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夢の中で、いつも希純の側にはあの女がいた。彼は美月の死に泣き崩れているくせに、あの女を側に置いていたのだ。今世？美月が離婚を切り出さなければ、きっとあの女はまだ希純の側にいただろうことを思うと、彼女の運命は離婚をきっかけに前世とは違ってきていた。花果は言った。「回帰した人は前世の記憶を持っている」と。それが本当なら、美月は回帰したのではないのか？前世何があったのか知らないが、死んでしまった過去を変えたくて、今世離婚を選んだのではないのか？中津にはそうとしか思えなかった。「そんな……」中津が自分の考えを述べると、希純の顔は青褪めていた。「だから…あんな急に離婚を言い出したのか…？」希純は、中津の話を聞いてあの日のことを思い出した。ただ、どれも推測の域を出なくて確かめる術もない。頭の中では否定している。そんな荒唐無稽な話があるものか！と嘲笑う自分がいる。でも…。心の中で、そうかもしれないと思ってしまう自分がいることも否めない。希純はこの難問に頭を抱えて、そんなことを言ってきた中津を恨めしげに睨んだ。彼は苦笑しただけで、何も言わなかった。くそ…っ！一つだけ言えること。それは、もしも本当に美月が回帰者なら、前世で自分は彼女にとてもひどいことをしたのだ、ということだ。それならば、自分は何をおいても彼女に償わなければならない！希純はそう心に決めて、ここのところずっと悩ませていた問題にケリをつけることにした。「中津」呼びかけると、彼は「はい？」と首を傾げた。「決めたよ。俺は美月を追いかける」「……は？」中津は決意に満ちた希純の顔を見て、数秒固まった。いや、なんでそうなる？？自分の中で、この話をしたらきっともう彼は美月を追いかけることはやめるだろうと思った。何が原因か分からないが、彼女が自ら離婚を選んだということは、彼女の死に何らかの形で彼が絡んでいるということじゃあないのか？それなのに追いかける？なんで？？中津にはもう、希純の考えが全くわからなかった。*「俺は違う…。でも…美月は、そうかもしれない…」「……」それが、「回帰者なのか？」という問いの答えだと気付いて、尚は眉を顰めた。美月が…？並んで座る希純の俯いた顔が真剣で、唇を噛み締めているのを尚は見た。そして思った。確かに。それはあり得るかも…。でも、な

「美月が死んだ直接の原因は、交通事故だったわ」「事故…」その言葉に、希純は内心ホッとしている自分がいることに気がついた。一番恐れていたのは、自分が彼女に何かしたのでは…？ということだったので、そうではなかったと知って気が抜けたのだ。だがそれを見抜いた尚に睨みつけられた。「直接じゃなくても、あの娘を殺したのはあなたと奈月よ」「！？」驚愕に目を見開き、サーッと顔を青褪めさせた希純にはお構いなしに、尚は続けた。美月は前世、死ぬまで希純の妻だったこと。希純は今と違ってずっと奈月を寵愛し、美月を無視していたこと。奈月はその間ずっと美月を挑発し、嫌がらせを繰り返していたこと。そして希純はそれを容認していたこと。そんな希純の態度が使用人にも伝染して、美月はいつも彼らに侮られていたこと。希純は何があっても奈月を庇い、美月に濡れ衣を被せていたこと。そして最後に、奈月がわざと美月の手の上にピアノの蓋を思い切り閉め、彼女の手を潰したこと。希純はそれに傷つき痛みを訴えていた美月を演技だとバカにし、わざと転んだ奈月を抱えて部屋を出たこと。その後、美月が一人で病院に向かう為に乗ったタクシーが事故に遭い、彼女が死んだこと。尚はそれらを語り終えると、震える息を吐き出した。「……」次々と紡ぎ出される事柄に希純は唇を噛み、そして呟いた。「そんなはずは…」信じられなかった。自分が美月を疑うなんて…。だが…。「はぁ？」その呟きは尚の逆鱗に触れた。