshki chituye ――暴風の魔よ、真中より斬り裂け」 「……チッ。神殿の奴ら、気づきやがったか」 舌打ちをする未晩の背後から、兎に変化した雨鷺と里桜、そして術を放った星河が駆けつける。瘴気に埋もれていた夜澄は星河の術によって突破口を見つけ、勢いよく跳躍する。 「夜澄! 無事ね?」 「当り前だろ! それより、里桜(りお)、水兎、清雅! 結界張れ、結界!」 興奮しているからか夜澄はふたつ名で里桜を呼び、雨鷺と星河のこともかつての同朋の名で無意識に指示を出していた。たとえ人間に身をやつしていようが、彼が本気になれば、里桜ひとりでは敵わない。ましてやふたつ名で縛られてしまえばもはや従うしかない。「わ、わかったわ!」 「無駄だよ、表緋寒の逆さ斎」 ふふふ、と嗤う未晩は彼らが結界を張ろうがまったく問題ないと言いたそうに大事に腕に抱えた朱華を窓の外へと放り投げる。「な」 その先は、竜神が眠る湖。
Last Updated : 2025-05-25 Read more