All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 401 - Chapter 410

柚は困った顔で言った。「綾さんは、悠人くんを追い出さない限り、二度と優希ちゃんを連れて帰ってこないと言っているようです」「あの女の子なんて、碓氷家には必要ないから！帰ってこなくていいわよ！」「でも、碓氷さんは悠人くんを一時的に南渓館に帰ってもらうようにするつもりです。悠人くんはとても悲しんでいるのですが、碓氷さんを怒らせたくないから、無理して承諾したんです」「あの子、馬鹿じゃないの？！」遥は、すっかり呆れて言った。「悠人は碓氷家の初孫よ！今の碓氷家には、男の子供は悠人だけなのに、どうして出て行かなきゃならないの？今、二宮は悠人を追い出すだけで済むけど、そのうち海外に追いやられてしまうかもしれないじゃない！もし悠人が海外に送られたら、それはもう追放も同然よ！」遥は、言えば言うほどどんどんヒートアップしていた。「碓氷家ほどの財産がある家系を目の前にして、二宮はきっと悠人を追い出して、それから誠也との間にまた息子を産んで、その子を碓氷家の後継者にしようとしているのよ！」柚は口を押さえ、驚いた様子を見せた。「綾さんがそんなことをしますか？でも、彼女はそんな人じゃないような気がするのですが......」遥は冷たく笑った。「彼女のことどれだけわかるの？」柚は首を振った。「綾さんと話す機会はあまりないのですが、今回帰ってきてから悠人くんへの態度がひどいんです。家にいる間、悠人くんは彼女と話すことさえ怖がっていました。見ていて本当にかわいそうで......」「所詮は義理の母だから」遥は皮肉っぽく言った。「その義理の母が実の母親である私よりも悠人に優しくできると思うなんて、あなたも誠也も考えが甘すぎるのよ！二宮が何だっていうのよ！彼女の息子が死んだのも彼女自身の責任じゃない！疫病神なんだから。自分の両親も息子も不幸になったのよ。待ってなさい、今度子供ができてもきっとまた早死にするだけさ！」柚は、この人のことを陰でこんなにも悪く言う人が、普段は優しくて、心の優しい遥だとは信じられず、ただ唖然とするしかなかった。その恐ろしい表情は、ホラー映画に出てくる怨霊よりも恐ろしかった。こんな女性だから、誠也も見限ったのね。柚は心の中で軽蔑しながらも、顔にはださず、心配した様子でため息をついた。「私も悠人くんを4年間育てました。正直なと

綾はカードをゴミ箱に捨てた。「今後、誰かが花を贈ってきたら、その場で返品するようにして」「でも、お店が注文を受けたら、配達員は届けざるを得ないんじゃないですか？」「受け取り拒否をすればいいさ！」奈々は頷いた。「分かりました！」そう言うと、綾はオフィスへ向かった。しかし、オフィスに入る前に、外から女性の怒鳴り声が聞こえてきた――「綾！出てきなさい！」綾は足を止め、振り返った。佳乃は止めに入った奈々を無視し、怒鳴りながら彼女を振り払い、綾に向かって突進してきた。「落ち着いてください......」奈々は佳乃を止めようと追いかけた。綾は相手にしたくなかったので、そのままオフィスに入ろうとした。ところが、佳乃は突然奈々を突き飛ばし、綾の腕を掴んだ。勢いよく引っ張られ、綾は振り返らざるを得なかった。そしてその瞬間、鋭い平手打ちが彼女の頬を襲った。「バチン！」と、大きな音が響いた。奈々は呆然と立ち尽くしていた。「綾さん！」我に返った綾は、佳乃の手を振り払った。佳乃はよろめきながら数歩後退し、何とか体勢を立て直した。一瞬の耳鳴りの後、頬と耳に焼けるような痛みが走った。綾は険しい顔で佳乃を睨みつけた。「佳乃さん、どういうことなのか説明してくれない」佳乃は綾をじろじろと見た。4年ぶりに会った綾は、4年前よりさらに美しくなっていた。どうやらこの4年間、苦労なく暮らしていたらしい。佳乃は冷笑した。「息子が死んだのに、平気な顔をしてるのね」綾の胸は締め付けられ、表情が凍りついた。綾は警告した。「佳乃さん、口を慎んでください」「あなたごときに指図される覚えはない！」佳乃は綾に指を差して罵った。「口を慎めだと？いいか、私は今日、悠人のおばあさん、碓氷家の女主人として、あなたに会いに来たんだ！」悠人？綾は一瞬にして全てを理解した。怒りに満ちた佳乃の歪んだ表情を見ながら、綾は静かに唇を噛み締め、それとなくバッグの中に手を入れた。そして、冷淡な口調で言った。「用件は何ですか？」「用件だと？」佳乃は問い詰めた。「誠也に悠人を追い出させようとしたんでしょ！」「それがどうしたんですか？」綾は冷たく笑った。「私はただ誠也に離婚して、私と優希を自由にしてくれるか、それとも悠人を

