Semua Bab 駆け抜けていった愛: Bab 11 - Bab 20

雨は激しく降り注ぎ、深夜ということもあってタクシーは一台も見当たらない。日高は覚悟を決め、雨の中に飛び込んで家まで走ることにした。心の奥底で、希穂が愛情込めて育てたライラックを何としても守らなければ、という声が響いていた。どれだけ走っただろうか。ようやく息を切らして家に着いた時、希穂の姿はまだなかった。ベランダのライラックはすでにめちゃくちゃで、倒れ放題。花びらはすべて雨水に叩きつけられ、散り散りになっていた。急いで駆け寄り、鉢をリビングに運び込んだが、自分もずぶ濡れになってしまった。床に散らばった花を見て、もう元通りには戻せないと悟った。必死で戻ってきたのに、結局救えなかった。しゃがみ込み、折れた茎に触れると、胸が締め付けられるようだった。救えなかったライラックは、まるで何か取り返しのつかないものを暗示しているようだった。――あるいは、もう二度と戻らない人を。寒気が全身を襲い、震える手で希穂にメッセージを送った。【雨がひどくて、ライラックが全部駄目になった】【どこにいる？迎えに行こうか？風雨が強いから気をつけて】スマホを握り締め、返事を待った。しかし、何の反応もなかった。一方、希穂はというと、清潔でおしゃれなカフェで妹の茜と談笑し、時には笑い転げていた。そこには心地よい風が吹き、外のビーチには太陽が燦々と照りつけ、彼女の心も晴れやかだった。突然、くすんだ色のピックアップトラックが店の前に止まり、作業服姿の大柄な男が降りてきた。がっしりとした体格だが、話す時は恥ずかしそうに顔を赤らめ、目を合わせようとしない。茜が立ち上がって迎えた。「お姉さん、海鮮を届けてくれる三浦卓也（みうら たくや）さん。独身だよ。見た目はごついけど、本当は優しくて気が利く人。いつも助けてくれるの」希穂は改めてその男を眺めた。彼は黙々とキッチンに荷物を運び込み、茜に一切の労力をかけさせない。全身からは頼もしいオーラが漂っていた。荷物をすべて下ろした後、茜が二人を紹介した。卓也は手を拭い、軽く握手するとすぐに手を引っ込めた。その後、卓也は朝食を食べに店に残り、三人でゆったりと会話をした。ほとんどは茜が喋り続け、彼女と卓也がじっと聞いていた。それから、茜は「私が店にいない時もあるから」と言い、希穂と卓也に

目の前に差し出されたティッシュで、希穂は知らず知らず涙を流していたことに気がついた。慌てて受け取って顔を拭うと、恥ずかしさから頬が熱くなった。別にこれほどまでに悲しいわけではない。過去の話だし、おそらく妊娠の影響で感傷的になっているだけだろう。彼女の気まずさを察した卓也は、初めて自ら話題を変えた。「希穂さんは本当に良い女性だ。あの男が君を一人にさせるなんて、目がなかったんだ」まるで彼女の無念を代弁するような言葉に、希穂は複雑な思いが込み上げてきた。卓也は静かに亡き妻の話を始めた。今まで敢えて触れようとしなかった話題だったが、希穂はじっと耳を傾けた。「あの時、母が重体で、最後の願いが俺の結婚式を見ることだった。葉山真魚（はやま まお）は俺のことを愛してはいなかったが、家族の圧力が強く、見せかけの結婚をすることにした。結婚後はお互い自由に過ごし、一年後に理由をつけて離婚する約束だった。だが……彼女に先天性心疾患があったとは知らなかった。質素な結婚式を挙げて三日後、心臓発作で亡くなったんだ」希穂は胸が締め付けられる思いがした。この不幸な女性に同情せずにはいられなかった。その後、卓也の母親も亡くなり、彼は独りきりになった。それでもこんなに前向きでいられるのは本当に稀有なことだ。自然と、卓也への好感がさらに深まっていくのを感じた。「茜さんから希穂さんの子供時代の話をよく聞いていた。その時から、ぜひ会ってみたいと思ってたんだ。運命が味方してくれて、本当に会うことができた。実際の希穂さんは、茜さんの話以上に素晴らしい。昨日、君を病院に送るよう頼まれた時、嬉しくて車内を全部整え直したんだ。気に入ってもらえてよかった」希穂は驚いた。卓也の真っ直ぐな熱い視線に、また頬が熱くなった。彼がここまで率直に打ち明けてくるとは思わなかった。どんなに鈍感でも、卓也が自分に好意を抱いていることはわかった。突然の告白に、頭がくらくらとしてきた。彼女は目を閉じて休むふりをして、その話題から逃げた。自分が卓也にふさわしいとは思えなかった。彼にはもっと良い女性がいるはずだ。幸い、卓也は空気を読んでくれて、それ以上は何も言わなかった。病院では、卓也が始終そばにいてくれた。受付から診察、薬の受け取り、食事の準備ま

