悪役令嬢は愛する人を癒す異能(やまい)から抜け出せない のすべてのチャプター: チャプター 41 - チャプター 50

83 チャプター

第40話 夜会 2

「レイチェル! ポワゾン伯爵令嬢、来ていたんだね」 ミカエラに背を向けたアイゼルの青い瞳がとらえたのは、お気に入りのご令嬢だ。「はい。ご機嫌麗しゅうございます、王太子殿下」(今日も綺麗ね、ポワゾン伯爵令嬢は。双子だけあって、お兄さまであるイエガーさまとそっくり) ミカエラはポワゾン伯爵令嬢を眺めながら思う。「今夜は疲れたよ。付き合ってくれないか」「はい」  王太子はポワゾン伯爵令嬢の手を取って、ミカエラを振り返ることなく何処かへ行ってしまった。 令嬢たちは嬉しそうにさざめく。 「やはり、王太子殿下はポワゾン伯爵令嬢のことがお気に入りね」「おかしいと思ったのよ。ミカエラさまと踊るなんて」 令嬢たちのクスクスという笑い声が、ミカエラの心に刺さる。(わたくしが一番、分かっていることよ) ミカエラの様子を楽しみながら、令嬢たちは忙しく囁き合う。「ミカエラさまから何か交換条件でも出されたのではないの?」「そうよね。ミカエラさまは、策士だもの」「何か悪い事を企んだのではないのかしら?」「あらあら。王太子殿下とダンスすることが悪巧み?」「いえいえ。悪巧みをやめる条件が王太子殿下とのダンスだったのよ」 囁きは広い会場にあっても、ミカエラの耳に奇妙なほど届く。「まぁ、怖ろしい。どんな悪い事を考えたのかしら?」「さぁ? 私たちには考えも付かないような『何か』よ」「どんな事かしら?」「考えても無理よ。きっと貴女には思い浮かびもしないことだから」「そうよね、ミカエラさまは悪女でいらっしゃるから」「うふふ。悪役令嬢ですものね」「そうよ。ふふふ」 やっぱりね、とばかりに令嬢たちはクスクスと嘲笑している。 ミカエラの背後に控えていた侍女も溜息を吐いて言う。「ミカエラさま。もう下がってしまって良いでしょうか?」「……ええ、いいわ」 ミカエラが許可を与えると、ルディアはそそくさと会場を後にしていった。 取り残されたミカエラに集まるのは、嘲笑と好奇の目。(耐えられない) なによりも耐え難いのは、期待してしまった自分。(なんて……惨めなのかしら……)「ミカエラさま。我が兄が不調法で申し訳ない」「……」 ミゼラルが話しかけてきた。 同情でもされたのだろう。 いつもなら、適当に返事をして合わせることができるけれど。 今夜
last update最終更新日 : 2025-07-22
続きを読む

第41話 夜会 3

 アイゼルは女装したイエガーと休憩室の一室へと入った。 扉を閉じて、アイゼルはイエガーを振り返って口を開いた。「で、イエガー。私をこんなところへ連れてきて、どうするつもりだ?」「アイゼルこそ、僕をこんなところへ連れ込んで何するつもりですか?」 イエガーは黄色のドレスを着て化粧をした顔で、いつもの口調で答えた。 2人は真顔で見つめ合っていたが、やがてどちらからともなく噴き出した。「ハハハッ。私がお前と……何をするっていうんだ?」「ハハハッ。それはコッチのセリフですよ、殿下。僕がドレス姿だからって襲わないでくださいね」 ひとしきり2人は声を立てて笑うと、スッと真顔になって小声で会話を始めた。「で、マジでなんなんだ?」「ミカエラさまのことです」「ミカエラの?」 アイゼルは眉間にシワを寄せて秀麗な眉を歪めた。 イエガーは耳打ちするように言う。「ミカエラさまを襲撃するという情報が入ってきました」「なに⁉」 アイゼルは奥歯をグッと噛み締めた。 イエガーは慰めるように言う。「ミカエラさまには、レクターをはじめ優秀な護衛が付いていますから滅多なことはないと思いますが……」「ああ。彼女の護衛は手薄と見せかけて手練れを揃えている」「そうですね。レクターもぱっと見、ちょっと出世街道外れているように見えるから」「おい、それレクターに言うなよ?」 アイゼルが顔をしかめるのを見て、イエガーはテヘッと笑って誤魔化した。「夜会が終わったら、速やかにミカエラを自室に届けてもらわないと」 カリカリしながらアイゼルは言った。 落ち着かない様子で部屋の中をウロウロしている。「そこはアイゼルがエスコートしていけばいいんじゃないの?」 イエガーが冷やかすように言うと、青い光がチカチカとアイゼルの周囲を揶揄うように飛んでいた。◇◇◇(なぜ……わたくしばかりが、こんな目に遭わなければならないの⁈) 足早に大広間から逃げ出したミカエラは、心の中で叫ぶ。 (アイゼルさまに愛されたいと思う方が図々しいのかもしれないけれど……だったら、期待を持たせないで欲しいの……なんて残酷なの、わたくしの王子さまは!) ミカエラの心は乱れていた。 だが口はしっかりと閉じて口の端を引き結ぶ。 気持ちを声に出すのは憚られたからだ。 叫びたかった。 大声を上げて泣き
last update最終更新日 : 2025-07-23
続きを読む