佳乃が告訴されたことを誠也が知ったのは、翌日の午後だった。佳乃から電話がかかってきて、まくし立てられた。「綾と早く離婚して！私を訴えるなんて！」「訴える？」誠也は眉をひそめた。「何をしたんだ？」「私が何をしたっていうの？」佳乃は怒鳴った。「悠人のために仕返してやろうとたった一発平手打ちしただけよ！疫病神なんだから、殴られて当然でしょ！自分の息子を不幸にしておいて、悠人にまで手を出そうとするなんて、碓氷家を甘く見てるのよ......」「綾を殴ったのか？」誠也の目は鋭くなった。「誰が許可したんだ？」「殴ったわよ！もっと殴ってやればよかった......」誠也は佳乃の言葉を遮り、低い声で言った。「今すぐちゃんと説明しろ。さもないと、あなたの裁判は助けないぞ」佳乃は驚き、誠也の声に怒りが込められていることに気づき、急に弱気なった。「だって、悔しかったのよ！悠人は碓氷家の初孫なのに！彼女があなたに悠人を追い出させようとしてるじゃない！」誠也は眉をひそめた。「誰が悠人を追い出すと言ったんだ？」佳乃は言葉を詰まらせ、遥の名前を出すと誠也がさらに怒ると思い、こう言った。「昨日は悠人に会いに行ったの。悠人の様子がおかしいから聞いてみたら、そう言ってたのよ！」誠也は目を細めた。「本当か？」「誠也、肝心なのはそこじゃないでしょ？！」佳乃は苛立った。「綾が悠人を追い出そうとしてるのよ！その次にはきっと私にのしかかってくるはずよ！」「それは俺と綾の問題だ。あなたが口を出すな」「誠也、何言ってるの？私はあなたのお母さん、悠人のおばあさんなのよ！碓氷家には悠人しか後継ぎがいないのよ。本当に綾とあの子のために悠人を追い出すつもりなの？」誠也は眉間を押さえ、苛立ちを隠せない。「そういうことは、あなたが心配することじゃない」「私が心配しないといけないでしょ！」佳乃は少し間を置いてから言った。「一体どうしたの？まさか綾に本気になったんじゃないでしょうね？」誠也は唇を固く閉じ、何も言わなかった。嫌な予感がした佳乃は、少しだけ口調を和らげた。「誠也、私の二の舞だけは絶対にならないで！私たちがどうやってここまで来たか、忘れないで。感情に流されちゃダメよ！」誠也は携帯を握りしめ、鋭い視線を向けた。誠也がなかなか口を開かないので、佳乃は

