All Chapters of 碓氷先生、奥様はもう戻らないと: Chapter 421 - Chapter 430

そして、自分が悠人の母親である以上、たとえ落ちぶれたとしても、悠人に頼って裕福な生活を送れるはずだ。そう考えた遥は、悠人に言った。「悠人、ちょっと外に出てくれる？お母さんと先生でお話があるの」看護師は遥に異常がないことを確認すると、部屋を出ていった。悠人は柚を見た。柚は悠人の頭を撫でた。「悠人くん、いい子にしててね。先生とお母さん、ちょっとお話があるから、外で待っていてくれる？」「うん」悠人は素直に病室を出て、ドアを閉めた。病室で、柚は椅子を持ってきてベッドの横に腰かけた。そして、少し見下すような視線で遥を見た。「話してください」遥は目を閉じ、覚悟を決めたように言った。「悠人は、誠也の実の子じゃないの」既に予想していた柚は尋ねた。「じゃあ、実の父親は誰ですか？」「誠也は、悠人を亡くなった戦友、航平の子だと思ってる。でも、本当は......」遥は目を閉じた。「悠人の本当の父親は別人なの」柚はひどく驚き、言った。「つまり、碓氷さんはずっと悠人くんを航平さんの息子だと思っていたのに、あなたは......航平さんを裏切ったというわけですか？！」「仕方がなかったのよ！」遥は歯を食いしばって言った。「これは私の個人的な問題だから、あなたに話す必要はないわ。でも、今日たまたまあなたに聞かれてしまった以上、仕方がない。条件を言って、この秘密を守ってもらうには、どうすればいいの？」柚はすぐに状況を整理した。誠也が悠人をあんなに可愛がっているのは、航平を大切に思っているからに違いない。もし、悠人が航平の子じゃないと知ったら、誠也にとって悠人は、何の意味もなくなってしまう。悠人が可愛がられなくなったら、自分にとって非常に不利になる。「この秘密は守ります」柚は真剣な表情で遥を見た。「でも、約束してほしいことがあります。今後、碓氷さんに近づかないでください。私も正直に言います。碓氷さんのことが好きです。でももし、将来私が彼と結婚しても、悠人くんのことは今まで通り可愛がっていくつもりです」遥は目を閉じた。「ええ、分かった、約束する」「じゃあ、これで失礼します」柚は立ち上がり、病室を出て、悠人を連れて行った。病室で、遥は携帯を取り出し、番号をダイヤルした。「お兄さん、私よ」......その日の夜、遥は病院

家に入ると、誠也が1階にはいないことに気が付いた。「悠人くん、先に部屋に戻って宿題をしてて」「はい」悠人はランドセルを背負い、浮かない顔で2階へ上がった。柚は気分を高揚させ、部屋に戻って化粧直しをし、香水も身につけた。彼女が部屋から出てきたのと同時に、誠也も書斎から出てきた。「碓氷さん」柚は彼を見ると、歩み寄って「お仕事が終わったところですか？」と尋ねた。女が近づくと、鼻をつくような花の香りが漂ってきた。誠也は眉間にシワを寄せ、低い声で「悠人は？」と尋ねた。柚はにこやかに「彼は部屋で宿題をしていますよ！」と答えた。それを聞くと、誠也は悠人の部屋へ向かった。柚は諦めきれず、彼の後をついて行った。誠也は悠人の部屋の前で立ち止まり、軽く横目で彼女を見ながら言った。「晩ご飯をまだ食べていないから、下に降りて、麺を作ってくれないか？あっさりしたものでいい」「はい！」柚は心の中で喜びながら、1階へ降りて行った。誠也は視線を戻し、浮かぬ表情を浮かべた。そして、彼はドアを開けて中に入った。悠人は宿題をしていなかった。机に突っ伏して、静かに泣いていた。「悠人？」誠也は近づき、優しく彼の頭を撫でた。「どうしたんだ？なぜ泣いている？」悠人は驚き、慌てて立ち上がった。「僕、なんでもない......」誠也は一瞬言葉を止めた。怯えている子供の様子を見て、彼は黒い目を細めた。「何か辛いことがあったのか？」悠人は視線を泳がせた。「な、何も......」「何かあったら、必ずお父さんに話して」悠人は袖で涙を拭い、誠也を見つめ、恐る恐る尋ねた。「お父さん、ずっとずっと僕に優しくしてくれる？」「もちろん」誠也は悠人の頭を優しく撫でた。「どうして急にそんなことを聞くんだ？」悠人は首を横に振った。「なんとなく聞きたくなっただけ。僕は大丈夫。ちょっと難しい問題にあっただけ......」「見せてみろ」誠也は彼の隣に座った。「どの問題だ？」悠人は鼻をすすり、適当に問題を指差した。誠也は根気強く説明した。その間、悠人は何度か上の空になり、明らかに集中していなかった。誠也はそれに気づいたが、それ以上は聞かなかった。柚は麺を作り終え、誠也を呼びに来た。誠也は彼女に悠人の相手を任せ、自分は1階へ降

