All Chapters of 年下王子の重すぎる溺愛: Chapter 31 - Chapter 40

54 Chapters

16-1 対峙

 月が昇り始めた頃、馬の嘶きが響き、屋敷が俄かに騒がしくなった。意識を集中すると、派手な馬車から、これまた派手な少女が降り立つ。真っ赤な髪をわざとらしく靡かせて、少女はメイド達を引き連れ、上機嫌に鼻歌を歌っていた。 遠見、というのかしら。この力で覗いたユシアン様の日常は、異常というしかない。公爵邸での棒弱無人な振る舞いは、目を覆いたくなるようなものばかりだった。 廊下を歩いているかと思えば、不意に侍従を指さす。それだけで全てを悟ったのか、侍従の瞳からは徐々に光が消えていき、ユシアン様は嗤いながら、侍従の絶望を悦んでいた。最初は何をしたいのか意味が分からなかったけれど、そのまま様子を見ていると一人のメイドが近付き、無言で胸を一突き。引き抜かれた短剣は、手元まで血に塗れ、侍従は呻き声さえ上げずに崩れ落ちる。 皆が皆、ごく当たり前のように行動する様に、私は言葉を失ってしまった。 誰も、騒ぐ事はない。侍従の亡骸は、同じように表情の無い侍従に無造作に引きずられていき、床に広がる血溜まりも、掃除道具を持った侍女が静かに片付けていた。 食事の時も、出された料理にいちいち文句をつけて、料理人を折檻して楽しんでいたのだ。手を痛めれば料理が作られない事は理解しているのか、背中を鞭打っていた。それも自分の手は汚さず、メイドにやらせている。メイドも、もう感情が麻痺してしまっているのか、表情が崩れない。服は切り裂かれ、血がどんどんと滲んでいき、痛みのせいで意識を失った料理人が倒れ伏すと、ユシアン様はそれで気が済んだのか、何事もなかったかのように料理に手を付け始めた。――こんな人が王妃の座を狙っているっていうの……? 訪れるかもしれない未来を想像して、私は恐怖した。ユシアン様がこの様子では、宰相は更に恐ろしい方なのだろう。もし宰相の企みが成功してしまったら、この国は終わってしまう。私腹を肥やす事しか考えない王は、国民を顧みたりしない。国中が飢えや暴力に支配される様が容易に想像できる。 それを止めるためにも、私はこのユシアン様を相手に生き伸びなければならない。私達
last updateLast Updated : 2025-08-28
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16-2 対峙

 静かに開く扉の先には、派手な衣装の少女。遠見で見た通りのどぎつい紫のドレスに、過多な装飾品を身にまとってる。これではっきりした。私が見ていたものは全て現実。現在進行形の事象だ。それならば、もうすぐ殿下も到着される。ユシアン様が捕えられれば、宰相へも手が届くはずだ。それを足掛かりに宰相派を抑えられれば御の字。失敗は許されない。 ずかずかと部屋へ入ってくるユシアン様は、私を見ると途端に表情が険しくなる。無言で睨みつける私が気に食わないのだろう、ユシアン様が腹立たし気に吐き出した。「何こいつ!? もっと泣きわめいているかと思ったのに! つまんない!」 癇癪を起すユシアン様に、メイド達が僅かに身を引く。遠見で見た時は始終ご機嫌だった。私という玩具でどう遊ぼうかと考えていたんだろう。あれこれとメイドに用意させていたから。それらはメイド達の手に握られていた。ざっと見ても短剣やハサミは勿論、のこぎり、アイスピック、焼き鏝など、拷問かというような物ばかり。たった十一歳の子供が用意するには凶悪すぎる。    さっと青ざめる私に、ユシアン様は幾分か機嫌を持ち直した。「あは、やっぱり怖いんじゃない! 意地っ張りは見苦しくってよ。ん~、まずはどうしてやろうかしら。そうね、やっぱりその髪から切ってあげる」 ユシアン様が顎で指示すると、ハサミを持ったメイドが進み出る。その手は微かに震えていて、支配されている者達にも、まだ希望はあるんだと思えた。「大丈夫、あなたに責はありません」 私がそう言って微笑むと、驚いたのか目を見開いたメイドの頬を涙が伝う。ハサミを構えたまま動けずにいるメイドに、ユシアン様の怒声が響いた。「何をしているの!? 早くやりなさい! 弟がどうなってもいいの!?」 その言葉に、メイドの肩がびくり跳ねる。どうやら家族を人質に取られているらしい。私の怒りは更に募り、思わず声を荒らげてしまった。「ユシアン様、貴女は貴族として相応しくありません。必ず天罰が下るでしょう。貴女も、お父上も、等しく裁かれます。いくら悔いても、自業自得です。潔く罪を償ってください」
last updateLast Updated : 2025-08-29
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17 悪童

