Semua Bab あなたからのリクエストはもういらない: Bab 21 - Bab 30

56 Bab

㉑ウェディングドレス

「わぁ〜、綺麗」等身大の鏡に映った自分に、奈月は感嘆の声をあげた。オフショルダーのマーメイドドレス。真っ白な透け感のある生地を何枚も重ねて、胸元をまるで花びらが開いたような形に整えている。全体的にレースが施されているドレスの、スカートはフィッシュテールでスタイル良く魅せていて、足元から上に向かって花をモチーフにした刺繍が、ドレスの裾まで一分の隙もなく美しく仕上げられていた。「素敵……」ドレスに合わせたジュエリー、ティアラ、ハイヒールと、一式飾られていたのを取り出して身に着けた。ライティングにも気を配って写真を撮ってもらうのは、本当に気持ちがいい。「ほんと綺麗なドレスですねぇ」カメラマンを呼ぶわけにいかないから、仕方なく家政婦の三和良子(みわよしこ)にスマホを渡し、何枚も連写して数パターンのポーズを撮ってもらった。「もういいわ。ありがとう」奈月は満足気にOKを出し、急いで確認していく。そんな彼女を見ながら良子はどこかそわそわと落ち着かず、思い切って口を開いた。「あの、奈月さまー」「なーに?」呼ばれた本人は振り返りもせず、夢中で写真を見ながら返事をする。「そろそろドレスは脱いだ方がよろしいのでは…?」「ん〜、なんで?」不安気な良子とは対照的に、奈月は呑気な口調だった。「そ、それは、奥さまのウェディングドレスでは…」「そうよ〜」何十枚と撮った写真をスッススッスと流し見て、気になったものは矯めつ眇めつしながら何度も確認し、そうしてようやく、ベストなものを3枚決めた。「ふふ〜ん、これ見たらびっくりするかなぁ?きっと姉さんより綺麗だって言ってくれるわっ」奈月は期待に胸躍らせて、『いつかを夢見てー』という曖昧ながらもはっきりと要求したキャプションを添えて、それぞれの角度から撮った彼女のウェディングフォトを投稿した。「よしっ」できた!と投稿し終わった事に満足して、奈月は着替える為に立ち上がった。「三和さん、お願い」「はい」その命令し慣れた口調に、良子は嫌悪しながらも逆らえなかった。本物の奥さまがこの別荘にやって来た時、良子は度肝を抜かれた。彼女は奈月を佐倉希純の妻だと思っていたので、そうではなく、ちゃんとした奥さまが存在したことに騙された気分になったのである。しかもすごく美人。当然怒っていたが、奈月のように当たり散
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-28
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㉒子猫

三和良子がこの別荘に家政婦としてやって来て少しした頃、奈月がどこからか子猫を連れて帰って来た。その子はシルバーグレーの美しい長毛種で、ふさふさの尻尾とクルンとした大きな翠の瞳をした、明らかに血統書付きの可愛らしい猫だった。お世話をするのはもちろん良子で、奈月は都合の良い時だけ可愛がっていた。子猫は賢い子だったので、エサをくれるのは良子だけで奈月が自分に対して愛情など持っていない事を知っていたのか、いつも良子の足にまとわりついてニャーニャーと甘えていた。それを面白く思わない奈月に時々叩かれたりしていたが、写真を撮る時だけは優しく振舞っていたので、良子は心配しながらも放っておいた。だが、やはり事は起こってしまったー。「きゃっー!」という悲鳴と、ドンッと何かがぶつかる音がして、キッチンで奈月の食事の用意をしていた良子は慌てて2階にある主寝室に向かった。「奈月さま!どうかされましたー!!」勢いよくドアを開けてすぐさま目に入ったのは、白いワンピースを着て髪の毛も綺麗にセットした奈月が、その頬を押さえ、憎々しげに床に倒れている子猫を見下ろしている場面だった。「ど、どうされましたか…?」床に倒れたままピクピクと痙攣している子猫は、明らかにどこかケガをしていた。恐る恐る部屋を見回すと、壁に血が擦れたような跡があり、よく見ると子猫の頭の下には小さな血溜まりがあった。「奈月さまっ……」「なによ!この子が悪いのよ!!私の頬を引っ掻くから!見なさいよっ、これ!」そう叫んで、奈月は良子に押さえていた頬を見せた。そこには確かに引っ掻いたような跡があり、血も僅かに滲んでいた。こんな、明日には消えてるような傷程度で……?良子は眉をぎゅっと寄せて、一瞬、奈月を責めるように見てしまった。「その目はなに!?私が悪いっていうの!?」「いえ……」良子は彼女の剣幕を恐れて俯いた。「ぼさっとしてないで、片付けなさい!」奈月はそう言うと、「まったく、なにしてくれてんのよっ…」とブツブツ吐き捨て、鏡で顔のチェックをしていた。そして傷ついた頬を見てチッ!!と盛大に舌打ちし、未だ呆然と倒れた猫を見ている良子にうんざりしたようにため息をついた。「片付ける前に、こっちの手当てをしてちょうだい。それは後でいいわ」「……はい」良子は救急箱を取りに1階に降りた。彼女は奈月が
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-06-28
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㉓如月尚

