途方に暮れていると、再びオフィスのドアが開き、菊乃が出てきた。私に気付いて、「お疲れ~」と声をかけてくれる。「困った顔して、どうかした? そういえば、今、長瀬さんがソワソワした感じで戻ってきたけど」彼女はオフィスを振り返りながら、私の方に歩いてくる。そして、私の手元に目に留め、ピンときたようだ。「もしかして……早速、長瀬さんに誘われた?」ニヤニヤしながら覗き込まれ、私は横に目を逃がした。「映画かあ~。もらっちゃったってことは、夏帆、行くつもり?」「いや、その……」ツッコまれて、私は一瞬返事に窮した。それを、迷いと受け取ったのか、菊乃が意地悪に笑う。「夏帆、彼氏いるって言ってなかった? もしかして、可愛い顔して結構したたかなこと考えてる?」「え?」彼女がなにを言わんとしているかわからず、私は戸惑って聞き返した。「地元の彼氏もキープしておいて、東京でも彼を作る。要は、二股……」「なっ……! そんなこと考えてない! 人聞き悪いこと、言わないでっ」私はギョッとして、慌ててブンブンと首を横に振った。『キープ』なんて、私にはかなりショッキングな言葉。なのに、それを疑われたら堪らない!「長瀬さんには、後でちゃんと……」ムキになって弁解しようとすると。「なに、廊下で盛り上がってるの」ちょっと呆れたような、柔らかい声に遮られた。菊乃と同時に、声がした方向に顔を向ける。これから外出といった様子の周防さんが、こっちに歩いてくるのが見えて、私は勢いよく目を逸らした。「あ、周防さん! 聞いてくださいよ~」私の隣で、菊乃が周防さんに声をかける。「ん?」「夏帆、長瀬さんから映画に誘われたんですって!」「ちょっ……菊乃!?」いきなり周防さんにそんな報告をする菊乃を、私は焦って止めようとした。「長瀬から?」なのに周防さんが、目を丸くして、菊乃に聞き返してしまう。「あ、あのっ……」「夏帆、地元に彼氏いるのに、チケット受け取っちゃうとか。なかなかしたたかな悪女ですよね~」冷や汗を掻きながら言葉を挟んだ私に、彼女が意地悪に横目を流してくる。周防さんが目を丸くして「へえ」と呟くのを聞いて、私は声に詰まってしまった。「なるほど。それは、確かに『したたか』かも」クスッと笑いながら返され、私の胸がズキッと痛む。「あ、あの、ちが……」必死に説明しようとしたものの、上手く弁明できる言葉が見つからない。「まあ、あんまり
Last Updated : 2025-06-23 Read more