All Chapters of 年下王子の重すぎる溺愛: Chapter 51 - Chapter 60

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33 役目

 殿下が退出されると、途端に寂しさが顔を出す。ちゃんと約束もしたし、戦に行く事もない。それでも、まだ不安定な情勢下では、またいつ戦が始まるか分からなかった。 アックティカとの戦いは、一旦の目途がついている。しかしそれは、今回の出陣で大将首だった宰相、この呼び方はもう相応しくないかしら……元公爵オードネンを打ち取ったからであり、決着がついた訳ではない。オードネンがいなくなった今、私の遠見は当てにならなかった。     私が知り得たのは、あくまでオードネンの周囲だけ。やり取りがあった人物も、絵姿で確認してみたけれど追う事はできていない。つまり、直接会わなければ、遠見の対象にはならないという事だ。 今度また戦が始まれば、私は役に立てないだろう。私に何ができるのか。そう考えて思い付いたのが、味方陣営との連絡役だ。これは今回の戦でもしていた事ではある。     殿下もいらっしゃる戦場の情報収集なら即時反映できるから、私は殿下の目を通して戦況を陛下に伝えていた。それに加えて、騎士達とも面通しすれば、見える範囲が広がり情報量も増える。    もしかしたら内通者を見つける事だって可能かもしれない。これは一度、陛下にご相談してみる価値があるだろう。    そのためには騎士団の方々とお会いしなくては。事前に準備しておけば、いざという時に慌てなくて済む。それに、騎士団には大勢の方々が所属していらっしゃるから、面談にも時間がかかるだろうし。 そうと決まればじっとはしていられない。今は軍議の最中だから、使いを出してお時間をいただかねば。すぐに手紙を認め、ネフィへ指示を出すと、扉の外で見張りをしている騎士に伝えてくれた。遠ざかっていく小走りの足音を聞きながら、私は図書室へと向かう。 図書室には年代別に、王城へ従事している者の名鑑が収められている。殿下が私のためにと準備してくださった物だ。書物は手書きだから、書き写すだけでも膨大な仕事量になる。その上、装丁は鞣した革、紙も羊皮紙でとても高価だ。そんな写本が、私のためだけに集められた図書室は種類も
last updateLast Updated : 2025-09-16
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34 羨望と嫉妬

 雪が積もる庭を眺めながら、私は暖かいサロンで寛いでいた。今日は騎士団長ハイゼ・ホーグ様との面会の日だ。殿下がお帰りなって三日。陛下は迅速に対応してくださり、通達を受けた騎士団長もお忙しい中、こうしてお時間をいただいている。皆様もまだ警戒を解いていないという事だろう。これを鑑《かんが》みても、お仕事が詰まってると予想される。離宮の番兵達も、どこか落ち着かない様子だ。 彼らも騎士の一員。離宮の警護を仰せつかっているから戦には出なかったけれど、戦況が変われば迷いなく死地へ向かうだろう。彼らも、私の力を制御する訓練に付き合ってくれた。仕事とはいえ、眉唾物の魔法の特訓だなんて呆れていたのかもしれない。それでも、私の力を実感するにつれ、真剣味を増していた。 王家の力は、皆知っている。だけれど、それは御伽噺としてだ。魔法が絶えて千年の間に、世情も落ち着き、使われなくなった力は忘れられていった。それでも、お年寄りの口伝で語り継がれる事もある。そうして思うのだ。「王族は特別な血を持っている。だから不思議な力もあるに違いない」    そうんな風に。 でも騎士になると、その辺りの感覚が違ってくるらしい。やはり、王家の近くを警護するのが主な任務だからか、私の力もすぐに理解してくれた。殿下や陛下の力の事も知っていて、心を見透かされても照れるだけ。お二人のお眼鏡にかなった方々だから、宰相のような人もいなかった。末端になると、目が届かずに買収される方もいると聞いたけれど。 騎士団長も、快く今日の面談に応じてくれた。そのお気持ちに応えるべく、できる限りのおもてなしを用意している。約束の時間が近づき、ネフィと最終確認をしていると、扉がノックされた。「王太子妃殿下、お初にお目にかかります。お招きにより馳せ参じました、騎士団長ハイゼ・ホーグでございます……何故、殿下がおいでなのですか?」 騎士の礼を執り、顔を上げると怪訝な顔をされる騎士団長。それもそのはず、私の隣には殿下が陣取っていたのだから。 ついさっき、騎士団長が訪れるほんの少し前に殿下は現れた。それからはずっと私の隣で腰を抱き、今に至る。騎士団長に問われた殿下は鼻で笑う。
last updateLast Updated : 2025-09-17
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35 ︎︎幼心の君

