暁闇の名残りを色濃く映す石造りの部屋に、一条の朝日が音もなく差し込んできた。古びた窓の隙間から射し込むその光は、微かな塵を黄金の粒子のように煌めかせながら漂い、そこに息づく少女の寝顔を、慈しむかのように淡く浮かび上がらせる。「ん……」重い瞼を微かに震わせ、少女──アイリスはゆっくりと目を開いた。夜明け前の深閑とした静寂が、彼女をそっと包み込む。それは、過酷な一日がその容赦ない幕を開ける前の、ほんの束の間だけ彼女に許された聖域。しかし、その硝子細工のように脆い平穏は、長くは続かないことを彼女は知っていた。「……今日も、頑張ろう」ほとんど吐息に近いその呟きは、決意というよりは己に課せられた宿命への諦念に似ていた。アイリスは鉛のように重い四肢を、古びた人形のようにぎこちなく動かし、寝台から身を起こす。「寝台」とは名ばかりの、硬い藁を薄布で包んだだけの粗末な代物であり、毎夜その上で眠るたびに、華奢な背には鈍い痛みが刻まれる。「……」蜘蛛の巣のように細かく亀裂の走る鏡の前にアイリスが佇むと、齢十六とは到底信じがたいほど痛々しく痩せこけた少女の影が揺らめいた。 手入れが行き届いているとはお世辞にも言えない長い黒髪は、生命の艶めきを失い、所々で力なく途切れてしまっている。 しかし、その痛ましいほど痩身な姿の中にあって、大きな双眸だけは、闇夜に秘やかに瞬く星のごとく、濁ることのない清冽な光を宿していた。 その星彩を湛えた瞳は、かつて「王国に咲き誇る至宝の花」とまで謳われた亡き母から受け継いだ、何よりも貴い形見……。 「おはようございます、お母様」アイリスは、そう祈りにも似た囁きを紡ぎながら、常にその白皙のうなじに下げている小さなロケットペンダントへ、そっと唇を寄せた。 そこに大切に収められているのは、慈愛に満ちた微笑みを湛える母の小さな肖像画。 それは、十年の歳月が流れようとも決して色褪せることのない、母と娘を繋ぐ唯一無二の絆。 「今日も……わたくし、精一杯努めます。ですけれど……お母様。本当に、このようなわたくしにも、いつか陽だまりのような温かな幸せが訪れる日は来るのでしょうか。わたくしのような者に、幸せなんて……」 声はか細く震え、言葉の終わりは吐息と共に頼りなく宙に消えた。「……だめ。弱音なんて……決して口にしちゃだめよ、アイリス」
Terakhir Diperbarui : 2025-06-04 Baca selengkapnya