「働こうと思って…」「……」いや、無理でしょ。如月尚は、目の前に置かれたミルクティーに口を付けてコクンと一口飲み込むと、カップを静かに置いた。「なんで?」働かなくても食べていけるのに働くなんて、理解できないわ。美月は一つ息をつくと、悩ましげに口を開いた。「だって、離婚するし。何もしないのも人生無駄にしてる気がして…」「いやいや。好きなことして人生謳歌しなさいよっ。せっかく腐る程お金あるんだし、私だったら絶対!働かない!」「……」尚の勢いに驚いて固まってしまった美月は、次の瞬間くすくすと笑った。「あなたらしいわね。確か、小説家になった時も〝決まった時間に決まった事するなんて無理!好きな時に好きな事したいの!〟て言ってたわね?」「そうよ!才能は活かさなきゃ、ね」魅力的なウィンクをして、彼女は言った。「ピアノは?昔、目指してたじゃない?ピアニスト」「……」それを聞くと、美月は少しだけ哀しそうに瞳を揺らした。そうして小さな声で「もう無理よ」と呟いた。「もう何年もまともにレッスンしてないし、今はそこまで思ってないわ」そう言った彼女の顔を見て、尚は「嘘だ」と思った。だが、確かに彼女は結婚を期に、ピアノだけに情熱を傾けなくなった。それはあの男が彼女にそう仕向けたからで、どんなに彼が彼女を愛しているようでも、尚は彼を許せないと思った。本当に大切に思っているなら、彼女の夢を応援してほしかった。彼女には才能があったのにっ。美月と尚は国立の音楽大学に通っていた。2人ともピアノ科だったが、美月と違って、尚は自分の意思で通っていた訳ではなかった。彼女にとって、ピアノはあくまでも数多くある趣味の内の一つだった。生来器用だったから小手先の技術に長けていて、試験には合格したが、大学で自分の限界を知って、早々に退学をした。誰もが「もったいない」「諦めるのが早すぎる」などといろいろ言ってきたが、美月だけは苦笑交じりに「あなたが選んだのなら、仕方ないね」と言った。嬉しかった。彼女だけが、自分を否定しない。どんな風になっても、彼女だけはきっと友達でいてくれる。一生の得難い親友だ!そう思った。尚は大学を辞めたことで、両親からはほぼ勘当扱いされた。家は追い出され、仕送りも止められた。そうすることで、彼女が後悔して自分たちに許しを乞うてくると思っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-02
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㉔許さない

