「まったく……言ってるそばから」周防さんは眉間に皺を刻み、黒い瞳を揺らした。唇の動きはほんのわずか。その低い声はとても不明瞭で。聞き返す間もなく、周防さんが私の顎を掴んだ。そのまま強引に上に向けられ、思わず息をのんだ瞬間。彼が、覆い被さるようにして、顔を近付けてきた。凍りついたように呼吸さえ止める私をジッと見据えたまま、シャープで形のいい顎を傾ける。――ぶつかる。鼻先が掠めたのを感じ、次に唇に来る感触を覚悟して、私はギュッと目を閉じた。予測した事態に備えようとして、胸はまるで早鐘のように打ち鳴る。けれど。「……?」予測して覚悟した温もりは、降ってこない。私は、恐る恐る目を開けた。すぐ目と鼻の先、ものすごい至近距離で、周防さんが私を見つめている。困ったような、怒っているような、それでいてどこか切なげな瞳。物憂げな色っぽい表情に、私の背筋がゾクッと震えた。「無抵抗のまま、俺にキスされていいのか? 言っとくが、もうちょっと酒入ってる時だったら、俺の理性も怪しいぞ」周防さんは咎めるように呟いて、私から腕を離した。呆然としている私の額をコツンと軽く叩き、くるっと背を向けてしまう。「大丈夫、なんて誤魔化さないで。もっと、警戒して。俺だって、いつも助けてやれるわけじゃない」そんな真摯に言われたら、心配をかけたくないのに、笑えなくなる。鼻の奥の方がツンとして、意思に反して涙が込み上げてしまう。「ご、ごめんなさい……」瞳にじわっと滲んだ涙が、そのまま頬を伝った。慌てて手の甲でゴシゴシ拭いながら、私は周防さんから顔を背けた。溢れる涙は正直なもので、周防さんの言葉で私の心が暴かれた証。笑って忘れたかったのに、酷い嫌悪感と共に、怖くて堪らなかったことまで思い出してしまう。「……まったく、君は」気付くと、伏せた視線の先で、周防さんの革靴の爪先がこちらを向いていた。口調は呆れていたけど、その声はとても穏やかで優しい。「怖かったくせに、大丈夫だって強がる。寂しくて心細いくせに、壊れそうに笑う。……だから、放っておけないって思うんだ、男は」溜め息交じりの言葉に、私はそっと顔を上げた。「……周防、さん?」なぜだろう。周防さんは、さっきのことだけを言ってるんじゃないと感じて、私の心臓が騒ぎ出す。心のどこかで変な緊張感を強めながら、私は彼を見上げた。周防さんは唇を引き結んで、そっと私の頬に手を伸ばす。
Last Updated : 2025-06-24 Read more