女学校での授業は講義と実習が半々くらいであった。 曜日によっては刺繍だけの日や授業が休みになる日もあるため比較的自由に過ごせる時間が多い。だが、華族令嬢が花嫁修業のために通うのが前提の学校なので礼儀作法や家庭科などは必修とされている。 桜桃は初めての授業で手渡された手巾に慣れた手つきで刺繍を施していく。隣の席にいる小環は何度も指に針を刺して顔を顰めながらも桜桃に負けるものかと必死の形相で針を動かしていた。「算術なら負けないのに……」 「商人に嫁がれる方は算術も選択できるみたいだけど、あたしは受けないよ」 数字なんてわけがわからないもの、と言いながら幾何学模様を生み出していく桜桃を見て小環も頷く。「必修科目だけでいい。目立つ行為はするな」 「わかってますって」 ほんとうにわかっているんだろうかと疑問に思いながらも小環は彼女から目を離すことなく周囲を見渡す。自分たちに注がれていた視線を見返すと、清楚な風貌の少女が微笑み返してきた。たしか彼女の名は清華五公家に入っていた……「小環? 手が止まってるよ」 「うるさい。いま考えごとしてたの」 「考えごとしている方がこういう作業ははかどると思うんだけどなあ」 桜桃が自分の作業に戻ったのを見て、改めて彼女を探す。まだ見ている。そうだ、藤諏訪の人間だ。彼女もまた、桜桃を監視する立場に違いない。隣室の黒多桂也乃と違い、接触する気はなさそうだが……「放っておいていいか」 「何が?」 気づけば桜桃の手巾には華やかな星型の花の刺繍ができあがっていた。「……躑躅花(つつじはな)か」 「うん。こっちでは躑躅はおろか桜もまだ咲いてもいないんだね」 「そうだな」 帝都では桜が満開になり、躑躅も咲きはじめているというのに、この地では未だ、蕾が膨らむ気配もなく、どんよりとした空の下で冬と変わらぬ寒さが続いていた。 桜桃との共同生活はそれほど大変ではない。部屋が同じとはいえ、寝台は別々で衝立が常備されていたし、身体を拭くことの
Terakhir Diperbarui : 2025-06-02 Baca selengkapnya