All Chapters of あなたからのリクエストはもういらない: Chapter 151 - Chapter 160

173 Chapters

151.焦燥(前世)

奈月はもちろん急いでいた。原作がベストセラーになった小説だったからか、映画自体まだ何も撮っていないというのに既に話題となっていた。そこにオーディションで受かって出演するとなれば、いくら新人といえどもある程度の注目は浴びるはずだ。ただの新人女優として映画やドラマに出たところで大して話題にもならないだろうし、奈月はこのチャンスを掴んで自分に価値を付けたかった。そうすることで、佐倉家に嫁いでもおかしくない女になりたかったのだ。だから、すぐにでも入れる事務所が必要だった。まったく、なんだって私がこんなことー!イライラしながら親指の爪を噛み、タクシーを捕まえて希純の会社へと向かった。到着するなり早足で受付を通り過ぎ、社長専用のエレベーターに辿り着く。これらは彼女の姉がまだ生きていた頃から奈月に許されていた特権で、今まで文句を言われたことなどなかった。だが今ー「お待ちくださいっ」エレベーターの扉が開こうとした時、向こうから慌てて駆け寄る受付嬢が言った。「こちらは社長専用です。申し訳ありませんが、まずアポイントの確認をお願いします」「はぁ?」「……」急いでいる為か、奈月はいつもの猫を被り忘れていた。受付嬢はそれに引きつりながらも微笑みを忘れず、穏やかに彼女を宥めた。「社長は本日、どなたともお約束されていません。ですので、まずはご連絡をー」「ふんっ」だが奈月はその言葉を最後まで聞かず、開いた扉をさっさとくぐり、ボタンを押した。「お客様!」閉まっていく扉の隙間から焦る受付嬢を見ながら、奈月は嘲るように嗤った。誰よ、あれ。新人かしら?私がフリーパスだって、きちんと引き継ぎなさいよねっ。心の中で不快感に愚痴を言い、最上階まで昇る。そしてーバンッ!「希純さん!」奈月は思い切りオフィスのドアを開け、中にいた希純と秘書を驚かせた。「あら、ごめんなさい」瞬時に厳しい目を向ける彼らに、奈月は気まずげに微笑んだ。いつもなら、これで済んだはずだ。希純はいつだって、どんなに傍若無人に振る舞っても、奈月の味方だったから。でも今日は…。「どういうつもりだ?」「え…?」受話器を静かに置いた彼の冷たい態度と口調に、奈月はついていけなかった。目をパチパチと瞬く彼女に、希純は更に言った。「約束もなく急に来て、何のつもりかと訊いている」「…
last updateLast Updated : 2025-11-17
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152.神原(前世)Ⅰ

「いいだろう」確かに希純は言った。だが、こうも言っていた。「あそこは確かにうちのグループの者がやってはいる。だが、俺はまったくタッチしていない。だから、お前がそこで俺の名を使うことはできないし、使わせない。それでもいいのか?」一切の揺らぎのない冷たい瞳でそう言われ、一瞬眉を顰めたが、とりあえず奈月は事務所に所属して映画に出られればよかったので、力強く頷いた。「大丈夫よ。私、頑張るからっ」「……」希純は頷いただけで、何も言わなかった。彼はなぜ奈月が佐倉グループにある芸能事務所を知っているのか、不思議に思った。あそこは正直言ってろくでなしの親戚を適当に閉じ込めておくだけの捨て会社で、〝佐倉〟の名前すら使わせていない、実績も何もない、まともな所属タレントがいるのかすら分からない所だった。だがこれ以上奈月に纏わりつかれないようにする為にも、彼女をそこで適当に頑張らせておけばいいと思った。奈月が珍しくオフィスに留まらずにいそいそと出て行く姿を見て、希純は鼻で嗤った。芸能人になったところで彼女にどんな価値があるっていうんだ?希純は秘書にその事務所について調べるよう言った。そして半日も経たず、その実態を知ることができた。「は…本当にろくでなしだなっ」希純はその内容に呆れて顔を顰めた。今まで放置していたのは、とりあえずろくな経営はしていなくても大きな問題になるようなことはなかったからだ。だが、どうやら考えが甘かったようだ。その事務所は希純の従姉妹の夫が経営しているのだが、芸能事務所とは名ばかりの会社だった。所属しているタレントはいるが、ほとんどがただのホステスやホストだった。中には真面目にアルバイトをしている者もいたが、稼ぎが少ないからか、事務所では雑用に使われてもいた。社長は神原(かんばら)という男だったが、奴は自分の妻が希純の従姉妹だと吹聴してまわり、特別扱いされるのを常としていた。従姉妹とはいっても父親の純孝側ではなく、母親である芳香の方の親戚だ。その夫なら、ほぼほぼ他人であるにも拘らずそんな風に威張り散らしていることに、希純は不快感を覚えた。が、それ以上に神原が芸能界を夢見て集まった少年、少女たちを食い物にし、適当に言い包めて高額のアルバイトをさせ、〝研修費〟を捻出させていることに軽蔑の念を抱いた。適当な講師を呼んで歌を歌わせた
last updateLast Updated : 2025-11-17
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153.神原(前世)Ⅱ