第42話 誘拐 1

 手入れが行き届いた王城の庭園は、夜闇に沈んでも美しい。 整えられた植物たちは、影になっても様になっている。 絵画のように麗しくそこにあり、さざめく心を落ち着かせようとしてくれているのだ。(花は、……植物はいいわね。自然のなかにあっても、人の手が入っても美しい) 月明かりを受けて花々に落ちた夜露が光るように、ミカエラの周囲では小さな煌きが踊っていた。 まるで彼女を慰めるかのように踊る小さな煌きが寄り添っていることにミカエラは気付かない。 (庭園は人の手で作られたものであるけれど。花は自然に寄り添いながら世話をしなくては咲きはしないわ。誰かの都合だけに合わせて咲いてはくれない) 密やかに夜闇の中でも花は咲いている。 花を咲かせる定めの植物も、環境が整わなければ美しく花開かせる事はない。(わたくしが『愛する人を守る』という異能を持っていたとしても。冷遇されていては、上手く働かないはずだと思うのだけれど……わたくしなぜか異能は働いてしまうわ) ミカエラが望もうが望むまいが『愛する人を守る』という異能は、アイゼルを守るのだ。 そして、ミカエラに痛みを与える。(もう逃れたいのに……。 アイゼル。 優しかったあなたに恋をした。 あれは無邪気な8歳のわたくし。 その初恋に、こうも苦しめられるとは思ってもみなかったわ。 あの頃の世界は輝いていたし、未来は幸福を求めるためのものでしかなかった。 わたくしは……いつまで耐えなければならないの? 何の為に耐えているの?  輝く金髪に青い瞳の王子さま。 絵に描いたような貴方は、今でも素敵。 でも……。 あの頃のような優しさを、貴方から感じない。 わたくしが好きでも、貴方は違うのよね? わたくしが愛していても、貴方は違うのよね? 貴方の為に苦しむわたくしは、まるで道化。 貴方はわたくしを利用するだけの悪い人。 こんなのは違う。 こんなのは愛じゃない。 わたくしの求めているものとは違う。  これじゃない。 これじゃないはずなのに……。 だったら、何故……わたくしは貴方を嫌いにならないの? なぜ異能は止まらないの? わたくしは貴方を守り続けるの? 愛が消えてしまわないのは何故? 貴方を嫌いになれないのは何故? これが愛だというのなら、なんて残酷な呪いなの! 愛し
last update最終更新日 : 2025-07-24
続きを読む

第43話 密会?

