長瀬さんが話題を振ってくれて、それに相槌を打つ形で会話するうちに、本社ビルに着いた。それぞれセキュリティを通り、一緒にエレベーター待ちの列の最後尾に着く。足を止めると、すぐ頭上から「おはよう」と声が降ってきた。私と長瀬さんは、ほとんど同時に振り返った。すぐ後ろに並んだ人の姿を確認した途端、私の胸はドキッと跳ねてしまう。「あ、おはようございます。周防さん」長瀬さんは、すぐに挨拶を返した。私も続こうとしたものの、声が喉につかえてしまう。「お、はようございます……」「おはよう」結局ワンテンポ遅れてしまい、周防さんはわざわざもう一度繰り返してくれた。一日経っても、私はやっぱり、彼をまっすぐ見ることができない。あの夜の人が周防さんかどうか、そんなこと気にしても仕方がない。どっちにしても、周防さんもそこに触れないんだから、私もこのまま忘れようと思っていたのに、彼を目の前にしたら、私の胸は反応して騒ぎ出す。「……? 椎葉さん、どうかした?」私の反応が不審だったのか、周防さんの笑顔がやや曇った。だけど私は、目線を合わせるどころか、泳がせてしまう。「も~しかして……。周防さん、いつも優しいくせに、夏帆ちゃんにはスパルタで教えたんじゃないですか? それで、ビビられてるとか」長瀬さんがそう言ってからかうと、周防さんは眉尻を下げて苦笑した。「そんなことない……と思うんだけど。もし厳しかったら言って? ほんの少しなら、甘やかしてあげるから」どこまで本気だかわからない言葉。その上、ひょいと顔を覗き込まれて、私は反射的に強張ってしまった。頬が熱くなって、慌てて顔を背ける。「大丈夫です」と素っ気なく返すのが精一杯だった。そんな私に小さく首を傾げると、周防さんは眉をひそめて、長瀬さんに顔を向けた。「そう言えば、昨日有志の歓迎会だったとか。初日から疲れさせたんじゃないのか?」咎められた長瀬さんが、不服そうに唇を尖らせる。「あれ、若手オンリーで。五年目以上は『No, Thank you』。俺は誘われもしませんでしたよ」「なるほど。俺にも声かからなかったな」「周防さんが来たら、女どもが隣の席の争奪戦して、主役の夏帆ちゃんが霞むからじゃないですか?」「はは。なに、それ」長瀬さんの軽口に困ったように、周防さんが笑う。私は少しだけ顔を上げて、その横顔を盗み見た。昨日一日で、みんなからいろいろ聞いたせいか、昨日よ
Last Updated : 2025-06-23 Read more