なに?頭おかしいの?奈月は目の前で唾を飛ばしてがなる男に、不快感を隠さず顔を顰めた。「なんだ、その顔は!?」「……」この神原という男は状況を全く理解していないようだ。奈月はそう思うと、はぁ~とわざとらしいため息をついた。「あのねー」そうして淡々と、頭の悪い者にも分かるようにゆっくりと語って聞かせた。「私は、ここの、所属タレント。あなたは、ここの、社長。いうなれば、あなたは、私の保護者、のような立場よね?」「なんだって?」神原は驚いて、思わず彼女をぽかんと見つめてしまった。彼は見た目も大きく、威圧的な雰囲気を持っている。だからか、彼が怒鳴ると大抵の人は萎縮してしまうのだ。ましてや女なら尚更、震え上がって言いなりになる。それなのに、なんだこの女は?なんで俺をバカを見るような目で見てるんだ??神原は黙り込んで奈月を見つめた。もしかして…デカい後ろ盾でもあるのか…?そんな風に思ってしまうほど、彼女の態度は尊大だった。だが彼は思った。俺だって負けてない。なんせ、妻はあの、佐倉希純の従姉妹なんだから!神原は気を取り直して、ゴホンッと咳をした。「連絡先は?持ってるのか?」「そんなの、自分でなんとかしなさいよ」「……」つまり、持ってないんだな。神原は確信した。連絡をしたところで役なんかもらえない、と。「分かった。調べて、連絡が取れたらまた報せる。今日はもう帰れ」その言葉に奈月は満足気に頷き、くるりとワンピースのスカートを翻しながら足取りも軽く去って行った。その後ろ姿を見送り、事務所のドアが閉まったところで神原は妻にメッセージを送り、彼女が言っていた映画のプロデューサーの連絡先を調べるよう言いつけた。神原は知っていた。きっと妻は希純に連絡を取って調べてもらうだろう。自分はそれを待ってさっさとこの面倒な案件を片付け、奈月をどうやって借金地獄に落とすか考えなければならない。それを思うと、自然と神原の口角が上がった。あの女は一見可愛らしい、清純そうな見た目をしているが、その目に底意地の悪さがしっかり宿っている。こういう生意気な女は中途半端に脅しても反発してくるだろう。脅すなら徹底的に。もしくは顔の良い男を使って懐柔するか骨抜きにする。どちらにしても一度様子をみなければ判断ができない。そうしてあのスタイルと顔、そして生意気な態度
last updateLast Updated : 2025-11-17
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154.感傷(前世)