 休憩室に用意されたベッドの端に腰かけて、アイゼルとイエガーはじゃれていた。 イエガーはドレスを着たままアイゼルに話しかける。「会場に戻らなくて良いのかしら? アイゼル王太子殿下」「固いことを言わないでおくれよ、レイチェル・ポワゾン伯爵令嬢」 アイゼルは、レイチェル伯爵令嬢に変装しているイエガーをそっと引き寄せた。 レイチェルはムッと顔をしかめる。 鼻の上に何本かすじが出て目が剣呑な色を帯びるが、それをアイゼルが気にかける様子はない。 イエガーはアイゼルの耳元で囁く。「ちょっと殿下。オレがイエガーだって事、分かってますよね?」「分かっているよ。こんな固いお尻をした令嬢などいるものか」「殿下は令嬢のお尻事情にまで詳しいのですね」「私は一般論を言っているまでのこと。あらぬ疑いをかけないで欲しいな」 王太子アイゼルは、美しく整った顔をしかめてみせた。「そんな表情まで美しいとは。ムカつく」 イエガーはアイゼルの高い鼻をつまんだ。「ちょっ……やめてくれよ」「大きな声を上げないでくださいまし、殿下」 高くなよやかな声を出したイエガーは、アイゼルの耳に形の良い唇を寄せて囁く。「この僕がわざわざ女装してまで貴方に付き合ってあげているんだから。調子に乗らないでくださいよ」「キミこそ、慣れ過ぎじゃないか? キスをしているように見えるような、見えないような、ギリギリの距離まで近付くのは他人の目を誤魔化すのに良い方法だけど」 2人はコソコソと話した。 休憩室への侵入は、私室に比べたら楽だ。 密偵が侵入してきたことに気付いた2人は、密談から密会風に切り替えてわざと見せつけるような真似をしていた。  アイゼルは上機嫌でイエガーの耳元で囁く。「見たか? 私の贈ったドレスを身にまとったミカエラの姿を」「ええ、拝見しましたよ」 イエガーはクスクス笑いながら答えた。 「素敵だっただろ?」「ええ、素敵でしたよ」「ただでさえ美しくて可愛いのに、私の色を身にまとった彼女ときたら……」 アイゼルはうっとりと溜息を吐きながら言う。「私は……ミカエラを愛している」「知ってますよ。だから僕を目くらましに使って守っているんでしょ?」 愛するがゆえに遠ざける。 それは理解の難しい感情だが、相手が王太子であればイエガーにも理解できた。 王族との婚
last update最終更新日 : 2025-07-25
続きを読む

第44話 誘拐 2

 気付けばミカエラは、両手両足を縛られて冷たい床の上に転がされていた。 口も紐のような物で縛られていて助けを呼ぶこともできない。(ここは、どこ?) 慌てて起き上がろうとしたが、拘束された体はミカエラのいうことを聞いてはくれなかった。 バタバタと砂浜に打ち上げられた魚のようにバタつくだけの手足では体を起こすことはできない。 (落ち着いて、ミカエラ。貴女は攫われたの。冷静になって逃げ道を探さなきゃ) ミカエラは大きく深呼吸をした。 カビ臭くて何かが腐ったような酸っぱい臭いのする空気が入ってくる。 ミカエラは顔をしかめた。(ここはどこかしら?) 辺りは薄暗いが、蝋燭の炎が揺らめいていて室内の様子は伺うことができた。 だからミカエラは断言できる。(こんな場所、知らない) 部屋は広かった。 物はゴチャゴチャと何の規則性もなく置かれているようだ。 しかし全てが布に覆われていて、何がどのくらい置かれているのかを確認することはできない。 今は使われていない部屋のようだ。(さっきまでは華やかな夜会会場にいたのに! どうしてこんなことに⁉ 護衛はどこにいったの⁉ わたくしは、やはり真剣には守られていなかったのかしら?) 苛立ちを覚えながら手足の拘束を解こうとしてガシガシと左右に動かしてみるも、がっちりと縛られているようで拘束が緩む気配はない。(ダメだわ。外れそうにない。なぜこんなことに⁉) 事態を整理しようとミカエラは記憶を辿ってみる。(わたくしは夜会会場にいたのに……アイゼルさまが、レイチェルさまの手を取って……そうよ。わたくしは庭に出たのよ。侍女は下がらせたけれど、護衛はいたはずなのに……。ああっ! 我が身の不幸を嘆いていて攫われるなんて! わたくしはとんだ間抜けだわっ) ミカエラはイラッとして自分の体を床へぶつけるようにしてもがいた。 床へぶつけた体に痛みが走り、ミカエラは低く呻いた。(ああ、こんなことしていたって何にもならないっ! 逃げなきゃ。でもここはどこ⁉) ミカエラの行動範囲は狭い。 ましてや使用している様子のない室内を見ただけでは場所を予測するのは難しかった。(ここはどの辺なのかしら? 誰も住んでいない屋敷に連れて来られてしまったの? だとしたら騒いでも気付いてくれる人なんていない。いえむしろ気付かれたほうが危険
last update最終更新日 : 2025-07-26
続きを読む

