その夜――。昼間あんなことがあったから、夜八時の約束はキャンセルされると思っていた。なのに彼からキャンセルの連絡はなく、オフィスを出た後、待ち合わせをした私たちは、ホテルに入り……。「っ、んっ……優、さ」彼の背後でドアが閉まる音を確認できないまま、壁に押しつけるようにしてキスをされた。唇を貪る獰猛なキスに応えきれず、私の呼吸はすぐに乱れてしまう。どこか急いた優さんのキスは乱暴なだけじゃなく、いつもの余裕が感じられない。やっぱり、私との関係が玲子さんに知られたことを、本当は気にして焦ってる……?「んっ、やっ……! 優さん、待ってっ」私は必死に首を捩じり、彼の唇から逃れようとした。その方向に先回りして唇を奪う彼に、いつも通り翻弄されそうになるけれど。「ご、まかさないで、教えてっ……!」優さんの胸についた両手が震えそうなほど、力を込めた。顎を引いて唇を離し、彼との隙間で俯く。私の額の辺りで、彼がゴクッと喉を鳴らすのが聞こえた。「優さん、玲子さんのこと……」昼間と同じ質問を、最後まで口にできずに言い淀んだ。ちゃんと聞こえたはずなのに、優さんは答えを逡巡するように無言のまま。「夏帆、ベッドに行こう。今夜は泊まれる」そんな誘いではぐらかし、私の腕を強引にぐいと引っ張った。「あ」力任せに振り回され、私の足は縺れてしまう。けれど優さんは、床のカーペットに躓く私を気にすることなく、部屋のど真ん中に置かれたダブルベッドに、まっすぐに突き進んでいく。「っ……優、さんっ!!」まるで、ダンスで無理やり回転させられたみたいに、私はベッドに仰向けに転がされた。一瞬にして、目に映るものが部屋の風景から天井に変わり、ネクタイを解きながら私を組み敷く優さんが、視界を占領する。天井の照明を背に浴びた彼が、昼間のまま固く厳しい表情なのに怯み、私は小さくこくっと喉を鳴らした。でも、答えてもらえないままなし崩しに抱かれてしまったら、もうこの先疑問をぶつける機会を逸してしまう、そんな気がする。「だ、ダメ! 待って……」ギリギリまで首を捻って、唇を寄せる優さんから逃げた。いつにない抵抗を見せて手足をバタつかせる私に、優さんが小さな舌打ちをした。そして――。「俺は、これまで一度も、玲子を抱いたことはない!」顔を掠めそうになった私の手を掴んで制しながら、吐き捨てるように言った。「……え?」私は昼間から、彼の言葉をすん
Last Updated : 2025-06-26 Read more