月が昇り始めた頃、馬の嘶きが響き、屋敷が俄かに騒がしくなった。意識を集中すると、派手な馬車から、これまた派手な少女が降り立つ。真っ赤な髪をわざとらしく靡かせて、少女はメイド達を引き連れ、上機嫌に鼻歌を歌っていた。 遠見、というのかしら。この力で覗いたユシアン様の日常は、異常というしかない。公爵邸での棒弱無人な振る舞いは、目を覆いたくなるようなものばかりだった。 廊下を歩いているかと思えば、不意に侍従を指さす。それだけで全てを悟ったのか、侍従の瞳からは徐々に光が消えていき、ユシアン様は嗤いながら、侍従の絶望を悦んでいた。最初は何をしたいのか意味が分からなかったけれど、そのまま様子を見ていると一人のメイドが近付き、無言で胸を一突き。引き抜かれた短剣は、手元まで血に塗れ、侍従は呻き声さえ上げずに崩れ落ちる。 皆が皆、ごく当たり前のように行動する様に、私は言葉を失ってしまった。 誰も、騒ぐ事はない。侍従の亡骸は、同じように表情の無い侍従に無造作に引きずられていき、床に広がる血溜まりも、掃除道具を持った侍女が静かに片付けていた。 食事の時も、出された料理にいちいち文句をつけて、料理人を折檻して楽しんでいたのだ。手を痛めれば料理が作られない事は理解しているのか、背中を鞭打っていた。それも自分の手は汚さず、メイドにやらせている。メイドも、もう感情が麻痺してしまっているのか、表情が崩れない。服は切り裂かれ、血がどんどんと滲んでいき、痛みのせいで意識を失った料理人が倒れ伏すと、ユシアン様はそれで気が済んだのか、何事もなかったかのように料理に手を付け始めた。――こんな人が王妃の座を狙っているっていうの……? 訪れるかもしれない未来を想像して、私は恐怖した。ユシアン様がこの様子では、宰相は更に恐ろしい方なのだろう。もし宰相の企みが成功してしまったら、この国は終わってしまう。私腹を肥やす事しか考えない王は、国民を顧みたりしない。国中が飢えや暴力に支配される様が容易に想像できる。 それを止めるためにも、私はこのユシアン様を相手に生き伸びなければならない。私達
Last Updated : 2025-08-28 Read more