All Chapters of 今さら私を愛しているなんてもう遅い: Chapter 201 - Chapter 210

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第201話

彼女が眉をひそめる様子を見た博人はおかしそうな表情で彼女のほうへ視線を向けた。「どうした?」「大したことじゃないわ。仕事のことなの」未央は首を横に振り、メッセージを送ったあともう考えることをやめた。「パパ、ママ、見て見て。今覚えた変身だよ!」その時、理玖の明るい声が耳元に届いた。未央は注意力を引き寄せられ、彼のキラキラとした笑顔を見て、思わず笑みがこぼれた。夜が更け、月が夜空にかかった。理玖は何度も欠伸をし、眠気で涙も出てきた。未央はそれを見ると、すぐに部屋に戻るよう促した。「パパ、ママ、おやすみなさい」理玖はベッドに横たわり、大人しく二人にそう言った。「お休み」未央は口元を緩め、博人と一緒にそっと部屋を出てドアを閉めた。二人は何となく顔を見合わせた。何か思い出したように、未央は先に視線を外した。気まずそうな感情が目に浮かんだ。「まだ何か用なの?」彼女は思わず沈黙を破った。博人は目を細めゆっくりと口を開いた。「探偵の友達から連絡があった。手がかりが見つかったようで、もうすぐ越谷雄大という人と連絡が取れるそうだぞ」「本当に?」目に喜びが浮かび、未央は博人を見つめて、心からの感謝の言葉を伝えた。「ありがとう」もし目の前の人がいなければ、自分の力で雄大を見つけるのにどれだけかかることか分からない。博人は落ち着いて言った。「礼には及ばないよ、君の力になれてよかった」未央は男の意味深な視線を感じ取り、頬が赤く染まり、たまらず慌てて言葉を続けた。「他に用がなければ、先に休むわ」明日は早朝から岩崎家へ診察に行かなければならない。そう言い残すと、博人の返事も待たず、急いで自室へ向かった。その細い後ろ姿には少し慌てた様子が見えた。博人は口元に弧を描き、指にはめたダイヤの指輪に触れながら、突然自信が湧いてきた。彼は廊下に暫く立ってから自分の部屋に戻った。その視線をソファに向けると、博人は突然、昨夜感じた女性の柔らかい感触が蘇った。柔らかくて暖かかった。いつになったらまた同じベッドで眠れるのか。博人はため息をつき、胸に渦巻くピンク色の妄想を抑え込み、ノートパソコンをつけて仕事をし始めた。ちょうどその時、高橋からの報告電話がかかってきた。「西嶋社長
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第202話

高橋はすぐに返事した。博人が電話を切ろうとした時、突然何かを思い出し、一言付け加えた。「昨日はよくやった。未央からも聞いたぞ。年末のボーナスは倍だな」電話の向こうの高橋は一瞬ポカンとし、すぐに興奮した声で言った。「西嶋社長、ありがとうございます!奥様にも感謝します!どうか、お二人が永遠に幸せでいられますように!」以前の冷徹無情な西嶋社長より、今の恋に夢中になっている人間味のある西嶋社長について行く方が断然いいのだ。今後、彼のボーナスは安泰だろう!高橋は舞い上がり、ついに出世の道を見つけたと確信した。博人は笑いながら首を振り、電話を切った。その夜はぐっすりと眠れた。……翌朝、東の空が白み始めた頃。「ジリリリリ」未央は枕の傍に置いた携帯を探り、目覚ましアラームを消した。だんだんと朦朧とした意識が次第にクリアになった。起き上がり、シンプルな服に着替え、顔を洗ってから下へ降りた。洋との約束が早いから、今回は理玖を起こさなかった。間もなく、黒いロールスロイスが屋敷の前にやってきた。「白鳥さん、岩崎社長の指示でお迎えに参りました」未央は頷き、そのまま車に乗り込んだ。同時に、彼女は一昨日岩崎家で覚を診察した状況を頭の中で整理していた。あの様子から見ると、母親の死によるショックで性格が激変し、女装趣味が生じたということだろう。暫くして。目的地に到着した。今日、洋は比較的時間の余裕があるようで、朝早くから玄関で待っていた。「白鳥先生、今日はよろしくお願いします」未央は洋を見つめ、うっかり返事することを忘れてしまった。昨日、母親と電話してあんな話をしたせいで、今この男を見ると複雑な感情が込み上げてきたのだ。「白鳥先生?私の顔に何かついていますか」「い、いえ……何もありません」未央はすぐに視線をそらし、雑念を振り払いながら落ち着いて言った。「大丈夫ですよ。これは私の仕事ですから。そう言えば、覚さんは今どこにいらっしゃいますか。まず診察させてください」洋は頷き、前に進んで先導した。あっという間に一昨日来たことのある部屋の前に到着した。「ガチャ」洋はノックも声かけもせず、直接ノブドアを回し、ドアを開けた。この行動に未央は静かに目を細めたが、何も言わなかった。
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第203話