神原は黙って離婚届にサインした。本来なら離婚したくなかった。なぜなら、彼女と別れたら佐倉希純との繋がりがなくなってしまうからだ。でも、ふと気がついた。今目の前にある契約書。その中には当然、ついさっき契約したばかりの浅野奈月のものはない。彼女のことを思い出した時、ふとその顔が記憶に引っかかり、そして思い出したのだ。あの女は過去、佐倉希純と噂になったんじゃなかったか…?確かに記憶の中に、彼らが並んで写真に撮られているものがあった。そう思った時、妻との離婚などどうでもいいと思えた。元々既に破綻した関係だったのだ。それならいっそ、別れて自由になってやろう。そう思ったのだった。神原がなにより危惧したのは希純との縁が切れてしまうことで、奈月がいればそれも心配ないと分かった以上、気持ちの上でも余裕が出た。ほぼ全ての所属タレントと契約を解除することになったが、奈月がいれば困ることはない。あの女は貪欲なタイプだし、放っておいても仕事を取ってくるだろう。それに、タレントになりたいなどと夢を見て街に出て来る若い奴らはゴロゴロいるのだ。新たなカモはまた見つければいい。その為にも、神原は当初の予定を変えて、奈月には本当に女優になってもらわなければ困ると思った。所属タレントとして彼女を紹介する為にも、それが今一番重要なことだった。次の日。折り返しの電話を悶々としながら待っていた神原の元に、やっとその報せがきた。プロデューサーの彼が言うには、ヒロインではないが、ヒロインを虐める同級生役に抜擢されたらしい。奈月にそう言うと、彼女は嫌そうに眉根を寄せたが、それなりにセリフもあって主役との絡みも多いと分かると渋々納得した。神原は幸先のいいスタートに浮かれていたが、その時また、一通のメールが届いた。そこには希純の名前で、冴子と離婚が成立したことで、神原の事務所が佐倉グループから削除されたことを報せるものだった。神原はそれを見てふんっと鼻を鳴らした。まぁ、いいさ。浅野奈月がここにいる以上、あの男との縁は切れないだろうし。いや、むしろ冴子よりも頼みごとはしやすいかもな。そう思うと、笑いがこみ上げてきた。*「所属していた者たちへの補償金は皆渡ったか?」「はい。全てに行き渡りました」秘書の返事に頷くと、希純は神原を調査した書類をバサッと投げ置いた。希純は今
last updateLast Updated : 2025-11-17
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155.罠(前世)Ⅰ

なんでよ!なんでこんな上手くいかないの!?奈月は爆発しそうな怒りをグッと堪え、自分に申し訳なさそうに説明するプロデューサーに悲しそうな顔を作って尋ねた。「私…如月先生に何かしたんでしょうか…?」「いや…どうだろう…?心当たりはないの?」「ありませんっ」涙を零した。プロデューサーはそれを見て、焦って言った。「ぼ、僕からももう一度訊いてみるからっ。ね?」「……はい」あの女!許さない!よくも私のチャンスを!!奈月は俯いて、ハンカチで涙を拭くふりをして悔しさに顔を歪めていた。あれから数日、事務所から電話をもらって奈月は急いで神原と2人、プロデューサーの下へやって来た。映画出演の契約をする為だった。役柄は全く納得のいくものではなかったが、主役との絡みが多ければそれだけ出番も多いということで渋々頷いたというのに、いざ契約に来てみれば話が変わっていたのだ。それもこれも、如月尚がダメ出しをしたせいだと言う。彼が言うには、どうやら奈月にあてられた役は後から作られたもので、しかも尚の許可も得ずに、外の脚本家に頼んで書いてもらったキャラクターらしかった。それが尚の逆鱗に触れて、「こんなのはもう自分の本じゃない!許可もなく勝手に、しかもよその人間にストーリーを変えさせるなんて、言語道断だ!」と映画化の話すら断りかねない勢いなのだというのだ。「そんな…」なんて大人気ないの!?奈月は拳を握った。ちょっとくらいストーリーが変わったからって、それがなんだって言うのよ!?面白ければそれでいいじゃない!俯いたままぶるぶると身体を震わせる奈月をプロデューサーは泣いているのだと勘違いして、「必ずどこかに出してあげるから」と約束した。そもそも彼は、尚が奈月をオーディションで落とした理由に不満を持っていた。彼女は奈月に対して個人的な恨みがあるらしく、それを理由に「不合格」とした。確かに絶対に奈月でないといけない、というほどではなかった。でも、そんな個人的な理由で落とすなんて間違ってる。彼女の将来を潰す行為だ。彼は義憤に駆られていた。だいたい、主演の真田聖人が「他の役で出してあげる」と約束していたのだ。それを反故にするなんて、彼女はちょっといい気になってるんじゃないのか?ああ、そうか。如月尚は真田聖人と仲がよかったな。もしかして、彼を奈月に盗られると思っ
last updateLast Updated : 2025-11-17
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156.罠(前世)Ⅱ

