「それから、夏帆ちゃん。これあげておく」「え?」瀬名さんが、上着の胸ポケットから指先で摘まみ出したものを、私の胸元にスッと挿し込んでくる。「んっ……。え?」なにかがチクッとして、私はぼんやりと胸元を見下ろした。だけど、それがなにか確認する間もなく……。「お。いいところに、お迎えだ」そんな声が耳をくすぐると同時に、私を支えてくれていた瀬名さんの腕がフッと離れた。軽くトンと背中を押され、前につんのめる私を、「っ、椎葉さんっ!」前方から近付いてきた人が、腕を伸ばして支えてくれた。抱き止めてもらったことに気付き、私はハッと息をのむ。「あとはよろしく、優」瀬名さんの歌うような声が、頭の中に木霊した。「っ、えっ!?」一拍分の間の後、私はひっくり返った声をあげた。勢いよく振り仰ぐと、すごく渋い顔をした優さんが、じっとりした目で瀬名さんを睨んでいる。彼は、「ったく」と舌打ちをした。「玲子といいお前といい、部下をダシにして俺を呼び出すのはやめろ」優さんの忌々し気な呟きに驚き、私は慌てて瀬名さんを振り返った。彼は悪びれもせず、腕組みをしてふふんと不遜に笑っている。「一も二もなく、『どこだ!?』って返してきたの、そっちだろ」瀬名さんは揶揄するように目を細め、パチパチと瞬きをしてる私に、「じゃあね」と明るい声で言った。「ここからは、優に送ってもらって」「あっ……」私の返事は聞かずに、瀬名さんはひらひらと手を振って、クルッと背を向けてしまった。そのまま私たちを残して、大きな歩幅で弾むように駆けて行ってしまう。「瀬名さ……」反射的に呼び止めようと、身を乗り出した私を、「こら」優さんが腕に力を込めて阻んだ。グッと抱き寄せられる感覚にドキッとするけど、彼はまるで苦虫を噛み潰したような表情で、私を見下ろしていた。瀬名さんから『バトンタッチ』された優さんは、千鳥足の私を荷物みたいに小脇に抱え、夜の都会を闊歩した。彼の革靴がアスファルトを打つ、カツカツという音。私のペースよりだいぶ速い。「ゆ、優さ」速いペースに、足の回転が追いつかない。かろうじて爪先でアスファルトを蹴っているような感覚しかないのに、しっかりと前に進んでいるのは、もうほとんど彼に持ち上げられているせいだろう。私を抱えたまま、無言で涼しい顔をしている優さんを、通りを行き交う人たちが、興味津々の様子で振り返っていく。「ゆ……優、さんっ! 歩け
Terakhir Diperbarui : 2025-06-30 Baca selengkapnya