如月尚は佐倉美月に並々ならぬ恩を感じていたので、彼女を害そうとするような奴は徹底的に排除してきた。芸術の世界もそうかもしれないが、それ以前に美月は名家の令嬢としての立場がある為、悪意ある噂を流されることは致命的だった。今思えば、一種執着めいた想いだった。でもあの時、家族にも友人たちにも見限られて、途方に暮れていた自分に唯一手を差し伸べてくれたのは彼女だけだ。そんな彼女に執着してしまうのは、仕方ないことだと思う。幸い、自分は自分の世界を築く事ができた。美月との適切な距離を取り戻すことができた尚だったが、それでも彼女の周りにはいつもアンテナを張り巡らせていた。だから、すぐに気付いた。美月の妹、奈月の目に、嫉妬の炎が揺らめいている事をー。それ以来、尚は彼女の行動を注視していた。もちろん、SNSサイトをチェックするのは基本だ。彼女のように自己愛の強い女は絶対に手を出すツールで、見れば案の定、私、私、私…のオンパレード。尚はそれを鼻で嗤いながら、毎日チェックしていたのだった。そして、やっぱり見つけた。奈月は姉の夫を手に入れようとしている。尚は無意識の内にそれに協力している、鈍い男を嫌悪した。この最低男めー!彼女は昨夜更新された写真とキャプションに、ぎゅっと眉を顰めた。『いつかを夢見てー』「………」尚のスマホを握る手に、力が入った。佐倉希純!浅野奈月(あさのなつき)!絶対許さないから!!尚は、奈月のその投稿に「見たぞ」という警告を込めて、〝いいね〟を残した。美月は午前中、お昼前の親友との約束の時間まで、ゆっくりと過ごしていた。その間に、奈月の投稿写真はしっかりと確認していた。2人の事などもうどうでもいいと思いながらも、彼女が自分のウェディングドレスを着ているのを見るのは辛かった。あればオーダーメイドで、出来上がるまでに何度もデザイナーと打ち合わせをし、希純の好みを入れながら自分のスタイルや雰囲気に合った物を作り上げたのだ。出来上がったドレスに合わせたジュエリーもティアラも全て一点物。ハイヒールに至ってはデザインは良いがヒールが高すぎて、彼女が少し不安を口にしただけで、希純が作り直しを指示したくらい念がいっていた。彼女が人生で一番幸せを感じた日の特別な物が、こうして簡単に奪われる現実を、美月は認めることができなかった。佐倉
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㉕奈月Ⅱ

「どういうことだ?」希純は目の前に立つ妻の妹で、自分の義妹である浅野奈月に問いかけた。「お昼ご飯よ?」「……」そうじゃない…。俺が言いたいのはそういう事じゃない…。希純はデスクに置かれたランチボックスを前に、頭を抱えた。オフィスで取り引き先とのビデオ通話をしていた希純は、いきなりドアを開けられて思わず固まってしまった。「義兄さんっ」華やかな装いと弾んだ声音に、一瞬何が起こったのか分からなかった。だが、通話相手からの遠慮がちな呼びかけにハッとして、彼は急いでお詫びをし、後日また連絡をする旨を伝えて通話を終えた。そして次に秘書課へと連絡し、中津を呼び出した。『外出中ですが、連絡いたしましょうか?』「何処へ行った?」『A商事です』「……戻ったら俺のところへ来いと伝えろ」『かしこまりました』電話を受けた彼女は、これで終わりだと思って受話器を下ろしかけた。『おい、今日俺に付いてるのは誰だ?』「わ、私です…」ヤバい。私、何かした……?『今、何をしてるんだ?』「え、あ、あの…社長の、ランチの注文をー」『チッ!』ひえぇぇ…。なになに!?何なの???彼女は恐る恐る訊いた。「何かございましたか…?」『オフィスに来い!!』怒鳴られた。彼女は半泣きになりながら立ち上がると、急いで社長のオフィスへと向かった。「失礼いたしま…す?」早歩きで希純のオフィスへと行き、呼吸を整えノックをし、ドアを開けたところでー。彼女は固まった。え…誰?いつの間に??誰が通したの!?この一瞬で、彼女は自分がなぜ呼ばれたのか理解した。彼女を睨みつける希純の目は鋭く、それだけで失神してしまいそうだった。「お前が通したのか?」「いえ……」「じゃあなぜ、彼女がここにいる?」「………」そんなの、私が知りたいですぅぅ…っ。俯いて黙り込む秘書に、希純はため息をついた。一方奈月は、中津が来ると思って身構えていたが、入って来たのが気の弱そうな女性だったことに安堵した。容姿のチェックもしたが、自分には及ばないと評価し、ライバル予備軍から排除した。「どうして怒ってるの、義兄さん?」えぇぇぇ!?義兄さん?奥さまでも妹でもなく、まさかの義妹なの!?秘書の彼女は内心ひどく驚いて、思わず社長と義妹だという女性をジロジロと見てしまった。「わからないのか?
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-02
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㉖自覚

