数秒後、車はゆっくりと発進し、すぐに星の視界から消えた。スモークフィルムが貼られていたため、迎えに来た相手が誰なのかは分からなかった。けれど、仁志の助手や部下ではないことだけは確かだった。相手は車から降りてこなかったからだ。それに、さっき彼がドアを開けた瞬間、運転席にいたのは女性のように見えた。さらに十数分して、レッカー車が到着した。スタッフは丁寧に星へ声をかけた。「星野様、二台を搬送する前に、車内の貴重品をご確認いただけますでしょうか。紛失や破損を防ぐためです」星の車には特に貴重品など入っていない。そのまま運んでもらうことにした。けれど、仁志の車に何が入っているかまでは分からない。彼の車のドアを開けた瞬間、星の目に飛び込んできたのは、助手席に置かれた大ぶりの黒薔薇だった。星は花を手に取る。さっきは突然の衝突で、そこまで気が回らなかった。けれど今、その花を見て、ふと思った。仁志は、暇つぶしに花を摘むような人ではない。花を摘んだのなら、きっと誰かに贈るつもりだったはずだ。かつて彼が怜央に復讐しに行ったときも、怜央の屋敷で花を一輪摘み、彼女にくれたことがあった。その花は後に、星がプリザーブドフラワーにした。では今回は、誰に贈るつもりだったのだろう。それとも本当に、ただ気まぐれに数輪摘んだだけなのか。なぜか、星はさっき彼を迎えに来た女性のことを思い出した。胸の奥に広がる息苦しさを押し殺し、頭の中に浮かぶ余計な考えを振り払う。仁志に催眠を受け入れさせたのは、彼女自身の選択だ。たとえ彼が本当に新しい人生を歩み始めていたとしても、彼女に悲しむ資格も、嫉妬する資格もない。花を手にしたまま、星は少し迷った末、携帯を取り出して仁志に電話をかけた。呼び出し音は長く続いた。誰も出ない。自動で切れる寸前になって、ようやく電話がつながった。「星野さん」電話の向こうから、澄んだ耳触りのいい男の声が聞こえた。「もう電話してくるなんて、何かあった?」星は少し黙ってから口を開いた。「これから車を運ぶから、中の貴重品を取り出さなきゃいけないの。あなた、自分で取りに戻る?」いくら修理を任されたとはいえ、あの車は仁志のものだ。彼の持ち物を勝手に動かしていいわけではない。仁志は淡々と言った。「大したも
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