 甲高い金属の耳障りな音と共に、はらりと亜麻色が舞う。ユシアン様の手には、ばっさりと切り取られた髪の束が握られていた。それを見せつけるように、私の頭上に落とす。「あら~、可愛いらしいこと。散切り頭がよくお似合いよ? ︎︎残りも切ってあげましょうね」 そう言うと、次々に私の髪を無造作に切り刻んでいく。その度にじゃきりとハサミがなって、辺りに髪が散らばった。勿論、遠慮なんてしてくれないから、時折耳や首に刃が掠り、痛みが走る。 私はそれでも声を上げず、ただユシアン様をじっと見つめ続けた。一向に変わらない私の態度に、ユシアン様の表情が次第に歪んでいく。「何、なんなの貴女……髪を切られているのよ!? ︎︎悔しくないの!? ︎︎泣きなさいよ! ︎︎泣き喚いて、許しを請いなさい!」 ぜいぜいと肩で息をするユシアン様は、信じられないといった風に叫んだ。貴婦人にとって、髪は美しさの象徴。それを無残に切り刻まれているのに、平然としている私の気持ちなど、ユシアン様に分かろうはずもない。私の心は殿下が支えてくれている。これくらいで泣いていては、顔向けできないもの。 ユシアン様は、まだ必死に髪を切っている。それでも泣かない私に対し、躍起になって地団太を踏む様は哀れだ。 そんなユシアン様に、私はゆっくりと語りかける。「髪なんて、すぐに伸びます。どうぞお気の済むまでお切りになって? ︎︎次はどうなさるのかしら? ドレスを切りますか? 顔を切りますか? お好きになさってください。それでも私は決して屈しはしません。貴女のように、人を人とも思わないような奸物は、神の怒りに触れるでしょう。先に待つのは、惨めで、凄惨な処罰だけです。まだ十一歳なのに、可哀そうなお方」 小馬鹿にしたような私の言い草に、ユシアン様の顔が見る見る赤くなっていく。わなわなと震えたかと思うと、メイドに突進してその手にあるのこぎりを奪い取った。「言ってくれますわね……いいわ。これならさすがに我慢できないでしょう? ご存じ? のこぎりってね、傷口
last updateLast Updated : 2025-08-30
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18 契り