「あんたねっ！」彼女はガバッと身を乗り出し、希純のネクタイを鷲掴んで引き寄せた。「何も知らないくせに簡単に否定するつもり！？ふざけんじゃないわよ！あの娘が死んだ時、あの娘の両手の指は全て折れてたわ！医者がそう言ったのよっ」「…っ」尚は希純から手を離し、彼をドンッ！と押した。その憎々しげな目つきは、今にも目の前の男を引き裂きそうなほど鋭かった。だが彼女はそこで大きく息を吸い、またもや気持ちを落ち着けた。そして静かに、だが吐き捨てるように続けた。「あなたと結婚して少しした頃、あの娘がポツンと言ったの。〝まるで籠の鳥だ〟て！」「……」確かに。結婚当初、彼は美月を連れてよく食事や旅行に出かけた。けれど、彼女は思ったほど楽しそうでもなく、どちらかといえば旅行中もピアノのレッスンができないことを気にしていた

「……」尚は前世での自分の行動を思い出して、ほんの少し気分が悪くなった。忘れていた訳ではない。思い出さないようにしていたのだ。それが今、希純たちに前世での記憶を話したことで想起されたにすぎない。はぁ…。尚は目を閉じて額に手をあてた。彼女のやったことは褒められたことではない。でもあれくらいやられて当然だ！という気持ちもある。なんせ彼らは間接的にだが美月の命を奪ったのだ。それどころか、子どもの命まで…！尚は中津と別れる前の会話を思い返した。軽率だったかもしれない…。でも、彼ならきっと約束は守ってくれるはず。先ほど、尚は確認も込めて中津に尋ねた。「あなたは知ってるの？そのー」「？」首を傾げる中津を見て迷ったが、やはり言っておいた方がいいと思い口を開いた。「美月が死んだ時……彼女が妊娠してたこと…」「え…」彼は愕然とした。ああ…知らなかったのね…。尚はその顔を見て苦笑した。「あの男には言わないで。あんな口の軽い奴に知られたら、美月に話してしまうかもしれないから」「……」「これ以上、あの娘を苦しめたくないの」彼女の真剣な眼差しに、中津は困ったように眉根を寄せた。「いいんですか？彼女の子供ですよ？」その言葉に尚の瞳に涙が滲んだ。「だったらどうするの？彼女に〝あなたが回帰者だって知ってる〟て言うの？〝死んだ時、実は妊娠してたんだよ〟て？」「……」「そんな残酷なこと、できないわっ…」そもそも尚は、回帰のことを彼女に尋ねる気はない。美月が話さないのには多分に〝信じてもらえないだろうから〟というのがあるだろう。でもそれ以上に、きっと忘れたいのだと思うのだ。あんな辛い日々は忘れて新たな人生を生き直したいと思っているのなら、自分はそれを全力で守りたい。尚はそう思っていた。だから頼んだ。「お願い。彼には話さないで。変な罪悪感で、彼女にまた付き纏うようなことはして欲しくないの」「でも…。謝罪はさせるべきでは…？」それにはただ首を振った。「言ったでしょう？彼女はもう、新しい人生を生きてるの。前世の罪を今世で償われても、迷惑でしかないわ」「それはー」彼女が決めることでは…？そう言うと、尚は瞳に力を込めてはっきりと告げた。「いいの。前世でのあの男の罪は、前世で償わせたから」「…あなたが？」「ええ」強く頷いた。そ

数日後ー。なんでこんなことに！？奈月の頭の中は混乱していた。チラリと両親を見ると、彼らも不満げな顔をしていた。特に父親は口をへの字に曲げて、希純への不満を隠そうともしていなかった。彼は娘の自信たっぷりな言葉に従って、お金はあるが容姿も、性格も、評判も良くない最悪な男との見合いをセッティングしていた。奈月は言った。「最悪の男でないと同情されにくいじゃない。大丈夫よ、希純さんが止めてくれるから。別に婚約してる訳じゃないんだから、破談にしても慰謝料とかもいらないし、もし請求されても希純さんがなんとかしてくれるわ」と。なのに、なんでその止めてくれるはずの希純が仲人みたいになってるんだ！？奈月を見ると、彼女も顔を青褪めさせていた。