Todos los capítulos de 離婚カウントダウン、クズ夫の世話なんて誰がするか!: Capítulo 761 - Capítulo 770

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第761話

若さに任せてイキってるタイプの男は、こうやって煽られるとまず黙っていられない。伶にそう言われた途端、松倉はすぐさま言い返した。「俺の義兄はな、この辺一帯の区長だぜ!実の姉の旦那だ。もう忠告してやったからな。これ以上なめたら承知しないぞ!」その得意げで尊大な表情があまりにも鼻につき、若菜は今すぐ張り倒したい衝動に駆られる。対して悠良は、むしろ静かで落ち着いたままだ。「『天網恢恢疎にして漏らさず』って言葉、聞いたことある?」「知らねぇし聞きたくもねぇわ。俺はイキって何が悪い。どうだ美人さん、俺と一緒になって損はねぇぞ?兄貴は区長、姉貴は銀行の支店長だ。うちの家柄考えてみろよ?どこの娘だって俺を選びたがるに決まってんだ。調子乗んなよ」最初、悠良はこの男の言動そのものに嫌悪感しかなかった。だが今はもう、気持ちは別の方向へ変わっていた。気色悪さより、哀れみのほうが勝る。哀れな人間には、必ず憎たらしい面もあるものだ。伶は眉間を揉み、口の端に嘲りを浮かべる。「その兄夫婦も可哀そうだ。すぐに職失って調査対象になるだろう」銀行関係なんて、クリーンな人間のほうが少ない。しかも夫婦そろって銀行の支店長と区長の組み合わせ。癒着の温床みたいなもんだ。松倉は目を見開き、思わず声を荒げる。「俺がホラ吹いてると思ってんのか?今すぐ兄貴に電話かけてやるよ。ただまあ、今ここでその女二人を渡すなら許してもいいぜ?子分たちが遊び終わったら返してやるよ。だが聞き分けねぇなら──覚悟しろよ?」伶は拳を握った。指の骨がゴリゴリと鳴る。「くだらない脅しはいいから、さっさとお得意の『顔が利く義兄』とやら呼べ。じゃないと、次は本気でぶん殴るかもな」自分が区長の名を出せば相手が引き下がると思っていた松倉は、それでも怯まない伶に逆に面食らう。「へぇ、いい度胸じゃねぇか。そこまで言うなら、見せてもらおうじゃねぇか。そこで待ってろ!」そう言い放ち、松倉はすぐ義兄に電話をかけ、開口一番こうだ。「兄貴......やられた!アイツらわざと女を使って俺をハメたくせにしらばっくれて、警察署で殴ってきやがったんだ!」「何だと?誰がそんな真似を?今行く」電話の向こうからそんな声が返ってくると、松倉は気分よさそうに鼻をすすった。「頼んだぜ
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第762話

伶はその言葉を聞いて、少し意外そうに眉を上げ、若菜を一瞥した。声もわずかに低くなる。「このまま見逃せって?」若菜「ここは私たちの縄張りじゃないし、正面からぶつかったら......」伶は返事をしなかったが、その視線には何か含みのあるものが宿る。そのタイミングで悠良が彼女のほうを見た。「何を怖がってるんですか。たとえ区長でも、話くらい通じるでしょう。鳥井さん、最初に悪さをしたのは向こうですよ。もしこんな連中がまかり通る世の中になったら、誰が被害者の味方をしてくれる?正義に立つ人なんていなくなりますよ」悠良の態度は揺るがなかった。たとえ今日、自分が留置されることになったとしても、この男とは徹底的に話をつけるつもりだった。若菜は眉を寄せ、不安げに口を開く。どうして悠良がそこまでこだわるのか理解できない。「勝ったって意味ないでしょ。よく考えてよ、あの人たちどうせ数日捕まるだけ。割に合わないじゃない。それに区長なんて......敵に回したら太刀打ちできないよ」彼女たちは長年ビジネスの世界でやってきた。「コネ社会」の現実は嫌というほど見てきている。どれだけ個人の力があっても、関係者をどうこうできるものじゃない──若菜も悠良も、そのくらい理解しているはずだ。理不尽でも、それが現実。どこにでもある話だ。悠良は眉をひそめ、若菜の変化に戸惑いを覚える。さっきまで怒りに燃えていたのに、なぜこんな短時間でまるで別人のようになってしまったのか。このままでは後々に響く。喧嘩をするにしても、まずは気勢が必要なのに。若菜にはその勢いすら残っていない。それどころか、撤退を促す始末だ。このままじゃ流れが崩れる──伶が作った空気も台無しになる。悠良は慌てて若菜を脇へ連れ出し、責めるのではなく、静かに語りかけた。「鳥井さん、怖いのはわかります。区長の身内が相手したら勝てないって思うのも当然です。でも考えてみてください。あんなに図々しい男、今回が初めてなわけがないです。もしここで引いたら、あいつはもっと増長しますよ。私たちだけならまだしも、でも次に狙われる女の子たちは?ただの一般人だったら、あんな地元のヤクザにどう抗えばいいんですか?」若菜は苛立ったように顔をしかめる。「まず自分たちの身を守
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第763話