 飛び込んできた殿下に、ユシアン様は訳も分からずに呆けている。でも、何を勘違いしたのか、猫なで声で殿下にとてとてと近付いていった。「アイフェルト様、どうしてここに? ︎︎ちょうど良かったわ。今、私達の邪魔をする雌猫を折檻していたところですの。ご覧になって? ︎︎さっぱりして、可愛らしいでしょう? ︎︎これから首を切ってあげますの。殿下もご一緒にいかがかしら」 ユシアン様が一方的に語りかけるその間、殿下の目は私を凝視していた。血の滲んだ耳や首、辺りに散らばる髪の束。それらを順に見やると、元から荒かった息が、更に速く、浅くなっていく。顔色が見る間に青ざめて、きゅっと形のいい唇を噛み締める。 殿下はゆっくりとユシアン様に視線を移すと、拳を振り上げ、その横っ面に力の限り叩き込んだ。あの細い腕のどこにそんな力があるのか、ふくよかなユシアン様なのに、容易く吹き飛んでしまった。床にぶつかる鈍い音と飛び散る血に、私は身を固くする。 衝撃で思いっきり打ち付けられたユシアン様は、状況が飲めないのか呆然としていた。そっと口元に手をやると、だらだらと流れる鼻血で真っ赤に染まっていく。それを見ながら、数瞬遅れで襲う激痛に劈く叫びを上げた。「い、いやぁぁぁっ! ︎︎痛いィィッ! ︎︎かお、私の顔がぁぁッ!」 じたばたと藻掻くユシアン様だけれど、メイド達は誰一人として助けようとしない。それどころか、愉悦に浸ってさえいた。日常的に味わってきた恐怖の対象が脆く崩れ落ちたのだから、さぞ気分がいい事だろう。    殿下は悲鳴を上げるユシアン様には目もくれず、私の元へ駆け寄ると抱き起して、外套を頭から被せてくれた。その後ろから騎士達が雪崩れ込んできたから、私を隠してくれたのだと思う。気遣うように短くなった髪を撫でてくれる。「リージュ、ごめん。僕が遅かったばかりにこんな……明後日の婚約発表は中止しよう。君を好奇の目に晒したくない」 苦しそうに声を絞り出す殿下に、私は微笑みかけた。「いいえ、予定通りに行いましょう。私は大丈夫です。そ
last updateLast Updated : 2025-08-31
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19 心の支柱

  絢爛豪華な宮殿の広間に、着飾った貴族たちが思い思いに歓談している。遠くに楽団の音色と、人々のさざめきを聴きながら、私は控えの間でネフィと共に殿下を待っていた。短くなった髪は整えられ、何とか見られる姿になっている。それでも、この姿を晒すのは忍びないと、殿下が美しいベールを用意してくださった。 今日は殿下のお披露目と、私との婚約発表の日。ユシアン様の騒動からは二日が経っている。 あれからすぐに、殿下は公爵邸に騎士を派遣したけれど、何も得られなかったと言う。ただ、私が示した場所で遺体を発見したと。それだけでも十分な証拠になるはず。 今日は宰相も、当然招待客として来ている。現行犯であるユシアン様も護送されてきているし、メイド達も証人として連行されていた。彼女達の中には犯罪を犯した者もいるけれど、それはユシアン様の指示により強要されたものだ。尋問の際には、従順に質問に答えていたらしい。 日常的な殺人、拷問、更には拉致監禁。なんとユシアン様は、近隣の町や村から子供の誘拐までやっていたのだ。その数は百にも及ぶという。犠牲になった子達の末路は想像に難くない。現場の様子も、メイド達の口から生々しく語られた。 そして、それらは全て宰相である父、オードネン公爵の教育の賜物であるとも。 私はそれを聞いて眩暈がした。はっきり言って、意図が分からない。理解したいとも思わないけれど、そんなに人を虐げて、一体なんの利益があるというのか。 自己顕示欲か、権力誇示か。 何にせよ、碌なものではない。他人を害して得るものなど、結局はすぐに破綻する。ユシアン様がいい例だ。 これからそんな公爵と事を構えるかと思うと、重い溜息が零れる。浮かない表情の私に、ネフィがお茶を出してくれた。「リージュ様、やはり今日はお出ましにならない方がよろしいのではございませんか? ︎︎ベールで隠しているとはいえ、明るい照明の下では垣間見えてしまいます。鬘もご用意致しましたのに、頑なに拒否なされて……」 心配してくれるネフィには申し訳ないけれど、私はやるべき事をやらなければ。
last updateLast Updated : 2025-09-01
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20 狸