希穂の言葉に、日高はぐったりと肩を落とした。「……ごめん」かすれた声で詫びた。「本当に……夢夢に対して一線を越えるつもりはない。ただ弱い妹のように思って……」言葉を探すように目を伏せ、再び顔を上げると目尻が赤くなっていた。「君を愛してた。でもあの子があまりにも脆く見えて……守ってやらなきゃって思ったんだ。そのせいで君への気遣いが足りてなかった。君はいつも完璧に家を回してくれた。だから……『希穂は強いから大丈夫』って、勝手に思い込んでた。でもそれが間違いだった。君を傷つけ続けて……今、やっと気づいた」震える手で彼女の袖を掴もうとするが、希穂はさっと身を引いた。診断書を握る手に力が入り、紙が皺だらけになたった。「何度もチャンスをあげたでしょ？」冷たい笑みを浮かべ、彼女は歯を食いしばって言い放った。「それを大事にしなかったのは、あなた自身よ。ここまで関係が壊れたのは、どう考えても私のせいじゃない。私は一度だって裏切ったことはない。それどころか、あなたは私の好意に甘えて、どんどん自分勝手になっていった。失う恐怖もないから平気で傷つけられた。『強いから』なんて言い訳、聞き飽きたわ。もっともらしいことを並べて、自分を正当化しないで。もう、私の前に現れないで。これ以上私の生活に邪魔しないでくれたら、それだけでも感謝するわ」立ち去ろうとする希穂の前に、日高が猛然と立ちはだかった。「待って！これで……これでどうだ！」突然自分の頬を彼女の手で打たせ、鋭い音がロビーに響き渡った。周囲の視線が集まって、頬に鮮明な手形が浮かび上がった。彼のそんな行動に、彼女は少しも喜ばなかった。それどころか、「この人、正気じゃない」とさえ思ってしまった。彼の手を強く振り払い、無言のまま立ち上がって、隣の席へと身を移した。「こんなパフォーマンス、何の意味もないわ」観衆の囁きが聞こえた。「あの女性がそこまで言うんだから、男は相当ひどいことしたんでしょ」「遅すぎる後悔か……あの数発の平手打ちなんて、何の価値もないわ」日高は反論することもできず、ただ黙っていた。顔に残る痛みよりも、希穂の冷たく突き放す言葉のほうが、何倍も胸を締めつけた。「希穂……」日高は跪きながら訴えた。「許してくれるなら、どんなこと