 殿下の落ち込み具合は、まるで垂れている耳と尻尾が見えるかと思うほどだった。私は沈む殿下の手を取り、満開の百合の花を撫でると、穏やかな声音を意識しながら語りかける。「殿下はよく務めておいでです。何事も、最初から上手くはいきません。今は学ぶ時なのです。周りをご覧になって? ︎︎師となる方々に恵まれているではないですか。辛い時は、どうぞ私にぶつけてください。私は、そのためにいるのですから」 ゆっくりと顔を上げる殿下に、微笑み頷いた。私達は支え合い、高め合う双樹。精霊王もそれを望んだのではないかしら。 人と精霊という、一時期は相反した存在が手を取り合う。私は精霊の血というものを感じる事はできないけれど、それが殿下の傍に在るために必要だと言うのであれば、信じたい。長い年月を繋いできた契約は、きっと当事者にとっては意味の無いものだ。 きっかけがどうであれ、互いのために存在する事が重要で、契約はそれに付随するものでしかない。少なくとも、私はそう思う。 それもちゃんと言葉にして、殿下に伝える。「……うん、そうだね。リージュがいるから僕は強くなれる。戦場も、本当は怖かった。さっきまで話していた従騎士が、呆気なく死んでいくんだ。僕も何人も殺した。オードネンも、民兵も……その感触がまだ残ってる。でも、リージュを危険に晒したオードネンが許せなくて、それで……」 私の腰に抱きつき、肩を震わせる殿下は小さく感じる。戦場は、私には想像もつかない、人と人が殺し合う場所。そこに訓練を受けているとはいっても、たった十三歳で送り込まれたのだ。 どれほど怖かっただろう。 どれほど恐ろしかっただろう。 殿下の背中を撫でながら、相槌を打つくらいしかできなのが歯痒い。 そんな私達を見て、騎士団長は控えめに口を開く。「殿下、良きお方と出会われましたね。王妃様も気丈なお方ですが、妃殿下は肝が据わっておいでだ。遠見で、戦場の様子もご覧になられていたはず。軍議の場だけとはいえ、殺伐とした空気は感じておられたのでは?」 問いかける騎士団長に、私は頷いた。戦場自体は見ていないけれど、騎士達の鎧は血に
last updateLast Updated : 2025-09-18
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36 洽覧深識(こうらんしんしき)

