Tous les chapitres de : Chapitre 11 - Chapitre 20

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4-2 天使と悪魔

 殿下は思わず叫んだ私をじろりと睨み、口を尖らせる。 「酷いな。女の子だと思ってたの? 僕お嫁さんになってって言ったよ」  そう文句を口にしながらも私の手を引き、ソファへ座らせると何故か足の上に跨る。そのまま私に撓垂れ掛かって首に腕を絡ませた。 「あの時、君は優しく手当してくれた。どこの誰とも分からない僕に。あの時から僕は君の虜だよ。この髪も瞳も、忘れた事は無い。やっと手に入れた。僕のリージュ……」  甘く囁く殿下の声が耳を擽る。頬を撫でながら近づいてくる殿下の顔に、私は気が動転してしまった。 「で、殿下! お待ちになって……!」  胸を押して抵抗する私にも、殿下は余裕の表情だ。これではどちらが年上か分からない。 「リージュ、照れてるの? 可愛い。もう食べちゃいたいよ」  そう言いながら、グリグリと腹部に押し付けられる硬い物。それの正体に気付いて血の気が引いた。 「殿下!? あの、私達はまだ婚約者で、いや、それも解消していただけないかと……!」  私のその言葉を聞いた途端、殿下の瞳が剣呑に細められる。その瞳に射抜かれて喉がヒュっと鳴った。 「婚約を解消? そんなのダメだよ。君は僕の妃になるんだ。まだ身体も小さくて満足させてあげられないけど、すぐ大きくなるから。僕が十六になったら結婚しよう。盛大な式を挙げて、国民に知らしめるんだ。未来の王妃がどれほど美しく、聡明なのか」  美しい!?  聡明!?  私が!?  それはあまりに過ぎた評価だ。自分の容姿が平凡な事くらい自覚している。殿下にはどう映っているのだろうか。不敬だけれど、その目は濁っているのでは……。 
last updateDernière mise à jour : 2025-08-08
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4-3 天使と悪魔

 そこに立っていたのは少し、いやかなりふくよかな少女。まだ幼いその少女は、レースやリボンが煩いドレスを身にまとい、ジャラジャラと髪飾りを鳴らしている。  燃える様な赤毛は、強烈な印象を与えた。緑の瞳も赤と相まって、気性の荒さを現している。その上ドレスはどぎつい農紫、金銀の装飾品も色とりどりの石が使われていた。全ての色が反発し合い、混沌としている。  しかし、紫を身に付けられるのは王族のみ。一瞬妹君かとも思ったけれど、殿下の態度で違うと分かる。  殿下は、私に向ける表情から一転。凍るような眼差しで少女を睥睨した。 「誰が入室を許可した? 出ていけ」  殿下の言動から、おそらくこの少女がユシアン様なのだろう。冷たい殿下の声にも、ユシアン様は一歩も引かない。 「アイフェルト様! その女は誰ですの!? 浮気は許しませんわよ!」  幼い少女だと言うのに、舌っ足らずな口調で出てくる言葉は擦れている。とても公爵令嬢とは思えない行動に、私は面食らってしまった。殿下は離れるどころか、見せつけるように私を抱きしめる。 「浮気? この人は僕の婚約者だ。この世でただ一人のね。邪魔者は貴様の方。とっとと消えろ。目障りだ」  殿下、口調まで変わってませんか?  そんな殿下にも負けないユシアン様は、ズカズカと部屋に入ろうとした。それに厳しい殿下の声が飛ぶ。 「つまみ出せ」  殿下の命令で、壁際に控えていた侍従が動き出す。殿下の美しさに目を奪われてすっかり忘れていたけれど、この部屋にはネフィや侍従がいるんだった。先のやり取りを見られていたのかと、今更に頬が熱くなる。  侍従がユシアン様を押し返すと、ギャンギャンと喚く。本当に公爵令嬢なのか疑わしいその行動は、王
last updateDernière mise à jour : 2025-08-09
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5 無知蒙昧