「遥は自分の隠し子が碓氷家での地位を確固たるものにするため、碓氷さんの妊娠中の奥さんを何度も傷つけようとしました！彼女を難産にまで追い込んだ証拠こそはありませんが、その奥さんが難産した日、遥も同じ町で映画の撮影をしていたはずです。そしてその奥さんが事件に巻き込まれた途端、遥は突然海外へと飛び立った。その一連の出来事はあまりにも偶然が重なりすぎているのでは？ネットには記憶が残ります。4年前、遥のファンがその奥さんである二宮さんを特定したことを多分皆さんもまだ覚えていると思います。その二宮さんは当時まだ碓氷さんと離婚をしていなかったのだが、碓氷さんと遥に強制的に事実と異なる説明をさせられました。傷つけられた二宮さんはここ何年ずっと地方に身を隠して、碓氷さんと離婚する方法を探ってて、逆に碓氷さんの方が離婚届を出すのを拒否し続けていたそうです......さらに最近、私は偶然にも、遥の隠し子は碓氷さんの実子ではないことを知りました。そこで、彼女に尋ねましたが、本当のことを教えてもらえませんでした......私はガンで、もうすぐ死ぬでしょう。死ぬ前に遥がこれ以上ファンや世間を騙すことがないように、真実を皆に伝えたいです。彼女は自分の子供を産んでも育てず、認知もしていません。こんな女は、有名人として崇められる価値がありません......」蘭の自白はそこで終わったが、ハッカーはまだことを納めようとしなかったです。そして、さらに過激な内容の動画が映し出された――動画の中では、男は悪魔のマスクをつけていて顔が判別できないようになっていたが、遥の顔と体はハッキリと映っていた。それは、あの夜、柏の書斎で起こったことの動画だった。会場は騒然となった。生放送は中断された。遥は完全に終わった。-警察署。千鶴と遥は別々に拘束されていた。うわべだけの友情は、この瞬間に崩壊し、彼女らは互いに責任をなすりつけ合うようになった。遥の供述では「あの曲は全部、千鶴がくれたものです。彼女が黒幕です！」と話していた。一方、千鶴は、確かに曲は彼女が見つけたものだが、この方法を考え出し、コンクールのリソースを提供したのは遥だと言った。しかし、二人がどのように責任を転嫁しようと、事実は変わらない。千鶴と遥は確かに作品を盗作し、そこから得た利