希純は彼の姿を目にするや否や、このほんの数日で溜まった鬱憤を晴らすように口を開いた。「お前!俺の許可なく、何処へ行ってたんだ!?」ビッと人差し指を突きつけて喚いたのに、中津は謝るどころか呆れたようにため息をついた。「A商事です。聞かれませんでした?」「なんだ、その言い草はっ。何の為に行ったのか訊いてるんだ、俺は!」そう言うと、中津はちらりと奈月を見て眉を顰めた。「何をしにいらしたのですか?」「私……」彼女が言い淀むと、彼は部屋の中にいた同僚に訊いた。「来客予定に入ってたか?」「いいえ…」答えると、中津はもう一度奈月を見て、それから希純を見た。「なんだ?俺はA商事に行った理由を訊いてるんだぞ。関係ない事を口にするな」「……。先日のA商事との会食の件、お忘れですか?そのお詫びに伺っておりました」「詫びだと?」希純の眉がピクリと跳ねた。「はい。ずいぶんと失礼な物言いをされたそうで…。危うく契約が破棄されるところだったと聞きましたが?」中津がそう言うと、希純はこの場にいたもう一人の秘書を睨みつけた。「わ、私が言ったわけでは…っ」震える同僚を庇うように一歩前に出て、中津が更に言った。「ご自身の事情で八つ当たりされるべきではありません。あちらの方がこちらとの関係を保ちたいと思っていただいていたから良かったものを、そうでなければ多大なる損失を出していたはずです。あなたはご自身の発言にどれだけの影響力があるのか、もっと自覚されるべきです」「………」言葉の出ない希純に、奈月が近寄ろうとした。その時、「お帰りください」「え…?」ピタリと足を止め、中津の方を戸惑ったように見た。それに対し、彼は容赦なくピシャリと言い放った。「会社は遊び場ではありません。ましてや連絡もなく訪ねてきて、許可もなく入り込むとは…。一体どういうつもりですか?」「あ……」青褪める奈月に、さすがに希純が口を出そうとすると、それを制してまた言い放った。「社長、同じ事を繰り返されるのなら、私はお暇をいただく事にいたします」それを聞いて、希純はふんっと鼻を鳴らした。「脅すつもりか?俺がそんな事を気にするとでも?」嗤って言い返す希純に、中津はため息をついた。「脅しではありません。そんな立場ではありませんので」「……」中津の目には冷たい色が漂っていて、
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-02
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㉗後悔

持参した希純の為のランチボックスを返されて、奈月は涙目になった。だが誰も慰めないことからここにいても無駄だと思ったのか、彼女はすぐに踵を返し、挨拶もなくオフィスを出て行った。「会社を出るまで送って。エレベーターは〝一般社員用〟を使うように」「あ、はい。もちろんですっ」最後までいた同僚に奈月を送るよう指示し、中津はやっと肩の力を抜いた。そんな彼を希純はジロリと睨んだ。「ずいぶん、好き勝手言ってくれたな?」冷たい声音だったが中津には慣れっこだったので、彼は皮肉げに口の端を上げただけだった。「彼女にはあれくらい言わないと通じませんよ」「ふん…。俺にもずいぶんな物言いだったが?」そう言われて、やっと彼は笑った。「申し訳ありません。奈月さんが、少しでも社長に幻滅してくれれば…と」「?……どういうことだ?」目を眇める希純に、中津は言った。「彼女は明らかに社長を狙ってます」「そんな事はー」「ありますよ?だから、奥さまと拗れてるんでしょう?」痛いところを突かれてしまった。だが希純には、奈月がそんな風に思っているようには思えなかった。なぜなら、彼女から自分に対する恋愛感情のようなものを、全く感じられないからだった。そう言うと、中津はしばらく考え、嫌そうに口を開いた。「でしたら、彼女の今までの態度はー。単に社長を攻略して楽しんでるって事ですかね…?」「……」それを聞いて、希純も嫌そうな顔をした。攻略って、ゲームかよ…。そう思うと、今まで自分が彼女に施してきた親切が全部無駄だった気がして、ムカついた。「中津ー」「はい」真剣な表情で自分をじっと見る希純を見て、中津は彼が次に何を言おうとしているのか、なんとなく察した。「無理ですよ?奥さまは離婚を望んでいらっしゃいます。たぶんですが、聞く耳を持てないくらい社長に失望していらっしゃるかと……」「なんでそんな事がお前にわかるんだよ?」不貞腐れたように尋ねる希純に、中津は言った。「社長、私は何度も申し上げましたよ?奈月さんのSNS、ご覧になってないのですか?」「?……削除しただろ?」「……」沈黙に、彼は「まさか」と慌てて携帯を取り出した。「!!」そこにあったのは、彼が美月の為に作ったウェディングドレスやジュエリーを身に着けた奈月の姿だった。彼の手はプルプルと震え、額には青
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-02
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㉘就活

