中津は一般社員が使うエレベーターがある側のスペースにいたので彼女は気が付かなかったらしく、その顔には微笑みが浮かび、実に堂々とした態度だった。その行方をじっと見ていると、呆れたことに彼女は受付をスルーし、そのまま社長のオフィスへ直行の専用エレベーターがある方へと歩を進めて行った。中津は慌てて、だが胸の内に怒りを溜めて、足早に奈月を追いかけて行った。「奈月さん」声をかけると彼女はピタリと足を止め、そして一拍置いて振り返った。その顔はいかにも純粋で、なんにもわからないような表情が浮かんでいた。「中津さん、おはようございます」小首を傾げて挨拶をするその姿は、何も知らない者から見たらとても可愛らしく、思わず笑顔になってしまうほどだった。でも中津には通じない。彼は彼女の狡猾さも腹黒さも知っているので、その純粋さを装う姿が余計に腹立たしく、口調もややつっけんどんなものになってしまうのだった。「おはようございます。ここで何を?」ジロジロと彼女の手にあるランチボックスを見た。「あぁ、希純兄さんにお昼のお弁当を持って来ました」ニッコリ笑ってそう言うと、僅かに手の物を掲げた。「申し訳ありませんが、社長はいつもデリバリーを頼まれますので、それは必要ないかとー」「あ…でも……」彼女はもじもじと袖をいじり、小さな声で言った。「昨日約束したんです」中津は目を眇めた。あのクズ男は…っ。イラッときた感情を抑えて「ではー」と手を出した。「私がお届けいたします。ご苦労さまです」「……」奈月は悲しげに眉根を寄せて、上目遣いに彼に言った。「私が届けては駄目ですか?」駄目だよ。心の中ではそう答えたが、彼はため息をつき言った。「では、こちらロビーでお待ち下さい。確認して参ります」「……わかりました」何が何でもこの専用エレベーターは使わせない。という彼の意思を感じたのか、奈月は渋々と承知した。そしてくるりと向きを変えると、ロビーにあるソファに腰掛けた。中津はそれを確認し、ついでに受付に彼女を勝手に通さないようきつく言い聞かせ、急いで社長室へと向かったのだった。そして今に至るのだがー。
Last Updated : 2025-06-18 Read more