 いよいよ、宰相と相見える。 殿下と共に舞踏会場の扉の前で待機している間、私は緊張していた。婚約発表も勿論そうだけれど、やはり宰相と対面するのは怖い。国王陛下でさえ迂闊に排除できない権力を持つ宰相相手に、一体どこまでできるのか。 対宰相の話し合いの中で私の力がまたひとつ、明らかになっていた。それは、面識のない人は遠見できないという事。ユシアン様を視ていた時に宰相も覗こうとしたけれど、視界がぼやけて霧散してしまった。物は試しと、ネフィの父君を視てみたけれど結果は同じ。 王族の方々であれば、何かしらの力が働いているとも考えられる。でもネフィの父君は違うから、そういう事なんだろうと結論づけた。これは殿下も納得してくれている。 だからこそ、今日が千載一遇の好機。正式に王太子妃として認められたとしても、宰相に会える機会はそうそうない。王家主催の舞踏会は社交シーズンの春だけだし、国王、王妃両陛下や殿下ご兄妹の誕生祝賀会も年に一回ずつの計五回。 次は二ヶ月先に上の妹君、フェティア様の誕生日があるけれど、それまで宰相がおとなしくしているはずもない。そもそもフェティア様のお祝いの場を、こんなきな臭い荒事で汚したくはなかた。 議会に参加する事の出来ない私にとっては、ユシアン様の件も含め、今日が一番都合がいい。殿下とも話し合って、詳細は詰めている。 ただひとつだけ、気になる事があった。それはあるメイドの言葉。「きっと、公爵様は姫様を切り捨てられます」 その報告を聞いた時、私も殿下も信じられなかった。たった一人の娘を切り捨てるなんて、さすがの宰相でもしないのではないか。 でも、それは甘い考えだったと思い知る「ユシアン? そのような者、我がハイウェング公爵家には存在しませぬが。殿下、そちらの……伯爵令嬢でしたかな。その娘に夢中で、そんな些細な事も判別がつかなくなり申しましたかな?」 赤黒く腫れあがった顔で父に助けを求めるユシアン様を見下ろして、宰相は嘲笑った。そして臣下から巻物を受け取る。「今日の質疑は事前に把握しておりましたので、家系図をご用意い
last updateLast Updated : 2025-09-02
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21 化かしあい

 にやにやと軽薄な笑みを浮かべる宰相。その周囲には、同じような目で私を見る人達が集まっている。きっと、彼らが宰相派なんだろう。この反応を見ても、私がどういう仕打ちを受けたのか知っている。それを承知で、顔を晒せと言っているのだ。 他の派閥であろう貴族達は、好奇に満ちた目で私を見ている。対して、殿下をはじめとした王族の方々は怒気を放っていた。勿論ネフィも。 殿下などは今にも噛みつかんばかりに殺気を放ち、睨みつけている。そして何故か王妃様まで……。周りの圧力に耐えかねたのか、陛下が苦言を呈した。「ハイウェング公爵、無礼だぞ。彼女は王太子妃だ。立場を弁えろ」 公爵とは全然違う、澄んだ声が響く。殿下のお声もよく通るけれど、陛下には威厳が感じられた。国主として、民の前で演説する事も多いから、さすがと言うしかない。殿下も、いずれ学ばなければならない技術だ。たぶん、私も。 国王陛下は御歳三十で名をゼネアルド様といい、精悍で凛々しい面差しは殿下によく似ている。先王陛下はゼネアルド様が成人されると共に、玉座を譲られた。本来なら王太子としての勉学に追われる日々が、いきなり実戦に出されて難儀したと殿下から聞いている。 陛下や王妃様とは、まだ言葉を交わしていない。予定は組まれていたけれど、ユシアン様の騒ぎで流れてしまっていた。それでも、両陛下は私を慮ってくれている。初めてお目通りしたのは今日、この舞踏会の開始間際だった。今の私の髪は肩ほどもなく、殿下とあまり変わらない。 事情は既にご存じで「大変だったね」と労ってくださった。王妃様は我が事のように泣きながら抱きしめてくれて、それを見た殿下がヤキモチを焼いたりして、ちょっとした騒ぎになったほどだ。 この方たちが私の新しい家族なんだと思うと、胸が熱くなる。それと同時に、ユシアン様の事が不憫に思えた。間違った道徳観を植え付けられ、今はこうして存在を否定されている。恐怖心が強かった宰相だけれど、だんだんと腹が立ってきた。 そんな私の気持ちも知らずに、宰相は挑発してくる。「無礼? 何を仰る。『まだ』王太子妃ではございませんよ。ただ婚約が発表されただ
last updateLast Updated : 2025-09-03
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22 激動