「お待たせしました」先日、美月は親友で作家の如月尚に会い、夫と離婚して仕事をしたいと相談した。ピアニストになる夢はとうに諦めた。これから何年もかけてまたレッスンをして目指すには、もしかしたら時間が足りないかもしれない。確信はないが、前世命を落としてからどういう訳か生き直すチャンスをもらったが、そもそも命の期限が、あの事故が起きた時までなのか、その後も続くのかどうかもわからない。もしあの時までしか生きられないのなら、自分にはあとほんの数年しかない。その数年を、ただレッスンに費やすのは嫌だった。前世云々を言ったところで信じてもらえないだろうから、尚には諦めたとしか伝えていないが、それでも、もしピアノに関わる仕事が何かあるのなら、教えてもらいたかった。そうして話しているうちに何やら思い当たる事があったらしく、「相談してみるから」と言われ、改めて会うことにしたのが今日だった。昨日尚から連絡をもらい、待ち合わせたレストランの個室。偶然にも、美月が宿泊している精華ホテル内にあった。個室に着いて少しした頃、ドアを開けて尚と彼女の恋人の真田聖人が入って来た。「こんばんは」そう挨拶して握手を交わした。次に店員が入って来て、彼にメニューを渡して恭しく控えたのを、美月は不思議に思った。彼女も一応VIP扱いの宿泊客だったので、レストランなどを利用した時に丁寧すぎるほどの対応をされたりしていたが、ここまでではなかった。美月が首を傾げていると、聖人から視線を向けられ「食べられないものはありますか?」と訊かれた。それに「いいえ」と答えると、彼は数品選び店員を下がらせた。「尚から聞きました。ここに宿泊されてるんですね」男らしいキリッとした眉と、強い意志の宿った瞳。肩幅は広く、腰は引き締まった、服の上からでも分かるスタイルの良さ。しかも、他人を気遣える優しさと余裕。うん。尚はいい人に出会えたのね。美月は嬉しくて、頷きながら微笑った。前世、彼女は希純という存在に縛られていたので、尚とはメッセージのやり取りだけの交流になっていて、直接会うことなく事故で命を落とした。あの時も彼女は人気作家になっていたから、きっと彼とも出会っていたはず。あの世界でも、彼女が幸せであってほしいなと美月は思った。「このホテル、彼の実家が経営してるの」「え…?」驚いて、固ま
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-06
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㉙紹介