「はい、これ」「……」本読みの前の顔合わせで、改訂版の台本が皆に配られた。尚はプロデューサーの勝手でイジられた部分を全部削除し、彼が勝手に決めた奈月のキャラクターを新たに入れたストーリーを作ってきたのだ。といっても全体の流れは元のままで、ほんの少しだけ話を加えたに過ぎない。それでも彼女の負担は大きく、ほぼ徹夜で仕上げてきたのがその目の下の隈からも見て取れた。「大丈夫?」聖人が気遣うと尚は肩を竦めただけで応え、自分の席へと戻って行った。聖人はその新しい台本をパラパラとめくり、変更部分を確認した。なるほど。聖人はそれを読んでフッ…と微笑った。浅野奈月の役はヒロインを虐める役。それはそのままだった。が、前は虐めグループのリーダーだったのに、改訂版ではそのリーダーの小判鮫的な役になっていて、意地が悪いのにドジで、せっかくヒロインの為に用意した罠にみすみす自分がハマってしまうような、典型的な役立たずなキャラクターになっていた。〝虐め〟という経験者にはちょっと心を抉ってしまうようなシーンを、彼女を使って少しコミカルに、そして経験者には少しスカッとしてもらえるような展開にしていたのだ。聖人はそんな尚をさすがだな…と思いつつも、奈月が酷い目に合うシーンが何度もあることに、苦笑を禁じ得なかった。もしこれで彼女が不服を申し立てるなら、おそらく彼女は切られるだろう。正直、いてもいなくても構わない人物で、無くても構わないシーンだからだ。監督からしてみれば余計なものを撮らされて、削らなければならないものが増えるという、なんの呪いだ!?と頭を抱えるような案件だった。それもこれもプロデューサーが勝手にやったことで、尚はその彼の失態を庇ってくれたということになっているので、文句も言えなかった。彼にできることと言えばプロデューサーを変えることと、意外と出番の多いド新人の奈月をみっちり鍛えることだけだった。彼女の出来次第で、この映画の質も落ちる可能性があるからだ。監督はふぅ~とため息をつき、チラリと隣の席の尚を見た。いつもの彼女なら、彼の視線に微笑みながら会釈してくれるくらいの親しみはあった。だが今は何を考えているのか、入り口の辺りを不機嫌に眺めているだけで、周りのスタッフ達とも言葉を交わしたりはしていなかった。「?」監督が不思議そうにその視線の先を見て
last updateLast Updated : 2025-11-23
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157.罠(前世)Ⅲ

「いい加減にしろっ」「キャッー!」その日、常になく不機嫌だった聖人が、さすがに撮影に影響があるから一人にしてほしいと言っているにも拘らず、奈月からいつものように纏わりつかれて声を荒げた。そして掴まれていた腕を思い切り振り払った拍子に奈月がぐらりとバランスを崩し、足下にあった石に足を取られて真後ろに倒れそうになったのだ。聖人は驚き、咄嗟に彼女の腕を掴んで倒れないようにしたところ、なぜか奈月の方から彼の胸に飛び込んできたのだった。「……」どう見ても、わざとだった。一瞬緊張した現場に、呆れの失笑がこぼれた。誰もが、奈月が聖人を狙っていることに気づいていたし、そんな彼女を聖人が迷惑に思っていることも知っていた。だからこの時、誰も彼らに近づいて「大丈夫か?」といった声かけをしなかった。が、それがこんなにもバカバカしい事態を引き起こすとは、尚は思いもしなかった。それはー『スクープ!!真田聖人、新人女優と熱愛!?撮影現場で堂々と抱擁!』そんな見出しの記事が、翌朝には出ていた。尚は朝のワイドショーでこの事を知った。へぇ…もう見境ないのね。彼女は朝食のパンと紅茶を口にしながら、感心したように呟いた。そして、この代償は大きいわよ、奈月…。と嗤った。彼女は真田家を敵に回すことがどれだけ恐ろしいことか、全く分かっていなかった。事実ならまだしも、全部デタラメ。こんな都合のいい写真が出ることが、まず怪しい。仕込みがあったとしか思えない。あるとしたら、それは奈月以外にあり得ない。尚は最後の一口の紅茶を飲んで、出かける支度をした。その1時間後ー真田エンターテインメントは「事実無根」というコメントを出し、一部始終を録った動画と聖人のコメントをネット配信した。彼は奈月があからさまに自分について回ってきていたことから、事務所社長である弟の英明に相談して人を手配し、〝メイキングを撮っている〟との名目で許可を取ってずっと自分に近づく者を撮影していた。だから今回の事が起こった時も彼は慌てず、すぐに否定のコメントを出し、当時の様子を映した映像を流したのだった。この確固たる証拠がなければ、彼は奈月にいいようにされていたかもしれない。もちろん売名目的もあっただろう。でも一番の目的は、おそらくこのスクープを利用して聖人に〝責任を取らせる〟ことだったのだろうと
last updateLast Updated : 2025-11-23
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158.罠(前世)Ⅳ

