一週間も後半に差しかかった木曜日。 銀行の担当者と電話でやり取りを終えて一息つくと、私はパソコンに向かった。 社内の別部署から届いていたメールの返信をしようとして、そわそわと落ち着かない、どこか浮足立ったオフィスの空気が気になり、そっと辺りを窺う。 今日は、朝からオフィスが慌ただしい。 菊乃が教えてくれたけど、成功すれば社の業績を左右するほどの、大口取引の商談が行われるそうだ。 部長と担当者の優さんだけじゃなく、普段はこのフロアで姿を見ることもない、営業部門の執行取締役常務が役員応接室に入ってから、もう二時間が経過している。 商談は難航しているのか、それとも細部まで詰めて白熱しているのか。 少し前に内線電話が入って、前年度のマーケティング資料と業績推移表を持ってくるよう、依頼があった。 課長に指示された先輩が、お茶を淹れ直しに行ったりして、フロアに残っている人たちも、どこか忙しない。 自分の仕事を進めながらも、みんなが役員応接室の商談の動向を気にしてる。 「この商談、無事成約ってことになると、海外営業部の業績に、年間で三十億上積みが見込めるんだって」 隣の席で頬杖をついていた長瀬さんが、私に目を向けないまま、そう言った。 「え……。三十億」 海外営業部だけで、年間三十億。 凄いのはわかるけど、凄すぎていまいちピンとこない。 「二年前から、周防さんが新規取引仕掛けてた先なんだ。まだ日本で取り扱いがないメーカーだけど、海外じゃ評判いいから」 長瀬さんは無意味にカチカチとマウスをクリックしながら、まるで独り言のように続ける。 「うちとしては、国内単独取引を狙って交渉してたんだけど、相手がなかなか頷かなくてね。それがここにきて一気に進展。……周防さん、最近特に忙しそうだったのに、いつ営業かけてたんだろ」 長瀬さんが、どこかぼんやりと溜め息をついた。 「さすがですね……」 他にどう答えていいかわからずに、私は感嘆して吐息を漏らした。 すごいな、優さん。 やっぱりすごくカッコいい。 なぜだか誇らしい気分になって、私の頬の筋肉は緩んでしまう。 無意識に「ふふっ」と笑っていた自分に気付き、慌てて仕事に戻ろうとする。 メールの続きを綴ろうとしてキーボードに指を走らせたものの、横顔に刺さるような視線を感じる。 「……あの?」 憚
Last Updated : 2025-06-26 Read more