茜は日高が追ってきたと聞いた瞬間、今すぐにでも彼に立ち向かおうとした。その勢いに希穂は思わず笑みがこぼれた。「お姉さん、絶対に許しちゃダメよ！あんな男は最低だよ。これからも雪村が何かと騒ぎを起こすに決まってる。『運のある人は、運の尽きた場所には近づかないもんさ』って言うでしょ？速水が現れたら、私が追い払ってあげる！卓也さん、お願い。姉さんを預けるから、あの薄情者を近づけないで。言うこと聞かなかったら、思いっきりぶん殴っていいのよ。卓也さんなら絶対勝てるんだから」卓也は目尻を下げながら希穂を見つめ、軽く頷いた。「ああ、希穂さんを守るのは俺たちの役目だ」希穂は二人の大げさな反応に呆れた。日高はプライドの高い男だ。病院であんなに辱められたのだから、もう二度と近寄っては来ないだろう。彼女と日高の出会いは、家族同士の食事会だった。両家は親友同士だったが、別々の地で暮らすうちに次第に疎遠になっていた。十八歳の時、久しぶりに再会した両家族は、昔話に花を咲かせた。ちょうど同じ大学に通っていた二人は、自然と接点が増えていった。当時の日高はバスケットボール部のエースで、歌も上手く、誰からも好かれる人気者だった。気づけば希穂も深く恋に落ち、その想いは四年間続いた。しかし日高は明らかに彼女を妹のようにしか見ていなかった。当時彼が想いを寄せていたのは、幼馴染の夢夢だった。だが夢夢は不良と駆け落ちしてしまった。失意の日高を支えたのは、希穂だった。大学卒業後、彼女は勇気を出して告白し、日高はそれを受け入れた。日高は模範的な恋人だった。希穂の些細な変化にも気を配り、周囲が羨むような関係を築いた。結婚した時、彼女は心から幸せを信じていた。しかし──夢夢が不良に捨てられ、鬱病を患い、妊娠して戻ってきた時、日高は全てを彼女に注ぎ込んだ。希穂は初めて悟った。自分は決して彼の愛する人にはなれないのだと。そして今では過去を振り切り、日高との縁も完全に断ち切った。

希穂が立ち去ろうとした瞬間、日高が再び前に立ちはだかり、小さな箱を取り出した。開くと、中からダイヤモンドの指輪がきらめいた。彼女の表情が一瞬で凍りついた。「希穂、改めて結婚式を挙げよう」日高の声は震えていた。「これは……俺が返すべきものだ」実は二人の結婚は偶然の産物だった。大晦日の夜、酔った勢いで全てが起こった。婚姻届も出さず、式も挙げずに終わった。その後、彼は仕事が忙しくて、結婚の手続きは何度も後回しにされた。子どもができてからは、「子どもが生まれてからにしよう。盛大な結婚式を挙げよう」と言うばかりだった。今思えば、希穂が彼の愛に頼りすぎていたから、何度も我慢してしまったんだと思う。でも、本当に彼女のことを大事に思っていたなら、どうしてこんなにも長く待たせたの？日高は話を続けた。「今なら、まだお腹もあまり目立たないし、ウエディングドレスもきれいに着られる。式を挙げよう。場所は君に任せる。ドレスは三着用意してあるから、全部試してみて。気に入らなければ、直してもらう。ずっとこの日を楽しみにしてたじゃないか？」彼女を探していた間、彼は式の準備を進めていた。約束した結婚を、ちゃんと果たすために。希穂は微笑んだ。「うん、楽しみにしてたよ。式が始まる瞬間とか、お花がどれだけきれいかとか、誓いの言葉で号泣しちゃうんじゃないかとか、ご祝儀が多すぎてその夜は眠れないんじゃないかとか……」日高の目に、一瞬光が差した。彼女が心を戻してくれると思った。でもその直後、彼女の言葉がその光を一気に消した。「あなたを好きだった頃は、毎日その日を夢見てた。でも今は、もうそんなこと、考えてない私はあなたと結婚式を挙げるつもりはない。子どもは私ひとりでも育てられる。愛情も、環境も、ちゃんと与えられるから。これから先の人生に、あなたはいらない」愛していないのなら、それで終わり。やり直しなんて、あり得ない。もし簡単に許してしまったら、今まで傷ついたことも、流した涙も、全部自分のせいだったことになる。希穂は背筋を伸ばし、日高の横を通り過ぎた。そのとき、肩が彼の手に当たり、持っていた指輪の箱が地面に落ちた。指輪は転がって、排水溝の中へと消えていった。「ダメだ、なくしちゃいけない……！」日高は我を忘れたよ