確かに彼らの噂は浅野家の事業に少なからず影響を与えた。けれど、こんな男を婿に迎えなければならないほど落ちぶれちゃいない！フンッと鼻を鳴らすと、希純の視線が向いた。「お義父さん、どうしました？」「いや…何でもない」ゴホンッとわざとらしく咳をした。希純はそれを見て薄っすらと嗤い、側に控えていたウェイターに食事の用意をさせた。そして「皆さん、ご安心ください。この場は私が全て整えます。あなた方は何も気にせず、お互いに親交を深めてください」と言うと、相手方の山井家の両親はにこやかに頷いた。奈月は泣きそうになりながら、希純を見た。「希純さん…」「奈月、彼が山井高雄（やまいたかお）くんだ。彼は山井家の三男だから、浅野家に婿入りできる。君は両親と彼と一緒に家を盛り立てて、美月の分も幸せになってくれ」少し寂しそうに微笑ってそう言うと、希純は「さて…」と立ち上がった。「申し訳ありませんが、私はこれで失礼します。この部屋は終日貸し切ってありますので、ごゆっくりどうぞ」にこやかに挨拶をして、希純は背を向けた。「希純さんっ」奈月が呼び止めると、彼は振り返り「じゃ、頑張って」と片手を上げて部屋を後にしたのだった。浅野家の３人は呆然とし、山井家の３人は次々と並べられる豪華な料理に目を輝かせていた。特に奈月の見合い相手である山井高雄は、滅多にお目にかかれない高価なワインに視線が釘付けだった。今日の会計はあの佐倉希純持ちだということだったので、浴びるほど飲んでやろうと密かに意気込んでいたのだ。彼は始めからこの見合いが上手く

真田エンターテインメントには、尚が最初に賞を取ってインタビューに応えたあと、英明からの接触で所属することになった。彼曰く、「な〜んか、君がいたら楽しそうだなぁ〜て思ってね〜」ということだった。最初は正直、なにそれ？と相手にするつもりはなかった。チャラいし、全然社長らしくないし、信用できそうになかったから。でも断っても諦めずに接触してきて、とりあえず事務所内を見せてもらって、それが想像と違ってしっかりしていたことから、まぁ、いいか…と入ることにしたのだった。実際、細々とした雑事をやってくれるのは助かったから。そんな事もあって尚が事務所に時々顔を出すようになり、同じく俳優として所属していた聖人と知り合った。彼は会ってすぐに尚にアプローチをかけてきて、「一目惚れだ」だの、「運命だ」などと言ってはデートに誘ってくるようになった。尚としては仕事に集中したい時期だったことから相手にしていなかったのだが、美月のことがあって彼があの真田家の人間だと思い出し、その好意を利用して協力を願い出たのだった。「お願いがあるの。でも、無理だったら断っていいわ」「大丈夫。無理じゃない」聖人は客観的に見ても〝いい人〟だったので心苦しくはあったのだが、尚は美月の復讐の為に敢えてそれを無視した。聖人は言った。「君の力になれるなら、なんでもいいよ」と。その言葉は彼女の罪悪感を刺激したが、これからやる事を考えると、彼を受け入れるわけにはいかなかった。「以前仰ってた映画化の件ですが、よろしくお願いします」『オッケ〜』その後、英明に直接連絡を取り、その軽い返事に眉を顰めながら尚はある条件も出した。それは「男主人公は真田聖人」「ヒロインとサブヒロインはオーディションで選ぶ」というものだった。理由は「イメージに合う女優が思いつかない」と言ったが、本当はここに奈月を誘い出したかったからだ。尚は知っていた。美月が亡くなってから、奈月は芸能界に入りたがっていた。おそらく、自分に付加価値を付ける為だろう。彼女は美月と違ってこれまで愛嬌だけで生きてきたので、いざ希純との結婚を考えた時に家格の差を埋めるような価値が自分には無い、ということに気がついたのだろう。それで芸能界へ…というのがいかにも短絡的で彼女らしいと呆れたが、希純を諦めて、どこぞの奥様に収まられてしまうと自分との