「リージュ様、論点がずれております」 とんちきな発言をした私に、ネフィは心底呆れた声で指摘した。それに反して、殿下は上機嫌だ。「え、じゃあ夜ならいいの? やった! そういえば、まだ寝衣も見た事なかったよね。どんな感じなんだろう……それを脱がすのも楽しみだな」  垣間見た弱々しさはどこへやら。艶を増していく紫の瞳は、確実に私を獲物として見ている。いつもとはまた違う、獰猛とも言える視線に呑まれ混乱する私に、騎士団長が助け舟を出してくれた。「殿下、今はそういった事はご遠慮ください。私をお呼びになったのは、妃殿下のお力について、でございますね?」 さっきまでの屍のような目とは一転、騎士団長の表情は、きりりと引き締まっている。既に私を『妃殿下』と称する点は気になるけれど、それを言い始じめたらまた話しが止まってしまう。不承不承ながらも、居住まいを正した殿下に胸を撫でおろし、騎士団長へと向き直る。「はい。此度の戦では、主にオードネンの動きに重点を置いていました。けれど、今後はアックティカを覗き見る手段がありません。国王や、その他の重鎮たちを絵姿で確認はしましたが、追う事は叶いませんでした。そこで、味方陣営の情報収集に観点を移してはと思ったのです。陛下にもご相談いたしましたが、賛同していただき、こうして騎士団長をお呼びする運びとなりました」 経緯を掻い摘んで伝えると、殿下も援護してくださる。「うん、僕も賛成。リージュ誘拐の時から、内通者の存在が懸念されている。オードネンも、こちらの情報が洩れていると仄めかしていたし。まずは騎士団を束ねる君、それから軍団長、師団長と広げていく。団長であれば数もそう多くはないし、リージュの負担も軽く済むはずだ。慣れてきたらもっと目を広げる」 じっと耳を傾ける騎士団長は、一つの疑問を呈した。「しかし、多くはないと言っても十名以上はいます。それら全てを網羅されると? 恐れ入りますが、名も爵位も様々です。私も完全に把握しているのは軍団長まで。それ以下の者は、各団長に一任している状態です。師団長は更に多く、兵卒ともなれば、かなりの功績を上げなけれ
last updateLast Updated : 2025-09-19
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37 引き継がれる災い

 私達の話しを聞いて、騎士団長は納得してくれた。他の騎士への橋渡しもしてくれると約束してくれて、一人ずつ呼び出すより招集した方がいいと提案してくれる。「その時は僕も同席するよ。騎士団には独身も多いからね。不届き者が出ないように、よく言って聞かせておいてよ」    殿下がそんな風に口を挟んでも、軽くいなしていた。遠見で視た時もそうだったなと思い出す。お飾りの御旗と揶揄されようと、時に励まし、時に厳しく指導してくれていた。殿下に戦場の『いろは』や王族の立ち居振る舞いを教えこみ、生還させたのは騎士団長のお陰と言ってもいいかもしれない。まさに騎士団の長として相応しい人だった。 そして口を尖らせる殿下を放って、居住まいを正すと真剣な目で私を見据えた。「そこまでお考えという事は、妃殿下はまた戦が起こると危惧されておいでなのですか?」 騎士団長の言葉に、殿下もふざけるのをやめて、こちらに視線を送る。私は頷き、確認するように考えを口にした。「はい。現在、アックティカは兵力が激減しております。ジュナ大平原での戦ではカイザーク四万に対し、アックティカは二万。その内の一万強を傭兵が占めます。この兵力差で七ヶ月も戦が続いたのは戦術に大きな隔たりがあったからです。騎士団長は私よりもお詳しいでしょう? 騎士は正々堂々と名乗りを上げ、騎馬で戦場を駆けます。しかし、傭兵は勝てばよいのです。どんな手を使っても」 騎士団長も憂慮していたのか、頷いて返してくれる。殿下も苦々しい表情で、同じように頷く。傭兵には散々な目に遭わされたのだから、その心労も分かる気がする。 ジュナの戦では、まず馬が狙われた。宵闇に紛れ、数度に渡って殺された馬は半数近い。傭兵は様々な専門家の集まりだ。夜目の利く盗賊や毒に秀でた薬師などがいる。それでもやはり人気なのは剣士だろう。一番功績を上げやすく分かりやすい。剣士も、戦い方は自由奔放。一対一を旨とする騎士とは違い、複数人で襲い掛かり、背後からの攻撃も意に介さない。仲間を助けようと援護に入ると、またその背後から襲われる。騎士は鎧を身に着けているから命は助かったとして
last updateLast Updated : 2025-09-20
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38 憂い