最近、誠也のこういう、いつでもどこでも現れる迷惑行為には、綾と輝もすっかり慣れてしまった。北城で人の居所を掴むくらいのことは、誠也にとってはいとも簡単なのだ。輝は綾に尋ねた。「ちょっと話す？」綾は、誠也がここに来たのは、佳乃を訴えた件のことであろうと察した。綾はうとうとしている優希を撫でて、輝に言った。「優希を先に車に連れて行ってくれる？」輝は頷き、優希を抱いて駐車場へ向かった。丈は一歩前に出て誠也を遮り、真剣な表情で言った。「ちゃんと解決したいなら、穏便に話せよ」誠也は丈を見据えて言った。「あなたもこの件を知っているのか？」「昨日、病院で偶然会ったんだ」丈はため息をついた。「片方の顔が酷く腫れていて、佳乃さんの仕業だろうが、酷すぎる。鼓膜も損傷しているそうだ」それを聞いて、誠也は喉仏を上下させ、綾の方を向いた。「医者は何と言っている？」綾は無視して、丈の方を向いた。「もう遅いから、星羅と蒼空くんを連れて帰ってください」丈は当事者同士で話し合うべきだと考え、頷いた。「では、先に帰ります」そして、「ちゃんと話し合ってね！」と言った。丈は付け加えるかのように誠也に念を押した。誠也は何も答えなかった。丈は唇を噛み締め、息子を抱き、妻を連れて去って行った。夜のとばりで、街灯の光の下、綾と誠也は向かい合っていた。この時、二人の間はほんの一歩しか離れていなかった。しかし何故か、今の誠也には、目の前の綾が遠くにいるように感じた。綾は時間を無駄にしたくないので、単刀直入に切り出した。「もし、あなたが訴訟の件で来たのなら、はっきり言っておく。私は告訴を取り下げない」誠也は綾を見て、暗い瞳で言った。「告訴を取り下げろと言うために来た訳ではない」綾は軽く笑った。「告訴の件じゃないなら、私に何の用？離婚の話？」誠也は唇を固く閉じ、しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。「母がお前に手を出すとは思っていなかった。彼女の代わりに謝るよ」「別に必要ないから」綾は冷淡に言った。「私を殴ったのは佳乃さんなんだから彼女に責任を取らせるよ。謝罪にしても、彼女自身からすべきだ」「俺はこの訴訟に関与するつもりはない。だが、彼女は俺の母だ。完全に放っておくこともできないから訴訟は清彦に任せた」綾は誠也の対

翌朝。遥はまだ夢の中にいたが、階下から物音が聞こえてきた。美弥の驚いた声が、かすかに聞こえる。「何をするんですか！あなたたちは誰ですか？勝手に入って来ないでください......」遥は眉をひそめた。突然起こされて、頭が痛かったのだ。彼女は上着を羽織って、部屋を出て階下へ降りていく。1階に着くと、美弥が慌てて走ってきた。「桜井さん、彼らが私たちに立ち退きを迫って来たんです！」遥は驚いた。先頭に立っているのは清彦だった。彼は引っ越し業者を連れてきていた。この状況を見て、遥は嫌な予感がした。「清彦、これはどういうこと？」「桜井さん」清彦は遥の方へ歩いてきて言った。「申し訳ありません。私も言われた通りにしているだけです」遥は清彦の後ろにいる作業服姿の引っ越し業者たちを一瞥し、険しい顔をした。「誠也に言われて来たの？」清彦は軽く微笑んで言った。「はい、碓氷先生から、桜井さんは今では綾辻さんの奥さんなのだから、彼の所有する物件に住み続けるのは不適切だと言われました」それを聞いて、上着を掴んでいた遥の手に力が入った。彼女は震える声で清彦に言った。「誠也は何か誤解しているはずよ。ちょっと待って、彼に電話してみる」「桜井さん、無駄な努力はやめてください」清彦は忠告した。「碓氷先生はこの件を私に一任しているので、今は忙しくてあなたの電話に出る時間はありません」「そんな......」遥の顔は青ざめ、細い体は今にも倒れそうだった。それを見て、美弥は慌てて彼女を支えた。遥は涙を浮かべた瞳で清彦を見つめた。「誠也がどうして私にこんなことをするの？きっと何か誤解してるのよ？」清彦は無表情なまま言った。「桜井さん、自分が何をしたのか、分かっているはずです」遥は清彦をじっと見つめた。自分が何をしたというの？もしかして、佳乃に電話したことが原因？誠也は知ってしまったの？だから、自分を追い出そうとしているの？「清彦、誠也はきっと私を誤解しているのよ」「桜井さん、私に言っても無駄です。碓氷先生から今日の私の任務は、あなたをすぐにここから立ち退かせることだと言われています」遥は清彦を見つめた。清彦は誠也の最も信頼している人物だ。彼がそう言うなら、もう交渉の余地はないということだ。