伶はその言葉を聞き、思わず区長のほうに視線を向けた。「本当にそうなんだな?」「ええ、間違いありません」「わかった。手配してくれ。できるだけ早くだ」光紀が言い終えると、伶は状況をおおよそ把握したようにうなずいた。「了解」光紀はスマホを手に再び外へ出ていった。これからの処理は簡単で、電話一本で済むことだった。現場に戻る必要もない。一方、磯崎明洋(いそざきあきひろ)は松倉のほうを向き、威圧感たっぷりに問いかけた。「状況は?」松倉は彼を見るなり、鼻水と涙をまき散らさんばかりの勢いで訴えだした。その様子はまるでいじめられた嫁のようだ。「兄貴!俺たちが海辺で遊んでただけなのに、こいつらがいきなり寄ってきてさ、『私たちに興味ある?』って聞いてきたんだよ!俺たちみたいな健全な若い男に欲がないわけないだろ?向こうが砂浜でどうこうしたいって言ってきたんだ。なのに途中から騒ぎ出してさ!俺たちが何をしたっていうんだよ!あいつらのほうがいきなり殴ってきやがったんだ。ほら、この顔見ろよ!」磯崎は松倉の顔に殴られた痕があるのを見て、一気に怒りがこみ上げた。「お前ら、法ってもんを目に入れてないのか?相手を間違えたな」その言葉は悠良と若菜に向けられたもので、椅子に座っている伶には気づいていないようだった。そもそも、彼だけ雰囲気が違いすぎた。若菜は悠良の後ろに立ったまま、口を開くこともできない。だが悠良は一歩前に出て、まるで事を恐れぬように真っ向から言い返した。「もし今日は理屈と証拠に基づいて話をされるなら、こちらもきちんと向き合います。でも、もしそちらが上の立場を笠に着て彼たちをかばうつもりなら、話す価値もありません。今どきはショート動画がすぐ拡散されますよね?上が自分の身内をかばって真実を無視するなんて映像が出回ったら......そちらは自分の立場を守れますか?」その言葉を聞いても、磯崎は当初まったく取り合わず、鼻で笑った。「お嬢さん、僕を脅せると思ってるのか?まったく。最近の若い連中はすぐ人のせいにする」彼はどっしりと椅子に座り、余裕の態度。警察署の職員は彼が腰を下ろしたのを見て合図を交わし、すぐお茶を差し出そうとした。「お茶どうぞ。ここまで来られて喉も乾いたでしょう」彼は
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第764話