覚は突然狂ったように人形を床に投げつけ、真っ赤になった目で洋を睨みつけた。「どうして壊した!お前だって気に入ってたじゃないか」表情が一気に暗くなった洋は冷たく言い放った。「誰がこんな気味の悪いもんを気に入るものか!」一瞬にして、部屋の空気が凍り付いたようだった。覚が自傷行為に走りそうなのを見て、未央は目を凝らし、すぐに外の方へ向かって叫んだ。「誰か来てください!覚さんを押さえ込んでください!」それを聞いた洋も同じように叫んだ。すぐに、二人の屈強な中年男性が駆けてきて、暴れ出した覚を左右から押さえつけた。すると。未央はポケットから古い懐中時計を取り出すと、覚の目の前でゆっくりと揺らし始めた。彼女の低くした声には魔力があるかのように、彼は眠りに誘われた。「あなたは今とても眠くなってきた。ゆっくり目を閉じて、リラックスしましょう……」未央が繰り返し囁くうちに、覚の暴れる力が次第に弱まっていった。やがて、彼は完全に目を閉じ、呼吸も落ち着いて、深い眠りについた。部屋に平穏が再び戻った。未央はほっとしながら、額の冷や汗を拭き、ひとまず胸を撫でおろした。とにかく、覚は一時的に落ち着かせることができた。だが……理由もなく人が狂うことはない。特にもともと正常だった覚なら尚更だ。絶対何か強い外的な刺激があったに違いない。最初は母親が交通事故で亡くなって受けた刺激が原因だと思っていた。しかし。しかし、彼の先ほどの状態と、言った言葉を振り返ると、おかしく思い始めた。一体何があったのか。元々正常だった青年をこんな状態に変えてしまったものとは?その時、洋の声が聞こえてきた。「白鳥先生、お疲れさまでした」「大丈夫ですよ」未央は何かを考えているかのように洋を一瞥した。現時点で最も怪しいのはやはり彼だった。それに……昨晩冴子の警告は正しかったのかもしれない。そう考えると、未央は目に警戒した色が浮かび、無意識に一歩後ずさり、洋と距離を取った。不気味な空気が流れていた。洋も未央の変化に気づいたようで、その目に暗い光を浮かべながら、ゆっくりとため息をついた。「実は、覚がこうなったのは私にも責任があります」「え?」未央は怪訝そうに彼に尋ねた。「どういうことですか
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第204話