 なんなのあの女!  アイフェルト様は私の物なのに!  王妃になるのも私よ。私はハイウェング公爵家の長女ユシアン。その私にこそ、王妃の座は相応しい。  王妃になれば、今よりもっと贅沢ができるとお父様が仰ってたわ。そうすれば、こんな陳腐な宝石じゃ無く、もっと大きな物も手に入るもの。それさえ私の美しさには叶わないだろうけれど。  私はこの世の至宝。美しく聡明で、誰よりも尊ばれるべき存在なのよ。  ちらりと廊下に並んだ窓に目をやれば、そこに映っているのは女神の如き姿。我ながら惚れ惚れしてしまうわ。  波打つ真紅の髪は輝きを放ち、澄んだ深緑の瞳は春を告げる若葉よう。まだ幼いのに、魅惑的な体は艶めかしく人々を魅了する。どんな宝石も霞んでしまう私の姿を目にすれば、皆が見惚れてしまって困ってしまうわ。  そんな私に釣り合うのは、アイフェルト様くらいかしら。それでも並び立てば、私の方が聴衆の目を引くでしょうね。  本来なら私こそが女王に立つべきなのに、お父様は私に苦労をさせまいと、王妃を勧めてくださったの。王妃の務めは着飾って、アイフェルト様を心身ともに癒し、子を成す事。それには何より美しさが必要。まさに、私にしかできない仕事だわ。  あんな地味な女、お呼びじゃないのよ。  それなのに、厚かましくアイフェルト様に色目を使って取り入ろうなんて、私が捨て置くと思っているのかしら。 「あの女の素性を調べてちょうだい」  そう言えば、すぐに後ろに控えた幾人ものメイドの中から一人が動く。お父様の力を使えば、どんな事でもできるわ。人一人消すなんて瑣末な事。  なんといっても私は公爵令嬢なのだもの。手に入らない物なんて無い。&
last updateDernière mise à jour : 2025-08-10
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6-1 おまじない

 私はふわふわする頭を、なんとか働かせようとするけれど、殿下の顔が間近にあって、蕩けるような笑みを浮かべている。それがまた美しくて、見惚れてしまった。  そうする間にも、殿下に妖しい手つきで耳を触られ、ぞくりと背が粟立つ。 「ん……っ」  思わず零れる声に、殿下は気を良くする。 「リージュ、可愛い。とんだ邪魔が入ったけど、もう大丈夫。明後日には婚約も発表されるし、僕が守るから。そうだ、もういっその事、王宮に住めば良いよ。うん、それが良い」  突然の提案にも、私は反応できない。そんな事、無理に決まってる。婚約発表もされていない令嬢を囲ったとなれば、殿下の進退にも関わってしまう。どうにか反対しようと口を開きかけると、また塞がれた。  熱い舌が口内を蹂躙し、唾液が銀糸を引いて溢れ、浮上しかかった理性は溶かされ堕ちていく。その隙に殿下が指示を出した。 「ネフィ」  そう呼べば、私のメイドは無言で頭を垂れる。何故メイドの名前までご存知なのだろう。殿下にしてみれば、末端の者なのに。回らない頭では、そんな思考も泡となって消えた。 「すぐに準備を。部屋はもう用意してある。必要な物はこちらでも準備するから、大事な物だけ持ってくるように。急げ」  殿下の声は緊迫していた。  それはネフィにも伝わったのだろう、カーテシーをすると早々に部屋を後にする。  ――待って。  そう手を伸ばそうとしても、殿下に絡め取られた。指に口付けを落とし、上目遣いで私を見つめる。 「リージュ。ダメだよ。この指輪はこっち」  右手の薬指から指輪を抜き取ると、改めて左手の薬指に嵌め、その上から
last updateDernière mise à jour : 2025-08-11
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6-2 おまじない