若菜は磯崎の権勢を恐れてはいたが、そんな物言いをされて、どうしても黙っていられなかった。胸の奥がざわつき、思わず口を開く。「周りの商売人はあなたが権力者で松倉さんの義兄だって知ってる。誰がそんな人間に関わろうとするっていうの?たとえ見たとしても、見てないことに決まってるわ!」「そう。完全に好き放題やってるじゃないですか」悠良もすぐに同調し、その目には若菜へのわずかな称賛が宿る。ようやく気持ちが戻ってきたらしい。さっきまでの腰の引けた様子には、彼女自身もうんざりしていた。磯崎は鼻で笑い、目の前の二人など取るに足らないと言わんばかりだ。「いいだろう。そんなに自信があるなら証拠を出せ。松倉がお前たちに何か企んだって?直接的な証拠は?証人は?まさか自分たちを証人扱いしようなんて言わないよな?被害者は証人になれないんだよ」悠良と若菜は顔を見合わせ、言葉に詰まる。当時は状況も混乱しており、自分たちの身を守るのが精一杯だった。証拠を押さえる余裕などあるはずがない。二人が黙り込むのを見て、松倉は薄気味悪い笑みを浮かべる。磯崎が背後にいることで、急に強気になったのがありありとわかった。ズボンのポケットに両手を突っ込み、顎をしゃくり上げて得意げに言う。「ほらな?前にも言っただろ、やめとけって。お前らじゃ俺に勝てないんだよ。イケメン連れてきたからって勝てるとか思ったか?」そう言って警察署の職員たちに向き直る。「今の状況、見りゃ分かるでしょ。あいつらは証拠ゼロ。でも俺には、手を出してない証拠がある。向こうから寄ってきたくせによ。女が美人局とかさ、終わってるよな。そんな真似して、家に知られたらどうするつもりだ?悲しませるだけだぞ?」まるで教師気取りで説教を始めるその態度に、悠良は眩暈がしそうになる。あまりの図々しさと反省の欠片もない言葉に、もう意識が飛びそうだ。思わず人中を押さえ、怒りに血管が切れそうになるのをこらえる。「自分が何をほざいてるか分かってんの?事実をねじ曲げて、こんなクズがいるなんて......!」磯崎は足を組み、もはや勝利を確信した余裕の表情。「はいはい、事件の筋がもう見えたんだから、さっさと終わらせよう。いつまでも時間は割けないんでね」「はい。状況はもう明白ですし、そ
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第765話

松倉はそれを聞くなり、鼻で笑ってあざけった。「ふざけてんのか?そんなもん出したって、ここから出られると思ってんのか?世の中ナメてんのか?」悠良はその場にいる全員――磯崎と、自分たちを連れてきた二人の警官をぐるりと見渡した。誰の表情も「取るに足らない些細なこと」という顔で、最初から真剣に調べる気など欠片もないのが見て取れる。この場所では、何もかもがこうして処理されるのだろう。ここに暮らす人々が、どれほど安心とは無縁の生活をしているか、想像するだけでぞっとする。権力の影に日々押さえ付けられ、公平などどこにも存在しない。その時、伶が低い声で静かに口を開いた。「試してみるさ。この動画が外に出せないかどうか」彼は横を向き、悠良に言う。「撮れ。撮り終わったら俺が上げる。ここまで好き勝手できるかどうか、見せてもらおう」磯崎の、年老いていながらも鋭さを宿した目が、思わず伶に向く。これまで数えきれない人間を見てきたが、目の前の男は言葉では説明できない圧を放っていた。職に就いて以来、初めて感じる種類の威圧感だった。彼はすぐには反論せず、松倉を片腕で引っ張ると、少し離れた場所で小声で問いただす。「この男のことをどれだけ知ってる?まだ隠してる情報はないだろうな?僕はお前のくだらん騒ぎに巻き込まれて終わるのは御免だ」突然の態度の変化に、先ほどまでいい気になっていた松倉はぽかんと口を開けた。「え、え?何言ってんだよ、兄貴。ただのよそ者だよ?心配することなんかある?仮に強いバックがあっても、俺らには関係ないだろ。手伸ばせる範囲なんか限られてんだからさ」磯崎は眉間に皺を寄せる。「どうして限られると断言できる?もし裏に何かいたらどうする気だ」松倉は一瞬固まったが、すぐに鼻で笑って否定する。「兄貴、どうしちゃったんすか。慎重なのはわかるけど、あり得ないって。もし本当にそんな力があるなら、とっくに何かしてきてるだろ」その言葉で、さっきまでの磯崎の疑念も少し押し返された。確かに。どんな後ろ盾があろうと、ここは自分の縄張りだ。よそ者一人に好き勝手されるはずがない。そう思ってもなお、胸の奥に小さな不安は残る。だが、もうここまで来てしまった以上、今さら引くわけにもいかない。「さっさと片付けよう。僕
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第766話