 騎士団長は年端もいかない世間知らずの戯言と切り捨てず、神妙に耳を傾けてくれた。私が思いつく程度の事だもの。ピエット伯爵の居場所もしっかりと伝えていから、きっと騎士団長は全て把握していらっしゃるはず。「確かに、ピエット・ガドネ伯爵が後を継いだとなれば、資金にも余裕があると思われます。そうでなくとも、オードネンの私財がアックティカに渡ったとするならば、さらなる軍の強化を謀るでしょう。アックティカ国内に放っている間者の報告では、飢える民から僅かばかりの残された食料を徴収しているそうです。周囲の国々にも見放され、同盟も放棄されました」 騎士団長は私の話しを肯定し、その背景を教えてくれる。せっせと他国に嫌がらせをしていた末路としては妥当だろう。陽の射す室内に、重い静寂が落ちる。 膝の前で組んだ両手を握りしめ、騎士団長は苦しげな声を吐いた。「この様子では、民が逃げ出すのも時間の問題。アックティカの民は、伝統を重んじます。代々受け継いできた土地をとても大切にし、祖先や家族を大事にする。今まで踏み止まっていたのは、それらを守ろうとしたからです。しかし、それすらも捨てねばならない心痛は、如何ばかりか……」 そう。それが一番の懸念だ。アックティカは豊かではないけれど、決して貧しいという訳でもない。酪農や農業が盛んで、特産の果実酒は貴族の間でも人気が高く、生産量が少ないために高値で取引されていた。それがこの戦で更に高騰している。店に並ぶのは、主に昨年出荷された物だ。騎士団長の言葉からも、生産自体が危ぶまれる。 外貨収入の大半を占める果実酒がそうなのだから、実際に民達の口に入る物は更に少ないだろう。それすらも奪い、私欲を肥やす国王が憎くてたまらない。 俯き、唇を噛みしめる私の手に、殿下の手が重なる。見上げると、陽の光を反射して輝く紫の瞳が優しく微笑んでいた。「大丈夫だよ、リージュ。もし流民が出たなら、ちゃんと保護する。他の国とも連絡を取り合っててね、父上も動いてくださっているんだ。今も受け入れるための避難場所を整えているし、その後の職場も用意してる。アックティカの農産技術は素晴らしいからね。どさくさ紛れに教えてもらおうかと
last updateLast Updated : 2025-09-21
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39 ︎︎獲物

 しんと静まる部屋に殿下と二人、ソファに並んで座る私は、自分でも笑えるほどに動揺していた。 貴族の、ましてや婚約者同士の男女が密室に二人っきりでいるのは、つまり『そいうこと』だ。ネフィがおとなしく出ていったのも、たぶん殿下の指示があったから。三日前は、殿下の止めてほしいという要請で、ネフィは部屋に留まっていた。ふと、そういえば騎士団長が来る前に到着した殿下を、驚きもせずに招き入れていたなと思い出す。 いつの間に連絡を取りあっていたのか、少し怖い。「リージュ、こっち見てよ」 殿下は下ばかり見ていた私の顎を掬い、無理矢理に視線を合わせると、声を上げる間もなく唇を塞がれた。数度、啄むように交わす口づけ。私には色事の技術なんて無いから、いつも殿下に頼ってしまっていた。年下なのに、殿下は慣れたように事を進める。 私が嫌がっていない事を見てとったのか、殿下はゆっくりと私に乗りかかってきた。二人掛けのソファだから、ちょうど体が収まり、寝転がった状態になってしまう。殿下は更に押し倒し、どんどんと密着してくる。 ついには馬乗りになって、私の頬を包み、口づけは更に深くなっていく。水音を立てながら何度も繰り返される口づけは、どこかいつもと違うような気がした。殿下の息遣いも切ないように聞こえて、お腹の底から何かがせり上がってきそうな感覚に囚われる。 体の奥がじんと疼き、どうしていいか分からない。怖いという思いと、その先を知りたい気持ちが入り混じる。下腹部がそわそわと落ち着かず、押し返そうとするけれど、殿下は獰猛なほどに私を貪っていた。ただの口づけなのに、なんだか食べられているよう。 それは次第に快楽へと変わっていき、秘所に湿り気を感じて足を閉じようとするけれど、間に入り込んでいる殿下の体で止められてしまった。「で、んか……ま、って……や……あっ」 いつもなら口づけだけで終わるのに、今日の殿下はやはりいつもと違う。するりと殿下の手が下りていくと、ドレス越しに胸を包み込んだ。「リージュ……僕が出征前に言った事、覚えてる? ︎︎もう我慢しないって、言ったよね? 嫌われるのは嫌だったけど、君も僕
last updateLast Updated : 2025-09-22
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40 熱の行く先