 突然の叫びにも殿下はすぐさま反応し、騎士に指示を飛ばした。一気に慌ただしくなる会場で、殿下はそっと手を取り私に尋ねる。「リージュ、大丈夫? ︎︎何が視えたの?」 その優しい声で、詰めていた息を大きく吸った。「はい、ユシアン様の母君と思われる女性が、短剣を手にしていました。そして叫んだんです。『お前さえいなければ』と。投獄されているのに、短剣を所持しているのは不自然です。そもそも、ユシアン様は陛下の勅令で投獄されています。何故、そこに母君が一緒にいるのでしょう? ︎︎誰かが、仕組んだとしか……」 殿下と二人、視線を宰相に移すと、脂ぎった額を拭いながら体裁を繕うように咳払いをした。誰も知らないはずの事実を、私が言い当てたものだから焦りもあるのだろう。声に僅かな動揺が見える。「殿下、これはなんの余興ですかな? ︎︎これではまるで私の差し金のようではありませんか。証拠もなく、無礼な物言い……殿下の婚約者とはいえ、到底見逃す事は出来ませんぞ」 宰相が腕を振ると、私兵が前に出て帯剣に手にかけた。それに騎士が素早く動く。会場を二分するように睨み合いが始まった。 そこに殿下の叱責が響く。「ハイウェング公爵、僕達に知らぬ存じぬは通じない。貴様は家系図を捏造し、公爵邸を放棄。ユシアンによるリージュ誘拐、並びに殺害未遂の監督不行届による積から逃れようと企てた。ユシアンはまだ十一、その罪は親権者である貴様に課せられる。しかも、ユシアンは使用人や、町民にも危害を加えていた。重刑は免れられないぞ」 それでも、宰相は動じない。どころか、余裕を取り戻して嗤っている。私は不安にかられ、殿下の手を強く握った。殿下も応えてくれる。支え合う私達を嘲笑うように、宰相は肥えた腹を揺らした。「何を言うかと思えば。それこそ、全てそちらの自作自演では?」 取り巻き達も、宰相の言葉に頷いている。まさか、こちらに罪をなすり付けるなんて。 宰相は妙な納得顔で続けた。「えぇ、えぇ、分かりますとも。私は国王に匹敵するほどの権力を有しております。さぞ目障りでしょうなぁ。
last updateLast Updated : 2025-09-04
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23 一難去って