「わかってる」ちょうどその時、磯崎に一本の電話が入った。内容を見た瞬間、眉間に深い皺が刻まれる。彼は警察署の職員二人に短く指示した。「とにかく早く片づけろ、今はそれが最優先だ」「了解しました」そう答えると、磯崎はスマホを手にそのまま外へ出ていく。残った職員二人が調書と提出された証拠をざっと確認し始めた。「これですべてが終わりました。そちらには決定的な証拠はないみたいですし......まだ訴えるつもりなら証拠を出すか、これ以上ごねるなら拘留になります」そう言って、書類を二人の前に乱暴に放り出した。「ここにサインしてください。そしたら帰っていい」そのタイミングで光紀が近づき、別の書類を伶に差し出す。「寒河江社長、ご依頼のものです」伶はそれを受け取ると、目元にうっすら笑みを浮かべ、手元の書類を軽く掲げてみせた。「証拠がないなんて誰が言った?もし法律通りにこいつを裁けないなら、こっちは控訴するだけだ」さらに目を細め、その声音には妙な余裕が滲む。「まあ、もう後悔しても遅いだろうな。もうすでに話は広まってる。明日には仕事すら守れないかもな?」職員二人は顔を見合わせ、それからひとりが堪えきれず吹き出した。「ぷっ......お前、何言ってんだ?自分の立場わかってんの?」「こっちはさんざん大目に見てやってんのに、まだ調子に乗るか?」しかし伶はまるで気にしていない。悠々とタバコに火を点け、ゆっくり煙を吐きながら一言。「慌てるなよ。すぐわかる」松倉は呆れ顔で腰に手を当てる。「じゃあ見せてもらおうか。お前ら三人があと何分イキがれるのか。どうせ今夜はここでお泊まりだな?」その様子に若菜は不安を隠せない。まさか夜中に警察署で過ごすなんて絶対に嫌だ――そんな場所、一生近寄るつもりもなかったのに。しかもここは雲城じゃない。もし雲城なら、伶がひと言でどうにでもできる。しかし今は他所の土地。勝手はきかない。それに、相手の素性を考えれば、アリを潰すみたいに自分たちを消すくらいわけないのだ。松倉が人前であれほど好き勝手できるということは、今回が初めてではない証拠。後ろ盾がなければあんな態度は取れない。「伶......もうサインしようよ。今回のことは、もうなかったことに
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第767話

松倉は伶の言葉に歯ぎしりしながら吐き捨てた。「いいだろう、そっちが大人しく済ませたくないなら、もう容赦しねぇ!」その時ちょうど電話を終えた磯崎が戻ってきた。顔色はどこか険しい。だが松倉はそんな変化に気づくはずもなく、目の前の「獲物」をどう料理するか、それしか頭にない。「兄貴、こいつらサインしねぇってよ。いつも通り拘留でいいだろ?」「拘留?証拠ならここにある。調べもせずに拘留って、どんな理屈だ」伶は最初から落ち着き払っていた。微動だにしないその横顔には、一切の怯みも焦りもない。普通の人間では到底出せない圧がそこにはあった。「証拠」という一言に松倉は即座に反応し、動揺を隠しきれない。「は?どんな証拠だよ?どっから持ってきた?......あ、わかった、でっち上げだな!全部俺をハメるための――」「でっち上げかどうかは、見ればわかる」伶が書類を取り出そうとしたその瞬間、磯崎がそれを押さえた。態度も声色も、まるで別人のように一変していた。「寒河江社長、先ほど確認しました。完全に松倉の非です。ご安心を。必ず公正に対処します」その言葉に、伶の手が一瞬止まる。「証拠を見なくていいのか?冤罪だと思われるのは俺も困るが?」磯崎は慌てて首を振る。「いえ......!大丈夫です。これは我々の落ち度です。確認の必要はありません」その様子を目にした松倉は、呆然としたまま声を上げた。「ちょ、兄貴?何言ってんだよ!電話一本で何があったんだよ?なんか勘違いしてるだろ!?あいつらに証拠なんてあるわけ――」パァン!乾いた音と同時に、磯崎の手のひらが松倉の頬を打った。「黙れ!こんな下らん件で騒ぎを起こしやがって!周りの商売人を買収して偽証させただと?よくもしてくれたな!」それでも松倉は食い下がる。「俺はそんなことしてねぇ!どうしたんだよ兄貴!さっきまで普通だったろ!?なんでそっちの言い分信じてんだよ!」だが磯崎はもう取り合わない。少しでも早く火消しをすることしか頭にない。「いいから黙ってろ!猥褻未遂でも強姦未遂でも、然るべき拘留をしろ」警察署の職員たちは顔を見合わせて固まった。何が起きた?さっきまで全然違う流れだったはずなのに。しかし上の命令には逆らえない。二人は無言で松倉
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第768話