コンコン…プロデューサーは奈月と神原を連れ、会議室のドアをノックした。「失礼します。お連れしました」そう言った彼の後ろに2人はついて、部屋の中に入った。そこには監督と、2人の男がいた。わぁ…素敵な人…。奈月は、その中でも明らかに特別な雰囲気を持った男に目を奪われていた。どこかで見たことがあるような…。でも、思い出せない。そんなもどかしい気持ちを抑えながら、奈月はニコッと微笑った。これまでなら、こうすることで男でも女でも警戒心を解いてくれた。けれど、この男とその側に立つもう一人の男は全く無反応だった。そして監督に促されるまま奈月たちは椅子に座り、衝撃の一言を言われたのだった。「浅野さん、君にはこの映画を降りてもらう」「え…?」「……」奈月は驚いて目を見開いたが、なぜか神原は黙ったままだった。「な、なんでですかっ?監督、私、何かしましたか!?」反論すると、冷たい目を向けられた。「なに…?」なんでそんな風に見るの!?ずっと私のこと虐めてたくせに!クビですって!?「監督だからって、そんな勝手なことしていいと思ってるの!?」我慢できずにそう喚くと、一番奥の席に座っていた男がフッ…と嗤った。奈月が視線を向けると、その男はチラリと側に立つ男を見て、差し出された書類をめくって見た。「ちゃんとサインしてるじゃないか」「は…?」最初にその男に見惚れたことなどすっかり忘れて眉を顰める奈月に、神原が慌てて「おいっ」と止めようとするが、彼女は構わなかった。「あんた誰よ。口出ししないでっ」「……」男はピクリと片眉を上げ、その他、奈月以外の全員が瞬時に顔色を青くした。「お前……」彼が誰か知らないのか!?いいとこの娘ぶって佐倉希純の義妹だと自慢しながら、自分ですら知っているこの男を知らないだと!?神原は頭を抱えた。今更のように、とんでもない爆弾を抱えてしまったと後悔に苛まれた。「…?」会議室の中は静まり返り、一気に温度が下がったように感じた。なに…?なんなのよ!奈月はキョロキョロと周りを見渡して、原因となっている男に視線を戻した。そしてその、自分を見下しているような彼の目つきに憤慨した。「ちょっと!どこの誰だか知らないけど、私は佐倉グループの佐倉希純の義妹よ!そんな態度、許されると思ってるの!?」「……」切り札だと思ってい
last updateLast Updated : 2025-11-23
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159.浅野奈月の場合(前世)Ⅰ