彼女の口調には深刻さが読み取れた。眉をひそめた洋は苦笑した。「まったく罰が当たりましたね。たった一人の息子が、こんな男でも女でもない半端な姿になってしまうとは」未央は唇を結び、目の前の人を慰めることもせず、暫く黙ってから口を開いた。「では、岩崎社長。他に用がなければ、先に失礼します」しかし。洋は突然手を出して、彼女を止めてしまった。未央が訝しげな視線を受けると、洋は目に切実な感情を浮べ、またお願いした。「白鳥先生。もうしばらく待っていただけませんか。覚が目を覚ました時、また先ほどの状態だったら、私にはどうすればいいか分からなくて」洋はそう言いながら、その目には誠実そのものが宿っていた。眉をひそめた未央は断ろうとしたが、覚のさっきの様子を思い出し、やはり心配でならなかった。医者たるもの、どうしても患者をほってはおけないものだ。たとえ、ただのカウンセラーであっても、使命感と責任感はしっかり持っているのだ。「分かりました」仕方なくため息をついた未央は洋と一緒に離れることはなく、部屋に残ることにした。「ここで息子さんが目覚めるのを待ちます。何かあればすぐに対応できますから、ちょうどいいです」洋は口を開き何か言おうとしたが、結局頷くことしかできなかった。「では、白鳥先生、お願いします」彼が踵を返そうとした時、未央は突然何かを思い出して、気まぐれのふりをして尋ねた。「そう言えば、岩崎社長は父とビジネスパートナーだったって言いましたよね。具体的にどんな仕事を一緒にしていたんですか」洋は表情が一瞬強張り、そっけない返事を返してきた。「大したものじゃなかったんですよ。ほとんと利益が生まれませんでした。どうして突然そんなことを?」未央は首を振り、落ち着いた声で続けて言った。「いいえ。ただ最近、以前父親の会社で管理職についていた人を探しているんですが、ご存知でしょうか」「ほう?誰のことですか」洋は興味深そうに尋ねた。未央はゆっくりと口を開き、黒い瞳をじっと洋の顔に据えて、はっきりとその名前を口にした。「越谷雄大という人です」錯覚かもしれないが、その名前を聞いた瞬間、洋の目に微かな動揺が走ったように見えた。しかし、すぐに平然とした顔をしたので、今のは未央の気のせいだったかのよ
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第205話

空気の中に食欲をそそる料理の匂いが漂っていた。未央は朝早く出かけたため、今は確かに少しお腹が空いていた。彼女は体を横にずらし、執事に料理を運んで来させて、ゆっくりと言った。「ありがとうございます。手間をかけました」「とんでもございません。私も坊ちゃんが早く良くなることを願っております」執事はすぐにそう返事した。未央は昼食のほかに、湯気の立つ牛乳もあることに気付き、不思議そうな表情を浮かべた。「これは?」「これは、旦那様から白鳥さんはお疲れだろうから、ミルクを用意するよう言われました。これを飲むとリラックスできますから」未央は頷き、深く考えず優しく礼を言った。「お心遣いに感謝します」すると、執事は部屋を出た。「バタン」という音とともに、ドアがゆっくりと閉められた。未央はゆっくりと食事をし始めた。今日のメインは塩コショウしたエビで、少し塩辛かった。無意識にそのホットミルクに手を伸ばし、一口飲むと、濃厚な味が口の中に広がった。ほどなくして昼食を食べ終わり、廊下を少し散歩してからまた部屋に戻った。彼女はそっとドアを開けると、ベッドに横たわった覚が眉をひそめ、額は冷や汗でびしょびしょになっているのに気付いた。口をパクパクさせながら、恐ろしい悪夢にうなされているようだ。未央は目を細め、身を乗り出し、彼の囁きに耳を傾けた。「お……おかあさん……」夢の中に囚われた彼が繰り返している言葉はそれだけだった。未央はため息をつき、またソファに座った。暖かい日差しが窓から差し込んできた。全身が温かくなり、知らず知らずのうちに強い眠気が襲ってきた。未央は眉をひそめた。普段昼寝する習慣などないのに、今日はどうしてこんなに眠いのだろう?間もなく。意識が次第に遠ざかって、瞼が段々重くなっていく。うとうとしているうちに、ソファに倒れ込むように眠りに落ちてしまった。未央が眠りに就いて間もなく「キシ」という音と共に、ドアが開けられた。洋はドアの前に現れ、ゆっくりと中に入ってきた。彼は眉間に皺を寄せて陰鬱な表情をしていた。今までの人前での様子とは全く異なっていた。彼はじっとソファに眠っている姿を見つめた。「冴子さん。私は君をあんなに愛していたのに、君のためなら何でもしてあげたのに、どうして白鳥のや
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第206話