「嬉しい。やっぱり君も僕を想ってくれてたんだね」  その言葉に私は首を傾げる。段々とはっきりしてくる頭でも追いつけない。  魔法は、遠い昔に実在したとされる秘術。私も少し学んだけれど、今は研究する人も減り続ける一方で資料も少なく、知識はそれほど多くは無い。  殿下もそんな私に気付いたのか、ついと私の指輪をなぞりながら話し始めた。 「このおまじないはね、お互いが好き合ってないと効果を発しないんだ。僕の花紋が出た時点で確信はあったけど、失われて久しい術だからね。不安もあった。でもこうして君の花紋が僕の手にある。これが何よりの証拠だよ」  ふわりと綻ぶように頬を緩める殿下に、私は紅潮した。だって自分でさえ気付いていなかった事なのだから。  ――つまり、私は殿下が好きっていう事?  そんな、会ったばかりの人を好きになるなんてあるのかしら。確かに、一目見て綺麗なお方だと思った。天使と見まごう美貌。優しい声、仕草。でも殿下は五年前から私を想ってくれていたのに、見た目だけで好意を寄せるなんて、それではあまりに軽薄だと思う。  それに私は、婚約解消をお願いしに来たのだ。真摯に想ってくださる殿下に失礼だろう。  私は意を決すると、深呼吸して殿下の瞳をひたと見つめる。 「殿下。無礼を承知でお願い申し上げます。どうか婚約をお考え直し下さい。伯爵家の娘では、王妃の重責には耐えられません。私を重用してくださるのは、とても光栄な事でございます。しかし、私など凡庸な小娘に過ぎません。何卒、ご容赦ください」  殿下は静かに私の言葉を聞いてくださった。でも、寂しげに微笑むと私の手を取り、祈るように額に押し付ける。 「突然の申し出で困惑してるのは、僕も分かってる。それでも諦められないんだ。この五年間、
last updateDernière mise à jour : 2025-08-12
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6-3 おまじない

「ごめんね。でも僕はどうしても君を手に入れたい。この国を導く次代の王妃は、君にしか務められないんだ。君には類稀なる能力があるんだよ。まだ調査が済んでいないから、はっきりとは言えないけど……勿論、それだけじゃない。君の為人、美しさ、豊富な知識。その全てが僕の心を離さない。まだ十三歳の伯爵令嬢が、軽い傷とはいえ、的確に手当したんだよ? ︎︎後で御典医に見せたけど。すごく褒めてた。出会ったのは八歳で、世間知らずだったけど、あらゆる手段を使って君の事を調べた。勝手にやった事は謝るよ。でも君の事を知っていく内に、どんどん惹かれていったんだ。今はあの頃のような非力な子供じゃない。学術も武術訓練も、暗殺に耐えうる術だって、できる事はなんでもやった。それも全ては、君を手に入れるためだよ」  未だに私の足に跨って手を握りしめたまま、熱の籠った眼差しでうっとりと囁く殿下は。十三歳と言うには艶があり過ぎて、私は顔に熱が集まってくる事に焦りを覚えていた。このままでは言いくるめられてしまう。  私は必死に訴えた。 「私にしか務まらないとは、どういう事でしょう。それに何故、今なのです? ︎︎婚約自体は十三歳の制限はありますが、約束を取り付ける事は可能なはずです。それなのに急に言われても、どう受け取れば良いか……それに、このおまじないも。五年前にお会いしていたとしても、私は殿下だと気づいておりませんでした。それどころか、女の子だと思っていたのですよ? ︎︎そんな女が好意を示したとしても、簡単に信用すべきではありません」  殿下はひとつ頷くと、私の手を撫でながら理由を教えてくださった。 「うん。まずひとつ目。僕のお披露目に合わせて求婚したのは、君を守るためだよ。さっきの見ただろう? ︎︎宰相はあのユシアンを王妃にしたがっている。それなのに君の存在が見つかってしまったら、何をされるか分かったものじゃない。他の求婚者達には、キツく口止めしていたからね。誰も僕を敵には回したくなかったらしい。大人しく言う事を聞いてくれたよ。今日のお茶会だって秘密裏に進めていたの
last updateDernière mise à jour : 2025-08-13
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6-4 おまじない