第45話 誘拐 3

「ハハッ。床に転がされていては、王太子殿下からいただいた美しいドレスも台無しですな」(誰⁉) ミカエラは声のした方へ顔を向けた。 そこには屈強な男たちが数人と、その奥にマスクをつけたマント姿の小柄な男がいた。 黒いマスクに黒いマントをまとった男は、薄暗い部屋のなかで姿がはっきり見えるわけではない。 しかしミカエラは、この声に聞き覚えがあった。(副神官? 副神官が、わたくしを攫ったの⁉) 驚いたミカエラは目を見張り、黒マントの男をジッと見た。(全身をマントで覆ってマスクで顔を隠していても、体格や顔の骨格まで変えられない。そもそも声を変えていないのだから、知っている人間なら分かる。それにあの雰囲気。あの嫌な雰囲気のする人物は副神官だわ。瞳の色は……灰色だけれど) 副神官であれば瞳の色は青だ。(瞳の色が違うということは、別人? それにしては副神官に似ている) そこでミカエラはハッと気付いた。(認識阻害! 副神官は魔道具でも使って瞳の色を変えていたのだわ。視力矯正のために目の魔道具を使うのは一般的なことだから気付かなかった。普通の神官なら自分の持つ色を否定せず、そのまま受け入れるのが普通だもの) 色にこだわる者がいることはミカエラも知っていた。 だから黒い髪や黒い瞳を嫌う者がいても不思議ではないと、ミカエラは理解している。 (でも髪や瞳の色は、神さまから与えられたもの。『黒は不吉』などといったことは迷信だとエド神官からお聞きしたわ。とても美しい色を持つエド神官の言うことだから、わたくしは素直に受け入れたけれど) 美しい色を持つエド神官の言うだから受け入れない、心根のねじ曲がった者もいるともミカエラは聞いていた。 だから副神官が『心根のねじ曲がった者』なのだというのは理解できた。「黒髪だけでなく瞳まで真っ黒だ。そんな女が王太子婚約者になれるなんておかしいだろう? 私は黒髪なだけで出世を阻まれているというのに妬ましい。いっそ殺してしまおうか」 副神官は良い冗談が浮かんだとばかりに声を立てて笑った。 ミカエラには、副神官の発した言葉のどこに彼が面白味を感じたのか、さっぱり分からない。 だが副神官が闇落ちした神官だったということは分かった。(迷信を信じて自らを闇へ落とした上に、わたくしを憎んで危害を加えようとするなんて……) 神官と
last update最終更新日 : 2025-07-27
続きを読む

第46話 誘拐 4

 大広間のシャンデリアの下では輝いていた金色のドレスも、汚い床の上に広がるだけでは惨めさを増す。 黒いフードを被った副神官は、ミカエラを冷酷な表情を浮かべて見下ろしていた。「本当に利用価値があるというのは得だな」 副神官はフンと鼻先であしらいながらも、腹の虫がおさまらない様子で先を続けた。「貴女には私が分からないだろうが、私には貴女が誰か分かっている。価値が全くなければ、売り飛ばすなり、埋めるなりして処分してしまえるものを。たかだか伯爵令嬢だというのに王族や貴族を振り回せるなんて。いい身分だ」 ボソボソと呟くように嫌味っぽく話す副神官は、ミカエラを木偶だとでも思っているようだ。(わたくしは考える頭と感じる心を持った人間だと言うのに、副神官は自分が言ったことも理解できないように思っているようだわ。誰か分からない? そんなことはないわ。わたくしには、あの方が副神官だと分かる。黒いフードで隠しているのが滑稽なくらいに) そこまで考えてミカエラはハッとなった。(もしかして認識阻害の魔道具を使ってるから、分からないと思っているの? だからあんなにペラペラと……。わたくしが副神官だと気付いていることを知られたら、危険なのでは? バカにされているようで腹は立つけれど、何も分からないふりをしていたほうが安全だわ) それにしても、とミカエラは頭を傾げた。(認識阻害の魔道具を使っているのなら、なぜ副神官だと分かったのかしら? わたくしにはアイゼルさまの身体ダメージを引き受ける異能以外の能力はなかったはず……) 揺れる蝋燭の灯りに照られたミカエラの周囲を、オレンジ色の小さな光がチカチカと瞬きながら飛んでいた。  ミカエラの反応になど興味のない副神官は愚痴を呟くようにベラベラと1人喋っている。「神は信徒に守護精霊を遣わす。守護精霊は、それぞれの色を持つ。黒は闇の色で守護精霊の色ではない。それは私も分かっている。分かっているが、なぜ敬虔な信徒である私が黒髪を持つだけで軽んじられ、黒い髪だけでなく黒い瞳を持つ、お前のような者が重んじられるのか」 副神官の瞳の色は灰色だ。 だが陰鬱で暗い嫉妬の色を帯びた瞳は、闇に染まって随分と黒く見えた。「私は有能で優秀、しかも貢献しているというのに。それ相応の立場が用意されてしかるべきだ。なのに上がつかえていて先に進めない。
last update最終更新日 : 2025-07-28
続きを読む