 さっきまでの騒がしさから一転、静けさに包まれた舞踏会場は誰も身動きできない状態だった。 取り巻きを引き連れて会場を出た宰相は、私財も没収されたというのに、どうやって戦を仕掛けようというのか。領地も失い、挙兵するにしても拠点はないはず。それなのに、堂々とした足取りで憂いなど微塵も見せなかった。 不安から暗く沈む私に、殿下の腕が優しく回される。まだ殿下の方が背も低いから、腰元に抱きつく形になってしまっているけれど。「リージュ、よく頑張ったね。ありがとう。かっこよかったよ。さすが、僕の花嫁だ」 見上げてくるその笑顔は、偽りなく誇らしい。寄せてくださる信頼が気恥ずかしくて、視線を外してしまう。失礼な態度をとってしまったのに、殿下は嬉しそうだ。「ふふ、可愛い。まだ照れてるの? 早く慣れてもらわなきゃね。そのためにも、一緒の時間を増やそう。夜は絶対離宮に帰るから。寝室も一緒がいいけど……それはもう少し我慢かな。僕の方が耐えられないや」 明るい声で仰るけれど、私を気遣っての事だと分かる。殿下だって、いつもは王城での執務が主で、主犯の館に乗り込んでの捕り物など初めてだと従騎士が言っていた。それなのに、私を怖がらせないように気丈に振舞ってくださる。 こんなに優しい殿下が、あの宰相を相手にする事が不安で仕方がない。負けるとか、そういうものではなくて、宰相の悪意に心身を蝕まれるが怖いのだ。 殿下は既に十三歳。今日を持って正式に立太子された。王太子として認められた立場では、戦場に出ないという選択肢は無い。王国の御印として先頭に立つのだろう。 それを思うと手が震える。私が余計な事をしたせいで、戦に発展したのではないかと。けれど、殿下は優しく手を取り、温かい言葉をかけてくれた。「怖い思いをさせてしまったよね。本当なら、祝いの席だったのに。ユシアンの動きが思ったよりも早くて、こんな事になってしまった……僕の見通しが甘かったんだ。ごめん」 私は首を振るしかできなくて、小さな体にしがみつく。「大丈夫。また機会を設けるから。その時は邪魔者はいない。リージュが気に病む必
last updateLast Updated : 2025-09-05
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24-1 また一難

「陛下、ご歓談中に申し訳ございませんが、如何なされるおつもりです。あの宰相の事、裏金くらい溜め込んでいるでしょう。私財を没収したとて、焼け石に水。近い内に仕掛けてくるはずです。しかし、我らは奴の拠点を把握できておりません。何処から来るともしれぬ敵に、どのように対応なされるのか!?」 和やかな空気が流れる玉座に、鋭い声が飛んだ。気が緩んでいた私は、驚いて肩が跳ねる。しかし、殿下や陛下はさすがと言うべきか、醜態を晒すマネはしない。 感心しながらも私が声の方に視線を移すと、他の来場者の意識も一点に集中している。そこにいたのは、純白の聖衣に身を包んだ大司教、イオハ様だった。 イオハ様は勿論、神権派の一人。この国、カイザークの国教はパルダ・グイエ聖教といい、創造神カーナムーシェを主神としている。王城を中心に円型を形作る都の東、ユイエント湖の中洲に荘厳な神殿を構えていた。カーザイク各地にも神殿があり、イオハ様はその総括。 主の教えに従い、質素倹約を唱える彼らだけれど、その神殿はとても清貧とは呼べない。信徒の頂点たる教皇も、宰相のように恰幅がよかった。その姿を拝謁するのは、春節祭や神が降り立ったとされる降誕祭のような、大きなお祭りの時だけ。 滅多に顔を出さない教皇は、姿絵もなく、教会発足当時から生きているのではと、まことしやかに囁かれている。姿を現しても、それは見物人の遥か彼方の演台。私もはっきりと顔を覚えていなかった。そのせいか神秘性が先行して、敬虔な信者も多い。 だからこそ、宰相派に次ぐ勢力となっている。この人達を取り込む事ができるかどうかで、今後が大きく違ってくるだろう。 それでも陛下はゆったりと返した。「どうするとは? ︎︎決まっているだろう、殲滅だ。我らには、我らの戦い方がある。だが確かに、ここのところは情勢も安定していて、大きな戦は無かったな。貴殿らが不安に思う気持ちも、分からんでもない。まずは奴らの行き先を突き止める。リージュ、頼めるかい?」 私が頷くと、イオハ様達は再度抗議を上げる。「陛下。このような娘に一体何が出来るというのですか! ︎︎奴は狡猾です。そうそ
last updateLast Updated : 2025-09-06
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