美月の言葉を黙って聞いていた真田聖人は、そんな彼女に安心させるような微笑みを浮かべて言った。「離婚をされると聞いていますが?」これには美月が苦笑した。こんな事も話してるのね。まぁ、彼女らしいけど。「考えてはいますが、いつになるかわかりません」「?」「相手次第、ということです」彼女のこの言葉で、聖人は希純が離婚を拒んでいるのだと察した。美月は彼がそれを理解したことがわかって、「それじゃあ…」と席を離れようとしたが、聖人がまた口を開いたことで立ち去る訳にはいかなくなった。「私はうちの実家の仕事には関与していませんので、気にされなくて大丈夫です」「でも……」美月が答えようとすると、聖人に席に座るよう手で示された。それで仕方なく彼女も座り直すと、タイミング良く注文した料理が運ばれて来た。美月の好きなあっさりとした味付けの、野菜を中心としたメニュー。ステーキなどの肉類は彼自身の好みなのだろう。尚の気遣いが完璧すぎて感心する。「私のこと、どこまで話してるの?」「ぜ〜んぶよ。ふふっ」可笑しそうに微笑って、してやったりの得意顔。ほんと、可愛いんだから…。ちらりと見た聖人の表情も甘く微笑ましそうで、彼女を溺愛しているのが丸わかりだった。「さ、食べましょう?」尚は、美月がここに滞在している間特に好んで食べていたメニューを目の前に持ってきてくれて、取り分けてくれた。そのいそいそと、自分の事を後回しにして美月の世話を焼く彼女を見て、聖人は少し拗ねたように言った。「尚、彼女の好きに食べさせてあげて。君も沢山食べて。ほら、これ美味しいよ?」そうして自分の前にあるステーキを何切れか食べやすい大きさに切り分けると、彼女の皿に乗せた。「ありがとう、ダーリン。美月の分もよろしくね」ウィンク付きのお願いに、彼は「仕方ないな」と苦笑した。美月は2人の仲睦まじい様子に微笑って、静かに食事を始めた。一通り食事が終わって。食後のコーヒーを持っている間、聖人が再び美月に問うた。「ピアノに関わる仕事を探しているとか?」それに美月は頷いて「はい」と答えた。「できれば、ですけど」それに聖人も頷いて、「実はー」と話しだした。彼の話によると、彼の兄の子供がピアノ教室に通っているのだが、どうやら講師との相性が悪いらしく、全然出された課題をしようとせずに困っ
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-06
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㉚自分の為

ピロンメッセージを知らせる音に、美月は携帯を見た。『会いたい』一言、そう送られてきた。希純だ。美月も一言『離婚する?』と返信すると、しばらく間をおいて『しない』とまた送られてきた。美月は大きく息を吐き出して、携帯を置いた。まったく…。奈月が好きならさっさと離婚して、彼女と一緒になったらいいじゃないっ。いつまでもぐずぐずと!美月はふんっと肩にかかった髪の毛を払い、尚、聖人との約束に間に合うよう、支度に取りかかった。といっても別にパーティーに行くわけでなし、相手に失礼のない服装なら何でもいいだろうと、特に気負うこともなくクローゼットを開けた。家を出る時、特に沢山の服を持って出た訳ではなかったので、美月は退屈を紛らわすようにショッピングに精を出していた。今世では遠慮なく希純のお金を使ってやるのだ。奈月が使えて、妻である自分が使えない訳がない。そう思って、遠慮会釈もなく彼女は次々と値段も見ずに服やアクセサリーなどを購入していた。後でホテルを引き上げる時にどうやって運ぶのかは、全く考えなかった。そうして充実したクローゼットの中を見回して、美月は一枚のワンピースを取り出した。それは綺麗な薄ピンク色のシャツワンピースで、そのシンプルさが美月の清楚な美貌を引き立てていた。膝下丈のスカートから出る引き締まった脚と、幅広のウエストリボンが彼女のスタイルの良さを強調し、腕に通したゴールドの細いブレスレットと、それとお揃いの小さなゴールドのピアスが、彼女の肌の白さを際立たせていた。「こんなものかな」美月は薄化粧を施し、爪にはヌーディーな薄ピンク色のマネキュアを丁寧に塗った。思えば、こうして自分の為にオシャレをするのは久しぶりだった。希純と結婚して以来、彼女は何もかも夫の好みに合わせた生活をしていた。服装はもとより、化粧も、髪型も、香水も。食事や付き合う友人ですら、彼の好みに合わせていた。彼女の親友の如月尚は、たぶんその性格が残念ながら希純の好みではなかったらしく、結婚当初、彼女と出かけた際に滾々と言われた。「彼女は相応しくない」とー。一体何が相応しくないのか美月にはさっぱりわからなかったが、希純に嫌われたくなかった当時、渋々彼女と大っぴらに連絡を取ることを避けるようになった。会うなんて、言語道断だった。希純は彼女に、護衛という名の〝監視〟
last updateTerakhir Diperbarui : 2025-07-06
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