未央が家にいないと、博人と理玖はまるでまた昔の生活に戻ったようだ。重苦しい空気が流れていた。ついに理玖の方が先に我慢できず、ソファから飛び上がり怒り出した。「ママずるい!遊びに行ったのに僕を連れて行かないなんて!僕探しに行く!」博人は呆れた様子でその言葉を訂正した。「遊びに行ったんじゃなくて、仕事だ」理玖は白い頬を膨らませて、頑なに首を横に振った。「知らない!とにかくママを探しに行く!それに、パパだってママを探しに行きたいんじゃないの!?」博人は目にきらりと光が走り、今回は反論せずに眉を軽く上げた。「ママがどこにいるか知ってる?」理玖は暫く考えてから、目を輝かせて自慢するように言った。「分かった。この前の女の子の服を着たお兄ちゃんの家にいるんだよ!」博人の顔は一気に曇った。「お兄ちゃん?誰のこと?」理玖はその日に起きた事を博人に説明した。それを聞いた博人は思わずほっとした。精神病患者に嫉妬するほど心は狭くない。「分かった、じゃ、一緒に行こう」博人は頷き、理玖の手を取り出かけようとした時、携帯の着信音が鳴り出した。彼は足を止め、携帯を取り出し、画面に表示された見覚えのある番号を見た。これは……博人は目が輝き、理玖の手を一旦離し、電話に出た。「西嶋社長、調査を頼まれた人物ですが、少し手強いですが、もうその家族の情報を手に入れましたよ」探偵の声が向こうから聞こえてきた。博人は無意識に携帯を握りしめた。口元を緩めながらこう言った。「よくやった。資料をメールで送ってくれ、報酬はすぐに振り込むよ」未央がずっと探し続けていた越谷雄大の情報だ、これを知ればきっと喜ぶに違いない。そう思い、博人が我慢できずメールを開くと、ある資料が表示された。名前:岩崎洋。性別:男性。年齢:48歳。……博人は真面目に資料を確認し、一文字も残さないように真剣に見ていた。この岩崎洋という人は越谷雄大とは異父兄弟だった。数十年前に、洋の母親は彼を連れて、雄大の父親と再婚した。それで、家族になったのだ。それに、情報によると、二人は一カ月前にまた連絡が取れたようだった。博人は目に光が瞬き、すぐに岩崎洋という人物の資料をさらに検索し始めた。しかし、あるニュース記事を見つけ
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第207話

ある薄暗い部屋の中で。未央は目を覚ますと、見知らぬベッドの上に横たわっていることに気付いた。空気の中にはどこか変な甘い香りが漂っていた。すぐに異常を察した彼女は息を止め、ベッドから身を起こした。窓の外はすでに夜で、冷たく柔らかい光を放つ月が夜空にかかっていた。未央は窓に近づき、窓を開けると冷たい風が吹き込み、その変な香りを吹き消した。ほっと胸を撫でおろすと、周囲の状況を確認し始めた。見知らぬ内装の部屋に、彼女一人しかいないようだった。未央はドアに近寄ってドアノブを回してみたが、びくともしなかった。外から鍵を掛けられているようだ。どうしてこうなった?眉をひそめ、未央は眠る前の記憶を辿った。彼女は覚の部屋にいたはずだ。ここはどこ?どうしてこんなに長く眠っていたのか。ふとあのホットミルクのことを思い出した。未央の心に後悔が込み上げてきた。警戒心が足りなかったようだ。暫くしてから。今は後悔している場合ではないと思った未央は脱出方法を探し始めた。彼女は部屋を探り回し、鍵を見つけようとした。しかし、引き出しを開けた時、分厚いアルバムを発見した。これは?未央は自然にページをめくると、そこにいろいろな写真があって、その写真をはっきり見ると、思わず目を見開くほど驚いた。そこには。最初は彼女の母親冴子の若い頃の写真で、次に岩崎夫人の写真もあった。さらにその後には4、5人の若く美しい女性たちの写真が現れた。彼女たちに共通していたところがあった。それは白いワンピースを着ており、清楚な顔立ちで、どこか似ているような気がした。思わず唾を飲み込んだ未央はとんでもない秘密に気が付いた。本当に精神的に病んでいたのは洋のほうだったのだ。冴子への想いが叶わなかった彼は、その後身代わりとして彼女に似た女性を探し続けていた。そして今、彼女もそのターゲットにされたのだ。その事実に体が強張り、足から凍り付くような寒気が襲ってきた。洋は今どこへ行ったのか分からないが、今すぐにでもここを脱出しなければ、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないことははっきり分かってきた。未央は素早く行動し、外にいる者に気付かれてはいけないから、大きな音を立てないようにしていた。しかし。どうしても鍵が
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第208話