ほどなくして三人は全員拘束された。磯崎も、ようやく後始末に取りかかるしかなくなる。彼は愛想笑いを浮かべながら近づき、頭を下げた。「寒河江社長、先ほどは私が目が曇っておりまして、正雄様が元軍人だったとは露知らず、本当に申し訳ありませんでした。うちのガキが甘やかされて増長してしまいまして......今回で事の重大さは骨身にしみました。保証します。今後こんなことは二度と起こしません」伶は本来、悠良のために一矢報いればそれで良かった。ここで騒ぎを拡大して共倒れになっても、よそ者の立場では得などない。今は相手の地元、好き勝手できる場所ではないのだ。伶は眉間を揉みながら言った。「どうやって?結局どれだけ閉じ込めるかも、そっちの胸三寸だろう」「そこは安心してください。ここまで話が大きくなったんです、いくら私でも、バカじゃない限りそこまではしません。何が大事で、何がどうでもいいかくらいの分別はあります」伶は手にしていた書類を机に置いた。「ここにあるのはあいつの素行だけじゃない。磯崎さんのことも書かれてる。この数年、自分のやってきたことくらい分かってるだろ。だがまあ、そっちはどうでもいい。俺の条件はひとつだけだ」伶が言い終える前に、磯崎は食いつくように返した。「どうぞ、何でも言ってください」「簡単だ。あいつが撒いた種をちゃんと始末しろ。被害者がいるなら慰めるなり補償するなり、責任を取らせろ」磯崎は深くうなずいた。「わかりました。必ず」ひと段落ついたのを見て、伶は悠良と若菜に向き直る。「帰るぞ」磯崎は丁重に三人を車まで見送ってから、警察署へ戻った。ようやく職員二人も事情を飲み込み始める。「磯崎さん、さっきの男、何者ですか?松倉さんの言う通り、ただのよそ者じゃないんですか?いくら手が長くても、ここまでは届かないでしょ?」磯崎は、伶が去った方向を見つめながら、自嘲気味に笑った。「確かに、本人は何もできない。だが、あそこのじいさんがその気になりゃ、僕なんざ一瞬で席を外される。僕が飛ばされたら、お前らが無事でいられると思ってるのか?」二人はその場で黙り込んだ。――車に乗り込んでからも、若菜は呆然としていて、しばらく経ってようやく口を開いた。「ねぇ、どういうこと?伶、さっきあの磯崎が言
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第769話