「入らせて！」綾が離婚協議書に目を通していると外から騒がしい声が聞こえてきた。綾は離婚協議書をデスクに置き、何事かと様子を見に行こうとした。その時、オフィスのドアが勢いよく開かれた――そして佳乃が飛び込んできたのだ。その後ろから奈々が追いかけようとしてきたが、清彦に止められていた。綾は眉をひそめた。「一体、何があったの？」「綾さん、ひどいです！入れないって言ったのに、無理やり入ってきて......」清彦が部屋に入り、綾に軽く頭を下げた。「奥さん、申し訳ございません。碓氷先生の指示で、佐藤さんをお連れして謝罪に参りました」佳乃に謝罪させる？誠也は何を考えているんだ？清彦は佳乃の方を見て言った。「佐藤さん、碓氷先生から5分だけだと指示をいただいております」それを聞いて、佳乃の顔色が変わった。綾を見て、ぎこちなく言った。「この前のことは、私が悪かった。ごめんなさい」綾は眉を上げた。佳乃の心のこもっていない謝罪に、何の価値も見出せなかった。「佳乃さん、無理をする必要はありません。次に来たら、通報します」「あなたは......」綾に素っ気ない態度をされ、佳乃は不満を露わにした。すると、そばにいた清彦は「ゴホッ！」と咳払いをした。途端に佳乃は言葉を詰まらせ、注意を促してきた清彦を見て、歯を食いしばった。「心から謝りに来たのよ！」佳乃は綾を見ると、そのまま土下座した。「私が悪かった。叩いたりして、ごめんなさい！許して！」綾は土下座する佳乃を見て、驚いた。あんなに高慢な佳乃が、自分に頭を下げているなんて。綾は清彦を見た。「目的が何であれ、こんなことをされても迷惑なだけよ。何の意味もないから」清彦は唇を噛み締め、しばらくして頷いた。「ご迷惑をおかけして、申し訳ございません」清彦は佳乃に手を差し伸べた。「佐藤さん、お立ちください」すると佳乃は突然興奮したように清彦の手を振り払い、綾に泣きながら訴えた。「綾、許して！あなたが許してくれないと、誠也が私を海外に送ってしまうの！行きたくない！あなたが許してくれたら、行かなくて済むって言ってたの！」そういうことか。綾は冷静に言った。「彼女を連れて帰って。さもないと、通報するわよ」清彦は仕方なく、佳乃をオフィスから連れ出そうとした。

どれくらい時間が経っただろう、綾は、うっすらと目を開けた。そこは見慣れた部屋だった。彼女は少しぼんやりとしていた。ここは......まさか、南渓館の寝室？混乱していた頭は、瞬時に冴え渡った。綾は慌てて起き上がろうとしたが、体が重くて動かない。下を見ると、なんとウェディングドレスを着ているではないか。彼女の瞳孔が縮んだ。こ、これは、4年前、G国で燃やしたはずのウェディングドレス......一体どういうこと？綾はあたりを見回した。やはり、ここは南渓館の寝室に間違いない。どうして自分はここに？ズキズキと痛むこめかみを綾は指で押さえた。意識を失う前の記憶が、少しずつ蘇ってきた。まさか......誠也に拉致された？綾の呼吸が一瞬止まりそうになった。誠也は正気を失ったのか？離婚協議書を送ってきたと思ったら、今度は拉致？怒りがこみ上げてきた綾は、ベッドから降りようとした。すると足元から、金属音が聞こえた。彼女はハッとして、しばらくためらった後、ゆっくりと下を見た......そこには銀色の鉄の鎖が、床に落ちていた。信じられなくなり、彼女はドレスの裾を持ち上げてみると、その鎖は左の足首に繋がれていた。鎖の先を辿っていくと、壁にしっかりと固定されているのが分かった。その瞬間底知れぬ恐怖が、心の中から湧き上がってきた。ドレスの裾を持つ綾の手が、震え始めた。誠也は、本当に狂ってしまった......ガチャッ――ドアが開いた。綾は、勢いよくドアの方を見た。黒いスーツを着た誠也が入ってきた。彼は、トレーを持っていた。トレーの上には、数種類のおかずとご飯が乗っていた。綾が目を覚ましたのを見ても、彼の凛々しい顔には特に動揺した様子がなかった。それどころか、彼は軽く唇を上げて、「ちょうどよかった。目が覚めたなら、食事にしよう」と言った。綾は、誠也のスーツを見つめた。4年前、G国で彼が着ていたスーツと、全く同じだった。綾には、全く理解できなかった。「誠也、自分が何をしているか分かっているの？」綾は怒りを抑えながら彼を睨みつけた。「これは拉致よ！」「綾、そんな言い方をするな」誠也は、ソファの横にある小さなテーブルにトレーを置いた。「俺たちはまだ