歳下とはいえ、初めての求婚。しかも惜しみない愛情を向けてくれる殿下に、私の心は揺れ動いた。  魔力の事も初めて聞く話だ。確かに、王家へと嫁ぐ令嬢は、皆どこかしら浮世離れしていた。現王妃は先見の力があると言われている。国王が指揮を執る時に、助言という形で方向修正するのだ。それは外れた事が無く、それ故に宰相も思い通りに事を進めずにいるとか。  ――そんな力が私に?  今までそんな片鱗感じた事さえない。何か特別な事が出来る訳でも無いし、ごく普通の人間のはずだ。でも、私なんかよりよっぽど多くの知識に触れられる殿下が言うのだから、そうなのかしら。それに、実際に母君であられる王妃様がお傍にいらっしゃるのだから説得力はある。  私は返答に困り眉を垂れると、殿下が明るい声で言った。 「大丈夫。君は何も心配しなくていい。ここで一緒に過ごしながら、お互いを知っていこう。僕の力もその内見せてあげる。ここには信頼の置ける学者もいるからね。君の魔法の素質も分かるはずだよ。君は既に、王妃を務めるに相応しい教養も身につけているし、僕が成人するまでの三年間で、外交について勉強すれば十分間に合うよ。僕も君に相応しくなれる様に、勉強も訓練も頑張るから」  左手を絡めながら、殿下は私の瞳を覗き込む。 「だから、僕の妻になってください」  その艶のある声に、ドクンと心臓が脈打つ。私は身体中が熱くなって声が出なかった。  でも、それは隠す事ができない感情。 「ふふ。花が一輪咲いたよ」  自身の左手を撫でながら、殿下は嬉しそうに笑う。そこには百合の花が一輪、綻んでいた。
last updateDernière mise à jour : 2025-08-14
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7-1 薔薇の檻

 チョロい。チョロすぎる。  私ってこんなに惚れっぽかったの?  私は机に肘をつき、溜息を吐いた。今私が居るのは王宮の離れにある離宮、薫薔館だ。名前の通り、庭には薔薇が植えられている。殿下が私のために、伯爵邸の薔薇園を模して造らせたそれは見事な眺めだった。私室に宛てがわれたのは二階の角部屋。広いベランダが設けられていて、開かれた大きな窓から早咲きの薔薇の香りが届く。  ここは王太子妃のための離宮だ。警備も万全で、ネズミの入り込む隙間も無い。殿下が宰相から私を守るために用意してくださった。  それに甘える形で移って来たけれど、私の頭の中は目下の所、殿下の事でいっぱいだ。  目を閉じれば、途端に殿下の笑みが浮かんでくる。ただそれだけで体が熱を持った。まだ幼いのに、真摯に好意を告げてくれる殿下。その眼差しは真っ直ぐで、私の心を掻き乱す。  私は恋を知らない。  伯爵家に生まれたからには家のために結婚するのだと思っていたし、幼い頃にいた婚約者とは顔を合わせる事も無く、その話はたち消えた。  家庭教師の先生方も、お年を召した老紳士ばかりだったからそんな感情とは無縁で、この歳まで男性と踊った事さえない。  だからだろうか。初めての告白が脳裏にこびりついている。  私はまた溜息を吐いた。  殿下の顔を、声を思い出すだけでドキドキと胸が高鳴る。殿下と過ごしたのはほんの半日ほどの、短い時間だ。初めての逢瀬は、すぐに過ぎ去ってしまった。殿下がまだ残っていた政務を片付けるために、執務室へと向かわれたから。そのために別れたのも、ついさっきだ。それなのに、こんなにも会いたいなんて。  しかも、そんな私の気持ちは目に見える形で現れるのだから、恥ずかしさに拍車がかかる。そっと左手
last updateDernière mise à jour : 2025-08-15
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7-2 薔薇の檻