 『コレ』は、言ってしまえば殿下の想いの強さ。勿論、とても嬉しい。でも気まずさが勝って視線を彷徨わせると、そんな私を見て殿下は笑った。「リージュも感じてるんでしょ? 足、閉じようとしたよね。ちゃんと僕を男として見てくれてるんだ……ありがとう」 幸せを嚙みしめるように囁く殿下の声は、更に私の体を熱くする。きっと、殿下も年齢の差を気にしているのだろう。年を越して、私は十九になっていた。婚約が発表されてはいても、まだ婚姻には至っていないから、殿下の元には沢山の釣書が届いていると聞いている。婚約相手が年増の、しかも家格の低い伯爵家だもの。あわよくばと考えるのも頷けた。 年齢差は、絶対に埋まらない距離。背丈はあっという間に追い越されたけれど、こればかりはどうにもならない。私も、殿下も十二分に分かっている。それでも、惹かれる想いは止める事はできなかった。 こうして二人共にお互いを求め合い、感じあえる事は奇跡に近い。世界は広く、人は星の数ほど存在する。その中で同じ国に生まれ、出会い、愛し合えた。遠い昔の契約や精霊王の采配なのかもしれないけれど、今はそれに感謝しよう。 私はそっと殿下の頬に手を伸ばし、視線を合わせた。「殿下は私にとって、最愛の男性です。その、恥ずかしいですが、殿下が反応してくださるのは、私も嬉しくて……でも慣れていないので、お手柔らかにお願いします……」 どんどん小さくなっていく私の声に、殿下はまた笑う。「僕だって慣れてないよ。リージュが初めての人だもの。怖い時は言ってね。何よりもリージュが優先だから。女性の痛みは僕には分からないし、できるだけ優しくしたい。もう嫌だって言われたら立ち直れないよ」 殿下は明るく言うけれど、想ってくれているのがよく分かった。 でも。「あの、本当に私が初めてなのですか? それにしては手慣れてるような……」 言いかけた私に、殿下の瞳がすっと細くなる。「リージュが初めてだよ。他の女に手を出そうなんて気にはなれないし。信じられない?」 声も数段低くなり、妖しい光が瞳をよぎった。
last updateLast Updated : 2025-09-23
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41 重なる想い