第47話 救出

「何事だ騒がしい」 副神官がイライラした様子でチラチラと壁の方へ視線をやり部屋の外を気にし始めた。 バタバタとした音は、足音や物に当たったような音だ。 小さいが呻くような人の声も聞こえてくる。(何があったのかしら?) ミカエラの心の中には期待と不安が入り混りながら沸き上がる。(助けが来たのかしら? わたくしはここよ。助けてっ! 誰か助けて!) バタバタとした音が聞こえるものの、部屋の扉が開けられる気配はない。 蝋燭の灯りに副神官の冷酷な笑い顔が浮かび上がる。「はは。そうか。王国の兵士たちではこの部屋を見つけることもできないのだな? 部屋が見つからないなら、お前を見つけ出すことも、助け出すこともできまい」 副神官はとても楽しげに笑った。 ミカエラは絶望的な気持ちに包まれる。(部屋が見つけられない? あぁ、わたくしは王太子の婚約者だというのに誰も助けにきてくれないの? わたくしが悪役令嬢だから? でもわたくしが殺されれば困るのは、婚約者であるアイゼルさまなのに……護衛は何をしているのかしら?) その時だ。 心細さに震えるミカエラの耳に、ガシャンという派手な音が響いた。 ミカエラを閉じ込めていた部屋の扉が粉々に砕け飛び散る。 (眩しい!) いきなりまばゆい光が室内へ押し寄せるように差し込む。 薄暗かった部屋は太陽の光を直接浴びでもしたかのように一気に明るくなった。「何事だ! 神殿の壁を壊すなど、あってはならない行い。誰だお前は⁉」 副神官の怒声を頼りに人の姿を探す。 すると目もくらむような眩しい光の中には、金色の髪をなびかせるアイゼルの姿があった。 (なぜアイゼルさまが⁉) 混乱して息を呑むミカエラを、振り返ったアイゼルの青い目がとらえる。 彼女を見たアイゼルは一瞬だけ痛ましげに表情を歪めると、キュッと口元を引き締めた。 「もう大丈夫だ。安心して」 言葉の通り、彼の後からなだれ込むようにして入ってきた兵士によって、屈強な男たちは続々と拘束されていく。 暴れて抵抗する男もいたが、数の前には太刀打ちできない。 屈強な男たちに混じって、捕らえられた副神官の姿も見える。(あぁ、事態が動くときってアッという間ね) 体はガタガタと震えているが、どうやらミカエラは助かるようだ。 アイゼルは彼女の傍らに跪くと、ミカエラ
last update最終更新日 : 2025-08-01
続きを読む