 ネフィはまだ戻っていないから、殿下がつけてくれたメイドに案内を頼む。 「ヒメリア様、図書室に行きたいのですけれど、案内をお願いできますか?」  名前を呼んだのは、赤毛の少女。同じ赤毛でもユシアン様とは違い、落ち着いた色味で派手さは無い。まだ十六になったばかりのメイドだ。お仕着せの制服に身を包んだ少女は、名を呼ばれて少し険しい顔をした。何か気に触ったのだろうか。不安に思いながら問いかけた。 「どうなさいました? お名前、間違えてしまいましたか?」  そう問いかけるとヒメリア様は首を振り、厳しい口調で叱責する。 「失礼いたしました。リージュ様、私に敬語は必要ございません。私は貴女様に仕えるメイドでございます。ヒメリアと呼び捨ててくださいませ。貴方様は王妃となられるお方。メイドを様付けで呼ぶなど周りに示しがつきません。もっと堂々となさってください」  そう言って深く頭を下げる。そんなヒメリア様に私は困ってしまった。王太子妃のメイドともなると、高位貴族の令嬢が務める事になる。実際ヒメリア様も侯爵令嬢だ。王太子妃にと望まれているけれど、私は伯爵令嬢、身分が逆転してしまう。  こういう事態を防ぐためにも、王太子妃にはそれなりの身分の者を選ぶのだ。一口に侯爵家、伯爵家と言っても格式が違う。フェリット伯爵家は同じ伯爵家の中でも家格が低い。伯爵に陞爵されたのも数十年前、子爵の地位を得たのも、ほんの百数十年前の事だ。  それに比べて、ヒメリア様のマティウス侯爵家は歴史も古く、王家の信任も厚い。だからこそ、王太子の婚約者となった私につけられたのだろう。その所作は優雅で、メイドにしておくには惜しいほど。紅茶を淹れる手つきも流れるように美しい。  その様子を黙って見ていた私に、ヒメリア様が小さく笑う。 「厳しい事を言ってしまいました。申し訳ございません。
last updateDernière mise à jour : 2025-08-16
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8 花と待つ君

 夕食を終えて、私はそわそわと落ち着かず、ソファに座ったり、意味もなく歩き回ったりと忙しなかった。今まで男性と夜に自室で会うだなんて、経験した事もない事態に、私の心臓は爆発しそうなほどうるさく鳴っている。 でも、それが不思議と嫌じゃない。昼間はゆっくりお話しできなかったし、聞きたい事も色々ある。何より殿下に会えるのが嬉しかった。 今日初めてお会いしたのに、何故だろう。 殿下は以前にも会っていたと仰ったけれど、お伝えしたように、私は女の子だと思っていた。男の子として対面したのは今日が初めてなのに。 たった一度。 五年も前の事を、ずっと覚えていてくださった……なんだか、とても嬉しい。 私は婚約者が『一応』いはしたけれど、恋とは程遠いものだった。何度かお茶会で会った時も、ほとんどお母様が喋っていて、私はお茶を飲んでいただけ。 もう、婚約者の顔さえ思い出せない。 それも要因なのだろうか。目をつぶれば、殿下の笑顔が浮かんでくる。柔らかく、でもどこか怖くて。 そっと唇に触れると、口付けの熱が蘇ってくる。 幼い腕のどこにそんな力があるのか、私は逃げる事もできずに、翻弄されるがままだった。けれど、乱暴だったかとういうと、そうではなくて。 知らず、ほぅっと吐息が漏れる。 もう一度、なんて思うのは、はしたない事なのかしら。この婚約を受け入れれば、あるいは……。 そう思いかけて、私は首を振った。 いけない。 これは、自分の欲の為だけに受けていい話しではないのだから。 殿下は、私を評価してくださった。でも、それは過大なものだと感じる。私の知識なんて、所詮小さな領地でしか通用しない。王太子妃、更には王妃となれば相手は世界になる。もしかしたら、私のせいで戦が起こる可能性だって考えられた。 私は初めての求婚に、浮ついている。気合いを入れるため、緩んだ頬を両手で叩くと、甲高い音が部屋に響く。その音に驚いたのか、ヒメリア様が振り返った。その手には茶器が握られている。せっかく殿下のご訪問に緊張していた私
last updateDernière mise à jour : 2025-08-17
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