 窓の外は満天の星が煌めく、明るい月夜。遠くに梟の声が響き、木々のざわめきが風の冷たさを感じさせる。 それはいつもなら気にもとめない、微かな音。でも、今の私には怖いくらいに大きく聞こえた。 湯浴みでネフィを筆頭に数人のメイド達に磨きあげられ、薄衣の寝衣を着せられて、私は大きな寝台に座っている。この寝室は、王太子夫妻のための部屋だ。寝台も自室の物とは違い、余裕で二人が横になれるだけの広さがある。それだけで、これから起こるであろう出来事が頭を過り、動きがぎこちなくなってしまう。 寝衣は透けているのではないかと思うほどに頼りなく、落ち着かない。窓から差し込む月明かりだけが部屋を照らし、焚かれたお香の細い煙が妖しい雰囲気を醸し出していた。 緊張で固まったまま、無限とも思える時間が終わりを告げる。 軽いノックが響き、私の部屋とは逆の扉が開く。この部屋にはお互いの自室からだけ入れるようになっていた。 現れた殿下も、同じような薄絹の寝衣を着ている。逞しい体の線がうっすらと見えて、私は咄嗟に顔を背けた。私が見ているように、殿下にも私が映っているという事だ。薄い寝衣を手繰り寄せ、どうにか体を隠そうと試みるも、殿下の腕が伸びてきて遮られてしまった。「リージュ、恥ずかしいの? すごく奇麗だよ。こんな姿の君を見れるのは、僕だけなんだ……はぁ、幸せ……」 殿下は私の首元に唇を寄せ、深呼吸する。昼間と同じ行動だけれど、今は薄絹一枚を隔てただけの温もりが伝わってきて、とにかく恥ずかしい。体中が心臓になったのかと思ってしまうほどに、鼓動が激しく鳴る。 顔を上げられずにいる私に、殿下は薄く笑いながら頬を包んだ。その手は熱くて、お互いの熱が交じり合うような感覚に陥る。   「こっち見て……」 真っ赤になっている事は自覚しながら、おそるおそる顔を上げると、すぐに唇を塞がれた。二度、三度と口づけしながら、殿下はうっそりと囁く。「やっと、君と繋がれる。この六年、どれほど夢に見たかな。出征してからは触れる事もできなくて、毎日君を想った。五年間はまだよ
last updateLast Updated : 2025-09-24
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42 睦言

 薄い光が窓から差し込んで、薪の爆ぜる音で目が覚めた。身動ぎすると、大きな腕が背中に回され、暖かな体温を感じる。ふわふわとした感覚で顔を上げると、殿下が私を覗き込んでいた。「……」 まだぼやける視界で見る殿下は美しく、そして優しい。そのまま何も考えずに抱きつくと、笑う声が聞こえてきた。「ふふ、まだ寝てるの? もうお昼だよ」――……お昼……。「っ!」 一気に覚醒した私の意識に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ殿下の姿。布団で隠されているとはいえ、逞しい上半身が目の前にあった。慌てて飛び退るも、私を隠すものもない事に気付く。そして、鈍く痛む下腹部に一瞬動きが止まった。そこへすかさず殿下の腕が伸びてきた。「だーめ、まだ逃がさないよ。昼食は部屋に運ばせるから、ゆっくりしていようよ。体は大丈夫? 無理させたよね、ごめん。少し意地悪もしちゃったけど、でも後悔はしてない。僕を感じてくれているのがよく分かったから、嬉しいんだ。女性を抱くなんて初めてで、上手にできるか不安だった。リージュが痛い思いするのは嫌だったしね」 私の髪を撫でながら、殿下は囁くように言葉を紡ぐ。情事の最中も、幾度となく気遣いの声をかけてくれた。私のいい所を探す殿下は意地悪だったけれど、時間をかけて体を慣らし、やっと繋がった時はとても嬉しそうで。好きな人と繋がるという事は、こんなにも幸せなのかと涙が零れ、まさに至福の時間だった。 殿下は何度も私を求め、最後の方はよく覚えていない。醜態をさらしていないかと不安が過る。「あの、殿下。私、変じゃなかったですか? あんな、はしたない声が出てしまって……嫌われていないか、不安で……」 正直、上手い下手は分からない。だって初めてなんだもの。こんな事、両親とも話す機会なんてないし、一応嫁ぐ上での必須事項として習ってはいたけれど、実技なんてある訳もない。ただ書物で得ただけの知識では、何が正解か分からなかった。 だから、正直に伝える。しかし待っても返事はなく、ちらりと殿下を見ると何故かむくれていた。「殿下……?」 どうしたのか
last updateLast Updated : 2025-09-25
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