バンッ!!神原が額に青筋を立てて思い切りデスクを叩いた。「いつまでもグダグダ言ってんじゃねぇ!」「なんですって!?」その日、奈月は彼から指定された現場に赴き、そこでまたもやトラブルを起こして早々に帰って来ていた。奈月は映画の出演がなくなって以来、どこのオーディションを受けようが一次審査すら通らなくなっていた。それは、彼女が真田グループを敵に回すほどのトラブルメーカーだとの噂が業界中に知れ渡ってしまったからだった。問題は彼女自身にその意識が薄く、なぜ皆が自分を避けるのか、自分は何もしていないのに!と逆に被害者意識を持っていることにあった。神原の怒りに煽られたように、奈月も言い返した。「だいたい、あんな仕事しか取れないあんたが無能なのよ!」「なんだと!?」2人は一歩も引かずに睨み合った。映画出演の契約を解除された後、奈月には莫大な借金が課された。ギャランティの10倍。これはもともと新人で対した額ではなかったので、奈月の感覚ではそれほどでもない。ただ、賠償金額の方はそうもいかなかった。あの時、怜士は言った。「奈月の撮影時にかかった費用を〝全額〟」だと。それはつまり、彼女以外の出演者のギャラ、スタッフなどの人件費、無駄にしたフィルム代、等など…。制作サイドが支出した金額全て、返さなければならないということになる。真田怜士は無駄金を使う気は一切なかった。彼のグループの資産からしたら端金ではあったが、これはグループ下の者たちが働いて作り出した金なのだ。それをこんなバカげた女の為に捨てるはずがなかった。なので、端数まできっちり請求していた。「なんなのよっ、この1円単位まである賠償金!」普通端数は端折るでしょ!?どんだけケチなのよ!?奈月はイライラと爪を噛んだ。こんなんじゃ、いつまで経ってもお金返せないじゃない!彼女は最初、請求書が渡された時、神原に払うように言った。宛先が【神原芸能企画】となっていたからだ。それを受け取った神原が当たり前のように奈月に渡してきた時、彼女もまた、当たり前のように彼に突き返したのだ。「こういうのは普通、事務所が払うもんでしょ?」「ふざけるな。お前が俺に契約書を見せる前に、勝手にサインしたんだろうが。内容の確認も理解もしなかった点で、お前の責任だ。俺は払わない」「何言ってんのよ!」喚いても、神原は
last updateLast Updated : 2025-11-23
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160.浅野奈月の場合(前世)Ⅱ

奈月は立ち竦んだ。どうしよう…。彼女の顔は血の気が引いて青白くなり、背中にはじっとりと冷や汗をかいていた。神原の前であれだけ大見得を切ってしまったのに、結局どこからもお金を出してもらえなかった。彼女はお金を稼ぐ為にと神原が取ってくる仕事に、どうしても行きたくなかった。始め、女優になることに拘っていた奈月に彼が取ってきたのは、全く話題にもなっていない深夜枠の恋愛ドラマだった。不満はあったが、それでも女優であることに変わりはないし、ここから這い上がっていく気満々で彼女は現場に行ったのだ。ところがいざ行ってみると、撮影に入る前に聞いていたベッドシーンがほとんど奈月の裸を晒すことに特化した単なる濡れ場シーンだったことを知って、「話が違う!」と激怒して帰って来てしまったのだ。馬鹿にするな!という怒りと、こんなにも軽んじられたことへの屈辱感に、奈月は神原を詰った。だが、「仕方がないだろう?ギャラの高さで選んだんだから。お前だって、いつまでも借金を抱えていたくないだろう?」と言われた。それはそうだ。誰が好き好んで借金を抱えていたいものかっ。でもだからといって、何でもやると思われたくない!自分はそんなに安い女じゃない!そう主張した。そしてそれに対する神原の返事が「ふんっ、高潔ぶるのもいいが、今回のことでまたお前の借金は増えたぞ。綺麗な仕事、好きな仕事だけやって返せる額なのか?」だった。「な…!また増えたって、どういうことよ!?」ダンッと足を踏み鳴らすと、ため息をついた後バカを見るような目で見られた。「仕事を受けた時点で既に金が発生するんだよ。撮影準備とかいろいろあるだろ?それをお前が、勝手に、台無しにしたんだ。当然、お前が支払わなきゃダメだろ?ん?」「……っ」ひどい!そんなの聞いてないわ!奈月は、両手の拳を指が白くなるほど力を込めて握り締めた。そこまでしないと、お金って稼げないの!?でもどうしても、どうしても嫌だった。だってそんな事をしてしまったら、世間に全部晒されてしまうじゃないかっ。自分はいずれ誰かと結婚をするのだ。そんな仕事をした女を、名家に育った男が娶ってくれるはずがない。だから、絶対に駄目だっ。奈月が頑固に言い募ると、神原ははぁ…とため息をついて少し考えているようだった。「じゃあ、脱がなきゃいいんだな?」確認するよう
last updateLast Updated : 2025-11-23
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