もしかして、彼女に危害を加えようとしたのは洋ではなかったのか。まさか覚のほうだったのか。「シッ、声を出すな」覚は彼女の口を押さえ、小さい声で言った。その真剣な表情を見ると、どうにも精神病患者とは思えなかったのだ。「あなたずっと演技していたの?」未央は目を見開き、口をわずかに開けた。心の中の驚きを隠せなかった。覚は頷いたが、すぐにまた首を振ってから、苦笑した。「詳しい話は後で教える。今はここ危ないから、先に僕についてきて」彼は声を抑え冷静に言った。未央は眉をひそめ、躊躇っていた。この男の言葉を信じていいのか。その時、下からブレーキの音がした。誰かが戻ってきたのだろうか?覚は顔にさらに焦りが増し、急かすように言った。「急げ!早くしないともう間に合わない!」未央は目を細め、じっと目の前の人の顔を見つめた。これまでの経験から、彼は嘘をついていないと確信した。未央は頷き、覚について部屋を後にした。どうであれ、部屋に閉じ込められているよりはマシだろう。彼女は手に握ったペンをまだ離さず、警戒していた。この親子はあまりにも不気味だった。覚は彼女の考えなど全く気にせず、低い声で言った。「ついてこい、足音を立てるなよ」暫くすると。彼らは遠回りして、キッチンの裏口から庭の裏側に出た。未央の立った位置からちょうど正面の玄関がチラッと見えた。彼女は思わず足を止め、ある大きな杉の影に身を潜め、そっと様子を覗いた。洋は誰かと電話をしていたようで、ひどく怒っている様子だった。「私の情報が漏れたというのか?本当に役立たずめ!今日は重要なことがあったのに台無しだぞ。心配するな、私に任せておけ。お前の行動はばれないよ」……その話を聞いた未央は洋が途中で呼び出されたおかげで、自分が今、無事でいられると理解した。背中は冷や汗でびっしょりだった。今になって恐怖が込み上げてきた。その時、袖が軽く引っ張られた。覚は眉をひそめ、早く逃げるよう目で合図をしてきた。未央は頷き、覚の後ろにつき、裏門の犬用の抜け穴から外に出た。覚はこのルートを熟知しているようで、数百メートル一緒に歩くと、住宅地の外のある路地に止まった。「ここはもう安全ですか」未央は顔を上げ、覚を見つめながら尋ねた
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第209話