伶の言葉に、若菜はハッとしたように黙り込み、思考が一気に沈みこんだ。彼女は確かにそう考えていた――余計な揉め事は避けるに越したことはない、と。特に相手の「後ろ盾」が自分より強ければ、真正面からぶつかったところで損をするのは自分だけ。そう思い込んでいた。それでも、若菜は自分の感情を押し殺せなかった。内側を突かれたのか、声が震え、言葉に涙が混じりはじめる。「そりゃあ、そう言えるわよ......だって、あなた達は最初からひとりじゃないじゃない。今日が小林さんだったってだけで、彼女の後ろには伶がいるからでしょ」そう言うと同時に、彼女は鼻をすすりながら続けた。「そんなこと言って何になるのよ。私だって強気に出たかったに決まってる。でも、その力がなきゃ意味ないじゃん......!」伶は遠慮のない物言いで、ズバッと切り込んだ。「そう思うならはっきり言っとく。仮に今日、俺がそばにいなかったとしても、悠良は君みたいに引っ込んだりしない。必ず自分で状況をどうにかする」悠良は思わず彼を見つめ、口元がわずかに上がる。まるで自分の言葉をそのまま代弁されたかのようで、視線に自然と敬意が宿った。そして彼女は若菜に向き直る。「そうですよ。自分を信じないと。それに、あの場面は完全に手詰まりってわけじゃなかったんですよ。今はショート動画が世の中で一番燃えやすい。ああいう連中が一番恐れるのは、自分達の悪事が拡散されることです。一人の問題が表に出れば、そこから芋づる式にどれだけ広がるか分からない。もし鳥井さんだったら、わざわざ火種を捨てて大火事を招くような真似します?普通は避けるでしょう?」彼女の目も声も揺らがない。「鳥井さんに同じやり方を求めない。でも、自分のためにも、ああいうクズを野放しにしちゃいけません」どれだけ世の中が冷たくても――彼女は自分の熱を失わない。見過ごすことなんてしない。その言葉と伶の態度が、若菜の胸の奥を真正面から射抜いた。彼女は呆然と立ち尽くし、しばらく返事すらできなかった。ホテルに戻ったあと。伶と悠良は若菜を部屋の前まで見送った。悠良は責めることなく、むしろ穏やかに声をかける。「今日は色々ありすぎたし、もう休みましょう。続きは明日でいいので」若菜の様子はどこか虚ろで、呼吸
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第770話

結局、悠良は伶に押し切られ、そのまま病院へ連れて行かれた。彼女は仕方なくベッドに横たわりながら、ふと考えた。どういうわけか、最近は病院と縁が切れない。海外から帰ってきてからというもの、何かにつけて病院通いばかり。理由は色々あるが。まあいい。体は大事だ。健康あってこその人生。悠良はベッドに横になったまま、ふと彼の顔を見た。疲れの色が濃いことに気づき、声をかける。「寒河江さんも少し横になったら?一日中動き回ってたでしょ」「ここで見てるだけでいい」伶は横の椅子を引き寄せ、腰を下ろす。悠良は、さっき警察署で彼が言った言葉をずっと考えていた。迷った末に、やはり聞いておきたくなった。「ねえ、今日どうして正雄さんとの関係まで使おうと思ったの?正直、鳥井さんの言ってたことも一理あると思う。あの松倉とかいうやつを刑務所に入れられなくても、大した問題じゃなかったし。ここは私たちの地元じゃないし、人の縄張りで何を仕掛けられるかわからない。相手の背景も読めなかったし、変に騒ぎが大きくなったら損しかないじゃない」警察署では頭に血が上って考えが回らなかったが、今になって冷静に思えば、あれは軽率だった。もし自分の感情で火種を撒いて、後から面倒が噴き出したらと思うと、確かに無謀。それに、彼が一番嫌うことも分かっている。白川家との関係を使うなんて、彼の流儀にはそぐわない。元々あちらとの仲はこじれている。いまさら正雄に頭を下げるなんて、彼にとっては屈服そのものだ。そんな人間じゃないはず。辛い頃でさえ、彼は一度も正雄に頭を下げなかった。会社が傾いた今ですら、折れることを拒んでいる。そんな彼が進んで関係を使う理由なんて、一つしか考えられない。自分のためだ。自分が悔しい思いを飲み込まずに済むように。若菜のように泣き寝入りせずに済むように。そのために、彼はあえてプライドを曲げたのだ、と。胸の奥がつんと熱くなり、鼻の奥までひりつく。「ごめん......私のせいで、正雄さんに頭を下げさせちゃった」責めるどころか、彼は優しく髪を撫でた。その眼差しには柔らかさと甘さが滲んでいる。「昔の俺にとっては、確かにプライドは大事だった。誰にでも頭を下げられても、正雄だけには無理だった。でも
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