第48話 隠し部屋

 粉々に砕けて飛び散った扉のあった場所は、まるで窓のようにぽっかりと開いている。 ミカエラはアイゼルに抱かれたまま、そこを潜り抜けた。 外に出ると見知らぬ光景が広がっていた。「ここは?」 ミカエラはキョロキョロと辺りを見回しながらアイゼルに聞いた。「一応は神殿のなかだ」「ですがこのよう場所は……」 ミカエラは戸惑ったように眉を下げた。(わたしくは王太子婚約者として神殿内のことは詳しいはずなのに、こんな場所は知らないわ)「ミカエラは知らないだろうが、神殿にも、城にも、隠し部屋なんていくらでもある」「まぁ!」「この王国は危険が沢山あるからな。もっとも隠し部屋そのものが危険であるのだが……」 アイゼルが顔をしかめるのを間近で眺めながらミカエラは思った。(だったら最初から教えておいてくれてもよかったのでは?)「ん、教えておいたほうが良かったよね」(あら? わたくし今、疑問を口にしたかしら?)「キョトンとしているね。君は自分で思っているよりも感情が外から分かりやすいんだよ」 アイゼルがクスクス笑って言うのを聞いて、ミカエラは頬を赤く染めた。 そんな彼女をまじまじと眺めてから、アイゼルは笑いをおさめて言う。「私から見て分かりやすくても、君から見たら何も分からなかったよね。ごめんね」「え? いえ……」 ミカエラは何を謝られているのか分からないまま、曖昧な返事をした。 部屋の外の廊下は、兵士たちが忙しく働いている。 動き回る兵士たちが、アイゼルに抱かれて運ばれるミカエラをじろじろと見るようなことはない。 騎士の中にはミカエラの知る者もいたが、気付かないふりをしているようだ。「心配いらない。今回連れてきたのは信頼のおける者たちばかりだ」 アイゼルはニコニコしながらミカエラに話しかけた。「そうなのですね」 ミカエラは戸惑いながら、周囲の様子を眺めた。 いま2人は廊下に立っているのだが、彼女が閉じ込められていた部屋は廊下側からは存在自体が感じられない。 窓もドアもなく、レンガや漆喰で固められた壁の長い廊下が続いているだけだ。 ミカエラはアイゼルに抱かれたまま長い廊下を移動する。 彼女も探すためか廊下にはカンテラや松明など沢山の灯りが灯されていた。(あら、この廊下がここに繋がっているなんて) ようやくミカエラの見覚えのあ
last update最終更新日 : 2025-08-02
続きを読む

第49話 隠し部屋で2人

 隠し部屋は隠されている以外は普通の部屋に見えた。 ただし窓はない。 横抱きにされたまま部屋へと入ったミカエラは、アイゼルの腕からソファの上に丁寧に下ろされた。 ソファに座ったミカエラの足元に傅くようにアイゼルは屈む。 整った顔の青い瞳の青年が、金髪を煌めかせてミカエラを見ている。 (なんだか照れてしまうわ。こんなに近い距離にいて青い瞳に覗き込まれる日がくるなんて思いもしなかった。恥ずかしいけれど、顔を背けたりするのは失礼よね?) ミカエラは頬を赤く染めながら、視線を緩く愛しい人からそらした。 屈んでいる王子さまがフッと緩く笑う気配がする。(呆れられた? でもでもっ恥ずかしいものは、恥ずかしいのだから仕方ないでしょっ) ミカエラは熱くなる頬を右手で軽く抑えた。 本当は両手のひらに顔をうずめて隠れてしまいたい。 しかし淑女としてはダメなのは分かっている。 左手でソファをモジモジと弄りながら、ミカエラはどうするべきか困り果てていた。「さて折角ここに来たのだから内緒の話でもしようか。念のために扉は閉じておこう。あぁ。その前に、蝋燭に火を灯さないとね」 アイゼルはそう言いながら立ち上がる。 蝋燭を灯せば、室内は明るく浮かび上がった。 「これでよし、と」 アイゼルは満足げに呟くと扉の方へ向かってそれを閉めた。「まぁ!」 ミカエラは驚きの声を上げた。 扉だった場所は壁と同化して、どこにあったのか分からなくなったからだ。(もうわたくしには扉のあった場所すら分からないわ。凄いわね。どうやって閉めたのかしら? これでは開け方も分からなくて当然ね)「ふふ。隠し部屋だからね」 アイゼルは、ミカエラの考えを読んだかのように笑う。 (考えを全て読まれているみたい。……ん? わたくしったら、アイゼルさまと2人きりだわ!) 改めて今の状況に気付いたミカエラは、更に赤くなると緊張のあまりダラダラと汗を流している。 ソファの上で固まっているミカエラの左横に、澄ました顔をしたアイゼルが腰を下ろした。「ミカエラには何が何だか分からなかったよね。だから説明するよ。言い訳に聞こえるかもしれないけれど、私の話を聞いてくれるかい?」 柔らかな笑みを浮かべたアイゼルが、ミカエラの顔を覗き込むようにして話し出した。(近い。でも嫌ではないわ) 戸惑い
last update最終更新日 : 2025-08-03
続きを読む
前へ
1
...
34567
...
9
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status