突然、路地の空気が重くなった。未央は眉をひそめ、思わず尋ねた。「岩崎さんは一体何をしたんですか。それと、あなたのお母さんは……」さっきの部屋で見つかったアルバムを思い出した。彼女の考えが間違いでなければ、覚の母親も犠牲者の一人だったに違いないのだ。沈黙が虚しく流れた。冷たい風が吹き、地面の落ち葉がさらさらと音を立てた。恐らく辛い過去を思い出したのだろう。覚は目に苦痛の色が浮かんで、低い声で言った。「母さんは自分が身代わりにされていることに気づき、辛くて夜中に家を飛び出して車にぶつかったんだよ」未央は深く息を吸い、顔を上げると、覚の憎しみに満ちた目と合った。「あいつが憎い。だから自分をだめにした。あいつが俺を気にするのは唯一の息子だからだ。だから、俺は女装して男でも女でもない姿にすれば、あいつの苦しむ顔が見られる。それが人生の唯一の楽しみなんだよ」覚は洋に影響され、すでに心が歪んでしまっていた。彼が今生きる意味は、父親を苦しめることだけなのだ。未央の顔色がどんどん険しくなっていった。全ては洋の過ちなのに、どうして覚がその報いを受けなければならないのか。未央はどうしても分からず尋ねた。「そんなに憎んでいるなら、どうして告発しないのですか」覚は目に嫌悪の色が浮かび、嘲笑したように言った。「あの女たちが分ってなかったと思うか?ちゃんと分かっているさ。でもお金のためなら身代わりになっても構わないと思っていたんだ。それなのに、僕が告発できると思うか」ただ未央だけは別だった。洋は彼女を手なずけられないと悟り、強引な方法を取ることにしたのだ。未央の目には複雑な色が浮かんだ。覚の心理状態は深刻で、鬱状態になりかけている。彼女は黙っていられず、口を開いた。「外の世界をもっと見てみましょう。まだ美しいものはたくさんありますよ。一人のクズで自分の人生を無駄にするのはもったいないですよ」覚は黙ったまま、じっと未央を見つめていた。暫くしてから。その低くて歪んだ男性の声がした。「でも、あいつに復讐したい。あいつがのうのうと生きているのが見るだけでムカつくんだ。許せると思うか」未央は唇を結び、落ち着いて言った。「私も手伝いますよ」もし今日は覚がいなければ、帰った洋に何をされていたか想像も
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第210話

未央は突然体が熱く感じ、車窓を開けて暫く冷たい風に当たると、少し頭がすっきりした。やがて。彼女はようやく白鳥家に戻ってきた。慣れ親しんだ環境に身を置くと、ようやく緊張が解けた。未央はドアを開けると、家の中は真っ暗だった。「博人?理玖?」呼びかけても返事はなかった。二人の姿が見えない。未央は眉をひそめながら考えた。こんな時間なら、家にいるはずだった。少し考えてから。どうしても安心できず、未央は予備の携帯で彼らに電話をかけた。「プルルル」博人は何をやっているのか、電話に出なかった。仕方なく、また理玖の子供用のスマートウォッチに電話すると、すぐに繋がった。幼い子供の声が嬉しそうに響いた。「ママ?今どこにいるの?大丈夫なの?」理玖は後部座席に座り、シートベルトもつけていた。車のスピードが速すぎで、彼の顔色も青ざめていた。それでも父親の運転の邪魔をしなかった。理玖の声を聞くと、博人は目を見開き、スピードを落とした。「今家にいるわ、二人はどこへ行ったの?」聞き慣れた女性の声がスマートウォッチから届いた。博人と理玖はほっと胸を撫でおろした。未央が今安全だと分かると、博人はすぐに車の走る方向を変えた。「未央、家にいてね。すぐ帰るから」博人は落ち着いた声で言った。未央は電話を切ると、ソファに座ったが、なぜか体が火照っていて、ますます熱くなってきた。眉をひそめ、意識もぼんやりしてきた。あの部屋の甘い香りには確かに変なものが入っていたはずだ。未央はすぐに呼吸を止めていたが、やはり少量は吸い込んでしまったようだ。その時、黒いマイバッハが屋敷の前に止まった。博人はすぐに車を降り、部屋に駆け込んできた。後ろには理玖も必死についてきていた。ドアを開けると。ソファに横たわる未央の姿が目に入った。顔が火照っていて、茹で上がったエビのように全身が不自然に赤くなっている。「未央?どうしたんだ?」博人は目を見開き、慌てて近寄った。その目は心配と緊張に満ちていた。「水……」彼女が発した声はすでにかすれていた。博人はすぐに冷たい水を取ってきた。しかし、近づいてきて、まだカップを渡す前に。未央は彼の懐に飛び込んできた。「あつい、きもちいい」その甘い声と柔らかい肌の感触が
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